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税金と社会保険料で「本当の手取り」を比べる個人事業主の法人化タイミング
| 【この記事の結論】 ✔ 法人化すると、所得税・住民税の負担は大きく下がります。利益1,200万円のモデルケースでは、税金だけで年間約147万円の差が出ます。 ✔ ただし法人化すると社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が義務になり、保険料が増えます。同じケースでは、保険料の増加と運営コストを差し引いた実際の手取り増は約19万円です。 ✔ よく言われる「所得800万円が目安」は税金だけを見た話です。社会保険料まで含めると、利益(事業所得)1,000万円前後が本格的な検討ラインというのが実務上の結論です。 ✔ 法人化の本当の価値は、節税額そのものよりも、退職金の準備・家族への所得分散・信用力の向上といった「将来の選択肢」が広がる点にあります。 |
「売上が伸びてきたから、そろそろ法人にした方がいいと言われた」「でも、会社にすると手続きや税理士費用が増えて、かえって損をするのでは?」――個人事業主の方から、最も多く寄せられるご相談の一つです。
実は、ネットや知人から聞く「所得○○万円を超えたら法人化」という話の多くは、社会保険料を計算に入れていません。そのため、言われるまま法人化して「思ったほど手取りが増えない」と後悔するケースが後を絶ちません。
この記事では、法人成りの仕組み、メリット・デメリット、見落としがちな落とし穴を解説したうえで、税金と社会保険料をすべて含めた「本当の手取り」を具体的な数字で比較します。読み終えるころには、ご自身がいま法人化すべきかどうか、判断の物差しを持てるはずです。
法人成りとは?個人事業との違いを「お財布」で理解する
結論として、法人成りとは、個人で営んでいた事業を、新しく設立した会社に引き継いで続けることです。
個人事業と法人の根本的な違い
個人事業では、事業のお金とあなた自身のお金は「同じお財布」です。もうけはすべてあなたの所得になり、そこに所得税と住民税がかかります。
一方、法人を作ると、会社のお財布とあなたのお財布が分かれます。会社はもうけの中からあなたに「役員報酬」というお給料を払い、残ったもうけには法人税がかかります。あなたは会社から受け取ったお給料に対して所得税と住民税を払います。この「お財布を2つに分ける」ことが、法人化で税金が下がる仕組みの出発点です。
| [画像指示:個人事業は財布が1つ、法人化すると「会社の財布」と「社長の財布」の2つに分かれ、役員報酬で橋渡しする様子を示す図解 / キャプション:法人化の本質は、1つのお財布を2つに分けることです] |
税金が下がる3つの理由
■ 理由1:税率の構造が違う
個人の所得税は、もうけが増えるほど税率が上がる「累進課税」です。住民税と合わせると最高55%に達します。これに対して中小企業の法人税等は、所得800万円以下の部分で約25%、それを超える部分でも約34%程度にとどまります。
▼ 個人と法人の税率の比較(所得が増えたときに追加でかかる税率の目安)
| 課税される所得 | 個人(所得税+住民税) | 法人(中小法人の実効税率) |
| 195万円以下 | 15% | 約25%(所得800万円以下) |
| 195万〜330万円 | 20% | 約25% |
| 330万〜695万円 | 30% | 約25% |
| 695万〜900万円 | 33% | 約25%〜34%(800万円超は約34%) |
| 900万〜1,800万円 | 43% | 約34% |
| 1,800万〜4,000万円 | 50% | 約34% |
| 4,000万円超 | 55% | 約34% |
※個人の税率は所得税率+住民税10%(復興特別所得税を除く)。個人は業種により別途個人事業税(原則5%)がかかります。法人の実効税率は地域や事業規模で異なる概算です。
■ 理由2:役員報酬に「給与所得控除」が使える
給与所得控除とは、会社員などのお給料から、必要経費の代わりに一定額を自動的に差し引ける仕組みです。社長が自分の会社から受け取る役員報酬にもこの控除が使えます。会社側では報酬が経費になり、個人側でも控除が引ける。いわば「経費を二度引ける」ような効果が生まれます。
■ 理由3:所得を分散できる
もうけを「社長の報酬」「会社の利益」、さらに実際に働く家族への報酬に分けることで、それぞれに低い税率が適用されます。1人に所得が集中するほど税率が上がる累進課税を、分散によって避けられるのです。
