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「働くと年金が減る」は変わった?
在職老齢年金の改正で、65歳以上の社長が見直すべき役員報酬の決め方|62万円基準の計算方法とシミュレーション
「役員報酬をもらっていると、年金がカットされるから仕方ない」
65歳を過ぎても会社の先頭に立ち続ける社長から、こうした声をよく聞きます。実際、これまでは役員報酬と年金の合計が月51万円(2025年度)を超えると、年金の一部または全部が止められていました。年金のために、あえて役員報酬を低く抑えてきた社長も少なくありません。
ところが、2026年4月から、この基準が月62万円へ大きく引き上げられました。これまで年金が減らされていた社長の中には、年金を全額受け取れるようになる方も出てきます。一方で、「年金をもらうために報酬を下げる」という判断が、かえって損になるケースもあります。
この記事では、在職老齢年金の仕組みと今回の改正の中身、そして社長が役員報酬をどう決めればよいかを、具体的な数字のシミュレーションで分かりやすく解説します。
| 【この記事の結論】 ① 2026年4月から、年金が減らされる基準が月51万円から月62万円へ上がりました。「年金の月額(報酬比例部分)+役員報酬の月額相当」が62万円以下なら、年金は全額受け取れます。 ② 年金のために役員報酬を下げるのは、個人の手取りだけを見ると多くの場合「損」です。報酬を下げた額に比べて、増える年金はその一部にすぎません。 ③ 役員報酬は「年金」ではなく「会社に残すお金と将来の退職金」まで含めて決めるのが正解です。報酬の変更は事業年度の始めから3か月以内という税務上の制約もあるため、来期に向けた早めの検討が必要です。 |
在職老齢年金とは?仕組みをやさしく解説
結論から言うと、在職老齢年金は「厚生年金に加入して働きながら年金を受け取る人の、年金を一部調整する仕組み」です。
在職老齢年金とは、60歳以上で厚生年金保険に加入して働きながら老齢厚生年金を受け取る人について、給与や役員報酬と年金の合計が一定額を超えた場合に、年金の一部または全部の支給を止める仕組みのことです。
身近なたとえで言えば、「家庭のお小遣いのルール」のようなものです。アルバイト代がたくさん入る月は、親からのお小遣いを少し減らす——そんなイメージです。ただし減らされるのは、超えた分の「半分」だけです。
計算に使う2つの金額
基本月額とは、老齢厚生年金のうち報酬比例部分の年額を12で割った金額のことです。加給年金や、国民年金から支給される老齢基礎年金は含みません。
総報酬月額相当額とは、その月の標準報酬月額に、直近1年間に受け取った賞与(標準賞与額)の合計を12で割った額を足した金額のことです。役員報酬だけでなく、役員賞与も含まれる点がポイントです。
年金が止められる額の計算式
| 【計算式】 基本月額 + 総報酬月額相当額 ≦ 62万円 → 年金は全額支給 基本月額 + 総報酬月額相当額 > 62万円 → (基本月額 + 総報酬月額相当額 − 62万円)× 1/2 が、毎月の年金から止められる |
止められない年金もある
- 老齢基礎年金(国民年金部分):在職老齢年金の対象外で、いくら報酬があっても全額支給されます。
- 加給年金:老齢厚生年金が一部でも支給されていれば全額支給されます。ただし、老齢厚生年金が全額止められると、加給年金も止められます。
- 繰下げによる増額:年金の受け取りを遅らせる「繰下げ」をしても、在職老齢年金で止められるはずだった部分は増額の対象になりません。
| [画像指示:「基本月額+総報酬月額相当額」が62万円を超えた部分の半分だけ年金が止められる仕組みを、棒グラフで示した図解イラスト / キャプション:止められるのは、62万円を超えた部分の「半分」だけです] |
2026年4月の改正で何が変わったのか
結論として、変わったのは「年金が止められ始める基準額」です。計算式そのものは変わっていません。
| 項目 | 改正前(2025年度) | 改正後(2026年4月〜) |
| 支給停止調整額(基準額) | 51万円 | 62万円 |
| 止められる額の計算 | 超えた額の1/2 | 超えた額の1/2(変更なし) |
| 老齢基礎年金 | 対象外 | 対象外(変更なし) |
| 基準額の見直し | 賃金の変動に応じて毎年度改定 | 賃金の変動に応じて毎年度改定(62万円は2024年度の賃金水準で定めた額) |
国の試算では、この改正によって、新たに約20万人が年金を全額受け取れるようになるとされています。中小企業の社長は、まさにその中心となる層です。
もう一つの改正:厚生年金の「標準報酬月額の上限」が段階的に上がる
同じ年金制度の改正で、厚生年金保険料の計算に使う標準報酬月額の上限(現在65万円)が、2027年9月から68万円、2028年9月から71万円、2029年9月から75万円へと段階的に引き上げられる予定です。月65万円を超える役員報酬を受け取っている社長は、保険料の負担が増えるうえに、総報酬月額相当額も増えるため、年金の止められる額が大きくなる可能性があります。高額な報酬を受け取っている社長ほど、今後の見直しが必要です。
| 税理士の実務視点 65歳以上で働きながら厚生年金に加入している方は、毎年9月に、その年の8月までに納めた保険料を年金額に反映する「在職定時改定」が行われます。つまり、役員報酬を受け取りながら保険料を納め続けることは、年金を少しずつ増やすことにもつながります。「保険料を払っても損」と決めつけず、全体で判断することが大切です。 |
役員報酬の決め方:実務上の注意点と落とし穴
結論として、役員報酬の見直しには「税金のルール」「社会保険のルール」「年金のルール」の3つが同時に関わります。どれか一つだけで判断すると、思わぬ損失が生じます。
落とし穴① 役員報酬は「いつでも変えられる」わけではない
定期同額給与とは、毎月同じ額を支給する役員報酬のことで、この形で支給しないと会社の経費(損金)になりません。報酬額を変えられるのは、原則として事業年度の開始から3か月以内(定時株主総会で改定するのが一般的)に限られます。年の途中で「年金のために報酬を下げよう」と思っても、業績の著しい悪化などの特別な理由がなければ、変更前後の差額が経費として認められなくなるおそれがあります。
落とし穴② 賞与に振り替えても年金の計算からは逃れられない
総報酬月額相当額には、直近1年間の賞与も含まれます。月額報酬を下げて役員賞与を増やしても、原則として年金の計算に反映されます。また、役員賞与は事前確定届出給与として税務署に届け出なければ経費になりません。社会保険料の上限の仕組みを利用して高額の賞与を支給する方法が紹介されることもありますが、税務上の要件が厳しく、制度の趣旨からも慎重な判断が必要です。
落とし穴③ 70歳を過ぎても在職老齢年金は続く
厚生年金の加入は70歳までですが、70歳以上でも会社で働き続け、役員報酬を受け取っていれば、在職老齢年金の仕組みは引き続き適用されます。保険料の負担はなくなりますが、年金の調整は続く点に注意しましょう。
落とし穴④ 「非常勤役員」にすれば済むとは限らない
常勤でない役員は厚生年金に加入しないため、在職老齢年金の対象から外れることがあります。ただし、常勤か非常勤かは、役員会への出席状況や業務の内容、報酬の額など実態で判断されます。肩書だけ非常勤にしても、実際には毎日出社して経営判断をしていれば、加入が必要と判断されます。
役員報酬を見直す判断ステップ
| STEP1 ねんきん定期便などで「基本月額」を確認する 老齢厚生年金の報酬比例部分の年額を確認し、12で割って基本月額を出します。 |
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| STEP2 現在の「総報酬月額相当額」を確認する 標準報酬月額と、直近1年の役員賞与を確認します。 |
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| STEP3 62万円との差を計算する 合計が62万円以下なら、年金は全額支給です。超えている場合は、止められている額を計算します。 |
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| STEP4 個人と会社の「トータルの手取り」で比べる 報酬を変えた場合の、個人の手取り、会社に残るお金、将来の退職金をあわせて比較します。 |
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| STEP5 来期の定時株主総会で報酬を決定する 事業年度の開始から3か月以内に改定し、議事録を残します。 |
シミュレーション:役員報酬月50万円と月80万円の社長の場合
結論から言うと、月50万円の社長は今回の改正で年66万円の年金が復活します。一方、月80万円の社長が年金のために報酬を月50万円に下げると、年金は年90万円増えますが、個人の手取りは約156万円減る計算になります。
前提条件
- 68歳の社長。老齢厚生年金(報酬比例部分)は年144万円(基本月額12万円)
- 役員賞与はなし。厚生年金の標準報酬月額の上限は65万円
- 法人税等の実効税率は約33%と仮定
- 税金・社会保険料は分かりやすさを優先した概算です
ケース① 役員報酬が月50万円の社長
| 項目 | 改正前(基準51万円) | 改正後(基準62万円) |
| 基本月額+総報酬月額相当額 | 12万円+50万円=62万円 | 12万円+50万円=62万円 |
| 止められる額(月) | (62万円−51万円)×1/2=5.5万円 | 0円(62万円以下) |
| 止められる額(年) | 66万円 | 0円 |
| 受け取れる老齢厚生年金(年) | 78万円 | 144万円(全額) |
報酬を変えなくても、改正だけで年66万円の年金が受け取れるようになります。
ケース② 役員報酬が月80万円の社長が、月50万円に下げた場合
月80万円の場合、総報酬月額相当額は上限の65万円で計算されるため、(12万円+65万円−62万円)×1/2=月7.5万円、年90万円の年金が止められます。報酬を月50万円に下げると、ケース①と同じく年金は全額支給になります。
| 項目 | 社長個人への影響(年額) | 会社への影響(年額) |
| 役員報酬 | ▲360万円 | 支払いが360万円減る |
| 老齢厚生年金 | +90万円 | ― |
| 社会保険料 | 本人負担が約34万円減る | 会社負担が約35万円減る |
| 所得税・住民税 | 約80万円減る | ― |
| 法人税等 | ― | 利益が約395万円増え、約130万円増える |
| 差し引き | 手取りが約156万円減る | 会社に残るお金が約265万円増える |
| 【シミュレーションから分かること】 社長個人の手取りだけを見ると、年金のために報酬を下げるのは年約156万円の損です。年金が増える額(90万円)よりも、報酬が減る額(360万円)の方がはるかに大きいためです。 一方で、会社には税引き後で約265万円が残ります。この資金を、将来の役員退職金の原資として積み立てれば、退職所得控除と「2分の1課税」という税負担の軽い形で受け取ることができます。 つまり、判断の基準は「年金が増えるか」ではなく、「いま報酬で受け取るか、会社に残して退職金で受け取るか」という生涯の手取りの設計です。 |
| 【要注意】退職金で受け取るには「本当に退職した」と言える実態が必要です 社長が引き続き経営の中心にいるのに、役員報酬を下げただけで退職金を支給すると、税務上は退職金と認められず、役員賞与として会社の経費にならないおそれがあります。社長から会長へ退くなど役員の立場を変えて退職金を支給する場合は、報酬が大幅に下がり、経営の実権を後継者に移していることが必要です。退職金の額も、在任年数や功績に照らして過大でないことが求められます。 |
よくある質問(FAQ)
Q. 在職老齢年金の基準額は、2026年4月からいくらになりましたか?
A. 月62万円です(2024年度の賃金水準で定めた額で、毎年度の賃金の変動に応じて改定されます)。基本月額と総報酬月額相当額の合計がこの額以下であれば、老齢厚生年金は全額支給されます。
Q. 国民年金(老齢基礎年金)も減らされますか?
A. いいえ。在職老齢年金で調整されるのは老齢厚生年金だけです。老齢基礎年金は、役員報酬の額にかかわらず全額支給されます。
Q. 年金の受け取りを遅らせれば(繰下げ)、止められた分も増えますか?
A. いいえ。在職老齢年金によって止められるはずだった部分は、繰下げをしても増額の対象になりません。役員報酬が多い社長は、繰下げの効果が小さくなる点に注意が必要です。
Q. 役員報酬は年の途中で下げることができますか?
A. 原則として、事業年度の開始から3か月以内の改定でなければ、会社の経費として認められない部分が生じます。業績の著しい悪化など特別な理由がある場合を除き、来期の定時株主総会に向けて計画的に検討しましょう。
Q. 70歳を過ぎれば、在職老齢年金は関係なくなりますか?
A. いいえ。70歳以上は厚生年金の保険料はかかりませんが、会社で働いて役員報酬を受け取っていれば、在職老齢年金の仕組みは引き続き適用されます。
まとめ:役員報酬は「年金」ではなく「生涯の手取り」で決める
| 【3行まとめ】 1.2026年4月から年金が止められる基準は月62万円に。月50万円前後の報酬の社長は、年金が全額受け取れるようになる可能性があります。 2.年金のために報酬を下げると、個人の手取りは多くの場合減ります。判断は会社に残るお金まで含めて行いましょう。 3.報酬の変更は事業年度の始めから3か月以内。退職金・事業承継の計画とセットで、来期に向けて今から準備を。 |
在職老齢年金の改正は、長く会社を率いてきた社長にとって、役員報酬と年金、そして退職金の関係を見直す絶好の機会です。ただしこのテーマは、法人税・所得税という「税金」と、厚生年金・健康保険という「社会保険」、さらに事業承継まで関わる、専門家の連携が欠かせない分野でもあります。
当事務所では、税理士と社会保険労務士が同じ事務所で連携し、年金の受給額の試算から、役員報酬の最適な水準、役員退職金の規程づくり、後継者への事業承継計画まで、一体でサポートしています。国税OBの税理士も在籍しており、役員報酬や役員退職金のように税務調査で確認されやすい論点についても、調査官の視点を踏まえて設計します。
| 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 「自分の年金は今回の改正でいくら増えるのか知りたい」「来期の役員報酬と退職金をどう設計すればよいか相談したい」——決算前の今こそ、最も効果の大きいタイミングです。オンラインでのご相談も承っています。 |
冬のボーナス、社員の手取りと会社の負担はいくら?
賞与にかかる社会保険料・税金の計算と、社長の賞与で損しないための注意点
「冬のボーナスを50万円出したいけれど、会社の負担は結局いくらになるのだろう」「社員からは『思ったより手取りが少ない』と言われてしまった」——毎年この時期、経営者の方からこうしたご相談を数多くいただきます。
ボーナス(賞与)は、社員のやる気を引き出す大切なお金です。ところが、賞与からは社会保険料や所得税が差し引かれ、会社にも社会保険料の負担がかかります。さらに、社長や役員に出す賞与は、事前に税務署へ届け出ていないと会社の経費にならないという、知らないと損をするルールもあります。
この記事では、賞与から何がいくら引かれるのか、会社が負担するお金と必要な手続き、そして社長の賞与で損をしないための注意点を、はじめての方でも一読で分かるように解説します。後半では、賞与50万円を支給した場合の「社員の手取り」と「会社の総負担」を、実際の数字でシミュレーションします。
| 【この記事の結論】 ① 賞与50万円の手取りは約40万円、会社の総負担は約58万円が目安です。支給額のおよそ2割が社員から引かれ、会社にも約16%の上乗せ負担がかかります。 ② 賞与を支払ったら、5日以内に「賞与支払届」の提出が必要です。税金だけでなく社会保険の手続きもセットで行います。 ③ 社長・役員の賞与は「事前確定届出給与」の届出がないと、会社の経費になりません。届出のない冬の役員賞与は、支給する前に必ず見直しましょう。 |
賞与(ボーナス)とは?毎月の給与との違い
結論から言うと、賞与は「毎月の給与とは別に、臨時に支払われるお金」で、社会保険では年に何回支払うかによって扱いが変わります。
賞与とは、毎月決まって支払われる給与とは別に、会社の業績や本人の成果などに応じて臨時に支払われるお金のことです。夏と冬のボーナス、決算期に支払う決算賞与、寸志などがこれにあたります。
家庭のやりくりに例えると、毎月の給与は「毎月のお小遣い」、賞与は「お正月のお年玉」のようなものです。お年玉は毎月もらえるわけではない特別なお金なので、計算の仕方も毎月のお小遣いとは少し違う、と考えるとイメージしやすくなります。
「賞与」と「給与」は支払回数で区別される
社会保険(健康保険・厚生年金)では、名前が「賞与」でも、支払回数によって扱いが変わります。
| 項目 | 賞与として扱われる | 給与(報酬)として扱われる |
| 支払回数 | 年3回以下 | 年4回以上 |
| 社会保険料の計算 | 支払うたびに、その賞与額をもとに計算 | 毎月の給与に上乗せして「標準報酬月額」を計算 |
| 届出 | 支払のたびに「賞与支払届」 | 毎年7月の「算定基礎届」などで反映 |
| 所得税の計算 | 「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」を使う | 毎月の給与に含めて「月額表」で計算 |
| 税理士の実務視点 「年4回以上」は、就業規則や賃金規程にどう定めているか、実際に何回支払ったかで判断されます。四半期ごとの業績手当などを支払っている会社は、賞与ではなく毎月の給与として扱う必要がないか、一度点検してください。社会保険の計算方法が変わるため、税金と労務の両面から確認すべきポイントです。 |
賞与から差し引かれるお金の仕組み
結論として、賞与から差し引かれるのは「社会保険料」「雇用保険料」「所得税」の3つです。住民税は差し引かれません。
社会保険料(健康保険・厚生年金・子ども・子育て支援金)
標準賞与額とは、賞与の支給額から1,000円未満を切り捨てた金額のことで、賞与にかかる社会保険料の計算のもとになります。この標準賞与額に保険料率をかけて保険料を計算し、会社と社員で半分ずつ負担します。
- 健康保険:標準賞与額の上限は年度(4月〜翌年3月)の累計で573万円
- 介護保険:40歳以上65歳未満の人は、健康保険とあわせて負担
- 厚生年金:標準賞与額の上限は1回あたり150万円
- 子ども・子育て支援金:2026年4月分から健康保険料とあわせて徴収が始まった新しい負担で、賞与にもかかります
今年から加わった「子ども・子育て支援金」は、健康保険料と一緒に差し引かれるため気づきにくいのですが、この冬のボーナスでも給与明細に影響が出ます。社員から質問を受けたときに説明できるようにしておきましょう。
雇用保険料
雇用保険料は、上限なしで賞与の支給額そのものに保険料率をかけて計算します。会社と社員の負担割合は同じではなく、会社の方が多く負担します。なお、役員は原則として雇用保険に加入しないため、役員賞与には雇用保険料はかかりません。
源泉所得税
源泉徴収とは、会社が社員に代わって、支払うお金からあらかじめ所得税を差し引き、税務署に納める仕組みのことです。賞与の所得税は、次の手順で計算します。
| STEP1 前月の給与を確認する 賞与を支払う月の「前月」の給与から、社会保険料などを差し引いた金額を確認します。 |
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| STEP2 税率を表から探す 「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」で、STEP1の金額と扶養親族の人数が交わる税率を探します。 |
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| STEP3 賞与から社会保険料を差し引く 賞与の支給額から、その賞与にかかる社会保険料・雇用保険料を差し引きます。 |
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| STEP4 税率をかける STEP3の金額にSTEP2の税率をかけた金額が、差し引く所得税です。 |
前月に給与の支払がない場合や、賞与の金額が前月の給与(社会保険料控除後)の10倍を超える場合は、別の計算方法(月額表を使う方法)になります。
住民税は賞与から差し引かれない
会社が毎月の給与から住民税を差し引いている場合(特別徴収)、住民税は年税額を12等分して毎月の給与から差し引くため、賞与からは差し引きません。賞与の分の住民税は、翌年度の住民税額に反映されます。
| 差し引かれるもの | 計算のもと | 上限 | 負担する人 |
| 健康保険料(介護保険料を含む) | 標準賞与額 | 年度累計573万円 | 会社と社員で折半 |
| 子ども・子育て支援金 | 標準賞与額 | 健康保険と同じ | 会社と社員で折半 |
| 厚生年金保険料 | 標準賞与額 | 1回150万円 | 会社と社員で折半 |
| 雇用保険料 | 賞与の支給額 | なし | 会社の方が多く負担 |
| 源泉所得税 | 賞与−社会保険料等 | なし | 社員(会社が預かって納付) |
| 住民税 | — | — | 賞与からは差し引かない |
| [画像指示:賞与50万円の内訳を、社会保険料・雇用保険料・所得税・手取りに色分けした帯グラフの図解イラスト / キャプション:賞与から差し引かれるのは社会保険料と所得税。住民税は差し引かれません] |
賞与を支払うときに会社がやるべき手続き
結論として、賞与の支払は「金額を決める→天引きして支払う→5日以内に届出→翌月に納付」の流れで進みます。中でも見落としやすいのが、年金事務所への「賞与支払届」です。
賞与支払届とは、賞与を支払った会社が、誰にいくら支払ったかを日本年金機構(年金事務所)に届け出る書類のことです。この届出をもとに賞与の社会保険料が決まります。
| STEP1 支給額と支給日を決める 就業規則・賃金規程の定めに沿って、支給対象者と金額を決めます。役員の賞与は、事前の届出の有無を必ず確認します。 |
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| STEP2 支給日に天引きして支払う 社会保険料・雇用保険料・源泉所得税を差し引き、賞与明細を渡します。 |
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| STEP3 5日以内に賞与支払届を提出 支給日から5日以内に、年金事務所(健康保険組合加入の場合は組合にも)へ提出します。電子申請も可能です。 |
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| STEP4 源泉所得税を納付 原則として支給した月の翌月10日までに納付します。「納期の特例」を受けている会社は、7月〜12月分をまとめて翌年1月20日までに納付します。 |
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| STEP5 社会保険料を納付 賞与分の保険料は、毎月の保険料とあわせて、翌月末に口座振替などで納付します。 |
| [画像指示:賞与の支給日から賞与支払届の提出(5日以内)、源泉所得税の納付、社会保険料の納付までをカレンダー上に示した図解イラスト / キャプション:賞与は「支払って終わり」ではありません。税金と社会保険の手続きがセットです] |
賞与の実務上の注意点と4つの罠
結論として、賞与で失敗しやすいのは「社長・役員の賞与」「社会保険料を減らす工夫の落とし穴」「退職予定者・パートへの支給」「就業規則の定め」の4つです。
罠① 社長・役員の賞与は「事前の届出」がないと経費にならない
事前確定届出給与とは、役員に支払う賞与の支給時期と金額をあらかじめ税務署に届け出ておき、そのとおりに支払うことで、会社の経費(損金)として認められる仕組みのことです。
社員の賞与は原則としてそのまま会社の経費になりますが、役員の賞与は違います。役員は自分で自分の報酬を決められる立場にあるため、利益が出た年だけ賞与を出して会社の税金を減らす、といったことを防ぐために、厳しいルールが設けられています。
