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最低賃金が上がる10月は給与見直しの分岐点
違反リスクを防ぎ賃上げ促進税制で負担を軽くする経営者の実務ガイド
「また最低賃金が上がるらしいけれど、うちの給料はこのままで大丈夫だろうか」「正社員は月給だから関係ないはず」「人件費が増えるのは分かるが、少しでも負担を減らす方法はないのか」――毎年秋になると、こうしたご相談が一気に増えます。
最低賃金の引き上げは、パート・アルバイトの時給だけの話ではありません。月給制の正社員でも、計算してみると最低賃金を下回っていたというケースは、実務の現場で決して珍しくないのです。しかも、給料を上げれば社会保険料や従業員の「扶養」の問題にも波及します。
この記事では、税金と労務の両方を日々扱う専門家の立場から、①最低賃金チェックの正しいやり方、②賃上げが社会保険・扶養に与える影響、③賃上げ促進税制と助成金で実質負担を軽くする方法を、具体的な数字を使って分かりやすく解説します。
| 【この記事の結論】 ① 月給制でも「時給に換算」して必ずチェックする。手当の一部や残業代は計算に含めないため、思わぬ違反が起きやすいのが実務の実態です。 ② 賃上げは「社会保険料」と「扶養の壁」まで一緒に設計する。給料だけ上げて終わりにすると、会社負担の増加やパートの働き控えを招きます。 ③ どうせ上げるなら「賃上げ促進税制」と「業務改善助成金」を使う。条件を満たせば、増えた人件費の最大45%相当を法人税から差し引けます。助成金は「賃上げ前の申請」が鉄則です。 |
1. 最低賃金とは?まず押さえておきたい基本の仕組み
結論から言うと、最低賃金は「会社と従業員が合意していても、これより安い賃金は無効になる」という強制力のあるルールです。「本人が納得しているから大丈夫」は通用しません。
最低賃金とは
最低賃金とは、最低賃金法にもとづいて国が決める「1時間あたりの賃金の下限額」のことです。
家庭で例えるなら、「お手伝い1時間につき、お小遣いは最低〇〇円」と家のルールで決まっているようなものです。親子で「今回は半額でいいよ」と話し合っても、家のルールのほうが優先されます。最低賃金を下回る約束をした場合、その部分は無効となり、最低賃金額で約束したものとみなされます。
最低賃金には2種類ある
最低賃金には、都道府県ごとに決まる「地域別最低賃金」と、特定の産業に決まる「特定最低賃金(産業別最低賃金)」があります。両方が当てはまる場合は、高いほうの金額を支払わなければなりません。
| 項目 | 地域別最低賃金 | 特定最低賃金 |
| 対象 | その都道府県で働くすべての労働者(パート・アルバイト・学生アルバイト含む) | 特定の産業(一部の製造業など)で働く労働者 |
| 金額の水準 | 基本となる金額 | 地域別より高く設定されるのが一般的 |
| 違反した場合 | 50万円以下の罰金(最低賃金法) | 30万円以下の罰金(労働基準法の賃金全額払い違反) |
| どちらを適用? | 両方が当てはまる場合は、高いほうの金額を適用 |
毎年秋に改定される仕組み
最低賃金は、毎年夏に国の審議会で引き上げの目安が示され、各都道府県で金額が決まり、おおむね10月以降に都道府県ごとの発効日から新しい金額が適用されます。前年度(2025年度)の改定では全国加重平均が1,121円(前年度比66円増)となり、過去最大の引き上げ幅となりました。政府は「2020年代中に全国平均1,500円」という目標を掲げており、今後も大幅な引き上げが続く前提で経営計画を立てることが欠かせません。
なお、近年は都道府県によって発効日が大きく異なり、10月上旬の地域もあれば、翌年に発効する地域もあります。自社の事業所がある都道府県の「金額」と「発効日」の両方を、必ず確認してください。