法人化のメリット・デメリット
結論として、メリットは「税率・控除・将来の備え」、デメリットは「社会保険料・コスト・手間」です。どちらが大きいかは、利益の水準で決まります。
▼ 法人成りのメリット・デメリット一覧
| 観点 | メリット | デメリット |
| 税金 | 高所得層ほど税率が下がる/給与所得控除が使える | 赤字でも法人住民税の均等割(最低年7万円程度)がかかる |
| 社会保険 | 厚生年金で将来の年金が手厚くなる | 社長1人でも加入義務があり、会社負担分も含め保険料が増える |
| 将来の備え | 役員退職金を経費にでき、受け取る側も税負担が軽い | ― |
| 赤字の繰越 | 赤字を10年間繰り越せる(個人の青色申告は3年) | ― |
| 信用力 | 取引先や金融機関からの信用が高まりやすい | ― |
| コスト・手間 | ― | 設立費用、税理士報酬、社会保険の事務などが増える |
| お金の自由度 | ― | 会社のお金を自由に引き出せない(役員報酬は原則年1回しか変更できない) |
見落としがちな最大のポイント:社会保険料
法人は、社長1人だけの会社でも、役員報酬を払う以上、健康保険と厚生年金への加入が法律上の義務です。保険料は報酬のおよそ3割にもなり、そのうち半分を会社が、半分を社長個人が負担します。社長の会社なので、実質的には全額を自分で払っているのと同じです。
個人事業主のときに払っていた国民健康保険と国民年金と比べると、多くの場合、保険料の総額は増えます。ここを計算に入れずに「税金が○○万円下がる」とだけ説明されて法人化するのが、最も典型的な失敗パターンです。
| 💡 税理士の実務視点:社会保険料は「ただのコスト」ではない 厚生年金の保険料は、将来の年金として一部が戻ってきます。国民年金だけの場合と比べ、老後の年金額は確実に増えます。また、健康保険には病気やけがで休んだときの「傷病手当金」があり、国民健康保険にはない保障です。 つまり社会保険料の増加は、「消える税金」ではなく「将来への積立と保障」の側面を持ちます。手取りの損得と、老後・万一の保障のバランスで判断するのが正しい考え方です。 |
実務上の注意点・法人化で陥りやすい5つの罠
結論として、法人化のメリットを最大限に活かすには、設立前の設計で8割が決まります。
■ 罠1:役員報酬を後から自由に変えられない
役員報酬を経費にするには、原則として事業年度の開始(設立)から3か月以内に金額を決め、毎月同じ額を支払う必要があります。これを定期同額給与といいます。「もうかったから期末に報酬を増やす」ことはできません。報酬額の設計は、1年分の利益予測をもとに慎重に決める必要があります。
■ 罠2:「消費税2年免税」はもう当てにできない
資本金1,000万円未満で会社を作ると、原則として最初の2期は消費税の納税義務が免除されます。しかしインボイス制度のもとで、取引先のためにインボイス発行事業者の登録をすると、免税期間中でも消費税を納めることになります。法人化による消費税メリットは、取引先の状況次第で大きく縮小しています。
■ 罠3:会社のお金を個人的に使えない
会社のお金を社長が勝手に使うと、「役員への貸付金」や「役員賞与」として扱われ、余分な税金がかかることがあります。個人事業のころの感覚で財布を混同しないことが大切です。
■ 罠4:法人化の時期によって損をする
年の途中で法人化すると、その年の個人事業の所得と役員報酬の両方に所得税がかかります。また、個人事業で使っていた車や設備を会社に引き継ぐ方法(売買か、賃貸か)によっても税金が変わります。決算期(事業年度)の選び方と合わせて、いつ法人化するかを計画的に決めましょう。
■ 罠5:会社に残したお金を取り出すときにも税金がかかる
会社に残した利益は、社長が自由に使えるお金ではありません。配当として受け取れば、配当に税金がかかります。会社に貯めたお金を効率よく個人に移す手段の代表が、退職時に受け取る役員退職金です。法人化の段階から、退職金の準備まで含めた長期の設計が重要です。
法人成りの進め方:6つのステップ
結論として、「試算→設計→設立→届出→個人事業の整理→報酬決定」の順で進めます。特に届出には期限があるものが多いため注意が必要です。
▼ 個人事業主が法人化するまでの流れ
| STEP 1 手取りシミュレーションを行う |
税金だけでなく社会保険料・設立費用・運営コストを含めて、法人化の損得を試算します。
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| STEP 2 会社の形・決算期・役員報酬を設計する |