- 届出の期限:株主総会などで決議した日から1か月を経過する日と、その年度の職務執行を始めた日から4か月を経過する日のいずれか早い日(会計期間開始から4か月を経過する日がこれより早い場合はその日)
- 支払い方:届け出た日に、届け出た金額を、1円も違えずに支払う
- 金額が違った場合:原則として、支払った賞与の全額が会社の経費になりません
| 【要注意】届出のない冬の役員賞与は「二重の税金」に 3月決算で6月に株主総会を開く会社の場合、今年度の届出期限はすでに夏に過ぎています。届出をしないまま冬に役員賞与を支払うと、会社では経費にならず法人税がかかり、社長個人にも所得税・住民税がかかるという、同じお金に二重に税金がかかる状態になります。 さらに、役員賞与にも社会保険料はかかります。届出をしていない場合は、今期は賞与として支払わず、来期の役員報酬の見直しや、来期に向けた事前確定届出給与の届出で対応するのが実務上の鉄則です。 |
罠② 「賞与を減らして月給に回す」社会保険料対策は逆効果になることも
「賞与の回数や配分を工夫すれば社会保険料が安くなる」という話を耳にすることがあります。しかし、現在の制度では、毎月の給与にも賞与にもほぼ同じ保険料率がかかるため、配分を変えただけで大きく保険料が下がることは基本的にありません。
むしろ、賞与を年4回以上に分けると毎月の給与として扱われて標準報酬月額が上がったり、根拠のない名目変更を年金事務所の調査で指摘されたりするリスクがあります。社会保険料は将来の年金額にも反映されるため、「保険料を下げること」だけを目的にした配分変更はおすすめしません。
罠③ 退職予定者・扶養内パートへの賞与
賞与の支給対象を「支給日に在籍している人」とする定め(支給日在籍要件)がある会社は多いですが、就業規則や賃金規程に書かれていなければ、退職予定者から支払を求められたときにトラブルになりやすくなります。
また、配偶者の扶養に入っているパートの方の場合、扶養に入れるかどうかの判定(年収130万円未満など)には賞与も含めた年間の収入見込みで判断します。冬の賞与で年収が基準を超えると、扶養から外れて本人の手取りが大きく減ることがあります。支給前に本人の年収見込みを確認しておくと親切です。
罠④ 「払う約束」をしているかどうか
就業規則に「賞与は毎年12月に基本給の2か月分を支給する」と金額まで明記していると、業績が悪い年でも支払義務が生じます。一方、「会社の業績などを考慮して支給する。業績によっては支給しないことがある」という定めであれば、会社の判断で金額を決めることができます。
| 税理士の実務視点 賞与は「税金」「社会保険」「労働法」の3つが同時に関わるお金です。税金の面では役員賞与の届出、社会保険の面では賞与支払届と扶養の判定、労働法の面では就業規則・賃金規程の定め方がポイントになります。 また、賞与を含めた給与の総額が前年より一定以上増えた中小企業は、「賃上げ促進税制」で法人税が軽くなる可能性があります。賞与の金額を決める前に、税額控除を受けられるかどうかも一緒に試算しておくと、同じ人件費でも会社に残るお金が変わります。 |
シミュレーション:賞与50万円の手取りと会社の総負担
結論から言うと、賞与50万円を支給すると、社員の手取りは約40万円、会社の総負担は約58万円です。支給額と手取りの差、そして会社の上乗せ負担を数字で確認しましょう。
前提条件
- 協会けんぽ加入の会社に勤める35歳の社員(介護保険の対象外、扶養親族なし)
- 毎月の給与(前月の給与)は30万円、冬の賞与は50万円
- 保険料率は分かりやすさのため、健康保険10.0%、子ども・子育て支援金0.23%、厚生年金18.3%(いずれも労使合計)、雇用保険は社員0.55%・会社0.9%と仮定
- 会社負担には、子ども・子育て拠出金0.36%、労災保険0.3%(業種により異なる)も含める
- 数値はすべて概算の目安です(実際は都道府県・業種・年度の保険料率で変わります)
社員の手取り
| 項目 | 計算の考え方 | 金額 |
| 賞与の支給額 | — | 500,000円 |
| 健康保険料 | 500,000円 × 10.0% ÷ 2 | ▲25,000円 |
| 子ども・子育て支援金 | 500,000円 × 0.23% ÷ 2 | ▲575円 |
| 厚生年金保険料 | 500,000円 × 18.3% ÷ 2 | ▲45,750円 |
| 雇用保険料 | 500,000円 × 0.55% | ▲2,750円 |
| 源泉所得税 | (500,000円−74,075円)× 6.126% | ▲26,092円 |
| 手取り額 | 支給額の約80% | 約399,800円 |
源泉所得税の税率6.126%は、前月の給与30万円から社会保険料等(約4.4万円)を差し引いた約25.6万円・扶養親族なしの場合に「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」で当てはまる税率です。
会社の総負担
| 項目 | 計算の考え方 | 金額 |
| 賞与の支給額 | — | 500,000円 |
| 健康保険料(会社負担分) | 500,000円 × 10.0% ÷ 2 | 25,000円 |
| 子ども・子育て支援金(会社負担分) | 500,000円 × 0.23% ÷ 2 | 575円 |
| 厚生年金保険料(会社負担分) | 500,000円 × 18.3% ÷ 2 | 45,750円 |
| 雇用保険料(会社負担分) | 500,000円 × 0.9% | 4,500円 |
| 子ども・子育て拠出金 | 500,000円 × 0.36% | 1,800円 |
| 労災保険料 | 500,000円 × 0.3%(仮定) | 1,500円 |
| 会社の総負担 | 支給額の約116% | 約579,100円 |
| 【シミュレーションから分かること】 賞与50万円の場合、社員の手取りは約40万円、会社の総負担は約58万円。会社が出すお金と社員が受け取るお金には、約18万円の差があります。 社員10人に同じ額を支給すれば、会社の負担は約579万円。賞与の予算は「支給総額」ではなく「支給総額×約1.16倍」で組んでおくと、資金繰りで慌てずに済みます。 |
社長の賞与100万円:届出の有無で税金はこう変わる
同じ会社で、社長に冬の賞与100万円を支払う場合を比べます(法人税等の実効税率は概算で約30%と仮定)。
| 項目 | 事前確定届出給与の届出あり | 届出なし |
| 会社の経費(損金)になるか | なる | ならない |
| 会社の法人税等への影響 | 約30万円 軽くなる | 軽くならない |
| 社長個人の所得税・住民税 | かかる | かかる |
| 社会保険料(会社・社長) | かかる | かかる |
| 届出の有無による差 | — | 会社の税負担が約30万円重い |
届出がないだけで、同じ100万円の賞与でも会社の税金が約30万円増えます。役員賞与を考えている場合は、決算月ではなく年度が始まった直後に計画を立てることが大切です。
よくある質問(FAQ)
Q. パートやアルバイトに支払う賞与にも社会保険料はかかりますか?
A. 社会保険(健康保険・厚生年金)に加入している人であれば、パート・アルバイトでも賞与に社会保険料がかかります。加入していない人の場合、社会保険料はかかりませんが、雇用保険に加入していれば雇用保険料、また源泉所得税は差し引く必要があります。
Q. 賞与を支給しなかった場合も、何か届出が必要ですか?
A. 必要になる場合があります。年金事務所に登録されている「賞与支払予定月」に賞与を支給しなかったときは、「賞与不支給報告書」を提出します。今年は賞与を見送る会社も、届出を忘れないようにしましょう。
Q. 商品券や寸志も賞与になりますか?
A. なります。商品券は現金と同じように使えるため、金額にかかわらず賞与として所得税と社会保険料の対象になります。少額の寸志も同様です。忘年会の景品などとは区別して処理してください。
Q. 赤字の年でも、賞与は必ず支払わなければいけませんか?
A. 就業規則や賃金規程の定め方によります。「業績によっては支給しないことがある」と定めていれば、会社の判断で支給を見送ることができます。一方、支給時期と金額を明記している場合や、社員に金額を約束している場合は、支払義務が生じます。
Q. 賞与から住民税が引かれていないのは間違いではありませんか?
A. 間違いではありません。給与から住民税を差し引く場合(特別徴収)、住民税は年税額を12回に分けて毎月の給与から差し引くため、賞与からは差し引きません。賞与の分は、翌年度の住民税額に反映されます。
まとめ:賞与は「支払う前の準備」で差がつく
| 【3行まとめ】 1.賞与50万円の手取りは約40万円、会社の総負担は約58万円。予算は支給総額の約1.16倍で考えましょう。 2.賞与を支払ったら5日以内に賞与支払届。支給しない場合も賞与不支給報告書が必要になることがあります。 3.役員賞与は事前確定届出給与の届出がないと経費になりません。届出のない冬の役員賞与は支給前に見直しを。 |
賞与は、社員への感謝を形にする大切なお金です。だからこそ、税金・社会保険・就業規則のどれか一つでも見落とすと、会社にも社員にも思わぬ負担が生まれます。特に役員賞与の届出や賃上げ促進税制の活用は、支払う前に手を打つことで初めて効果が出る対策です。
当事務所には、国税の実務を内側から知る国税OBの税理士が在籍しており、役員賞与の届出や税務調査で確認されやすいポイントを踏まえた助言を行っています。さらに、税理士と社会保険労務士が同じ事務所で連携しているため、賞与の税金計算から賞与支払届、就業規則・賃金規程の見直しまで、税金と社会保険の両面からまとめて支援できます。
| 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 「今年の冬の賞与、会社の負担がいくらになるか知りたい」「役員にも賞与を出したいが、届出をしていない」——そんな支給前のご相談こそ、最も大きな効果が出るタイミングです。初回のご相談はオンラインでも承っています。 |
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税理士法人 大沼田経営会計事務所
代表社員 大沼田正樹
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冬のボーナスの手取りはいくら?
賞与の社会保険料と源泉所得税の計算方法を経営者向けに図解|今年から加わった「子ども・子育て支援金」と支給前に確認すべき5つの落とし穴
「冬のボーナス、いくら出せば社員の手元にいくら残るんだろう」「明細を見た社員から『思ったより少ない』と言われてしまった」
11月が近づくと、こんなご相談が一気に増えます。ボーナス(賞与)は社員にとって一年で最も楽しみなお金のひとつですが、実は支給額のおよそ2割が社会保険料と税金で差し引かれます。しかも会社側にも、支給額とは別に約16%の社会保険料の負担がかかります。
さらに今年(2026年度)からは、健康保険料と一緒に「子ども・子育て支援金」の徴収が始まりました。今年の冬のボーナスは、この支援金が差し引かれるはじめての冬の賞与です。
この記事では、ボーナスから何がいくら引かれるのか、その計算方法、会社が支給前に必ず確認すべき落とし穴を、はじめての方でも一読で分かるように解説します。後半では「賞与60万円」を例に、社員の手取りと会社の総負担を1円単位でシミュレーションします。
| 【この記事の結論】 ① ボーナスの手取りは支給額のおよそ8割。社会保険料(約15〜16%)と源泉所得税(数%)が差し引かれます。 ② 会社の負担は「支給額+約16%」。60万円の賞与なら、会社が実際に負担するのは約70万円です。予算は支給総額ではなく「総人件費」で組みましょう。 ③ 支給前に確認すべきは「退職予定者」「育休中の社員」「役員」の3者。ここを誤ると、払わなくてよい保険料を払ったり、役員賞与が全額経費にならなかったりします。 |
ボーナスから引かれるお金の全体像
結論から言うと、ボーナスから引かれるのは「社会保険料」と「所得税」の2種類だけです。住民税は原則としてボーナスからは引かれません。
賞与(ボーナス)とは、社会保険の世界では、名前を問わず、労働の対価として年3回以下の回数で支給されるお金のことです。「夏季手当」「寸志」「決算賞与」と呼び方が違っても、すべて賞与として扱われます。
家庭のやりくりに例えると、ボーナスは「臨時収入」です。ただし臨時収入であっても、毎月のお給料と同じように「保険の掛け金」と「税金」を先に差し引いてから手元に渡す、というルールになっています。
| 項目 | 社員の負担 | 会社の負担 | ポイント |
| 健康保険料 | あり(折半) | あり(折半) | 料率は都道府県ごとに異なる |
| 介護保険料 | あり(40〜64歳のみ) | あり(折半) | 40歳になった月から対象 |
| 厚生年金保険料 | あり(折半) | あり(折半) | 料率は全国一律18.3% |
| 子ども・子育て支援金 | あり(折半) | あり(折半) | 2026年4月分から徴収開始 |
| 雇用保険料 | あり | あり(社員より多い) | 支給額そのものに料率を掛ける |
| 子ども・子育て拠出金 | なし | あり(全額会社) | 厚生年金と同じ基準で計算 |
| 源泉所得税 | あり | なし | 前月の給与額と扶養人数で税率が決まる |
| 住民税 | 原則なし | なし | 毎月の給与から天引きされている |
月々の給与とボーナスでは「計算の物差し」が違う
毎月の給与の社会保険料は、4〜6月の給与をもとに決めた「標準報酬月額」という等級表の金額で計算します。一方、ボーナスは実際に支給した金額(1,000円未満切り捨て)をそのまま使います。つまり、ボーナスを多く払えば、その分だけ保険料も正直に増える仕組みです。
| 比較項目 | 毎月の給与 | ボーナス(賞与) |
| 保険料の計算の基準 | 標準報酬月額(等級表) | 標準賞与額(実際の支給額の1,000円未満切り捨て) |
| 上限 | 等級表の最高等級まで | 健康保険:年度合計573万円/厚生年金:1回150万円 |
| 所得税の計算 | 月額表(給与額と扶養人数) | 算出率の表(前月の給与額と扶養人数で税率を決定) |
| 住民税 | 毎月天引き | 原則天引きしない |
| 年金事務所への届出 | 原則不要(年1回の算定基礎届など) | 支給のたびに「賞与支払届」が必要 |
賞与の社会保険料の計算方法
結論として、賞与の社会保険料は「標準賞与額 × 保険料率」というシンプルな掛け算で計算できます。難しいのは計算式ではなく、料率が保険ごとに違う点です。
標準賞与額とは
標準賞与額とは、実際に支給したボーナスの金額から1,000円未満を切り捨てた、社会保険料を計算するための基準額のことです。たとえば60万5,800円を支給した場合、標準賞与額は60万5,000円になります。
2026年度の保険料率の目安
中小企業の多くが加入している協会けんぽ(全国健康保険協会)を例にすると、料率の目安は次のとおりです。健康保険料率は都道府県ごとに異なるため、ここでは分かりやすく約10%として示します。
| 保険の種類 | 料率(労使合計) | 社員の負担分 | 会社の負担分 |
| 健康保険 | 約10%(都道府県で異なる) | 約5% | 約5% |
| 介護保険(40〜64歳) | 約1.6% | 約0.8% | 約0.8% |
| 厚生年金 | 18.3% | 9.15% | 9.15% |
| 子ども・子育て支援金 | 0.23% | 0.115% | 0.115% |
| 雇用保険(一般の事業) | 1.35% | 0.5% | 0.85% |
| 子ども・子育て拠出金 | 0.36% | なし | 0.36% |
| 合計(40〜64歳の場合) | 約31.8% | 約15.6% | 約16.3% |
※労災保険料は全額会社負担で、業種によって料率が大きく異なるため、上の表とシミュレーションには含めていません。
今年から加わった「子ども・子育て支援金」とは
子ども・子育て支援金とは、児童手当の拡充など国の子育て支援策の財源にあてるため、2026年4月分から医療保険(健康保険など)の保険料と一緒に集められている負担金のことです。
会社員の場合は、健康保険料に上乗せする形で、会社と社員が半分ずつ負担します。毎月の給与だけでなく、ボーナスにも同じ料率がかかります。金額としては賞与60万円で社員・会社それぞれ690円と大きくはありませんが、給与計算ソフトの料率設定が更新されていないと、計算誤りや賞与支払届との不一致の原因になります。
| [画像指示:賞与の支給額から、健康保険・介護保険・厚生年金・子ども・子育て支援金・雇用保険・源泉所得税が順に差し引かれて手取りが残る様子を、積み木を一段ずつ取り除くイメージで示した図解イラスト / キャプション:ボーナスの約2割は、社会保険料と税金として差し引かれます] |
賞与の源泉所得税の計算方法
結論から言うと、ボーナスの所得税は「ボーナスの額」ではなく「前月の給与の額」で税率が決まります。ここが毎月の給与と最も違う点です。
「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」の使い方
算出率の表とは、前月の給与(社会保険料を差し引いた後の金額)と扶養する家族の人数を当てはめると、ボーナスにかける所得税の税率が分かる、国税庁の早見表のことです。
計算の手順は次の3ステップです。
- 手順1:前月の給与から社会保険料を差し引いた金額を出す
- 手順2:その金額と扶養親族の人数を算出率の表に当てはめ、税率を確認する
- 手順3:(ボーナスの額 - ボーナスの社会保険料)× 税率 = 源泉所得税(1円未満切り捨て)
算出率の表の税率には、復興特別所得税(所得税の2.1%)もあらかじめ含まれています。
例外:前月の給与がない場合や、ボーナスが前月給与の10倍を超える場合
前月に給与の支払いがない場合や、ボーナス(社会保険料控除後)が前月の給与(社会保険料控除後)の10倍を超える場合は、算出率の表は使いません。代わりに、毎月の給与で使う「月額表」を使って、ボーナスを6分の1(ボーナスの計算期間が6か月を超える場合は12分の1)にして計算する特別な方法になります。
| 税理士・社労士の実務視点 役員報酬を低く抑えて年1回まとめて賞与を払うケースや、入社直後・休職明けの社員にボーナスを払うケースは、この「10倍超」や「前月給与なし」に当たりやすく、給与計算ソフトに任せきりだと計算を誤る典型的な場面です。 源泉所得税の不足は、税務調査で必ず確認される項目です。不足があると、本来の税額に加えて不納付加算税(原則10%)がかかります。例外に当たる社員がいないか、支給前に名簿で確認することを実務上の結論としてお勧めします。 |
ボーナス支給の実務の流れ
結論として、ボーナスの支給は「金額を決める」だけでは終わりません。支給後の届出と納付まで含めて7つのステップがあります。
| STEP1 支給額の決定 就業規則(賃金規程)の定めと人事評価にもとづき、一人ひとりの支給額を決めます。予算は支給総額ではなく、会社負担の社会保険料を含めた「総人件費」で考えます。 |
| ▼ |
| STEP2 役員賞与の届出内容の確認 役員に賞与を払う場合は、税務署に届け出た金額・支給日と一致しているかを確認します(後述の落とし穴⑤)。 |
| ▼ |
| STEP3 対象者の確認 退職予定者、産休・育休中の社員、40歳・65歳になった社員など、保険料の扱いが変わる人を洗い出します。 |
| ▼ |
| STEP4 社会保険料・源泉所得税の計算 標準賞与額に料率を掛け、前月給与をもとに源泉所得税を計算します。料率の更新漏れがないかも確認します。 |
| ▼ |
| STEP5 支給と明細の交付 支給額・控除額・差引支給額を記載した明細を社員に渡します。 |
| ▼ |
| STEP6 賞与支払届の提出(支給日から5日以内) 日本年金機構へ「被保険者賞与支払届」を提出します。電子申請も可能です。 |
| ▼ |
| STEP7 保険料と源泉所得税の納付 賞与分の社会保険料は翌月分の保険料と合わせて翌月末に納付。源泉所得税は原則翌月10日まで(納期の特例を受けている場合は、7〜12月分を翌年1月20日まで)に納付します。 |
支給前に確認すべき5つの落とし穴
結論として、ボーナスの実務で損をしやすいのは計算そのものよりも、「誰に」「いつ」払うかの確認漏れです。次の5つを支給前に必ずチェックしてください。
落とし穴① 退職予定者は「退職日」で保険料が変わる
社会保険は、退職日の翌日に資格を失います。そして、資格を失った月(資格喪失月)に支給されたボーナスには、社会保険料がかかりません。このため、12月10日にボーナスを払った社員が12月中に退職する場合、退職日が「月末」か「月末より前」かで結果が大きく変わります。
| 退職日 | 資格を失う日 | 12月のボーナスの社会保険料 | 注意点 |
| 12月31日(月末) | 翌年1月1日 | かかる(12月はまだ加入中) | 12月分の厚生年金も加入期間に含まれる |
| 12月30日(月末より前) | 12月31日 | かからない(12月が資格喪失月) | 12月分は本人が国民年金・国民健康保険に加入する必要がある |
ただし、月末より前に退職すると、本人は12月分の国民年金・国民健康保険の保険料を自分で払うことになり、将来の厚生年金の加入期間も1か月短くなります。保険料の節約だけを目的に会社が退職日を誘導するのは避け、本人の希望と将来の年金を踏まえて決めることが実務上の結論です。なお、雇用保険料と源泉所得税は退職日にかかわらず差し引きます。
落とし穴② 育休中の社員のボーナスは「1か月超」が条件
産休・育休中の社員の社会保険料は免除されます。ただし2022年10月以降、ボーナスの保険料が免除されるのは、連続して1か月を超える育児休業を取得している場合に限られるようになりました。賞与支給月の月末をはさんで数日だけ育休を取っても、ボーナスの保険料は免除されません。男性の育休が増えた今、見落としが多いポイントです。
落とし穴③ 年4回以上の支給や「現物」の支給
同じ性質のボーナスを年4回以上支給すると、社会保険では賞与ではなく「報酬」として扱われ、毎月の標準報酬月額に組み込まれます。また、ボーナスを商品券や自社製品などの「現物」で渡した場合も、金銭に換算して賞与として保険料と所得税の対象になります。
落とし穴④ 「賞与支払届」と「賞与不支給報告書」
ボーナスを支給したら、支給日から5日以内に賞与支払届を提出します。反対に、年金事務所に登録している「賞与支払予定月」にボーナスを支給しなかった場合は、賞与不支給報告書の提出が必要です。業績の関係で今年は見送る、という場合も届出を忘れないようにしましょう。
落とし穴⑤ 役員のボーナスは事前の届出がないと経費にならない
事前確定届出給与とは、役員に支給する賞与の金額と支給日を、あらかじめ税務署に届け出ておくことで、会社の経費(損金)として認められる仕組みのことです。
| 【要注意】役員賞与の「届出なし」「金額違い」は二重の負担に ① 会社の経費にならない:届出をしていない役員賞与や、届け出た金額・支給日と異なる支給は、原則として全額が損金になりません。届け出た額より1円でも違えば、原則として届出どおりの扱いは受けられません。 ② それでも社員と同じく保険料と所得税はかかる:経費にならない一方で、役員個人には源泉所得税と社会保険料がかかります。つまり会社の法人税と役員個人の所得税の「二重」の負担になります。 ③ 届出の期限:原則として、株主総会などで役員報酬を決めた日から1か月を経過する日と、その事業年度が始まってから4か月を経過する日のいずれか早い日までです。期中に思い立って払うことはできません。 |
| 税理士・社労士の実務視点 ボーナスは、税金と社会保険の両方にまたがる典型的なテーマです。たとえば、ボーナスを含めた給与総額を増やした会社は「賃上げ促進税制」で法人税の控除を受けられる場合があり、逆に、決算期末に支給を決めた賞与を未払いのまま経費に入れるには、支給額の通知や期末から1か月以内の支払いといった条件があります。 税金だけ、社会保険だけを見ていると、どちらか一方で損をすることがあります。支給額を決める段階で、税金と保険料を合わせた「総額」で設計することが鉄則です。 |
シミュレーション:賞与60万円で、社員の手取りと会社の負担はいくら?