| [画像指示:日本地図上に都道府県ごとの最低賃金と発効日を色分けで示した図解イラスト / キャプション:最低賃金は都道府県ごとに金額も発効日も異なります] |
| 【ここが落とし穴】 最低賃金は「会社の本社所在地」ではなく「従業員が実際に働く事業所の所在地」で決まります。本社が地方、支店が都市部にある会社では、支店のパートだけ基準が高くなるため、全社一律の時給表を使っていると違反が起きやすくなります。 |
2. 月給制でも油断禁物 最低賃金チェックの正しい計算方法
結論として、月給制の従業員も「月給 ÷ 1か月の平均所定労働時間」で時給に換算し、最低賃金と比べる必要があります。しかも、月給の全額を計算に入れてよいわけではない点が最大の落とし穴です。
計算に「含める賃金」と「含めない賃金」
最低賃金の計算に使うのは、毎月決まって支払われる基本的な賃金だけです。リンゴ農家で例えるなら、「毎月の基本の手間賃」は数えますが、「たまたま多く収穫できた月のボーナス」や「遠くの畑まで通う交通費」は数えない、というイメージです。
| 区分 | 具体例 | 最低賃金の計算 |
| 含める賃金 | 基本給、職務手当、役職手当、資格手当など毎月決まって支払う手当 | 含める |
| 含めない賃金① | 時間外・休日・深夜の割増賃金(固定残業代を含む) | 含めない |
| 含めない賃金② | 通勤手当、家族手当、精皆勤手当 | 含めない |
| 含めない賃金③ | 賞与など1か月を超える期間ごとに支払う賃金 | 含めない |
| 含めない賃金④ | 結婚手当など臨時に支払う賃金 | 含めない |
最低賃金チェックの5ステップ
月給制の従業員の最低賃金チェック手順
| STEP 1 年間の所定労働日数を出す 365日(うるう年は366日)から年間休日数を引きます。 |
▼
| STEP 2 1か月の平均所定労働時間を出す 「年間所定労働日数 × 1日の所定労働時間 ÷ 12か月」で計算します。 |
▼
| STEP 3 計算に含める賃金を集計する 基本給+毎月決まった手当だけを合計し、残業代・通勤手当・家族手当・精皆勤手当は除きます。 |
▼
| STEP 4 時給に換算する 「含める賃金の合計 ÷ 1か月の平均所定労働時間」で時給を出します。 |
▼
| STEP 5 最低賃金と比べる 事業所の都道府県の最低賃金(特定最低賃金があれば高いほう)以上かを確認します。発効日以降の給与から適用します。 |
■ 計算例:月給18万円の正社員は大丈夫?
年間休日105日、1日8時間勤務、月給18万円(基本給16万円+職務手当2万円)、別に通勤手当1万円を支給している正社員で計算してみます。仮に、この地域の最低賃金を1,100円とします。
| 計算項目 | 計算式 | 結果 |
| 年間所定労働日数 | 365日 − 105日 | 260日 |
| 1か月の平均所定労働時間 | 260日 × 8時間 ÷ 12か月 | 約173.3時間 |
| 計算に含める賃金 | 基本給16万円 + 職務手当2万円(通勤手当は除く) | 180,000円 |
| 時給換算額 | 180,000円 ÷ 173.3時間 | 約1,038円 |
| 判定(最低賃金1,100円の場合) | 1,038円 < 1,100円 | 違反(月約1.1万円不足) |
このように、「月給18万円あるから大丈夫」と思っていても、休日が少なく労働時間が長い会社ほど、時給に直すと最低賃金を下回ります。年間休日を増やすと1か月の労働時間が減るため、同じ月給でも時給換算額は上がります。賃上げだけでなく、休日数の見直しも対策の選択肢になるのです。
実務でよくある3つの罠
■ 罠① 固定残業代込みの月給
「月給25万円(固定残業代5万円を含む)」のような給与体系では、最低賃金の計算に使えるのは残業代を除いた20万円だけです。求人票の総額だけを見て安心するのは危険です。