株式会社か合同会社か、何月決算にするか、報酬をいくらにするかを決めます。
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| STEP 3 定款を作成し、設立登記をする |
株式会社は定款認証と登録免許税(最低15万円)などで約20万〜25万円、合同会社は約6万〜10万円が目安です。
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| STEP 4 税務署・都道府県・市区町村・年金事務所へ届け出る |
法人設立届出書(設立から2か月以内)、青色申告の承認申請書(原則3か月以内)、社会保険の新規適用届(5日以内)などを提出します。
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| STEP 5 個人事業を整理する |
個人事業の廃業届(1か月以内)を出し、銀行口座・契約・車両や設備などを会社に移します。
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| STEP 6 役員報酬を決定し、毎月同額で支給する |
設立から3か月以内に株主総会等で報酬額を決め、議事録を残します。
| ⚠ 青色申告の承認申請は特に要注意 法人の青色申告承認申請書は、原則として設立日から3か月以内、または第1期の終了日の前日のいずれか早い日までに提出が必要です。出し忘れると1期目の赤字を繰り越せないなどの大きな不利益があります。 |
具体的なシミュレーション:利益1,200万円の個人事業主が法人化したら
結論として、このケースでは税金が年間約147万円減る一方、社会保険料が約98万円増え、運営コスト約30万円を差し引いた手取りの増加は約19万円です。
ケース設定
- 売上3,000万円、経費1,800万円、利益1,200万円の個人事業主(青色申告65万円控除)
- 個人事業時代の国民健康保険料+国民年金保険料:約110万円と仮定
- 法人化後の役員報酬:年720万円(月60万円)
- 社会保険料は報酬の約29%(会社・個人で約104万円ずつ)と仮定
- 法人化で増える運営コスト(税理士報酬の増加分など):年30万円と仮定
▼ 個人事業のままの場合と法人化した場合の比較(年額・概算)
| 項目 | 個人事業のまま | 法人化した場合 |
| 所得税(復興特別所得税を含む) | 約169.0万円 | 約33.1万円 |
| 住民税 | 約98.2万円 | 約39.1万円 |
| 個人事業税 | 約45.5万円 | ― |
| 法人税・法人住民税等(均等割含む) | ― | 約93.5万円 |
| 税金の合計 | 約312.7万円 | 約165.7万円 |
| 社会保険料(会社負担分+本人負担分) | 約110万円 | 約208万円 |
| 増える運営コスト | ― | 約30万円 |
| 社長個人の手取り | 約777.3万円 | 約543.8万円 |
| 会社に残るお金(税引後) | ― | 約252.5万円 |
| 手取り+会社に残るお金 | 約777.3万円 | 約796.3万円(約19万円増) |
※基礎控除58万円で計算し、令和7・8年分の基礎控除上乗せ特例、事業税の翌年経費算入、その他の所得控除は考慮していません。法人税等は中小法人の実効税率約25%で概算しています。
数字から読み取れる3つのポイント
- 税金は約147万円下がる:法人化の税率・控除の効果は非常に大きいことが分かります。
- 社会保険料が約98万円増える:税金の減少分の3分の2近くが、保険料の増加で相殺されます。
- 会社に約252万円が残る:このお金は社長が自由に使えるわけではありませんが、将来の役員退職金や設備投資、不況時の備えとして活用できます。
| 💡 税理士の実務視点:同じ法人化でも「設計」で結果は変わる 今回の試算は、役員報酬を1つの金額に固定した単純なモデルです。実務では、役員報酬の金額、実際に働く配偶者への報酬、役員退職金の積立、生命保険の活用などを組み合わせることで、手取りと将来の備えのバランスを最適化します。 利益が1,500万円、2,000万円と増えるほど、法人化の効果は加速度的に大きくなります。逆に利益が800万円程度だと、社会保険料の増加で手取りが減ることもあります。「いくらなら得か」は、ご本人の年齢・家族構成・将来設計で変わるため、個別の試算が欠かせません。 |
よくある質問(FAQ)