結論から言うと、60万円のボーナスで社員の手取りは約47.6万円、会社の総負担は約69.8万円です。会社が払うお金と社員が受け取るお金の差は、約22万円になります。
前提条件
- 協会けんぽに加入する会社の社員(45歳・介護保険の対象)
- 毎月の給与は32万円(標準報酬月額32万円)、扶養する家族はいない
- 12月10日に冬のボーナス60万円を支給
- 健康保険料率は分かりやすく10%、介護保険料率1.6%で仮定(実際は都道府県・年度で異なる)
- 数値は分かりやすさを優先した概算です(労災保険料は含めていません)
手順1 社員が負担する社会保険料
| 項目 | 計算式 | 金額 |
| 健康保険料 | 60万円 × 5% | 30,000円 |
| 介護保険料 | 60万円 × 0.8% | 4,800円 |
| 厚生年金保険料 | 60万円 × 9.15% | 54,900円 |
| 子ども・子育て支援金 | 60万円 × 0.115% | 690円 |
| 雇用保険料 | 60万円 × 0.5% | 3,000円 |
| 社会保険料の合計 | 93,390円 |
手順2 源泉所得税
まず前月(11月)の給与32万円から、毎月の社会保険料(健康保険16,000円+介護保険2,560円+厚生年金29,280円+支援金368円+雇用保険1,600円=49,808円)を差し引くと、27万192円です。これを算出率の表(扶養親族0人)に当てはめると、税率は6.126%になります。
(60万円 - 93,390円)× 6.126% = 506,610円 × 6.126% = 31,034円(1円未満切り捨て)
手順3 社員の手取りと会社の総負担
| 社員側 | 金額 | 会社側 | 金額 |
| ボーナス支給額 | 600,000円 | ボーナス支給額 | 600,000円 |
| 社会保険料(本人分) | -93,390円 | 健康・介護・厚生年金・支援金(会社分) | +90,390円 |
| 源泉所得税 | -31,034円 | 雇用保険料(会社分0.85%) | +5,100円 |
| 子ども・子育て拠出金(0.36%) | +2,160円 | ||
| 手取り額 | 475,576円(約79%) | 会社の総負担 | 697,650円(約116%) |
参考:12月中に退職する社員の場合
同じ社員が12月中に退職する場合、前述の落とし穴①のとおり、退職日によってボーナスの社会保険料が変わります。
| 項目 | 12月31日退職 | 12月30日退職 |
| ボーナスの社会保険料(本人分) | 93,390円 | 3,000円(雇用保険料のみ) |
| ボーナスの社会保険料(会社分) | 97,650円 | 5,100円(雇用保険料のみ) |
| 12月分の年金・医療保険 | 厚生年金・健康保険に加入 | 本人が国民年金・国民健康保険に加入 |
| 将来の厚生年金 | 12月分も加入期間に算入(賞与分も年金額に反映) | 12月分は加入期間に入らない |
| 【シミュレーションから分かること】 ボーナスは「支給額」と「社員の手取り」と「会社の総負担」の3つの数字がまったく違います。60万円の支給なら、会社は約70万円を用意し、社員の手元に残るのは約48万円です。 ボーナスの予算は、必ず会社負担の保険料を含めた総額で組み、社員には手取りの目安も伝えておくと、「思ったより少ない」という不満を防げます。退職予定者や育休中の社員がいる場合は、支給日と退職日・休業期間の関係を、支給前に専門家と確認するのが確実です。 |
よくある質問(FAQ)
Q. 「寸志」程度の少額のボーナスでも、社会保険料はかかりますか?
A. はい、かかります。社会保険では、名前や金額にかかわらず、年3回以下で支給される労働の対価はすべて賞与として扱われます。1,000円未満は切り捨てになりますが、数千円の寸志でも賞与支払届の提出と保険料の計算が必要です。
Q. 今年はボーナスを出さない予定です。何か手続きは必要ですか?
A. 年金事務所に登録している賞与支払予定月にボーナスを支給しない場合は、「賞与不支給報告書」の提出が必要です。支給しなかった月の翌月上旬を目安に、忘れずに提出しましょう。
Q. ボーナスから引かれた厚生年金保険料は、将来の年金に反映されますか?
A. はい、反映されます。2003年4月からは、ボーナスにかかった保険料(標準賞与額)も厚生年金の年金額の計算に含まれています。差し引かれる金額は大きく感じますが、将来の年金を増やす積み立ての役割もあります。
Q. 年金を受け取りながら働いている社員や役員にボーナスを払うと、年金は減りますか?
A. 減る場合があります。在職老齢年金の仕組みでは、直近1年間のボーナスの12分の1が月々の給与に上乗せされて判定されます。2026年4月から、年金が減り始める基準額は月62万円に引き上げられましたが、高額のボーナスを払う場合は事前に試算しておくことをお勧めします。
Q. 社会保険に加入していないパートの方にボーナスを払う場合は?
A. 健康保険・厚生年金に加入していない方には、ボーナスの社会保険料はかかりません。ただし、雇用保険に加入していれば雇用保険料を差し引き、源泉所得税は加入の有無にかかわらず計算して差し引きます。
まとめ:ボーナスは「総額」で設計し、「人」で確認する
| 【3行まとめ】 1.ボーナスの手取りは支給額の約8割。今年から「子ども・子育て支援金」も差し引かれます。 2.会社の負担は支給額の約1.16倍。予算は保険料を含めた総人件費で組みましょう。 3.退職予定者・育休中の社員・役員の3者は、支給前に必ず個別に確認を。 |
ボーナスは、社員の一年の頑張りに報いる大切なお金です。だからこそ、計算の誤りや手続きの漏れで、社員の信頼や会社のお金を損なうことは避けたいものです。そして賞与の実務は、法人税・所得税といった「税金」と、健康保険・厚生年金といった「社会保険」が同時に関わる、まさに税金と労務の境目にあるテーマです。
当事務所では、税理士と社会保険労務士が同じ事務所で連携し、賞与の支給額の設計から、源泉所得税・社会保険料の計算、賞与支払届の提出、役員賞与の事前確定届出まで、税金と社会保険の両面から一体でサポートしています。国税OBの税理士が在籍しているため、税務調査で確認されやすい源泉所得税の論点も、調査官の目線で事前に点検できます。
| 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 「今年の冬のボーナス、いくら出せばいいか一緒に考えてほしい」「役員にも賞与を払いたいが手続きが分からない」——そんな支給前の段階こそ、最も効果が出るタイミングです。初回のご相談はオンラインでも承っています。 |
〒399-0745
長野県塩尻市大門桔梗町6-17
税理士法人 大沼田経営会計事務所
代表社員 大沼田正樹
TEL:0263-52-0972
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冬のボーナス、手取りはいくら?
賞与の社会保険料と源泉所得税の計算方法を税理士がやさしく解説|経営者が支給前に確認すべき手続きと落とし穴
「冬のボーナス、額面60万円で出したのに、社員から『思ったより少ない』と言われてしまった」
「賞与の社会保険料って、毎月の給与と同じ計算でいいの?」「支給したあとに何か届け出が必要だった気がする……」
12月の賞与支給を前に、こんな疑問や不安を抱えている経営者・総務担当者の方は多いのではないでしょうか。賞与の計算は、毎月の給与とはルールがまったく違う部分があり、なんとなく給与と同じ感覚で処理していると、天引き額の誤りや届出漏れにつながります。
この記事では、賞与から引かれる社会保険料と源泉所得税の計算方法を、はじめての方でも一読で分かるように解説します。さらに、2026年4月分から新しく始まった「子ども・子育て支援金」の扱い、支給後5日以内に必要な届出、退職予定者や育休中の社員の扱いといった実務の落とし穴まで、税金と社会保険の両面から整理します。
| 【この記事の結論】 ① 賞与の手取りは、額面のおよそ8割が目安です。社会保険料(約15%)と源泉所得税(数%)が差し引かれます。 ② 賞与の計算は「毎月の給与とは別ルール」です。社会保険料は賞与の額そのもの(1,000円未満切捨て)に保険料率をかけ、源泉所得税は「前月の給与」をもとに税率を決めます。住民税は賞与からは引きません。 ③ 支給したら5日以内に「賞与支払届」を年金事務所へ。届出を忘れると、社員の将来の年金額にも影響します。支給しなかった月にも届出が必要な場合があります。 |
賞与(ボーナス)とは?社会保険と税金での扱いの基本
結論から言うと、賞与は「年3回以下の臨時の支給」であれば、社会保険でも税金でも毎月の給与とは別の計算方法で処理します。
賞与とは、毎月の給与とは別に、夏や冬、決算期などに臨時で支給されるお金のことです。名前が「ボーナス」「期末手当」「寸志」「決算賞与」など何であっても、労働の対価として支給されるものは賞与として扱われます。
家庭のやりくりにたとえると、毎月の給与は「毎月決まって入るお小遣い」、賞与は「年に数回もらえる特別なお年玉」のようなものです。お年玉にもきちんと記録とルールがあるように、賞与にも専用の計算ルールがあります。
「年4回以上」払うと賞与ではなくなる
社会保険では、支給回数によって扱いが変わります。年3回以下の支給は「賞与」、年4回以上の支給は「報酬(毎月の給与の一部)」として扱われます。年4回以上になると、賞与の額を12で割って毎月の標準報酬月額に上乗せする計算になり、手続きが複雑になります。賞与規程の支給回数は、社会保険の扱いまで見据えて決めることが大切です。
毎月の給与と賞与の違い(比較表)
| 項目 | 毎月の給与 | 賞与(年3回以下) |
| 社会保険料の計算の基準 | 標準報酬月額(4〜6月の平均などで決まる等級) | 標準賞与額(賞与の額の1,000円未満を切り捨てた額) |
| 社会保険料の上限 | 等級の上限まで(厚生年金は65万円の等級が上限) | 健康保険は年度累計573万円、厚生年金は1か月150万円が上限 |
| 源泉所得税の計算方法 | 「月額表」で、その月の給与額から税額を求める | 「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」で、前月の給与額から税率を求める |
| 住民税 | 毎月の給与から天引き(特別徴収) | 天引きしない |
| 雇用保険料 | 給与額×料率 | 賞与額×料率(上限なし) |
| 年金事務所への届出 | 原則なし(等級変更時を除く) | 支給日から5日以内に「賞与支払届」 |
| 税理士の実務視点 社員から「ボーナスは住民税が引かれないのに、なぜ所得税は引かれるのか」と質問されることがあります。住民税は前年の所得をもとに1年分の税額が決まっており、それを毎月の給与で12回に分けて納めているため、賞与からは引かないのです。一方、所得税は「その年の収入」にかかる税金なので、賞与のたびに概算で天引きし、年末調整で最終的に精算します。 |
賞与から引かれる社会保険料の計算方法
結論として、賞与の社会保険料は「標準賞与額 × 保険料率 ÷ 2(本人負担分)」というシンプルな式で計算します。毎月の給与のように等級表を見る必要はありません。
標準賞与額とは、実際に支給した賞与の額(税金や保険料を引く前の総額)から、1,000円未満を切り捨てた金額のことです。たとえば賞与が603,500円なら、標準賞与額は603,000円になります。
賞与にかかる社会保険料の種類と負担割合
| 保険の種類 | 保険料率の目安(2026年度) | 本人負担 | 会社負担 |
| 健康保険 | 約10%(都道府県・加入する健保組合で異なる) | 半分 | 半分 |
| 介護保険(40〜64歳のみ) | 約1.6% | 半分 | 半分 |
| 厚生年金保険 | 18.3%(全国一律) | 9.15% | 9.15% |
| 子ども・子育て支援金(2026年4月分〜) | 0.23%(健康保険料とあわせて徴収) | 0.115% | 0.115% |
| 雇用保険(一般の事業) | 1.35% | 0.5% | 0.85% |
| 子ども・子育て拠出金 | 0.36% | なし | 全額 |
| 労災保険 | 業種により異なる | なし | 全額 |
※保険料率は、協会けんぽの全国平均水準などをもとにした目安です。実際の計算では、自社が加入する健康保険の料率を使ってください。
■ 2026年度から新しく加わった「子ども・子育て支援金」
子ども・子育て支援金とは、少子化対策の財源として、2026年4月分の保険料から医療保険(健康保険)の保険料に上乗せして集められるお金のことです。会社と本人が半分ずつ負担し、毎月の給与だけでなく賞与にもかかります。今年の冬のボーナスは、この支援金がかかる初めての冬の賞与になるため、給与計算ソフトの設定が更新されているか、事前に確認しておきましょう。
保険料には上限がある
賞与の額が大きい場合、保険料の計算に使う金額には上限があります。健康保険・介護保険は年度(4月〜翌3月)の累計で573万円、厚生年金保険は1か月あたり150万円が上限です。たとえば役員に1回300万円の賞与を支給した場合、厚生年金保険料は150万円分にしかかかりません。
| [画像指示:賞与の額面から社会保険料・源泉所得税が差し引かれ、手取りが残るまでを階段状に示した図解イラスト / キャプション:賞与から引かれるのは社会保険料と所得税。住民税は引かれません] |
賞与から引かれる源泉所得税の計算方法
結論として、賞与の源泉所得税は「(賞与 − 社会保険料)× 税率」で計算し、その税率は前月の給与と扶養家族の人数で決まります。賞与の金額そのもので税率が決まるわけではない点が、最大のポイントです。
源泉所得税とは、会社が給与や賞与を支払うときに、本人に代わって所得税をあらかじめ差し引き、国に納める仕組みのことです。
計算は4ステップで進める
| STEP1 前月の給与から社会保険料を引いた額を確認する 賞与を支給する月の「前月」に支払った給与の総額から、社会保険料と雇用保険料を差し引いた金額を出します。 |
| ▼ |
| STEP2 「賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表」で税率を探す 国税庁が毎年公表している表で、STEP1の金額と扶養親族等の数が交わる欄の税率を確認します。 |
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| STEP3 賞与から社会保険料を差し引く 賞与の総額から、前の章で計算した賞与の社会保険料・雇用保険料を差し引きます。 |
| ▼ |
| STEP4 STEP3の金額に税率をかける これが賞与から天引きする源泉所得税です。支給月の翌月10日までに税務署へ納めます(納期の特例を受けている場合は半年ごと)。 |
例外:前月の給与がない場合や、賞与が前月給与の10倍を超える場合
入社直後で前月に給与がない場合や、賞与の額(社会保険料控除後)が前月の給与(社会保険料控除後)の10倍を超える場合は、算出率の表は使いません。賞与を6か月(賞与の計算対象期間が6か月を超えるときは12か月)で割った金額を毎月の給与に足して「月額表」で計算する、別の方法になります。役員や決算賞与のように大きな額を支給するときは、この例外に当たらないかを必ず確認してください。
| 税理士の実務視点 2026年1月から、令和7年度の税制改正(基礎控除の引上げなど)を反映した新しい源泉徴収税額表が使われています。賞与の算出率の表も改正後のものを使う必要があります。給与計算ソフトをお使いの場合でも、税額表が最新版に更新されているかを、冬の賞与の前に一度確認しておくと安心です。 |
支給前後に必要な手続きと、見落としがちな落とし穴
結論として、賞与で最も多いミスは「計算」よりも「届出漏れ」と「例外的な社員の扱い」です。支給前に次の3点を必ず確認しましょう。
落とし穴① 賞与支払届の提出漏れ
賞与支払届とは、賞与を支給したことと、その金額を年金事務所(健康保険組合に加入している場合は組合にも)に知らせる届出のことです。支給日から5日以内に提出します。電子申請も可能です。
この届出をもとに保険料が請求され、同時に社員の将来の年金額の計算にも反映されます。提出を忘れると、あとから保険料をまとめて請求されるだけでなく、社員の年金記録に賞与が載らないという不利益が生じます。
また、年金事務所に登録している「賞与支払予定月」に賞与を支給しなかった場合は、「賞与不支給報告書」の提出が必要です。今年は業績の関係で冬の賞与を見送る、という場合も手続きを忘れないようにしましょう。
落とし穴② 月末退職者の賞与
社会保険料は、資格を失う日(退職日の翌日)の属する月の前月分までかかります。そのため、退職日によって賞与の保険料のかかり方が変わります。
| ケース | 資格を失う日 | 12月支給の賞与の社会保険料 |
| 12月31日(月末)に退職 | 1月1日 | かかる(12月はまだ加入している月のため) |
| 12月30日に退職 | 12月31日 | かからない(12月は資格を失った月のため) |
雇用保険料と源泉所得税は、退職日に関係なく賞与の支給額に対してかかります。退職予定の社員に賞与を支給する際は、退職日と支給日の関係を事前に確認しておきましょう。
落とし穴③ 産休・育休中の社員の賞与
産前産後休業中や育児休業中の社員は、届出をすれば社会保険料が免除されます。ただし、賞与の保険料が免除されるのは、育児休業の期間が1か月を超える場合に限られます(2022年10月以降に開始した育休)。「月末に数日だけ育休を取れば賞与の保険料がかからない」という扱いは、現在はできません。
落とし穴④ 役員への賞与は「事前の届出」がないと会社の経費にならない
社員への賞与は原則として会社の経費(損金)になりますが、役員への賞与は、支給額と支給日を事前に税務署へ届け出る「事前確定届出給与」の手続きをしていなければ、会社の経費になりません。届出の期限は原則として「株主総会の決議日から1か月以内」かつ「事業年度開始から4か月以内」のいずれか早い日です。冬に役員賞与を出す予定がある場合、多くの会社ではすでに期限を過ぎているため、来期の役員報酬の設計とあわせて検討しましょう。
| 【要注意】「寸志」「商品券」も賞与です 少額の寸志や、現金の代わりに渡す商品券・ギフトカードも、給与・賞与として源泉所得税の対象です。社会保険でも、年3回以下の支給であれば賞与として届出の対象になります。「少額だから」「現金ではないから」と給与計算から外していると、税務調査や年金事務所の調査で指摘される原因になります。 |
シミュレーション:額面60万円の冬のボーナス、手取りと会社の負担はいくら?