■ 罠② 試用期間中の減額
試用期間中だからといって、最低賃金を下回る賃金を払うことはできません。減額の特例は、都道府県労働局長の許可を受けた場合に限られ、減額できる率にも上限があります。許可なく「試用期間は時給900円」とすることは違反です。
■ 罠③ 発効日をまたぐ給与計算期間
たとえば「20日締め・25日払い」の会社で発効日が10月上旬の場合、9月21日〜10月20日の給与計算期間のうち、発効日以降に働いた分から新しい最低賃金が適用されます。「11月分から切り替えればいい」と考えていると、1か月弱の未払いが発生します。
| 【税理士×社労士の実務視点】 最低賃金の不足は、労働基準監督署の調査で指摘されると、原則としてさかのぼって差額を支払う必要があります。未払いの賃金は過去分(現在は3年)まで請求される可能性があり、人数が多い会社ほど金額が膨らみます。 また、差額を支払えば給与が増え、その分の社会保険料や源泉所得税の計算もやり直しになります。労務の問題が、そのまま税務・社会保険の修正作業に連鎖するのが最低賃金違反の怖さです。給与計算を担う社労士と、決算・税務を担う税理士が同じ情報を共有していれば、この連鎖を未然に防げます。 |
3. 賃上げが社会保険と「扶養の壁」に与える影響
結論として、賃上げをするときは「会社の社会保険料負担の増加」と「パートの働き控え」の2点をセットで考える必要があります。ここは税金の知識だけでは見落としやすい、労務ならではのポイントです。
標準報酬月額と随時改定(月額変更届)
標準報酬月額とは、社会保険料を計算するために、毎月の給与をいくつかの段階(等級)に当てはめた金額のことです。
基本給や手当など「固定的な賃金」が変わり、その後3か月の平均で標準報酬月額が2等級以上変わった場合は、「随時改定」として年の途中でも保険料が変わります。このとき会社は「月額変更届」を提出しなければなりません。10月の賃上げであれば、10月・11月・12月の3か月の給与で判定し、該当すれば翌年1月分から保険料が変わります。
社会保険料は会社と従業員が折半で負担するため、給与を1万円上げると、会社負担もおおむね1,500円前後増えると考えておきましょう(加入する健康保険や年齢によって率は異なります)。
パートの「年収の壁」と就業調整
時給が上がると、同じ時間働くだけで年収が増え、「扶養から外れたくない」パートの方が勤務時間を減らしてしまうことがあります。これを就業調整といいます。主な壁を整理すると、次のとおりです。
| 壁 | 中身 | 影響 | 最近の動き |
| 106万円の壁 | 一定の会社で週20時間以上などの条件を満たすと、本人が社会保険に加入 | 社会保険料の本人負担が発生 | 月額8.8万円の賃金要件は撤廃の方向 |
| 130万円の壁 | 家族の社会保険の扶養から外れ、自分で国民健康保険・国民年金などに加入 | 保険料の負担が大きく、手取りが減りやすい | 一時的な収入増は事業主の証明で扶養継続できる仕組みあり |
| 所得税の壁 | 本人に所得税がかかり始めるライン | 所得税の負担が発生 | 税制改正で103万円から160万円へ引き上げ |
| [画像指示:時給アップによって年収が各「壁」に近づき、勤務時間を減らしてしまう流れを示した図解イラスト / キャプション:時給が上がると、同じ時間でも年収の壁に近づきます] |
| 【税理士×社労士の実務視点】 人手不足の時代に、時給を上げた結果シフトに入れる時間が減ってしまっては本末転倒です。賃上げの前に、パートの方一人ひとりについて「今の働き方で年収がいくらになるか」「壁を越えた場合の手取りはどう変わるか」を試算し、本人と話し合っておくことをおすすめします。 所得税の壁は大きく緩和されましたが、社会保険の壁は別のルールで動いています。税金と社会保険の両方の壁を一枚の表で説明できるかどうかが、従業員の安心感と定着率を左右します。 |