Q. 株式会社と合同会社、どちらで法人化すべきですか?
A. 税金の計算は株式会社も合同会社も同じです。設立費用を抑えたい、取引先が個人中心で対外的な見え方にこだわらない場合は合同会社、将来の資金調達や採用、大企業との取引で信用を重視する場合は株式会社が向いています。後から合同会社を株式会社に変更することも可能です。
Q. 社長1人の会社でも、社会保険に入らなければいけませんか?
A. はい、役員報酬を支払う以上、社長1人の会社でも健康保険と厚生年金への加入は法律上の義務です。加入しないことは認められません。そのため、法人化の損得は必ず社会保険料を含めて判断してください。
Q. 役員報酬を途中で上げたり下げたりできますか?
A. 原則として、事業年度開始から3か月以内に決めた金額を、その年度中は毎月同額で支払う必要があります。途中で変更すると、変更分が経費として認められないことがあります。業績の著しい悪化など、例外的に減額が認められるケースもありますが、要件は厳格です。
Q. 赤字の年でも、法人には税金がかかりますか?
A. はい。法人住民税の「均等割」は、利益がなくても毎年かかります。資本金1,000万円以下・従業員50人以下の会社で、地域により異なりますが年間7万円程度が目安です。
Q. 法人化するなら、何月に会社を作るのが良いですか?
A. 一概には言えませんが、繁忙期と決算期が重ならないようにすること、個人事業の最後の年の所得と役員報酬が二重に課税される期間を短くすることがポイントです。個人事業の所得が多い年ほど、年初に近い時期の法人化が有利になりやすい傾向があります。具体的な時期は試算のうえで決めましょう。
まとめ:法人化は「税金」ではなく「手取りと将来設計」で判断する
この記事の要点を3行でまとめます。
- 法人化で税金は大きく下がるが、社長1人でも社会保険の加入が義務になり、保険料が増える。
- 社会保険料まで含めると、利益1,000万円前後が本格的な検討ライン。「所得800万円」は税金だけを見た目安にすぎない。
- 成否を分けるのは設立前の設計。役員報酬・家族への報酬・退職金の準備まで含めて計画すべき。
法人化は、一度決めると簡単には元に戻せない経営判断です。税金だけで判断すると、社会保険料や運営コストで思わぬ負担増になりかねません。
私たちは、税理士と社会保険労務士が一つのチームとして、税金と社会保険の両方を踏まえた法人化シミュレーションを行います。設立後も、定期的な訪問による巡回監査で経理と役員報酬の設計を見守り、国税OBの知見を活かした税務調査への備えまで一貫してサポートします。65年にわたり地域の経営者と歩んできた経験をもとに、「法人化してよかった」と思える会社づくりをお手伝いします。
| 【この記事の結論】 ✔ 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 ✔ 「自分の場合は法人化すべきか」を、税金と社会保険料を含めた手取りで試算するご相談から承っています。 |