結論から言うと、額面60万円の賞与の場合、社員の手取りは約49万円、会社が実際に負担する総額は約69万円になります。具体的な数字で確認しましょう。
前提条件
- 社員:35歳(介護保険料はかからない)、扶養親族1人
- 毎月の給与:30万円(標準報酬月額30万円)。前月の給与から社会保険料・雇用保険料を引いた額は約25.6万円
- 冬の賞与:60万円(12月支給)
- 保険料率:健康保険10%、厚生年金18.3%、子ども・子育て支援金0.23%、雇用保険(本人0.5%・会社0.85%)、子ども・子育て拠出金0.36%(会社のみ)
- 源泉所得税の税率:算出率の表で4.084%と仮定
- 数値は分かりやすさを優先した概算です(労災保険料は含めていません)
社員の手取りの計算
| 項目 | 計算の考え方 | 金額 |
| 賞与(額面) | 600,000円 | |
| 健康保険料 | 600,000円 × 10% ÷ 2 | ▲30,000円 |
| 厚生年金保険料 | 600,000円 × 9.15% | ▲54,900円 |
| 子ども・子育て支援金 | 600,000円 × 0.115% | ▲690円 |
| 雇用保険料 | 600,000円 × 0.5% | ▲3,000円 |
| 源泉所得税 | (600,000円 − 88,590円)× 4.084% | ▲20,886円 |
| 手取り額 | 額面の約82% | 約490,500円 |
会社が負担する総額
| 項目 | 計算の考え方 | 金額 |
| 賞与(額面) | 600,000円 | |
| 健康保険料(会社負担) | 600,000円 × 10% ÷ 2 | 30,000円 |
| 厚生年金保険料(会社負担) | 600,000円 × 9.15% | 54,900円 |
| 子ども・子育て支援金(会社負担) | 600,000円 × 0.115% | 690円 |
| 雇用保険料(会社負担) | 600,000円 × 0.85% | 5,100円 |
| 子ども・子育て拠出金 | 600,000円 × 0.36% | 2,160円 |
| 会社の負担総額 | 額面の約115% | 約692,800円 |
| 【シミュレーションから分かること】 額面60万円の賞与でも、社員の手元に届くのは約49万円、会社が用意するお金は約69万円です。その差は約20万円にもなります。 賞与の予算を組むときは「額面×約1.15倍」を会社の負担として資金繰りに織り込むこと、そして社員には「額面と手取りの違い」を明細で丁寧に説明することが、社員の納得感と信頼につながります。 |
よくある質問(FAQ)
Q. 賞与から住民税が引かれないのはなぜですか?
A. 住民税は前年の所得をもとに1年分の税額が決まっていて、それを毎月の給与から12回に分けて天引きしているためです。賞与から追加で引くことはありません。
Q. 賞与の社会保険料は、毎月の給与と同じ等級表で計算しますか?
A. いいえ。賞与は等級表を使わず、賞与の額から1,000円未満を切り捨てた「標準賞与額」に保険料率をかけて計算します。健康保険は年度累計573万円、厚生年金は1か月150万円が上限です。
Q. 賞与の源泉所得税は、賞与の金額が大きいほど税率が高くなりますか?
A. 原則として、税率は賞与の金額ではなく「前月の給与(社会保険料控除後)」と扶養親族等の数で決まります。ただし、賞与が前月の給与の10倍を超える場合などは、月額表を使う別の計算方法になります。
Q. 冬の賞与を支給しないことにしました。何か手続きは必要ですか?
A. 年金事務所に登録している賞与支払予定月に賞与を支給しなかった場合は、「賞与不支給報告書」の提出が必要です。支払予定月自体を変更したい場合も、あわせて手続きをしておきましょう。
Q. 寸志や商品券を渡す場合も、社会保険料や所得税がかかりますか?
A. はい。労働の対価として渡すものは、金額の大小や現金かどうかにかかわらず給与・賞与として扱われます。源泉所得税の天引きと、社会保険の賞与支払届の対象になります。
まとめ:賞与は「計算」と「届出」をセットで準備する
| 【3行まとめ】 1.賞与の手取りは額面の約8割。会社の負担は額面の約1.15倍を見込んで資金繰りを組みましょう。 2.社会保険料は「標準賞与額×料率」、源泉所得税は「前月の給与」で税率を決める別ルール。住民税は引きません。 3.支給後5日以内の賞与支払届、不支給の報告、退職者・育休者・役員の扱いまで、支給前に確認を。 |
賞与は、社員にとって1年の頑張りが形になる大切なお金です。だからこそ、計算の誤りや手続きの漏れは、会社への信頼を損ないかねません。そして賞与の実務は、源泉所得税という「税金」と、社会保険料・届出という「労務」が同時に関わる分野です。
当事務所では、税理士と社会保険労務士が同じ事務所で連携し、賞与の計算・届出から、役員賞与の事前確定届出、賞与規程や人事評価制度の設計まで一体でサポートしています。国税OBの税理士も在籍しており、税務調査で確認されやすい給与・賞与の処理についても、調査官の視点を踏まえて点検します。
| 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 「今年の冬の賞与、計算や手続きに不安がある」「役員賞与や決算賞与をどう設計すればよいか知りたい」——支給前のご相談が、最も効果の大きいタイミングです。オンラインでのご相談も承っています。 |
役員社宅で社長の手取りはいくら増える?
借り上げ社宅の家賃計算と「社会保険料が思ったほど下がらない」落とし穴
「10月の給与明細を見たら、社会保険料がまた上がっていた……」
毎年4〜6月の給与をもとに決まる社会保険料は、9月分から新しい金額に切り替わり、多くの会社では10月に支払う給与から天引き額が変わります。役員報酬を上げても、税金と社会保険料に持っていかれて手取りがほとんど増えない——そう感じている経営者の方は少なくありません。
そこでよく耳にするのが「社長の家を会社で借りる(役員社宅)と節税になる」という話です。これは事実です。ただし、正しい家賃の計算方法を知らずに始めると、税務調査で「給与」と判断されて追加の税金がかかったり、期待していたほど社会保険料が下がらなかったりすることがあります。
この記事では、役員社宅の仕組み、社長が負担すべき家賃の計算方法、導入の手順、そして税金と社会保険の両面から見た落とし穴を、はじめての方にも分かるように解説します。後半では、家賃20万円のマンションを例に、手取りがいくら増えるのかを具体的な数字でシミュレーションします。
| 【この記事の結論】 ① 役員社宅は、ルールどおりに運用すれば合法的に手取りを増やせる方法です。会社が家賃を払い、社長は国税庁の計算式で出した「賃貸料相当額」だけを負担します。家賃20万円の物件なら、社長の負担は2万円台に収まることも珍しくありません。 ② 税金と社会保険では「家賃のモノサシ」が違います。税金は固定資産税の評価額をもとに計算しますが、社会保険は都道府県ごとの「1畳あたりの金額」で計算します。この違いを知らないと、社会保険料の削減効果を見誤ります。 ③ 役員報酬の見直しは、事業年度が始まってから3か月以内が原則です。思い立ったらすぐ始めるのではなく、次の期首に向けて「社宅規程・契約・報酬改定」をセットで準備するのが成功の鍵です。 |
役員社宅とは?節税になる仕組みをまず理解しよう
結論から言うと、役員社宅で税金が減るのは「同じお金を、給与としてではなく家賃として会社から出す」からです。
役員社宅とは、会社が借りた(または所有する)住宅を、会社の役員に住まいとして貸し出す仕組みのことです。会社が不動産会社や大家さんと賃貸契約を結ぶ形を、特に「借り上げ社宅」と呼びます。
家庭のやりくりに例えると
お父さんが毎月のお小遣い30万円の中から家賃20万円を払っている家庭を想像してください。お小遣いには税金がかかるので、実際には「税金を引かれた後のお金」で家賃を払っていることになります。
一方、家賃を家計(会社)から直接大家さんに払い、お父さんはお小遣いを減らして少しだけ家賃を家計に入れる形にするとどうでしょう。お父さんの「税金がかかるお小遣い」が減るので、同じ生活をしながら税金を小さくできます。これが役員社宅の基本的な考え方です。
住宅手当・個人契約との違い
「家賃を会社が払う」方法には、住宅手当を出す方法もあります。しかし住宅手当は、名前が違うだけで中身は給与なので、税金も社会保険料も減りません。3つの方法を比べると、違いがよく分かります。
| 比較項目 | 個人で契約・自分で支払い | 住宅手当を支給 | 借り上げ社宅(役員社宅) |
| 賃貸契約の名義 | 社長個人 | 社長個人 | 会社 |
| 家賃を払う人 | 社長(給与の手取りから) | 社長(手当込みの給与から) | 会社が大家さんへ直接 |
| 所得税・住民税 | 給与全額に課税 | 手当も給与として課税 | 社長の負担額が適正なら、会社負担分は非課税 |
| 社会保険料 | 給与全額が対象 | 手当も対象 | 都道府県別の基準額を超える部分だけが対象 |
| 会社の経費(損金) | 給与として経費 | 給与として経費 | 家賃として経費 |
| 節税効果 | なし | なし | 大きい |
| [画像指示:個人契約・住宅手当・借り上げ社宅の3パターンで、家賃のお金の流れ(会社→社長→大家さん/会社→大家さん)を矢印で比較した図解イラスト / キャプション:会社から大家さんへ直接家賃が流れることで、社長の「税金がかかる給与」が減ります] |
社長が払うべき家賃「賃貸料相当額」の計算方法
結論として、役員社宅の成否は「社長がいくら会社に家賃を払うか」で決まります。この金額が少なすぎると、差額は社長への給与とみなされて課税されます。
賃貸料相当額とは、役員が社宅を借りる際に、税務上「これだけは払っておく必要がある」とされる家賃の目安額のことです。国税庁の通達で計算方法が決められており、住宅の広さや構造によって3つの区分に分かれます。
住宅の3つの区分と計算方法
| 区分 | 判定の基準 | 社長が負担すべき家賃(月額) |
| ① 小規模な住宅 | 床面積132㎡以下(木造など法定耐用年数30年以下の建物)、または99㎡以下(鉄筋コンクリート造など30年超の建物) | 次の合計額(固定資産税の課税標準額をもとに計算):建物の課税標準額×0.2%+12円×床面積(㎡)÷3.3㎡+敷地の課税標準額×0.22% |
| ② 小規模でない住宅 | ①を超える広さで、③に当たらないもの | 自社所有:(建物の課税標準額×12%〔耐用年数30年超は10%〕+敷地の課税標準額×6%)÷12/借り上げ:家賃の50%と上記の計算額のいずれか多い額 |
| ③ 豪華な住宅 | 床面積240㎡超で、取得価額・家賃・内外装などから見て豪華なもの(240㎡以下でもプールなど個人の好みの設備があるもの) | 通常の家賃相当額(時価)。節税効果はほぼなし |
多くの都市部のマンションは①の「小規模な住宅」に当たります。この場合、計算の土台が固定資産税の評価額なので、実際の家賃の1〜2割程度に収まることがよくあります。ここが役員社宅の節税効果が大きい理由です。
固定資産税の課税標準額はどうやって調べる?
固定資産税の課税標準額とは、市区町村が固定資産税を計算するもとにしている、土地や建物の評価額のことです。借り上げ社宅の場合、会社は大家さんではありませんが、借りている人(借主)として、賃貸借契約書を持参すれば市区町村(東京23区は都税事務所)で「固定資産評価証明書」などを取得できます。マンションの場合は、建物も敷地も「その部屋の持分」で計算します。
| 税理士の実務視点 実務で最も多いミスは、計算式を使わずに「家賃の1割をもらっておけば大丈夫」と自己流で決めてしまうことです。税務調査では評価証明書をもとに検算されるため、根拠のない金額は通用しません。 評価額は3年ごとに見直されるため、評価替えの年には賃貸料相当額も計算し直す必要があります。計算の根拠資料(評価証明書と計算表)は、社宅ごとに毎年ファイルしておきましょう。 |
税金と社会保険で「家賃のモノサシ」が違う
結論から言うと、役員社宅で所得税は大きく減っても、社会保険料は「税金ほどは」減りません。理由は、社会保険が税金とは別の基準で社宅を評価するからです。
社会保険は「1畳あたりいくら」で計算する
現物給与とは、お金ではなく、住まいや食事など「モノやサービス」の形で受け取る報酬のことです。社会保険では、会社が社宅を提供した場合、厚生労働大臣が都道府県ごとに定める「1畳あたりの金額」に、居間や寝室など住むための部屋の畳数を掛けた額を報酬として扱います。台所・トイレ・浴室・玄関・廊下は畳数に含めません。
そして、この金額から社長が払っている家賃を差し引いた残りが、社会保険料の計算に上乗せされます。つまり、税金のルールどおりに家賃を払っていても、社会保険の基準額の方が高ければ、その差額分には社会保険料がかかるのです。
| 項目 | 税金(所得税・住民税) | 社会保険(健康保険・厚生年金) |
| 基準となるルール | 国税庁の通達(賃貸料相当額) | 厚生労働大臣の告示(現物給与の価額) |
| 計算の土台 | 固定資産税の課税標準額と床面積 | 都道府県別の1畳あたりの金額×居住用の部屋の畳数 |
| 社長がその額以上を払えば | 給与課税なし | 報酬への上乗せなし |
| 社長の負担が少ないと | 差額が給与として課税 | 差額が報酬に加算され保険料が増える |
| 見落としやすい点 | 評価替え(3年ごと)で再計算 | 告示額は毎年度見直される |
| [画像指示:同じマンションの一室について、税金用の「賃貸料相当額」と社会保険用の「畳数×都道府県別単価」の2本のモノサシを並べて比較した図解イラスト / キャプション:税金と社会保険では社宅の評価方法が違うため、同じ自己負担額でも結果が変わります] |
社会保険料が下がるのは「4か月目から」
役員報酬を下げても、社会保険料はすぐには下がりません。随時改定とは、固定的な給与が変わり、その後3か月の平均で保険料の区分(等級)が2段階以上変わったときに、4か月目から保険料を見直す仕組みのことです。社宅の導入と同時に報酬を下げた場合、年金事務所への「月額変更届」の提出が必要になるかを必ず確認してください。
| 税理士の実務視点 当事務所に寄せられるご相談でも、「社宅にしたのに社会保険料がほとんど変わらない」という声は少なくありません。原因の多くは、社会保険の現物給与の計算を見落としていること、または随時改定の手続き漏れです。 役員社宅は「税金の制度」と思われがちですが、実際には税金と社会保険の両方のルールを同時に満たして初めて効果が最大化する制度です。 |
役員社宅のメリット・デメリット
結論として、役員社宅は会社にも社長にもメリットがある一方、社会保険の給付や手続きの手間といったデメリットもあります。両方を比べたうえで判断しましょう。
| メリット | デメリット・注意点 | |
| 社長個人 | 所得税・住民税が減り、手取りが増える/健康保険料が下がる | 標準報酬が下がると、傷病手当金などの給付額も下がる/厚生年金の上限に達していない場合は、将来の年金額が減る |
| 会社 | 家賃を経費にできる/会社負担の社会保険料が下がる | 社宅規程の作成、契約・評価額の管理などの事務負担が増える |
| 税務調査 | ルールどおりなら指摘されない | 自己負担額の根拠がないと、差額が役員給与として課税される |
なお、厚生年金の保険料の上限(標準報酬月額の上限)は、2027年9月から段階的に引き上げられる予定です。現在は上限に達していて年金保険料が変わらない社長でも、今後は社宅の導入によって年金保険料と将来の年金額の両方が変わる可能性があります。
役員社宅を導入する6つのステップ
結論から言うと、役員社宅は「規程→物件→契約→計算→報酬改定→毎月の運用」の順番で進めます。特に報酬改定のタイミングを外すと、効果が1年先送りになります。
| STEP1 社宅規程をつくる 社宅の対象者、自己負担額の計算方法、会社と社長の費用負担の区分(家賃・光熱費・修繕費など)を規程にまとめ、取締役会などで決議します。 |
| ▼ |
| STEP2 物件を選ぶ・区分を確認する 床面積と建物の構造(耐用年数)から、「小規模な住宅」に当たるかを確認します。広さが基準を少し超えるだけで、負担額が家賃の50%以上に跳ね上がることがあります。 |
| ▼ |
| STEP3 会社名義で賃貸借契約を結ぶ 新規なら会社が契約者になります。今住んでいる部屋を社宅にする場合は、大家さんの承諾を得て契約名義を会社に変更します。 |
| ▼ |
| STEP4 賃貸料相当額を計算する 固定資産評価証明書を取得し、国税庁の計算式で社長の負担額を計算します。あわせて社会保険の現物給与の額も確認します。 |
| ▼ |
| STEP5 役員報酬を改定する 原則として事業年度開始から3か月以内に、株主総会などで役員報酬の改定を決議します。議事録も必ず残しましょう。 |
| ▼ |
| STEP6 毎月の給与で自己負担額を差し引く 社長の負担額は給与から差し引き、会社の帳簿に記録します。報酬改定後3か月の平均で等級が2段階以上変われば、月額変更届を提出します。 |
税務調査で指摘されやすい実務上の罠
結論として、役員社宅の失敗の多くは「タイミング」「負担の範囲」「記録」の3つから生まれます。
罠① 期の途中で役員報酬を下げてしまう
定期同額給与とは、毎月同じ金額で支払われる役員報酬のことで、原則としてこの形でないと会社の経費になりません。報酬の金額を変えられるのは、原則として事業年度開始から3か月以内です。社宅を始めたからといって期の途中で報酬を下げると、増額・減額の扱いをめぐって経費性が問題になるおそれがあります。
罠② 光熱費・家具・家電まで会社で払う
社宅として非課税で扱えるのは、あくまで「住まいを貸すこと」です。電気・ガス・水道などの光熱費や、私物としての家具・家電、駐車場代などを会社が負担すると、その分は社長への給与として課税されます。
罠③ 初期費用の処理を間違える
会社名義で契約すると、初期費用も会社が支払います。仲介手数料は支払った年度の経費になりますが、敷金は戻ってくるお金なので資産です。また、20万円以上の礼金は「繰延資産」として、5年(契約期間が5年より短ければその期間)で分けて経費にします。なお、住宅の家賃には消費税がかからないため、消費税の計算で差し引くことはできません。
| 【要注意】社長の負担がゼロ・少なすぎる社宅は「給与」になる 社長から家賃を受け取っていない、または計算の根拠がない少額しか受け取っていない場合、税務調査で賃貸料相当額との差額が役員給与と判断されます。 その結果、社長個人に源泉所得税がかかり、会社には不納付加算税が課されることがあります。さらに社会保険でも、現物給与の届出漏れとして保険料をさかのぼって請求される可能性があります。 「誰がいくら負担するか」を規程と計算表で説明できる状態にしておくことが、最大の防御策です。 |
シミュレーション:家賃20万円のマンションを役員社宅にした場合
結論から言うと、下の前提では、社長個人の手取りが年約69万円、会社の負担が年約11万円減り、合計で年約80万円の効果になります。具体的な数字で確認しましょう。
前提条件
- 東京都内の鉄筋コンクリート造マンション、床面積70㎡(小規模な住宅に該当)、家賃月20万円
- 固定資産税の課税標準額(その部屋の持分):建物600万円、敷地400万円と仮定
- 社会保険の現物給与の単価は1畳あたり2,830円、居住用の部屋は20畳と仮定
- 社長は50歳。役員報酬は月80万円(年960万円)で、家賃は個人で払っている
- 社宅導入にあわせて期首に役員報酬を月62万円に改定(会社の支出総額をほぼ同じに保つ設計)
- 健康保険・介護保険の料率は労使合計約11.5%(本人約5.75%)と仮定。数値は分かりやすさを優先した概算です
① 社長が負担する家賃(賃貸料相当額)
| 計算項目 | 計算式 | 月額 |
| 建物部分 | 600万円×0.2% | 12,000円 |
| 床面積部分 | 12円×70㎡÷3.3㎡ | 約255円 |
| 敷地部分 | 400万円×0.22% | 8,800円 |
| 合計(社長の負担額) | 約21,055円 |
家賃20万円に対して、社長の負担は約2.1万円(家賃の約1割)です。残りの約17.9万円は会社が負担しても、社長への給与にはなりません。
② 社会保険の報酬の変化
社会保険の現物給与は「2,830円×20畳=56,600円」です。社長の負担額21,055円を差し引いた35,545円が報酬に上乗せされるため、社会保険上の報酬は「62万円+35,545円=約65.6万円」となります。
| 項目 | 導入前 | 導入後(実際) | 現物給与を見落とした場合の見込み |
| 社会保険上の報酬 | 80万円 | 約65.6万円 | 62万円 |
| 健康保険の標準報酬月額 | 79万円 | 65万円 | 62万円 |
| 厚生年金の標準報酬月額 | 65万円(上限) | 65万円(上限) | 62万円 |
見込みと実際では健康保険の等級に差が出るうえ、厚生年金はもともと上限に達しているため保険料が変わりません。「社会保険料がもっと下がるはず」と考えていると、ここで期待とのズレが生まれます。
③ 年間の効果
| 項目 | 計算の考え方 | 年間の効果 |
| 給与所得の減少 | 年960万円→744万円(給与所得765万円→約559.6万円) | 約205.4万円減 |
| 課税所得の減少 | 上記から、社会保険料控除の減少分(約9.7万円)を差し引き | 約195.7万円減 |
| 所得税(復興特別所得税込み) | 約195.7万円×20.42% | 約40.0万円減 |
| 住民税 | 約195.7万円×10% | 約19.6万円減 |
| 健康保険料(本人分) | (79万円−65万円)×5.75%×12か月 | 約9.7万円減 |
| 社長個人の手取り増加 | 約69.3万円 | |
| 健康保険料(会社負担分) | 本人分と同額 | 約9.7万円減 |
| 会社の支出総額 | 年960万円→744万円+家賃240万円−社長負担約25.3万円 | 約1.3万円減 |
| 会社の負担減少 | 約11.0万円 | |
| 合計の効果 | 年約80万円 |
| 【シミュレーションから分かること】 社長の生活(住む部屋も、家賃を除いて自由に使えるお金も)はほぼ変わらないまま、年約80万円、5年続ければ約400万円の差になります。 一方で、効果の大半は所得税・住民税によるもので、社会保険料の削減は限定的です。社会保険の現物給与を織り込んで試算しないと、効果を過大に見積もってしまいます。 所得が高く税率の高い社長ほど効果は大きくなり、逆に役員報酬が低い場合は効果が小さく、年金額の減少などのデメリットが上回ることもあります。 |
よくある質問(FAQ)
Q. 社長1人の会社でも、役員社宅は使えますか?
A. 使えます。役員社宅は会社の規模や役員の人数に関係なく利用できます。ただし、社長1人の会社ほど「会社のお金と個人のお金の区別」を厳しく見られるため、社宅規程の作成、会社名義の契約、計算根拠の保存を必ず行ってください。
Q. 今住んでいる賃貸マンションを、そのまま社宅にできますか?
A. できます。大家さんや管理会社の承諾を得て、契約名義を個人から会社に変更します。名義変更の際に新たな契約扱いとなり、礼金や手数料がかかる場合があるため、事前に確認しましょう。社長個人が所有している自宅を会社に貸して社宅にする方法もありますが、会社から受け取る家賃は社長の不動産所得になるため、効果は別途試算が必要です。
Q. 固定資産税の課税標準額が分からない場合はどうすればよいですか?
A. 借主である会社が、賃貸借契約書を持参して市区町村(東京23区は都税事務所)で固定資産評価証明書などを取得するのが確実です。どうしても取得できない場合、借り上げ社宅であれば家賃の50%を社長が負担すれば税務上の問題は生じませんが、その分節税効果は小さくなります。
Q. 期の途中から社宅に切り替えることはできますか?
A. 社宅の利用自体は期の途中からでも始められます。ただし、役員報酬の減額は原則として事業年度開始から3か月以内に行う必要があります。期の途中で始める場合は報酬を据え置いたまま社宅を開始し、次の期首に報酬を改定するのが安全な進め方です。具体的な進め方は、必ず税理士と相談してから決めてください。
Q. 光熱費や家具、駐車場代も会社で負担できますか?
A. 会社が負担すること自体はできますが、その分は社長への給与として課税されます。社宅として非課税になるのは住まいそのものの家賃部分だけです。社宅規程で「会社が負担するもの」と「社長が負担するもの」をはっきり分けておきましょう。
まとめ:役員社宅は「税金と社会保険をセットで設計」が成功の鍵
| 【3行まとめ】 1.役員社宅は、会社が家賃を払い、社長は国税庁の計算式による「賃貸料相当額」だけを負担することで、合法的に手取りを増やせる方法です。 2.税金と社会保険では社宅の評価方法が違うため、社会保険料は税金ほど下がりません。現物給与を織り込んだ試算が欠かせません。 3.役員報酬の改定は期首から3か月以内が原則。社宅規程・会社名義の契約・報酬改定をセットで、次の期首に向けて準備しましょう。 |
役員社宅は、仕組みそのものはシンプルですが、「税金の通達」「社会保険の告示」「役員報酬のルール」という3つの制度が重なり合う分野です。どれか一つでも見落とすと、効果が小さくなるだけでなく、税務調査や年金事務所の調査で思わぬ請求を受けることにもなりかねません。
当事務所には、国税の調査実務を内側から知る国税OBの税理士が在籍しており、調査官が社宅のどこを確認するのかを踏まえた規程づくりと計算根拠の整備をお手伝いしています。さらに、税理士と社会保険労務士が同じ事務所で連携しているため、所得税・法人税の節税効果と、社会保険料・将来の年金額への影響を一度に試算し、社長にとって本当に得になる役員報酬と社宅の組み合わせをご提案できます。定期的な巡回監査を通じて、評価替えの年の再計算や毎月の運用まで継続して支えます。
| 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 「役員報酬の手取りを増やしたい」「今の住まいを社宅にできるか知りたい」——次の期首を迎える前のご相談が、最も大きな効果を生むタイミングです。初回のご相談はオンラインでも承っています。 |
役員社宅で手取りが年約70万円増える?