4. 賃上げの負担を軽くする「税制」と「助成金」
結論として、中小企業が使える代表的な支援策は「賃上げ促進税制」と「業務改善助成金」の2つです。前者は「上げた後」に法人税を減らす制度、後者は「上げる前」に申請して設備投資費用などの助成を受ける制度で、タイミングがまったく異なります。
賃上げ促進税制とは
賃上げ促進税制とは、従業員の給与総額を前の年より一定以上増やした会社が、増えた金額の一定割合を法人税(個人事業主は所得税)から直接差し引ける制度のことです。
「経費になる」だけの制度とは違い、税金そのものから差し引ける(税額控除)のが大きな特徴です。お小遣い帳で例えるなら、「使ったお金を記録できる」だけでなく、「使った分の一部をおうちの人が後から返してくれる」ようなイメージです。
■ 中小企業向けの主な要件と控除率
| 要件 | 内容 | 控除率 |
| 基本要件 | 雇用者給与等支給額(従業員の給与総額)が前年度比1.5%以上増加 | 増加額の15% |
| 上乗せ要件 | 雇用者給与等支給額が前年度比2.5%以上増加 | 増加額の30% |
| 教育訓練費の上乗せ | 教育訓練費が前年度比5%以上増加し、給与総額の0.05%以上 | +10% |
| 子育て・女性活躍の上乗せ | 「くるみん」または「えるぼし(2段階目以上)」の認定を取得 | +5% |
| 最大控除率 | 上記をすべて満たした場合 | 最大45% |
| 控除の上限 | その年度の法人税額の20%まで | — |
| 繰越控除 | 控除しきれなかった金額は最長5年間繰り越し可能(繰越先の年度でも給与総額の増加が必要) | — |
対象となるのは青色申告をしている中小企業者等で、給与総額には役員やその親族などに支払う給与は含まれません。社長の役員報酬を増やしても、この制度の計算には入らない点に注意しましょう。
業務改善助成金とは
業務改善助成金とは、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)を一定額以上引き上げ、あわせて生産性を上げる設備投資などを行った中小企業に、その費用の一部を国が助成する制度のことです。
たとえば、飲食店が時給を引き上げると同時に、券売機や食器洗浄機を導入して作業時間を短くする、といった使い方が典型例です。助成額や対象となる条件は年度ごとに見直されるため、申請前に最新の要件を確認することが欠かせません。
2つの制度の比較
| 比較項目 | 賃上げ促進税制 | 業務改善助成金 |
| 仕組み | 法人税(所得税)から差し引く | 国から現金が支給される |
| 手続きのタイミング | 賃上げ後、決算の申告時 | 賃上げ前に交付申請が必要 |
| 赤字の会社 | その年は効果なし(5年間繰り越し可能) | 赤字でも利用可能 |
| 設備投資 | 不要 | 必要(生産性向上につながるもの) |
| 主な担当専門家 | 税理士 | 社労士(労務・賃金台帳の整備) |
| 併用 | 同じ賃上げで併用できる場合がある(控除額の計算に調整が入ることがある) |
| 【ここが落とし穴】 業務改善助成金は、交付決定を受ける前に賃金を引き上げたり、設備を発注したりすると対象外になるのが原則です。「最低賃金が上がったから時給を上げた。後で助成金を申請しよう」では間に合いません。 賃上げ促進税制も、給与総額の計算を誤ると、せっかくの控除が受けられないうえ、税務調査で否認されるリスクがあります。前年度と当年度の給与総額を、同じ基準で正確に集計しておくことが重要です。 |
5. シミュレーション:従業員10名の会社が賃上げした場合