借り上げ社宅の節税の仕組みと自己負担家賃の計算方法、社会保険まで見落とさない導入手順
「毎月の家賃が高いけれど、会社の経費にできないものか」「社宅にすると節税になると聞いたけれど、本当に大丈夫なのか」
自分の会社を経営している方なら、一度はこう考えたことがあるのではないでしょうか。家賃は毎月出ていく大きな固定費です。しかも、社長個人が払う家賃は、所得税や住民税、社会保険料を差し引かれた「残りのお金」から払っています。
実は、会社が借りた住まいを社長に貸す「役員社宅」の仕組みを正しく使えば、会社が払うお金の総額はほぼ変えずに、社長の手取りを年間数十万円単位で増やせる可能性があります。一方で、自己負担家賃の計算を間違えたり、契約の形を誤ったりすると、税務調査で「給与」と判断され、かえって税金が増えてしまいます。
この記事では、役員社宅で手取りが増える仕組み、社長が払うべき家賃の正しい計算方法、そして多くの解説記事が触れていない「税金と社会保険でルールが違う」という落とし穴まで、実際の数字を使って分かりやすく解説します。
| 【この記事の結論】 ① 役員社宅とは、会社が借りた住まいを社長に貸す仕組みです。決められた計算式で出した家賃(家賃の1〜2割程度になることが多い)を社長が会社に払えば、残りは会社の経費になります。 ② 手取りが増える理由は「税金や社会保険料がかかる前のお金で家賃を払える」から。月20万円の家賃の例では、社長の手取りが年約69万円増える試算になります。 ③ ただし、税金と社会保険では「いくら払えば給与にならないか」の基準が違います。税金だけを見て設計すると、社会保険料の計算で差額を上乗せされるため、両方の視点での設計が欠かせません。 |
役員社宅とは?手取りが増える仕組みをまず理解しよう
結論から言うと、役員社宅は「家賃を、税金がかかる前のお金で払う」ための仕組みです。
役員社宅とは、会社が自分の名義で住まいを借りたり買ったりして、それを社長などの役員に住まいとして貸し出し、役員から一定の家賃を受け取る制度のことです。会社が借りた物件を貸す場合は、特に「借り上げ社宅」と呼ばれます。
お小遣いで例えると分かりやすい
家庭のやりくりで考えてみましょう。毎月30万円のお小遣いをもらっている子どもが、そこから「部屋代」として20万円を親に返しているとします。しかもお小遣いには、受け取る前に「税金」が差し引かれる決まりがあるとしましょう。
このとき、最初から部屋代の分を差し引いてお小遣いを少なめに渡し、部屋は親が用意する形にすれば、税金がかかるお小遣いの金額そのものが小さくなります。子どもが使えるお金は同じでも、差し引かれる税金が減る分だけ、手元に残るお金が増えるのです。役員社宅は、まさにこの考え方です。
| 項目 | 社長が個人で家賃を払う場合 | 役員社宅にした場合 |
| 家賃を払う人 | 社長個人 | 会社(社長は自己負担家賃だけを払う) |
| 家賃の財源 | 税金・社会保険料を引かれた後の手取り | 会社のお金(経費になる) |
| 役員報酬 | 家賃分も含めた高めの金額 | 家賃分を差し引いて減額できる |
| 税金・社会保険料 | 高めの報酬に対してかかる | 減った報酬に対してかかる(減る) |
| 会社が払う総額 | ほぼ同じ | ほぼ同じ |
| [画像指示:社長個人が家賃を払う場合と役員社宅の場合で、お金の流れ(会社→社長→大家)と税金・社会保険料が差し引かれる位置を比較した図解イラスト / キャプション:家賃を「税金がかかる前のお金」で払えるのが役員社宅の本質です] |
社長が払う「自己負担家賃」の計算方法
結論として、役員社宅で最も大切なのは「社長が会社に払う家賃(自己負担家賃)」の金額です。この金額が決められた基準より少ないと、足りない分は社長への給与(役員報酬)として扱われ、節税の効果が消えてしまいます。
賃貸料相当額とは、税金のルール上「役員がこれだけ払っていれば、住まいの提供を給与とはみなさない」とされる家賃の金額のことです。この金額は、住まいの広さによって3つの区分で計算方法が変わります。
住まいの広さによる3つの区分
| 区分 | 広さの目安 | 社長が払うべき家賃の基準 |
| 小規模な住宅 | 床面積132㎡以下(鉄筋コンクリート造など耐用年数30年超の建物は99㎡以下) | 下の計算式で出す金額(家賃の1〜2割程度になることが多い) |
| 小規模でない住宅(一般の住宅) | 上記を超える広さ | 借り上げの場合は「会社が払う家賃の50%」と「固定資産税の課税標準額をもとにした計算額」のいずれか多い金額 |
| 豪華な住宅 | 床面積240㎡超で、家賃・内装などから総合的に判断。240㎡以下でもプール付きなど個人の趣味を強く反映したもの | 世間一般の家賃相場(時価)。節税効果はほぼなし |
小規模な住宅の計算式
多くの中小企業の社長が該当するのが「小規模な住宅」です。月額の自己負担家賃は、次の3つを合計して求めます。
| ① 建物の部分 その年度の建物の固定資産税の課税標準額 × 0.2% |
| ▼ |
| ② 広さの部分 12円 × 建物の総床面積(㎡)÷ 3.3㎡ |
| ▼ |
| ③ 土地の部分 その年度の敷地の固定資産税の課税標準額 × 0.22% |
| ▼ |
| 合計 = 社長が払う月額家賃(賃貸料相当額) この金額以上を社長が会社に払えば、住まいの提供は給与とはみなされません |
固定資産税の課税標準額とは、市区町村が固定資産税を計算するもとにしている土地や建物の評価額のことです。借り上げ社宅の場合、会社は物件の持ち主ではないため、大家さんや管理会社に依頼して数字を教えてもらうか、会社が委任を受けて市区町村で「固定資産評価証明書」を取得します。
| 税理士・社労士の実務視点 実務では「家賃の何割を払えばよいですか」とよく聞かれますが、税金のルールに「家賃の◯割」という基準はありません(一般の住宅の50%は例外)。目安で決めて計算の根拠を残していないと、税務調査で指摘される典型例になります。必ず固定資産税の数字で計算し、その資料を保存してください。 |
従業員の社宅とはルールが違う
同じ社宅でも、社長などの役員と一般の従業員では基準が異なります。
| 項目 | 役員(社長など) | 従業員 |
| 払うべき家賃の基準 | 賃貸料相当額の全額(小規模な住宅の場合) | 賃貸料相当額の50%以上 |
| 広さによる区分 | 小規模・一般・豪華の3区分 | 広さによる区分なし |
| 基準より少ない場合 | 差額が役員報酬として課税(場合により会社の経費にならない) | 差額が給与として課税 |
見落としがちな罠:税金と社会保険で「基準」が違う
結論として、役員社宅は税金のルールだけで設計すると、社会保険料の計算で思わぬ上乗せを受けます。ここが、私たちが最も強調したいポイントです。
現物給与とは、お金ではなく、住まいや食事などの「モノやサービス」で支給される給与のことです。社会保険(健康保険・厚生年金)では、社宅の提供も現物給与として扱われ、国が都道府県ごとに定めた金額をもとに評価します。
| 項目 | 税金(所得税・住民税) | 社会保険(健康保険・厚生年金) |
| 基準となる金額 | 固定資産税の課税標準額をもとにした賃貸料相当額 | 厚生労働大臣が都道府県別に定めた「1畳あたりの月額」× 居住部分の畳数 |
| 広さの数え方 | 建物の総床面積 | 居間・寝室など居住用の部屋のみ(台所・トイレ・浴室・玄関・廊下などは除く) |
| 自己負担が基準より少ない場合 | 差額が給与として課税される | 差額が報酬に加算され、標準報酬月額(保険料の計算のもと)が上がる |
| 傾向 | 都市部の賃貸物件では低めに出やすい | 都市部では税金の基準より高くなることがある |
| 【要注意】「税金はOK」でも社会保険では差額が上乗せされる 税金の基準どおりに月3.4万円を払っていても、社会保険の基準額が月7万円であれば、差額の約3.6万円が毎月の報酬に加算されて社会保険料が計算されます。 社会保険の基準額まで自己負担を増やす方法もありますが、そうすると今度は税金面の効果が小さくなります。どちらを優先するかは、報酬の水準や年金の受取額への影響まで含めて判断する必要があります。 |
| [画像指示:同じ社宅について、税金の基準額(固定資産税ベース)と社会保険の基準額(都道府県別の畳単価ベース)を並べた棒グラフ風の図解イラスト / キャプション:税金と社会保険は「物差し」が違うため、両方で確認することが欠かせません] |
役員社宅のメリット・デメリット
結論として、役員社宅は報酬が高めで、都市部の賃貸に住む社長ほど効果が大きい制度です。一方で、すべての社長に向いているわけではありません。
| メリット | デメリット・注意点 |
| 所得税・住民税が減り、手取りが増える | 役員報酬を減らすタイミングが年1回に限られる(後述) |
| 社会保険料(会社・本人とも)が減ることがある | 報酬が厚生年金の上限より低い場合、将来の年金額が少し減る |
| 会社が払う総額はほぼ変わらないため、会社の利益への影響が小さい | 住宅ローン控除は使えない(会社の物件のため) |
| 退職金の準備など、浮いたお金を別の対策に回せる | 社長を退任・退職すると原則として転居か個人契約への切り替えが必要 |
| 社宅規程を整えれば、従業員の福利厚生にも展開できる | 規程づくり・計算・書類保存などの管理の手間がかかる |
税務調査で否認されないための実務上の注意点
結論として、役員社宅で指摘されるのは「契約」「金額」「タイミング」「私的な費用」の4つです。どれも事前の準備で防げます。
注意点① 賃貸借契約は必ず「会社名義」にする
社長個人が契約したまま家賃を会社が払うのは、社宅ではなく「家賃手当」です。家賃手当は全額が給与として課税され、節税の効果はありません。今の住まいを社宅にする場合は、大家さんの同意を得て契約者を会社に切り替える必要があります。契約の更新時に切り替えるのが最もスムーズです。
注意点② 役員報酬の減額は「期首から3か月以内」に
定期同額給与とは、毎月同じ金額で支払う役員報酬のことで、原則としてこの形でなければ会社の経費になりません。役員報酬を変更できるのは、原則として事業年度が始まってから3か月以内(通常は定時株主総会のタイミング)です。期の途中で社宅に切り替えて報酬を下げると、減額前の金額のうち減額後を超える部分が経費として認められなくなるおそれがあります。
注意点③ 社宅管理規程と計算資料を残す
社宅を提供する対象者、自己負担家賃の計算方法、費用の負担区分(家賃・共益費・光熱費など)を定めた「社宅管理規程」を作り、取締役会や株主総会で決議しておきましょう。固定資産評価証明書や計算表も、税務調査で提示できるよう保存しておくことが大切です。
注意点④ 光熱費や家具・家電は社長個人の負担に
電気・ガス・水道代、家具や家電の購入費を会社が払うと、その金額は役員賞与とみなされ、会社の経費にならないうえ社長個人にも課税されます。住まいの「箱」は会社、生活費は社長個人と、はっきり線を引いてください。
契約時にかかる費用の扱い
| 費用 | 会社での扱い |
| 敷金(保証金) | 退去時に戻るお金なので経費ではなく資産として計上 |
| 礼金 | 返ってこない権利金として繰延資産。20万円未満なら支払時の経費にできる |
| 仲介手数料 | 支払時の経費 |
| 家賃・共益費 | 毎月の経費(住宅の家賃は消費税が非課税のため、消費税の計算で差し引くことはできない) |
導入までの5ステップ
| STEP1 対象物件と効果の試算 広さの区分を確認し、税金と社会保険の両方で効果を試算します |
| ▼ |
| STEP2 社宅管理規程の作成・決議 対象者、自己負担家賃の計算方法、費用負担の区分を定め、決議します |
| ▼ |
| STEP3 会社名義での賃貸借契約 新規契約または更新時に契約者を会社へ切り替えます |
| ▼ |
| STEP4 役員報酬の改定(期首から3か月以内) 社宅の開始と報酬改定の時期を合わせ、株主総会等で決議します |
| ▼ |
| STEP5 自己負担家賃の給与天引きと毎年の見直し 固定資産税の課税標準額は変わるため、毎年度計算をやり直します。社会保険の随時改定の要否も確認します |
シミュレーション:家賃月20万円の役員社宅で手取りはいくら増える?
結論から言うと、下の条件では社長個人の手取りが年約69万円、会社の社会保険料も年約7万円減り、合計で年約76万円の負担減となる試算です。
前提条件
- 東京都内の賃貸マンション(鉄筋コンクリート造、床面積60㎡、居住用の部屋は合計25畳)に、家賃月20万円で住んでいる社長(40歳以上、独身、他に所得なし)
- 現在の役員報酬は月100万円(年1,200万円)で、家賃は個人で支払い
- 固定資産税の課税標準額は、建物(専有部分)600万円、敷地(持分)1,000万円と仮定
- 社会保険の住宅の評価額は1畳あたり月2,900円(東京都の目安)と仮定
- 会社が払う総額を変えないよう、役員報酬を「100万円−家賃20万円+自己負担家賃」に改定
- 健康保険(介護保険含む)の料率は労使合計11.5%、厚生年金は18.3%、所得税は令和7年分以降の基礎控除58万円で概算。数値は分かりやすさを優先した目安です
ステップ1:自己負担家賃を計算する
| 計算部分 | 計算式 | 月額 |
| ① 建物の部分 | 600万円 × 0.2% | 12,000円 |
| ② 広さの部分 | 12円 × 60㎡ ÷ 3.3㎡ | 約218円 |
| ③ 土地の部分 | 1,000万円 × 0.22% | 22,000円 |
| 自己負担家賃(賃貸料相当額) | ①+②+③ | 約3.4万円(家賃の約17%) |
役員報酬は「100万円 − 20万円 + 3.4万円 = 83.4万円」に改定します。会社から見ると「報酬83.4万円+家賃20万円−社長から受け取る家賃3.4万円=100万円」で、総額は変わりません。
ただし社会保険では、住宅の評価額が「2,900円×25畳=72,500円」となり、自己負担3.4万円との差額約3.85万円が報酬に加算されます。社会保険料の計算のもとは「83.4万円+3.85万円=約87.25万円」です。
ステップ2:年間の負担を比べる
| 項目(年額・概算) | 社宅導入前 | 社宅導入後 | 差額 |
| 役員報酬 | 1,200万円 | 約1,001万円 | −約199万円 |
| 社会保険料(本人分) | 約139万円 | 約132万円 | −約7万円 |
| 所得税(復興特別所得税含む) | 約125万円 | 約82万円 | −約43万円 |
| 住民税(所得割) | 約82万円 | 約63万円 | −約19万円 |
| 家賃の支払(本人) | 240万円 | 約41万円 | −約199万円 |
| 本人の最終的な手取り | 約614万円 | 約683万円 | +約69万円 |
なお、厚生年金の保険料は、標準報酬月額65万円が上限です。この例では導入前も導入後も上限を超えているため、厚生年金の保険料と将来の年金額は変わりません。健康保険料だけが、会社・本人それぞれ年約7万円下がります。
| 【シミュレーションから分かること】 家賃月20万円の社宅化で、社長の手取りは年約69万円、会社の社会保険料も年約7万円減り、合計で年約76万円、5年で約380万円の差になる試算です。 効果の大部分は所得税・住民税の減少によるものです。所得税の税率が高い(課税される所得が多い)社長ほど効果は大きくなります。 一方で、社会保険の基準を考えずに設計すると、この例のように差額が報酬に加算されます。報酬が厚生年金の上限より低い社長は、年金額への影響も含めて判断が必要です。 |
よくある質問(FAQ)
Q. 今住んでいる賃貸マンションを、そのまま役員社宅にできますか?
A. できます。ただし、大家さんの同意を得て賃貸借契約の名義を社長個人から会社に切り替えることが条件です。個人契約のまま会社が家賃を払う形は社宅ではなく家賃手当となり、全額が給与として課税されます。契約更新のタイミングでの切り替えが実務上スムーズです。
Q. 自己負担家賃は「家賃の1割」で決めてもよいですか?
A. いいえ。税金のルールでは、小規模な住宅の場合、固定資産税の課税標準額をもとにした計算式で自己負担家賃を求めます。結果として家賃の1〜2割程度になることは多いものの、「家賃の◯割」という基準があるわけではありません。根拠のない割合で決めると、税務調査で差額を役員報酬と判断されるおそれがあります。
Q. 個人事業主でも社宅の節税は使えますか?
A. 使えません。個人事業主は自分に給与を払う仕組みがないため、社宅制度は法人特有の方法です。個人事業主が自宅の一部を仕事場にしている場合は、仕事で使う面積などの割合に応じて家賃の一部を経費にする「家事按分」で対応します。社宅制度は、法人化を検討する際の判断材料の一つになります。
Q. 持ち家に住んでいる場合も役員社宅にできますか?
A. 社長個人の持ち家をそのまま社宅にすることはできません。会社が物件を購入するか、社長の持ち家を会社に売却して社宅とする方法はありますが、売却時の譲渡所得税や登記費用、住宅ローンの扱いなど検討事項が多いため、必ず事前に専門家へ相談してください。
Q. 期の途中ですが、すぐに社宅に切り替えてもよいですか?
A. 社宅の契約自体はいつでも始められますが、役員報酬の減額は原則として事業年度開始から3か月以内に行う必要があります。期の途中で報酬を下げると、会社の経費として認められない部分が出るおそれがあります。次の報酬改定時期に合わせて、社宅の開始と報酬の改定をセットで準備するのが確実です。
まとめ:役員社宅は「税金」と「社会保険」を同時に設計してこそ効果が出る
| 【3行まとめ】 1.役員社宅は、家賃を税金がかかる前の会社のお金で払う仕組み。会社の総支出は変えずに社長の手取りを増やせます。 2.自己負担家賃は固定資産税の数字で計算し、契約は会社名義、報酬改定は期首から3か月以内が鉄則です。 3.税金と社会保険では基準が違うため、片方だけで設計すると効果が目減りします。両面からの試算が欠かせません。 |
役員社宅は、正しく設計すれば毎年確実に効果が続く、数少ない「仕組みで手取りを増やす方法」です。しかしその効果は、自己負担家賃の計算、契約の形、役員報酬を改定するタイミング、そして社会保険の評価額まで、すべてがかみ合って初めて最大になります。
当事務所には、税務調査の実務を内側から知る国税OBの税理士が在籍しており、調査官が社宅のどこを確認するのかを踏まえた規程づくりと書類の整備を行っています。さらに、税理士と社会保険労務士が同じ事務所で連携しているため、税金の効果と社会保険料・将来の年金への影響を一体で試算し、社長にとって最も有利な形をご提案できます。定期的な訪問による巡回監査で、毎年の家賃計算の見直しまで継続してお手伝いします。
| 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 「社宅にしたら実際いくら手取りが増えるのか知りたい」「次の役員報酬の改定に間に合わせたい」——そんな段階でのご相談が、最も効果を大きくできるタイミングです。初回のご相談はオンラインでも承っています。 |
最低賃金が上がる10月は給与見直しの分岐点
違反リスクを防ぎ賃上げ促進税制で負担を軽くする経営者の実務ガイド
「また最低賃金が上がるらしいけれど、うちの給料はこのままで大丈夫だろうか」「正社員は月給だから関係ないはず」「人件費が増えるのは分かるが、少しでも負担を減らす方法はないのか」――毎年秋になると、こうしたご相談が一気に増えます。
最低賃金の引き上げは、パート・アルバイトの時給だけの話ではありません。月給制の正社員でも、計算してみると最低賃金を下回っていたというケースは、実務の現場で決して珍しくないのです。しかも、給料を上げれば社会保険料や従業員の「扶養」の問題にも波及します。
この記事では、税金と労務の両方を日々扱う専門家の立場から、①最低賃金チェックの正しいやり方、②賃上げが社会保険・扶養に与える影響、③賃上げ促進税制と助成金で実質負担を軽くする方法を、具体的な数字を使って分かりやすく解説します。
| 【この記事の結論】 ① 月給制でも「時給に換算」して必ずチェックする。手当の一部や残業代は計算に含めないため、思わぬ違反が起きやすいのが実務の実態です。 ② 賃上げは「社会保険料」と「扶養の壁」まで一緒に設計する。給料だけ上げて終わりにすると、会社負担の増加やパートの働き控えを招きます。 ③ どうせ上げるなら「賃上げ促進税制」と「業務改善助成金」を使う。条件を満たせば、増えた人件費の最大45%相当を法人税から差し引けます。助成金は「賃上げ前の申請」が鉄則です。 |
1. 最低賃金とは?まず押さえておきたい基本の仕組み
結論から言うと、最低賃金は「会社と従業員が合意していても、これより安い賃金は無効になる」という強制力のあるルールです。「本人が納得しているから大丈夫」は通用しません。
最低賃金とは
最低賃金とは、最低賃金法にもとづいて国が決める「1時間あたりの賃金の下限額」のことです。
家庭で例えるなら、「お手伝い1時間につき、お小遣いは最低〇〇円」と家のルールで決まっているようなものです。親子で「今回は半額でいいよ」と話し合っても、家のルールのほうが優先されます。最低賃金を下回る約束をした場合、その部分は無効となり、最低賃金額で約束したものとみなされます。
最低賃金には2種類ある
最低賃金には、都道府県ごとに決まる「地域別最低賃金」と、特定の産業に決まる「特定最低賃金(産業別最低賃金)」があります。両方が当てはまる場合は、高いほうの金額を支払わなければなりません。
| 項目 | 地域別最低賃金 | 特定最低賃金 |
| 対象 | その都道府県で働くすべての労働者(パート・アルバイト・学生アルバイト含む) | 特定の産業(一部の製造業など)で働く労働者 |
| 金額の水準 | 基本となる金額 | 地域別より高く設定されるのが一般的 |
| 違反した場合 | 50万円以下の罰金(最低賃金法) | 30万円以下の罰金(労働基準法の賃金全額払い違反) |
| どちらを適用? | 両方が当てはまる場合は、高いほうの金額を適用 |
毎年秋に改定される仕組み
最低賃金は、毎年夏に国の審議会で引き上げの目安が示され、各都道府県で金額が決まり、おおむね10月以降に都道府県ごとの発効日から新しい金額が適用されます。前年度(2025年度)の改定では全国加重平均が1,121円(前年度比66円増)となり、過去最大の引き上げ幅となりました。政府は「2020年代中に全国平均1,500円」という目標を掲げており、今後も大幅な引き上げが続く前提で経営計画を立てることが欠かせません。
なお、近年は都道府県によって発効日が大きく異なり、10月上旬の地域もあれば、翌年に発効する地域もあります。自社の事業所がある都道府県の「金額」と「発効日」の両方を、必ず確認してください。
| [画像指示:日本地図上に都道府県ごとの最低賃金と発効日を色分けで示した図解イラスト / キャプション:最低賃金は都道府県ごとに金額も発効日も異なります] |
| 【ここが落とし穴】 最低賃金は「会社の本社所在地」ではなく「従業員が実際に働く事業所の所在地」で決まります。本社が地方、支店が都市部にある会社では、支店のパートだけ基準が高くなるため、全社一律の時給表を使っていると違反が起きやすくなります。 |
2. 月給制でも油断禁物 最低賃金チェックの正しい計算方法
結論として、月給制の従業員も「月給 ÷ 1か月の平均所定労働時間」で時給に換算し、最低賃金と比べる必要があります。しかも、月給の全額を計算に入れてよいわけではない点が最大の落とし穴です。
計算に「含める賃金」と「含めない賃金」
最低賃金の計算に使うのは、毎月決まって支払われる基本的な賃金だけです。リンゴ農家で例えるなら、「毎月の基本の手間賃」は数えますが、「たまたま多く収穫できた月のボーナス」や「遠くの畑まで通う交通費」は数えない、というイメージです。
| 区分 | 具体例 | 最低賃金の計算 |
| 含める賃金 | 基本給、職務手当、役職手当、資格手当など毎月決まって支払う手当 | 含める |
| 含めない賃金① | 時間外・休日・深夜の割増賃金(固定残業代を含む) | 含めない |
| 含めない賃金② | 通勤手当、家族手当、精皆勤手当 | 含めない |
| 含めない賃金③ | 賞与など1か月を超える期間ごとに支払う賃金 | 含めない |
| 含めない賃金④ | 結婚手当など臨時に支払う賃金 | 含めない |
最低賃金チェックの5ステップ
月給制の従業員の最低賃金チェック手順
| STEP 1 年間の所定労働日数を出す 365日(うるう年は366日)から年間休日数を引きます。 |
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| STEP 2 1か月の平均所定労働時間を出す 「年間所定労働日数 × 1日の所定労働時間 ÷ 12か月」で計算します。 |
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| STEP 3 計算に含める賃金を集計する 基本給+毎月決まった手当だけを合計し、残業代・通勤手当・家族手当・精皆勤手当は除きます。 |
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| STEP 4 時給に換算する 「含める賃金の合計 ÷ 1か月の平均所定労働時間」で時給を出します。 |
▼
| STEP 5 最低賃金と比べる 事業所の都道府県の最低賃金(特定最低賃金があれば高いほう)以上かを確認します。発効日以降の給与から適用します。 |
■ 計算例:月給18万円の正社員は大丈夫?
年間休日105日、1日8時間勤務、月給18万円(基本給16万円+職務手当2万円)、別に通勤手当1万円を支給している正社員で計算してみます。仮に、この地域の最低賃金を1,100円とします。
| 計算項目 | 計算式 | 結果 |
| 年間所定労働日数 | 365日 − 105日 | 260日 |
| 1か月の平均所定労働時間 | 260日 × 8時間 ÷ 12か月 | 約173.3時間 |
| 計算に含める賃金 | 基本給16万円 + 職務手当2万円(通勤手当は除く) | 180,000円 |
| 時給換算額 | 180,000円 ÷ 173.3時間 | 約1,038円 |
| 判定(最低賃金1,100円の場合) | 1,038円 < 1,100円 | 違反(月約1.1万円不足) |
このように、「月給18万円あるから大丈夫」と思っていても、休日が少なく労働時間が長い会社ほど、時給に直すと最低賃金を下回ります。年間休日を増やすと1か月の労働時間が減るため、同じ月給でも時給換算額は上がります。賃上げだけでなく、休日数の見直しも対策の選択肢になるのです。
実務でよくある3つの罠
■ 罠① 固定残業代込みの月給
「月給25万円(固定残業代5万円を含む)」のような給与体系では、最低賃金の計算に使えるのは残業代を除いた20万円だけです。求人票の総額だけを見て安心するのは危険です。
■ 罠② 試用期間中の減額
試用期間中だからといって、最低賃金を下回る賃金を払うことはできません。減額の特例は、都道府県労働局長の許可を受けた場合に限られ、減額できる率にも上限があります。許可なく「試用期間は時給900円」とすることは違反です。
■ 罠③ 発効日をまたぐ給与計算期間
たとえば「20日締め・25日払い」の会社で発効日が10月上旬の場合、9月21日〜10月20日の給与計算期間のうち、発効日以降に働いた分から新しい最低賃金が適用されます。「11月分から切り替えればいい」と考えていると、1か月弱の未払いが発生します。
| 【税理士×社労士の実務視点】 最低賃金の不足は、労働基準監督署の調査で指摘されると、原則としてさかのぼって差額を支払う必要があります。未払いの賃金は過去分(現在は3年)まで請求される可能性があり、人数が多い会社ほど金額が膨らみます。 また、差額を支払えば給与が増え、その分の社会保険料や源泉所得税の計算もやり直しになります。労務の問題が、そのまま税務・社会保険の修正作業に連鎖するのが最低賃金違反の怖さです。給与計算を担う社労士と、決算・税務を担う税理士が同じ情報を共有していれば、この連鎖を未然に防げます。 |
3. 賃上げが社会保険と「扶養の壁」に与える影響
結論として、賃上げをするときは「会社の社会保険料負担の増加」と「パートの働き控え」の2点をセットで考える必要があります。ここは税金の知識だけでは見落としやすい、労務ならではのポイントです。
標準報酬月額と随時改定(月額変更届)
標準報酬月額とは、社会保険料を計算するために、毎月の給与をいくつかの段階(等級)に当てはめた金額のことです。
基本給や手当など「固定的な賃金」が変わり、その後3か月の平均で標準報酬月額が2等級以上変わった場合は、「随時改定」として年の途中でも保険料が変わります。このとき会社は「月額変更届」を提出しなければなりません。10月の賃上げであれば、10月・11月・12月の3か月の給与で判定し、該当すれば翌年1月分から保険料が変わります。
社会保険料は会社と従業員が折半で負担するため、給与を1万円上げると、会社負担もおおむね1,500円前後増えると考えておきましょう(加入する健康保険や年齢によって率は異なります)。
パートの「年収の壁」と就業調整
時給が上がると、同じ時間働くだけで年収が増え、「扶養から外れたくない」パートの方が勤務時間を減らしてしまうことがあります。これを就業調整といいます。主な壁を整理すると、次のとおりです。
| 壁 | 中身 | 影響 | 最近の動き |
| 106万円の壁 | 一定の会社で週20時間以上などの条件を満たすと、本人が社会保険に加入 | 社会保険料の本人負担が発生 | 月額8.8万円の賃金要件は撤廃の方向 |
| 130万円の壁 | 家族の社会保険の扶養から外れ、自分で国民健康保険・国民年金などに加入 | 保険料の負担が大きく、手取りが減りやすい | 一時的な収入増は事業主の証明で扶養継続できる仕組みあり |
| 所得税の壁 | 本人に所得税がかかり始めるライン | 所得税の負担が発生 | 税制改正で103万円から160万円へ引き上げ |
| [画像指示:時給アップによって年収が各「壁」に近づき、勤務時間を減らしてしまう流れを示した図解イラスト / キャプション:時給が上がると、同じ時間でも年収の壁に近づきます] |
| 【税理士×社労士の実務視点】 人手不足の時代に、時給を上げた結果シフトに入れる時間が減ってしまっては本末転倒です。賃上げの前に、パートの方一人ひとりについて「今の働き方で年収がいくらになるか」「壁を越えた場合の手取りはどう変わるか」を試算し、本人と話し合っておくことをおすすめします。 所得税の壁は大きく緩和されましたが、社会保険の壁は別のルールで動いています。税金と社会保険の両方の壁を一枚の表で説明できるかどうかが、従業員の安心感と定着率を左右します。 |
4. 賃上げの負担を軽くする「税制」と「助成金」
結論として、中小企業が使える代表的な支援策は「賃上げ促進税制」と「業務改善助成金」の2つです。前者は「上げた後」に法人税を減らす制度、後者は「上げる前」に申請して設備投資費用などの助成を受ける制度で、タイミングがまったく異なります。
賃上げ促進税制とは
賃上げ促進税制とは、従業員の給与総額を前の年より一定以上増やした会社が、増えた金額の一定割合を法人税(個人事業主は所得税)から直接差し引ける制度のことです。
「経費になる」だけの制度とは違い、税金そのものから差し引ける(税額控除)のが大きな特徴です。お小遣い帳で例えるなら、「使ったお金を記録できる」だけでなく、「使った分の一部をおうちの人が後から返してくれる」ようなイメージです。
■ 中小企業向けの主な要件と控除率
| 要件 | 内容 | 控除率 |
| 基本要件 | 雇用者給与等支給額(従業員の給与総額)が前年度比1.5%以上増加 | 増加額の15% |
| 上乗せ要件 | 雇用者給与等支給額が前年度比2.5%以上増加 | 増加額の30% |
| 教育訓練費の上乗せ | 教育訓練費が前年度比5%以上増加し、給与総額の0.05%以上 | +10% |
| 子育て・女性活躍の上乗せ | 「くるみん」または「えるぼし(2段階目以上)」の認定を取得 | +5% |
| 最大控除率 | 上記をすべて満たした場合 | 最大45% |
| 控除の上限 | その年度の法人税額の20%まで | — |
| 繰越控除 | 控除しきれなかった金額は最長5年間繰り越し可能(繰越先の年度でも給与総額の増加が必要) | — |
対象となるのは青色申告をしている中小企業者等で、給与総額には役員やその親族などに支払う給与は含まれません。社長の役員報酬を増やしても、この制度の計算には入らない点に注意しましょう。
業務改善助成金とは
業務改善助成金とは、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)を一定額以上引き上げ、あわせて生産性を上げる設備投資などを行った中小企業に、その費用の一部を国が助成する制度のことです。
たとえば、飲食店が時給を引き上げると同時に、券売機や食器洗浄機を導入して作業時間を短くする、といった使い方が典型例です。助成額や対象となる条件は年度ごとに見直されるため、申請前に最新の要件を確認することが欠かせません。
2つの制度の比較
| 比較項目 | 賃上げ促進税制 | 業務改善助成金 |
| 仕組み | 法人税(所得税)から差し引く | 国から現金が支給される |
| 手続きのタイミング | 賃上げ後、決算の申告時 | 賃上げ前に交付申請が必要 |
| 赤字の会社 | その年は効果なし(5年間繰り越し可能) | 赤字でも利用可能 |
| 設備投資 | 不要 | 必要(生産性向上につながるもの) |
| 主な担当専門家 | 税理士 | 社労士(労務・賃金台帳の整備) |
| 併用 | 同じ賃上げで併用できる場合がある(控除額の計算に調整が入ることがある) |
| 【ここが落とし穴】 業務改善助成金は、交付決定を受ける前に賃金を引き上げたり、設備を発注したりすると対象外になるのが原則です。「最低賃金が上がったから時給を上げた。後で助成金を申請しよう」では間に合いません。 賃上げ促進税制も、給与総額の計算を誤ると、せっかくの控除が受けられないうえ、税務調査で否認されるリスクがあります。前年度と当年度の給与総額を、同じ基準で正確に集計しておくことが重要です。 |
5. シミュレーション:従業員10名の会社が賃上げした場合
結論として、次のケースでは増えた人件費約97万円のうち、税額控除と経費算入による法人税等の減少で約58万円が戻り、実質負担は約39万円まで圧縮できます。具体的な数字で見てみましょう。
前提条件
| 項目 | 内容 |
| 会社 | 地方で飲食店と惣菜販売を営む株式会社(青色申告・中小企業者) |
| 従業員 | 正社員4名、パート6名(全員社会保険に加入していると仮定) |
| 前年度の給与総額 | 3,000万円(役員報酬は除く) |
| 賃上げの内容 | パート時給を1,050円→1,110円(+60円・年1,000時間勤務)/正社員の月給を1人1万円アップ |
| 教育訓練 | 外部研修の受講費を前年度より増やし、教育訓練費の上乗せ要件を満たすと仮定 |
| 法人税額 | 賃上げ前の見込みで年250万円(控除上限は20%の50万円) |
試算結果
| 項目 | 計算式 | 金額 |
| パートの給与増加額 | 60円 × 1,000時間 × 6名 | 36万円 |
| 正社員の給与増加額 | 1万円 × 12か月 × 4名 | 48万円 |
| 給与総額の増加額(増加率) | 36万円 + 48万円(3,084万円 ÷ 3,000万円 = 2.8%増) | 84万円 |
| 会社負担の社会保険料増加 | 84万円 × 約15% | 約12.6万円 |
| 人件費の増加合計(A) | 84万円 + 12.6万円 | 約96.6万円 |
| 賃上げ促進税制の控除額(B) | 84万円 × 40%(2.5%以上:30%+教育訓練:10%) | 約33.6万円 |
| 経費算入による法人税等の減少(C) | 96.6万円 × 実効税率約25%(概算) | 約24.2万円 |
| 実質的な負担額 | (A)−(B)−(C) | 約38.8万円 |
| [画像指示:人件費増加額96.6万円が、税額控除33.6万円・法人税等の減少24.2万円・実質負担38.8万円に分かれる積み上げ棒グラフ / キャプション:制度を使うと、賃上げの実質負担は約4割まで下がります] |
シミュレーションから分かること
- 制度を使わなければ約72万円(96.6万円−24.2万円)の負担だったものが、賃上げ促進税制によってさらに33.6万円軽くなります。
- 給与の増加率が2.5%に届くかどうかで、控除率が15%か30%かに分かれます。このケースで増加率が2.4%だった場合、控除額はほぼ半分になるため、「あと少しで2.5%」の場合は昇給額の上乗せを検討する価値があります。
- 設備投資を伴う場合は、業務改善助成金を賃上げ前に申請することで、さらに負担を減らせる可能性があります。
| 【税理士×社労士の実務視点】 賃上げの金額は、決算直前ではなく期首のうちに年間の給与総額の着地を見込んで決めるのが理想です。巡回監査で毎月の給与台帳と試算表を確認していれば、「このままだと増加率は2.3%なので、冬の賞与を少し上乗せすれば2.5%に届く」といった判断を、決算前に余裕をもって行えます。 ※上記は制度の仕組みを理解していただくための概算です。社会保険料率、実効税率、控除の可否は会社ごとの条件で異なります。 |
6. よくある質問(FAQ)
Q. 最低賃金を下回っていることに気づいたら、どうすればよいですか?
A. 直ちに賃金を引き上げ、発効日以降の不足分を計算して差額を支払ってください。地域別最低賃金を下回った場合は最低賃金法により50万円以下の罰金の対象となります。自主的に早く是正することが、労働基準監督署の調査リスクや従業員との信頼関係の面でも最善策です。
Q. 赤字の会社でも賃上げ促進税制は使えますか?
A. 赤字で法人税がかからない年は、その年に控除を受けることはできません。ただし、中小企業者等は控除しきれなかった金額を最長5年間繰り越せます。繰り越した年度に黒字となり、かつ給与総額が前年度より増えていれば控除を受けられるため、赤字の年でも要件を満たしているかを申告書に記録しておくことが大切です。
Q. 社長や家族役員の報酬を上げた場合も、賃上げ促進税制の対象になりますか?
A. 対象になりません。賃上げ促進税制の給与総額には、役員や役員の親族など特殊な関係にある人への給与は含まれません。あくまで一般の従業員に支払う給与が対象です。
Q. パートの方に「扶養の範囲内で働きたいので時給は上げないで」と言われました。
A. 最低賃金を下回る時給にすることは、本人の希望があってもできません。この場合は時給を上げたうえで、年間の勤務時間を調整することになります。あわせて、社会保険の扶養(130万円)は一時的な収入増なら事業主の証明で扶養を続けられる仕組みがあることや、所得税の壁は160万円まで引き上げられたことを説明すると、働き方の選択肢が広がります。
Q. 最低賃金の改定に向けて、会社は何をいつまでにすればよいですか?
A. 発効日より前に、次の3つを済ませておくのが実務上の結論です。①全従業員の時給換算額を一覧にして最低賃金との差を確認する、②給与計算ソフトの時給・月給の設定を変更する、③賃上げ額が決まったら賃金規程や雇用契約書(労働条件通知書)を更新する。設備投資を伴う場合は、業務改善助成金の申請をこれより前に行ってください。
7. まとめ:賃上げは「守り」と「攻め」を同時に考える
| 【3行でわかるこの記事のポイント】 1. 月給制の社員も、残業代・通勤手当などを除いて時給に換算し、事業所ごとの最低賃金と必ず比べる。 2. 賃上げは社会保険料の増加とパートの「扶養の壁」までセットで設計し、働き控えを防ぐ。 3. 賃上げ促進税制(最大45%の税額控除)と業務改善助成金(賃上げ前に申請)で実質負担を軽くする。 |
最低賃金の引き上げは、毎年必ずやってくる「避けられない経営課題」です。しかし、正しい計算で違反リスクを防ぎ、税制や助成金を上手に組み合わせれば、賃上げを「単なるコスト増」から「人材確保と会社の成長への投資」に変えることができます。
当事務所では、税理士と社会保険労務士が同じチームで連携し、最低賃金のチェックから給与体系の見直し、社会保険手続き、賃上げ促進税制の適用判断、決算・申告までを一貫してサポートしています。国税の現場を知り尽くした元国税職員も在籍しており、税務調査で指摘されない正確な集計・書類づくりにも万全の体制で臨みます。毎月の巡回監査を通じて、決算を待たずに「今年の賃上げをどう着地させるか」を一緒に考えられるのも私たちの強みです。
| 【ご相談はお気軽に】 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 「うちの給与は最低賃金を満たしているか確認してほしい」「賃上げ促進税制が使えるか知りたい」――そんな一言からで大丈夫です。オンラインでのご相談にも対応しています。 |
「106万円の壁」撤廃で会社の負担はいくら増える?
社会保険の適用拡大を損せず乗り切る経営者の5つの準備
「パートさんから『来年から社会保険に入らないといけないんですか?』と聞かれたけれど、正直よく分からない」「うちは従業員50人もいないから関係ないと思っていた」――最近、こうしたご相談が一気に増えています。
先日の記事では、年末調整で話題の「103万円の壁(税金の壁)」の改正を取り上げました。今回はその“もう一つの壁”である「106万円の壁(社会保険の壁)」がテーマです。税金の壁が「手取りが少し減る壁」だとすると、社会保険の壁は「会社と従業員の両方に毎月の負担が生まれる壁」です。インパクトはこちらの方がはるかに大きくなります。
この記事を読めば、①何がいつ変わるのか、②自社は対象になるのか、③会社の負担はいくら増えるのか、④今から何を準備すればよいのか、がすべて分かります。まずは結論からお伝えします。
| 結論:この記事のポイント ① 「106万円の壁」(月8.8万円の賃金要件)は、2025年成立の改正法により撤廃が決まっています。今後は「週20時間以上働くかどうか」が加入の分かれ目になります。 ② 「従業員51人以上の会社だけ」という条件も段階的になくなります。2027年10月に36人以上、2029年10月に21人以上へと対象が広がり、最終的には人数に関係なく適用されます。 ③ 会社の負担は、新たに加入するパート1人あたり年間約18万円が目安です。ただし保険料は全額が会社の経費(損金)になり、国の支援策や賃上げ税制を組み合わせれば実質負担は大きく下げられます。 ④ 税理士の実務視点から見た結論:「加入させない(時間を減らす)」より「加入を前提に人件費と手取りを設計し直す」方が、人手不足の時代には会社にとって得です。準備は対象になる1年前から始めてください。 |
1. 社会保険の適用拡大とは?まず「106万円の壁」の正体を知ろう
結論から言うと、社会保険の適用拡大とは、これまで社会保険に入らなくてよかったパート・アルバイトの人も、会社の健康保険と厚生年金に入る仕組みに変えていくことです。
1-1. 「106万円の壁」とは何か
「106万円の壁」とは、パート・アルバイトの月給が8.8万円(年収に直すと約106万円)以上になると、勤務先の社会保険に加入しなければならなくなる境目のことです。
身近な例えで言うと、お小遣い帳に「毎月8,800円以上もらったら、そのうち1割5分を貯金箱(将来の年金や医療の備え)に入れなさい。貯金箱には家の人も同じ額を入れてくれる」というルールがあるイメージです。貯金が増えるのは良いことですが、使えるお小遣いは目の前で減るため、「8,800円を超えないようにお手伝いを減らそう」と考える子が出てきます。これが、いわゆる「働き控え」です。
1-2. 現在の加入条件(5つの要件)
現在、パート・アルバイトの人(短時間労働者)が勤務先の社会保険に入る条件は、次の5つをすべて満たす場合です。
| 要件 | 現在の基準 | 改正後の方向性 |
| ① 労働時間 | 週の所定労働時間が20時間以上 | 変更なし(ここが唯一の分かれ目に) |
| ② 賃金 | 月額賃金8.8万円以上(=106万円の壁) | 撤廃(公布から3年以内に施行) |
| ③ 雇用期間 | 2か月を超えて使用される見込み | 変更なし |
| ④ 学生 | 学生でないこと(夜間・通信制等は除く) | 変更なし |
| ⑤ 企業規模 | 従業員(厚生年金の被保険者)51人以上 | 段階的に縮小し、最終的に撤廃 |
[画像指示:パート従業員が社会保険に加入するかどうかを判定する5つの要件を、チェックリスト形式で示した図解イラスト / キャプション:現在は5つすべてを満たすと加入。改正後は「賃金」と「企業規模」の2つが外れ、実質的に「週20時間」が基準になる]
2. 何がいつ変わる?改正スケジュールを整理
結論として、改正は「賃金の壁の撤廃」と「会社の規模の条件の撤廃」の2本立てで、数年から10年かけて段階的に進みます。自社がいつ対象になるかを、まず確認してください。
2-1. 賃金要件(106万円の壁)の撤廃
月8.8万円という賃金要件は、2025年6月に成立した年金制度改正法により撤廃が決まりました。施行時期は「公布から3年以内で、政令で定める日」とされ、最低賃金の引き上げ状況を見ながら決められます。最低賃金が上がり続けると、週20時間働くだけで自然に月8.8万円を超えるようになるため、「壁」そのものが意味を持たなくなるからです。
2-2. 企業規模要件の段階的縮小
より多くの中小企業に直接関係するのがこちらです。「従業員51人以上の会社だけ」という条件が、次のスケジュールで広がっていきます。
| 施行時期 | 対象となる会社の規模(厚生年金の被保険者数) | 地方の中小企業への影響 |
| 現在 | 51人以上 | 一部の中堅企業のみ |
| 2027年10月 | 36人以上 | 従業員40人前後の会社が対象に |
| 2029年10月 | 21人以上 | 多くの製造業・小売・介護・飲食が対象に |
| 2032年10月 | 11人以上 | 小規模な会社もほぼ対象に |
| 2035年10月 | 人数要件なし(撤廃) | パートを1人でも雇う法人はすべて対象 |
[画像指示:企業規模要件が51人→36人→21人→11人→撤廃と段階的に広がっていくタイムライン図 / キャプション:自社の「厚生年金の被保険者数」をこの年表に当てはめると、対象になる時期が分かる]
2-3. 個人事業主(個人の事業所)はどうなる?
個人事業主の事業所は、現在「常時5人以上で、法律で定められた業種」の場合に社会保険の対象です。改正により、2029年10月以降は業種の限定がなくなりますが、対象となるのはその時点以降に新しく開業する事業所で、既存の事業所は当分の間は対象外とされています。これから起業する方は、この点を開業計画に織り込んでおく必要があります。
2-4. 「130万円の壁」(扶養の壁)はどうなる?
「130万円の壁」とは、会社員の配偶者や家族が、年収130万円以上になると家族の扶養から外れ、自分で国民年金・国民健康保険に加入しなければならなくなる境目のことです。
こちらは撤廃されていませんが、運用が2点変わっています。第一に、2025年10月からは19歳以上23歳未満の人(配偶者を除く)については基準が150万円に引き上げられました。第二に、2026年4月からは、扶養に入れるかどうかの年収判定を、原則として労働契約(雇用契約書や労働条件通知書)に書かれた賃金で行う運用になりました。つまり、契約書の内容がこれまで以上に重要になっています。
| 税理士の実務視点:「壁」は3種類あると覚える 経営者の方には、①税金の壁(所得税がかかる境目。令和7年度改正で実質160万円に)、②社会保険の壁(週20時間・会社規模。今回のテーマ)、③扶養の壁(130万円)の3種類を区別して従業員に説明していただくことをお勧めします。 現場で最も多い誤解は「103万円を超えたら社会保険に入る」というものです。税金と社会保険は別の制度です。この区別を説明できるだけで、従業員の不安と働き控えは大きく減ります。 |
3. 会社と従業員、それぞれのメリット・デメリット
結論として、適用拡大は会社にとっては「コスト増」ですが「人材確保の武器」にもなり、従業員にとっては「今の手取り減」と引き換えに「将来と万一への備え」が手厚くなる制度です。
3-1. 会社にとってのメリット・デメリット
■ メリット
- 人材の確保・定着に有利になる。「社会保険完備」は求人で強いアピール材料です。
- 働き控えが減り、繁忙期のシフトが組みやすくなる。年末の「時間調整による人手不足」が起きにくくなります。
- 保険料の会社負担分は全額が経費(法定福利費)になる。利益が出ている会社では法人税等の負担が下がります。
■ デメリット
- 保険料の会社負担(給与のおよそ15%)が毎月発生する。
- 加入手続き・給与計算・労務管理の事務負担が増える。
- 時間を減らしたい従業員が出た場合、人員の補充が必要になる。
3-2. 従業員にとっての変化
| 項目 | 加入前(国民年金・国保 または 扶養) | 加入後(会社の社会保険) |
| 毎月の手取り | 減らない(扶養の場合) | 給与のおよそ14〜15%が天引きされ減る |
| 将来の年金 | 基礎年金のみ | 基礎年金+厚生年金(一生涯上乗せ) |
| 病気・けがで休んだとき | 国保には原則として給付なし | 傷病手当金(給与の約3分の2) |
| 出産で休んだとき | 国保には原則として給付なし | 出産手当金(給与の約3分の2) |
| 障害・死亡への備え | 障害基礎年金・遺族基礎年金のみ | 障害厚生年金・遺族厚生年金が上乗せ |
ポイントは、従業員が「手取りが減る」ことだけを見て判断しがちな点です。会社が「将来と万一の保障がこれだけ増える」と数字で示すことで、加入を前向きに受け止める人は確実に増えます。
4. 実務上の注意点・落とし穴
結論として、適用拡大で失敗する会社の多くは、「人数の数え方」「働き控えの連鎖」「税金との関係」「支援策の申請漏れ」の4点でつまずいています。
4-1. 「従業員数」は社会保険の加入者数で数える
企業規模の「36人以上」「21人以上」は、パートを含めた全従業員の数ではなく、厚生年金に加入している人(被保険者)の数で判定します。また、直近12か月のうち6か月以上その人数を上回った時点で対象になり、いったん対象になると、その後人数が減っても原則として対象のままです。「一時的に人数を減らせば大丈夫」という考え方は通用しません。
4-2. 「時間を減らす」が連鎖すると現場が回らなくなる
加入を避けるために全員を週19時間に抑えると、1人あたりの労働時間が約5%減り、10人なら0.5人分の人手が消えます。さらに、雇用保険も2028年10月から「週10時間以上」に対象が広がるため、時間調整による“回避”の余地は今後どんどん小さくなります。時間調整は一時しのぎであり、根本的な解決策にはなりません。
4-3. 社会保険料の増加は「賃上げ税制」の対象にならない
中小企業には、給与を前年より増やすと法人税が安くなる「賃上げ促進税制」があります。しかし、この税制の計算に使う「給与等の支給額」には、会社が負担する社会保険料(法定福利費)は含まれません。「社会保険料が増えた分で賃上げ税制が使える」という誤解は非常に多いので注意してください。一方で、加入に合わせて時給を引き上げた分は「給与」として計算対象になります。
4-4. 国の支援策は「事前準備」がないと使えない
| 注意:支援策は申請のタイミングを逃すと受けられません 改正法では、新たに加入対象となる短時間労働者(標準報酬月額が一定額以下の人)について、会社が従業員本人の保険料負担を軽くした場合、その追加負担分を国が支援する特例(3年間)が設けられています。 また、社会保険の加入に合わせて手取り減を補う賃上げ等を行った会社を対象とする助成金(キャリアアップ助成金の関連コース)もあります。 いずれも計画書の事前提出や、就業規則・雇用契約書の整備が前提となることが多く、「加入させてから申請しよう」では間に合わないケースがあります。対象になる時期が見えた段階で、要件を確認してください。 |
5. 今から打つべき5つの準備ステップ
結論として、準備は「対象時期の確認」から始め、「従業員への説明」で終える5ステップで進めるのが最も確実です。対象となる1年前には着手してください。
| STEP 1 | 自社がいつ対象になるかを確認する 直近1年間の厚生年金の被保険者数を月ごとに一覧にし、2-2の年表に当てはめます。 |
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| STEP 2 | 対象になるパート・アルバイトを洗い出す 週20時間以上の人、20時間前後の人を名簿化し、本人の扶養状況(配偶者の扶養か、学生か等)も把握します。 |
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| STEP 3 | 会社負担額と手取り変化を試算する 1人あたりの会社負担、本人の手取り減、将来の年金増を数字にします(6章のシミュレーション参照)。 |
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| STEP 4 | 対応方針と人件費計画を決める 「そのまま加入」「時給を上げて加入」「時間を調整」を人ごとに検討し、支援策・賃上げ税制も含めた資金計画を立てます。 |
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| STEP 5 | 従業員に個別説明し、契約書を整える 手取りと保障の変化を一人ひとりに書面で説明し、雇用契約書・労働条件通知書を新しい条件に合わせて更新します。 |
6. シミュレーション:従業員40人の食品製造業(パート10人)のケース
結論として、このケースでは会社負担は年間約176万円増えますが、経費になる効果で実質負担は約118万円になります。さらに「時給を上げて手取りを守る」選択をしても、賃上げ税制を組み合わせることで負担を一部取り戻せます。
6-1. 前提条件
| 項目 | 内容 |
| 会社 | 地方の食品製造業(法人)。厚生年金の被保険者は正社員など40人 |
| 対象時期 | 2027年10月(36人以上の段階)で適用対象に |
| パート | 10人。時給1,100円×週20時間=月約9.5万円(年約114万円)。全員40歳未満 |
| 保険料率(概算) | 会社負担:給与の約15.0%/本人負担:給与の約14.5%(厚生年金・健康保険・子ども子育て関係を含む概算) |
| 標準報酬月額 | 98,000円(保険料計算の基準となる月額) |
| 法人の実効税率 | 約33%(黒字法人と仮定) |
6-2. 会社の負担はいくら増える?
| 項目 | 1人あたり(月) | 1人あたり(年) | パート10人(年) |
| 会社負担の社会保険料 | 約14,700円 | 約176,400円 | 約176万円 |
| 経費になることによる税負担の軽減(×33%) | — | 約▲58,200円 | 約▲58万円 |
| 実質的な会社負担 | — | 約118,200円 | 約118万円 |
6-3. パート本人の手取りと選択肢の比較
| 選択肢 | 月の給与 | 社会保険料(本人) | 月の手取り(概算) | 会社の追加負担(10人・年) |
| 加入前(現状) | 95,300円 | 0円 | 95,300円 | — |
| A:週19時間に減らして加入回避 | 90,500円 | 0円 | 90,500円 | 0円(ただし人手0.5人分減) |
| B:そのまま加入 | 95,300円 | 約14,200円 | 約81,100円 | 約176万円 |
| C:時給1,290円に上げて加入 | 約111,500円 | 約16,000円 | 約95,500円 | 約392万円 |
※所得税・住民税、雇用保険料(加入前から天引き)は比較を分かりやすくするため除いています。Cの標準報酬月額は110,000円で計算しています。
6-4. 将来の年金と賃上げ税制を加えると
Bのように加入した場合、パート本人の手取りは月約1.4万円減ります。一方で、厚生年金は加入1年ごとに年約6,400円ずつ、一生涯上乗せされます(98,000円×5.481/1000×12か月)。10年加入すれば、65歳以降の年金が年約6.4万円増える計算です。これに加えて、傷病手当金や出産手当金という「万一の給与保障」も得られます。
Cのように時給を上げた場合、パート10人の給与は年約194万円増えます。会社全体の給与総額を1億2,000万円とすると、増加率は約1.6%です。中小企業向けの賃上げ促進税制(前年比1.5%以上の増加で増加額の15%を税額控除)を使えれば、約29万円の法人税が減ります(法人税額の20%が上限)。社会保険料そのものは対象外ですが、時給アップ分は対象になるという4-3の論点が、ここで効いてきます。
| 税理士の実務視点:このケースでの推奨 人手不足が深刻な製造業では、Aの「時間を減らす」は現場の生産力を直接削るため、推奨しません。 最も現実的なのは、Bを基本としつつ、長く働いてほしい中核パートにはCを適用し、国の保険料支援特例や助成金で最初の3年間の負担を和らげる組み合わせです。 重要なのは、保険料の負担増を「月次の試算表」と「来期の経営計画」に事前に織り込むことです。決算直前に気づくと、資金繰りと納税計画の両方が狂います。 |
7. よくある質問(FAQ)
Q. うちは従業員30人ですが、今回の改正は関係ありますか?
A. はい、関係あります。厚生年金の被保険者が21人以上であれば、2029年10月から対象になります。11人以上なら2032年10月、それ以下でも2035年10月には人数要件がなくなります。「いつかは必ず対象になる」前提で、今から計画的に準備するのが正解です。
Q. 「106万円の壁」はいつなくなるのですか?
A. 月8.8万円の賃金要件は、2025年6月の改正法公布から3年以内の政令で定める日に撤廃されます。具体的な日付は最低賃金の動向を見て決まるため、今後の政府の発表を確認してください。撤廃後は、会社規模の要件を満たしていれば、週20時間以上働く人は月給にかかわらず加入対象になります。
Q. 週20時間未満に抑えれば、ずっと加入しなくて済みますか?
A. 社会保険については、週20時間未満であれば加入対象になりません。ただし、雇用保険は2028年10月から週10時間以上の人が対象になります。また、時間調整を続けると人手不足と採用難を招きます。時間調整は一時的な対策にとどめ、加入を前提とした人件費設計に切り替えることをお勧めします。
Q. 配偶者の扶養に入っているパートさんが会社の社会保険に入ると、どうなりますか?
A. 会社の社会保険に加入すると、年収130万円未満であっても配偶者の扶養からは外れ、ご本人が自分の健康保険と厚生年金に加入する形になります。その代わり、将来の厚生年金や傷病手当金などの保障が得られます。ご本人の家計への影響を個別に試算して説明することが、トラブル防止の鍵です。
Q. 会社が負担する社会保険料は経費になりますか?
A. はい、会社が負担する社会保険料は「法定福利費」として全額が経費(損金)になります。個人事業主の場合も、従業員分の事業主負担は経費です。なお、個人事業主ご自身の国民年金・国民健康保険料は経費ではなく、確定申告の「社会保険料控除」として所得から差し引きます。
8. まとめ & ご相談のご案内
最後に、この記事の要点を3行でまとめます。
- 「106万円の壁」と「51人以上」の条件はなくなり、週20時間以上働くパートは原則として社会保険に加入する時代になります。
- 会社負担はパート1人あたり年約18万円が目安ですが、経費になる効果・国の支援策・賃上げ税制で実質負担は下げられます。
- 「時間を減らす」より「加入を前提に人件費と手取りを設計し直す」ことが、人手不足時代に会社を守る正解です。
社会保険の適用拡大は、税金(法人税・賃上げ税制)と労務(社会保険・雇用契約・助成金)が複雑に絡み合うテーマです。税金だけ、労務だけの視点で判断すると、「保険料は抑えたが人が辞めた」「助成金の申請期限を逃した」といった損失につながりかねません。
当事務所では、税理士と社会保険労務士が同じチームで連携し、対象時期の確認から人件費シミュレーション、就業規則・雇用契約書の見直し、助成金の活用までをワンストップでご支援しています。国税の現場を知り尽くした元国税職員の税理士も在籍しており、税務面での判断にも確かな裏付けをもってお応えします。また、毎月の巡回監査を通じて、保険料の増加を試算表と経営計画に早めに織り込むことができます。
税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。「うちはいつから対象?」「いくら負担が増える?」という最初の疑問からで構いません。貴社の数字をもとに、最適な対応策を一緒に考えます。
退職日は「1日」で数十万円変わる!
年金と失業手当を同時にもらう仕組みを税理士がやさしく解説
「そろそろ定年だけど、年金と失業手当は同時にもらえないと聞いた」——そう思い込んで、何十万円も損をしてしまう人が少なくありません。じつは、退職日をたった1日調整するだけで、年金と失業手当を同時に受け取れる合法的な仕組みがあります。この記事を読めば、退職日をいつにすればよいか、なぜそれで得をするのか、実際にいくら差が出るのかが、数字とともにはっきり分かります。結論から言うと、ポイントは「65歳の誕生日の2日前までに退職すること」です。
なぜ年金と失業手当は「原則」同時にもらえないのか
併給調整とは、複数の公的な給付を同時に受け取れる場合に、片方の支給額を減らしたり止めたりして、給付が重複しすぎないように調整する仕組みのことです。年金と失業手当(雇用保険の基本手当)の間にも、この併給調整があります。
たとえば、60歳から65歳になるまでの間に受け取れる「特別支給の老齢厚生年金」をもらっている人が、退職して失業手当(基本手当)を受け取ろうとすると、年金のほうが支給停止になります。お小遣い帳にたとえると、お父さんとお母さんの両方から同じ目的のお小遣いをもらおうとしても、片方から「もう渡さなくていいよ」と止められてしまうようなイメージです。
また、年金の繰上げ受給をしている場合も、失業手当を受け取っている期間は、老齢基礎年金は支給されますが、老齢厚生年金は支給停止となります。このように、年金と失業手当は「原則として同時には満額もらえない」というのが、雇用保険と年金制度の基本ルールです。
「64歳11か月」で退職すると年金と失業手当を同時に受け取れる仕組み
税理士の実務視点から見た結論をお伝えします。65歳になる2日前までに退職し、65歳になってからハローワークで求職の申込みをすれば、年金と失業手当(基本手当)を同時に受け取ることができます。これは、雇用保険法における「年齢の数え方」の特例を利用した、正式な制度上の仕組みです。
雇用保険法上の「年齢」は誕生日の前日に加算される
雇用保険法上の年齢とは、誕生日の前日に1歳加算されるという民法の考え方に基づいて数える年齢のことです。つまり、65歳の誕生日の前日にはすでに「65歳」として扱われ、その前々日までは「64歳」として扱われます。
この1日の差が、受け取れる給付の種類を大きく分けます。65歳未満(64歳)で退職して求職の申込みをすると、日数の多い「基本手当(一般の失業手当)」の対象になります。一方、65歳以上で退職すると、「高年齢求職者給付金」という別の一時金の対象になり、もらえる総額が少なくなる傾向があります。
誕生日ごとの退職日の具体例
| 誕生日 | 64歳として扱われる最終退職日 | 65歳として扱われる退職日 |
| 4月2日生まれ | 3月31日(誕生日の前々日) | 4月1日(誕生日の前日)以降 |
| 10月10日生まれ | 10月8日(誕生日の前々日) | 10月9日(誕生日の前日)以降 |
上の表のとおり、誕生日の前々日までに退職すれば「64歳」として扱われ、誕生日の前日以降に退職すると「65歳」として扱われます。たった1日の退職日の違いで、受け取れる制度が変わる点に注意が必要です。
🖼 誕生日カレンダー上に「前々日退職=64歳扱い」「前日退職=65歳扱い」を対比させた図解イラスト / キャプション:たった1日の退職日の違いが、もらえる給付の種類を変える
退職から受給までの流れ(フローチャート)
① 退職日を決める
↓
② 誕生日の何日前に辞めるかを確認する(65歳の誕生日の2日前までは「64歳」扱い)
↓
③-A【誕生日の前々日までに退職】→ 手続き上は64歳のまま
→ 65歳になってからハローワークで求職の申込み
→ 基本手当(最大150日分)を年金と同時に受給できる
③-B【誕生日の前日以降に退職】→ 手続き上は65歳
→ 高年齢求職者給付金(最大50日分の一時金)のみが対象
64歳退職と65歳退職で何が変わるのか(比較表)
基本手当と高年齢求職者給付金は、どちらも失業中の生活を支える給付ですが、支給日数や受け取り方に違いがあります。この違いこそが、退職日を1日調整する価値がある理由です。
| 項目 | 64歳11か月で退職(基本手当) | 65歳以降に退職(高年齢求職者給付金) |
| 給付の種類 | 基本手当(いわゆる失業保険) | 高年齢求職者給付金(一時金) |
| 年金との同時受給 | 手続き次第で同時受給が可能 | そもそも併給調整の対象外で同時受給できる |
| 支給日数の上限 | 被保険者期間に応じて90日~150日 | 被保険者期間1年未満は30日、1年以上は50日 |
| 受け取り方 | 原則4週間ごとに分割して支給 | 要件を満たせば一括で一時金として支給 |
| 受給できる期間 | 離職日の翌日から原則1年以内 | 離職日の翌日から1年以内 |
メリット
- 64歳11か月で退職すれば、年金を受け取りながら、支給日数の多い基本手当も受け取れる
- 被保険者期間が長い人ほど、基本手当と高年齢求職者給付金の差額が大きくなりやすい
デメリット・注意点
- 64歳11か月での退職は、会社の定年制度によっては自己都合退職の扱いになりやすい
- 求職の申込みが遅れると、受給期間から外れた分の給付日数を受け取れなくなる
実務上の注意点・落とし穴
特別支給の老齢厚生年金は生年月日によって対象外になる
特別支給の老齢厚生年金とは、原則65歳から支給される老齢厚生年金を、生年月日に応じて60歳から64歳の間に前倒しで受け取れる経過措置のことです。ただし、男性は昭和36年4月2日以降生まれ、女性は昭和41年4月2日以降生まれの人は、この特別支給の対象外であり、65歳になってから通常の老齢厚生年金を受け取ることになります。この場合、64歳の時点ではそもそも年金と失業手当の併給調整自体が生じないため、退職日を調整する意味合いが変わってきます。ご自身が対象かどうかは、日本年金機構から届く「年金請求書」やねんきんネットで必ず確認してください。
給付制限期間に注意する
正当な理由のない自己都合退職の場合、7日間の待期期間に加えて、原則1か月の給付制限期間が設けられます。この給付制限期間中は基本手当が支給されません。なお、2025年4月の制度改正により、この給付制限期間は従来の2か月から1か月に短縮されました。ただし、退職日から過去5年以内に自己都合退職を3回以上している場合は、給付制限期間が3か月になる点に注意が必要です。
求職の申込みは早めに行う
基本手当を受け取れる「受給期間」は、離職日の翌日から原則1年間と決まっています。求職の申込みが遅れて受給期間からはみ出してしまうと、所定給付日数が残っていても、その分は受け取れなくなります。64歳11か月で退職した場合、65歳になってから求職の申込みをする必要があるため、退職後はできるだけ早くハローワークに相談することが大切です。
定年後にひと休みしたい人は「受給期間延長制度」も選択肢に
60歳以上(65歳未満)で定年退職した場合、体調を整えるためにすぐには働かないという選択をする人もいます。そのようなときは、失業手当の受給期間の延長申請制度を利用すると、受給期間を最長1年間延長できます。退職日の翌日から2か月以内にハローワークで申請すれば、あわてずに次のステップを考える時間を確保できます。
具体的なシミュレーション:退職日でいくら差がつくのか
ここでは、令和8年8月以降に適用されている基本手当日額の上限(60歳以上65歳未満:7,830円)をもとに、退職日による受給額の違いを試算します。
ケース1:Aさん(雇用保険の被保険者期間25年、64歳11か月で退職)
- 被保険者期間が20年以上のため、所定給付日数は150日
- 基本手当日額は上限の7,830円で計算
- 受給見込み額:7,830円 × 150日 = 117万4,500円
Aさんは、65歳になった直後にハローワークで求職の申込みをすることで、年金を受け取りながら、この基本手当を同時に受け取ることができます。
ケース2:Bさん(同じ雇用保険の被保険者期間25年、65歳になってから退職)
- 65歳以降の退職のため、高年齢求職者給付金の対象(被保険者期間1年以上なので50日分)
- 給付金の日額も上限7,830円で計算
- 受給見込み額:7,830円 × 50日 = 39万1,500円(一時金)
| Aさん(64歳11か月で退職) | Bさん(65歳以降に退職) | |
| 受給する給付 | 基本手当 | 高年齢求職者給付金 |
| 支給日数 | 150日 | 50日 |
| 受給見込み額 | 約117万4,500円 | 約39万1,500円 |
| 年金との同時受給 | 可能 | 可能 |
同じ被保険者期間、同じ年収であっても、退職日を1日調整するかどうかで、受け取れる給付総額に約78万円もの差が生まれる計算になります。
🖼 同じ年収・同じ勤続年数の2人が、退職日の違いによって受け取る金額に差が出る様子を、家計簿やお財布のイラストで対比する図解 / キャプション:退職日の1日の差が、老後の受け取り総額を大きく左右する
よくある質問(FAQ)
Q. 年金をすでにもらっている場合、退職すればすぐに失業手当と両方もらえますか?
A. いいえ、原則として、特別支給の老齢厚生年金は失業手当(基本手当)と同時には受け取れません。65歳になる2日前までに退職し、65歳になってからハローワークで求職の申込みをすることで、基本手当を受け取れる仕組みを活用する必要があります。
Q. 64歳11か月で退職すると、退職金や有給消化に影響はありますか?
A. 退職金や有給休暇の扱いは、年齢ではなく、勤務先の就業規則や労働契約の定めによります。定年年齢を60歳や65歳と定めている会社では、定年前の退職が自己都合退職として扱われる場合があるため、退職前に人事担当者へ確認しておく必要があります。
Q. 65歳以降に退職した場合は、年金と失業手当を同時にもらえないのですか?
A. いいえ、65歳以降に退職した場合、そもそも年金と高年齢求職者給付金は併給調整の対象外なので同時に受け取れます。ただし、高年齢求職者給付金は基本手当より支給日数の上限が少なく、受け取れる総額は基本手当より少なくなる傾向があります。
Q. 求職の申込みが遅れるとどうなりますか?
A. 基本手当を受け取れる受給期間は、原則、離職日の翌日から1年間と決まっています。申込みが遅れて受給期間を過ぎてしまうと、所定給付日数が残っていても、その分は受け取れなくなります。退職後はできるだけ早くハローワークで手続きすることが重要です。
Q. 定年退職後、すぐに働く気になれない場合はどうすればいいですか?
A. 60歳以上で定年退職した場合、失業手当の受給期間を最長1年間延長できる「受給期間延長制度」があります。退職日の翌日から2か月以内にハローワークで申請すれば、心身を休めてから改めて求職活動を始めることができます。
まとめ:退職日はたった1日で、受け取れる金額が大きく変わる
- 雇用保険法上、65歳の誕生日の2日前までに退職すれば「64歳」として扱われ、年金と失業手当(基本手当)を同時に受け取れます。
- 65歳の誕生日の前日以降に退職すると、支給日数の少ない高年齢求職者給付金のみとなり、受け取れる総額が少なくなる可能性があります。
- 退職日はたった1日の差で受け取れる金額が大きく変わるため、退職前に必ず制度と自分の生年月日・被保険者期間を確認することが大切です。
税務・社会保険の判断は、勤続年数や生年月日、加入していた年金の種類など、お一人おひとりの状況によって結論が異なります。自己判断で手続きを進めて損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。
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退職日をたった1日変えるだけで、年金と失業手当を同時に受け取れることをご存知ですか。雇用保険法上の年齢の数え方や、64歳11か月で退職する仕組み、具体的な受給額のシミュレーションまで、実務の視点でわかりやすく解説します。
【2026年12月の年末調整から適用】年収の壁が178万円に引き上げ!内訳と対象者、退職者が損をする落とし穴を解説
「年収の壁が178万円に変わるらしいけど、結局いくらまで働けば税金がかからないの?」「103万円で覚えていたのに、今は178万円って聞いて混乱している」——今まさに、こうした不安を抱えていませんか。
結論から申し上げます。2026年分(令和8年分)の所得税から、給与収入が年間178万円以下であれば所得税がかからない仕組みに変わります。これは、給与所得控除の最低保障額(74万円)と、基礎控除(62万円)、さらに基礎控除の上乗せ特例(42万円)という3つの控除を合計した金額です。
この記事を最後まで読んでいただければ、次の3点が正確に分かります。第一に、178万円という数字がどのような内訳で成り立っているのか。第二に、この新しい制度の対象者と、いつから実際に反映されるのか。第三に、年の途中で退職した方が絶対に知っておくべき「年末調整で自動的には反映されない」という落とし穴です。特に退職者や転職を予定している方にとっては、知らないままだと本来受け取れるはずの還付金を逃してしまう可能性があります。国税庁が公表している一次資料に基づき、税理士の実務視点から分かりやすく整理していきます。
年収の壁178万円とは、どのような仕組みなのか
年収の壁178万円とは、給与収入だけで生活している方について、年間の給与収入が178万円以下であれば所得税が発生しない、という所得税制上の境界線のことです。これは令和8年度税制改正によって新しく生まれた基準であり、2026年分(令和8年分)以後の所得税から適用されます。
家計簿に例えるとイメージしやすくなります。毎月のお小遣い帳で「このお金は生活に絶対必要だから、使ったうちに入れない」と決めている金額があるとします。所得税の世界でも同じように、「これだけの金額には、そもそも税金をかけません」という非課税の範囲が法律で決められています。この非課税の範囲を積み上げた合計額が、令和8年分については178万円になった、ということです。
178万円の内訳は3つの控除の合計
178万円という金額は、次の3つの控除を単純に足し算した数字です。
1. 給与所得控除の最低保障額:74万円
2. 基礎控除(恒久部分):62万円
3. 基礎控除の上乗せ特例:42万円
74万円+62万円+42万円=178万円という計算になります。それぞれが何を意味しているのか、順番に見ていきましょう。
◆ 給与所得控除74万円とは
給与所得控除とは、会社員やパート従業員が仕事のために使った経費を、実際の領収書を集めなくても一律の金額で差し引いてもらえる制度のことです。スーツ代や交通費、資格取得費用など、仕事に必要な出費を一つ一つ計算するのは大変ですから、国があらかじめ「これくらいは経費として認めます」という金額を決めてくれているとイメージしてください。
令和8年度税制改正により、この給与所得控除の最低保障額が、これまでの65万円から74万円に引き上げられました。給与収入が190万円以下の給与所得者については、この74万円が一律で差し引かれます。
◆ 基礎控除62万円と上乗せ特例42万円とは
基礎控除とは、所得の金額にかかわらず、すべての納税者に対して一律に認められる非課税の枠のことです。誰にとっても最低限の生活費には税金をかけない、という考え方に基づいた控除で、いわば全員に共通する「生活防衛費」のようなものです。
令和8年度税制改正では、この基礎控除の基本部分が62万円に引き上げられました。さらに、合計所得金額が132万円以下(給与収入だけの場合はおおむね206万円以下)の方については、42万円を上乗せする特例が設けられ、基礎控除の合計は104万円(62万円+42万円)となります。
給与収入が190万円以下の方は、所得金額(給与収入から給与所得控除74万円を差し引いた金額)が132万円以下に収まるため、この104万円の基礎控除がまるごと適用されます。結果として、給与所得控除74万円と基礎控除104万円を合計した178万円までの給与収入であれば、課税される所得がゼロになる、という仕組みです。
🖼 画像指示:178万円の壁の内訳(給与所得控除74万円+基礎控除62万円+上乗せ特例42万円)を積み木のように積み上げて示す図解イラスト/キャプション:178万円の壁は3つの控除を積み上げた合計額です
178万円の壁の対象者
178万円の壁の対象者とは、給与収入のみを得ている居住者(日本国内に住所がある方)のうち、合計所得金額が132万円以下の方のことです。具体的には、パートやアルバイトとして働く方、扶養の範囲内で働く配偶者、在学中にアルバイトをしている学生などが典型的な対象者にあたります。
一方で、次のような方は178万円という数字がそのまま当てはまらないため、注意が必要です。まず、給与収入が190万円を超える方は、給与所得控除が74万円の定額ではなく、収入に応じた計算方法に切り替わります。また、事業所得や年金収入など、給与以外の所得がある方は、合計所得金額の計算方法が異なりますので、178万円という数字を単純に当てはめることはできません。
178万円の壁と、扶養に関する136万円の壁は別物
178万円の壁と、家族の扶養に入れるかどうかの基準となる年収の壁は、別の制度である、というのが実務上の結論です。この二つを混同している方が非常に多いため、明確に区別しておきましょう。
178万円は「本人自身に所得税がかかるかどうか」の基準です。これに対して、配偶者や親などが扶養控除・配偶者控除を受けられるかどうかの基準となる、扶養親族等の合計所得金額の要件も、令和8年度税制改正で58万円から62万円に引き上げられました。給与収入だけで見るとおおむね123万円から136万円への引き上げです。つまり「自分の税金がゼロになる178万円」と「家族の扶養に入れる136万円」は、金額も判定の対象も異なる別の壁だということです。
さらに、社会保険料の負担が生じるかどうかを分ける、いわゆる106万円や130万円という壁は、所得税とは全く別の社会保険制度の話です。178万円という数字だけを見て「この金額まではすべて安心」と判断すると、社会保険の扶養から外れて手取りが減ってしまうケースもあります。年収の壁と一口に言っても複数の制度が重なっていますので、自分がどの制度の対象になるのかを一つずつ確認することが、損をしないための実務上のポイントです。
178万円の壁のメリットとデメリット
178万円の壁のメリットとは、これまでよりも多くの収入を得ても所得税がかからなくなる、という点に尽きます。改正前の基準と比べて非課税で働ける範囲が広がりましたので、パートやアルバイトで働く方にとっては、収入を増やしながら手取りを維持しやすくなりました。
一方でデメリットとして押さえておくべきなのは、この178万円という金額のうち、上乗せ特例の42万円部分が令和8年分・令和9年分に限った時限的な措置である、という点です。国税庁および財務省の資料によれば、令和10年分以降はこの上乗せ額が37万円に統一される設計になっています。単純計算では、令和10年分以降の壁は74万円+62万円+37万円=173万円になる見込みです。178万円という金額を恒久的なものと思い込んでしまうと、数年後に見込みが狂ってしまいますので、時限措置であることは必ず押さえておいてください。
実務上の注意点・罠:年末調整で自動的には反映されないケースがある
ここが今回の改正で最も見落とされやすく、かつ実害が大きいポイントです。結論として、令和8年11月30日以前に令和8年分の最後の給与が支払われた方は、年末調整でこの178万円ベースの新しい控除が適用されません。改正後の控除を受けるには、確定申告が必要になります。
なぜ年末調整で反映されないのか
年末調整とは、会社がその年最後の給与を支払う際に、1年間の所得税の過不足をまとめて精算する手続きのことです。今回の改正は令和8年12月1日に施行されるため、令和8年12月に行う年末調整からでなければ、新しい控除額を反映した計算ができません。
つまり、令和8年11月30日までにその年最後の給与が支払われてしまった方については、勤務先の年末調整という機会そのものが、新しい制度が始まる前に終わってしまっている、ということになります。
退職者が特に注意すべき理由
年の中途で退職し、その後年末調整を受けていない方は、この178万円ベースの新しい控除の適用を受けないまま、給与から所得税が源泉徴収され続けています。国税庁が公表しているQ&A資料でも、退職して年末調整を受けていない方について、改正後の控除の適用を受けるためには確定申告が必要である、と明確に示されています。
具体的には、次のような方が典型的な注意対象です。
- 年の途中で退職し、年内に再就職しなかった方
- 転職はしたものの、新しい勤務先で年末調整に必要な書類(扶養控除等申告書など)を提出していない方
- 令和8年11月30日以前に、その年最後の給与を受け取ってそのまま退職した方
これらに当てはまる方は、確定申告をしなければ、本来戻ってくるはずの所得税の還付を受け取れないまま終わってしまいます。会社が自動的にやってくれる年末調整とは違い、確定申告は自分自身で手続きをしない限り、誰も代わりに行ってはくれません。この点が、今回の改正における最大の落とし穴です。
🖼 画像指示:年末調整で改正後の控除が反映されるケースと、反映されず確定申告が必要になるケースを分岐で示すフローチャート図解/キャプション:退職のタイミングによって、確定申告が必要かどうかが変わります
年末調整と確定申告の対応関係(比較表)
| ケース | 年末調整での反映 | 必要な手続き |
|---|---|---|
| 令和8年12月1日以降も在職し、勤務先で年末調整を受ける | 反映される | 原則、追加の手続きは不要 |
| 令和8年11月30日以前に最後の給与が支払われて退職した | 反映されない | 確定申告が必要 |
| 年の中途で退職し、年内に年末調整を受けていない | 反映されない | 確定申告が必要 |
| 転職先で扶養控除等申告書を提出せず年末調整を受けなかった | 反映されない | 確定申告が必要 |
手続きの流れ(ステップ図)
【ステップ1】令和8年中に退職・転職をしたかどうかを確認する
↓
【ステップ2】令和8年12月1日以降も年末調整を受けられるかを確認する
↓
受けられる場合 → 勤務先の年末調整で178万円ベースの控除が反映される
↓
受けられない場合
↓
【ステップ3】翌年(令和9年)2月16日から3月15日の間に確定申告を行う
↓
【ステップ4】払いすぎていた所得税があれば還付を受け取る
具体的なシミュレーション:年収別に所得税を計算してみる
ここでは、実際の数字を使って、178万円の壁がどのように働くのかを具体的に確認します。いずれも給与収入のみで、扶養親族等がいない方を前提とした、所得税の計算例です。
ケース1:年収130万円のパート勤務Aさんの場合
Aさんの給与所得は、給与収入130万円から給与所得控除74万円を差し引いた56万円です。この56万円は、基礎控除104万円(基礎控除62万円+上乗せ特例42万円)よりも小さいため、課税される所得はゼロになります。したがって、Aさんの所得税は0円です。
ケース2:年収178万円ちょうどのパート勤務Bさんの場合
Bさんの給与所得は、給与収入178万円から給与所得控除74万円を差し引いた104万円です。この104万円は、基礎控除104万円とちょうど同じ金額になるため、課税される所得はゼロになります。したがって、Bさんの所得税も0円です。これが178万円が「壁」と呼ばれる理由であり、ぴったり境界線上にある金額です。
ケース3:年収190万円のパート勤務Cさんの場合
Cさんの給与所得は、給与収入190万円から給与所得控除74万円を差し引いた116万円です。この116万円は基礎控除104万円を12万円上回りますので、課税される所得は12万円になります。所得税の税率のうち最も低い区分は5%ですので、所得税額は12万円×5%=6,000円です(復興特別所得税は含みません)。
このケースから分かるとおり、178万円の壁を超えたからといって、税金や手取りが急激に減るわけではありません。壁を超えた部分にだけ、少しずつ税金がかかっていく仕組みですので、「壁を超えると一気に損をする」という誤解は禁物です。ただし、130万円や106万円といった社会保険の壁は仕組みが異なり、超えた瞬間に社会保険料の負担が発生することがありますので、そちらは別途の確認が必要です。
年収別・所得税シミュレーション早見表
| 年収(給与収入) | 給与所得控除 | 給与所得 | 基礎控除 | 課税所得 | 所得税額(目安) |
|---|---|---|---|---|---|
| 130万円 | 74万円 | 56万円 | 104万円 | 0円 | 0円 |
| 150万円 | 74万円 | 76万円 | 104万円 | 0円 | 0円 |
| 178万円 | 74万円 | 104万円 | 104万円 | 0円 | 0円 |
| 190万円 | 74万円 | 116万円 | 104万円 | 12万円 | 6,000円 |
※復興特別所得税・住民税は含んでいません。給与収入190万円を超える場合は給与所得控除の計算方法が変わるため、別途の確認が必要です。
よくある質問(FAQ)
Q. 178万円の壁は、いつから始まりますか。
A. 令和8年分(2026年分)以後の所得税から適用されます。ただし、勤務先での源泉徴収事務や年末調整の実務においては、令和8年12月1日に施行され、令和8年12月に行う年末調整から反映されます。
Q. 178万円という金額は、これからもずっと変わりませんか。
A. 変わる可能性が高いというのが実務上の結論です。178万円のうち42万円は令和8年分・令和9年分限定の時限的な上乗せ特例であり、国税庁および財務省の資料によれば、令和10年分以降はこの上乗せ額が37万円に統一される予定です。単純計算では、令和10年分以降の壁は173万円(74万円+62万円+37万円)になる見込みですので、178万円を恒久の数字と考えないようにしてください。
Q. パートで働いていて年の途中で退職しました。何もしなくても還付は受けられますか。
A. いいえ、何もしなければ還付は受けられません。年の途中で退職し、年末調整を受けていない方は、178万円ベースの新しい控除が給与計算に反映されないまま所得税が源泉徴収されています。払いすぎた税金の還付を受けるには、翌年に自分自身で確定申告をする必要があります。
Q. 178万円を少し超える年収で働いた場合、手取りが大きく減ってしまいますか。
A. いいえ、急激には減りません。178万円を超えた部分にだけ、5%という低い税率から所得税がかかる仕組みですので、超えた金額に比例して少しずつ税金が発生するだけです。ただし、社会保険の加入基準となる106万円や130万円といった壁は所得税の仕組みとは別ですので、あわせて確認しておくことをおすすめします。
Q. 178万円の壁と、家族の扶養に入れる基準は同じ金額ですか。
A. いいえ、異なります。178万円は本人自身の所得税がゼロになる基準であるのに対し、配偶者や親の扶養に入れるかどうかの基準となる扶養親族等の合計所得金額の要件は、令和8年度税制改正で給与収入ベースにするとおおむね136万円まで引き上げられています。二つの基準を混同しないよう、それぞれ別の数字として覚えておく必要があります。
まとめ
最後に、この記事の要点を3行にまとめます。
1. 178万円の壁とは、給与所得控除74万円・基礎控除62万円・上乗せ特例42万円を合計した、令和8年分から所得税がゼロになる給与収入の基準です。
2. この改正は令和8年12月の年末調整から反映されるため、それより前に退職して年末調整を受けていない方は、確定申告をしなければ還付を受けられません。
3. 178万円のうち42万円部分は時限措置であり、令和10年分以降は173万円に変わる見込みですので、恒久的な数字だと思い込まないことが重要です。
今回ご紹介した内容は、給与収入のみで扶養親族がいない方を前提とした一般的な整理です。実際の税額は、ご自身の家族構成や他の所得の有無、勤務先の実務対応によって一つひとつ異なります。特に退職や転職を控えている方は、確定申告の要否を見誤ると、本来受け取れるはずの還付金を取りこぼしてしまうおそれがあります。
税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。
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