結論として、次のケースでは増えた人件費約97万円のうち、税額控除と経費算入による法人税等の減少で約58万円が戻り、実質負担は約39万円まで圧縮できます。具体的な数字で見てみましょう。
前提条件
| 項目 | 内容 |
| 会社 | 地方で飲食店と惣菜販売を営む株式会社(青色申告・中小企業者) |
| 従業員 | 正社員4名、パート6名(全員社会保険に加入していると仮定) |
| 前年度の給与総額 | 3,000万円(役員報酬は除く) |
| 賃上げの内容 | パート時給を1,050円→1,110円(+60円・年1,000時間勤務)/正社員の月給を1人1万円アップ |
| 教育訓練 | 外部研修の受講費を前年度より増やし、教育訓練費の上乗せ要件を満たすと仮定 |
| 法人税額 | 賃上げ前の見込みで年250万円(控除上限は20%の50万円) |
試算結果
| 項目 | 計算式 | 金額 |
| パートの給与増加額 | 60円 × 1,000時間 × 6名 | 36万円 |
| 正社員の給与増加額 | 1万円 × 12か月 × 4名 | 48万円 |
| 給与総額の増加額(増加率) | 36万円 + 48万円(3,084万円 ÷ 3,000万円 = 2.8%増) | 84万円 |
| 会社負担の社会保険料増加 | 84万円 × 約15% | 約12.6万円 |
| 人件費の増加合計(A) | 84万円 + 12.6万円 | 約96.6万円 |
| 賃上げ促進税制の控除額(B) | 84万円 × 40%(2.5%以上:30%+教育訓練:10%) | 約33.6万円 |
| 経費算入による法人税等の減少(C) | 96.6万円 × 実効税率約25%(概算) | 約24.2万円 |
| 実質的な負担額 | (A)−(B)−(C) | 約38.8万円 |
| [画像指示:人件費増加額96.6万円が、税額控除33.6万円・法人税等の減少24.2万円・実質負担38.8万円に分かれる積み上げ棒グラフ / キャプション:制度を使うと、賃上げの実質負担は約4割まで下がります] |
シミュレーションから分かること
- 制度を使わなければ約72万円(96.6万円−24.2万円)の負担だったものが、賃上げ促進税制によってさらに33.6万円軽くなります。
- 給与の増加率が2.5%に届くかどうかで、控除率が15%か30%かに分かれます。このケースで増加率が2.4%だった場合、控除額はほぼ半分になるため、「あと少しで2.5%」の場合は昇給額の上乗せを検討する価値があります。
- 設備投資を伴う場合は、業務改善助成金を賃上げ前に申請することで、さらに負担を減らせる可能性があります。
| 【税理士×社労士の実務視点】 賃上げの金額は、決算直前ではなく期首のうちに年間の給与総額の着地を見込んで決めるのが理想です。巡回監査で毎月の給与台帳と試算表を確認していれば、「このままだと増加率は2.3%なので、冬の賞与を少し上乗せすれば2.5%に届く」といった判断を、決算前に余裕をもって行えます。 ※上記は制度の仕組みを理解していただくための概算です。社会保険料率、実効税率、控除の可否は会社ごとの条件で異なります。 |
6. よくある質問(FAQ)
Q. 最低賃金を下回っていることに気づいたら、どうすればよいですか?
A. 直ちに賃金を引き上げ、発効日以降の不足分を計算して差額を支払ってください。地域別最低賃金を下回った場合は最低賃金法により50万円以下の罰金の対象となります。自主的に早く是正することが、労働基準監督署の調査リスクや従業員との信頼関係の面でも最善策です。
Q. 赤字の会社でも賃上げ促進税制は使えますか?
A. 赤字で法人税がかからない年は、その年に控除を受けることはできません。ただし、中小企業者等は控除しきれなかった金額を最長5年間繰り越せます。繰り越した年度に黒字となり、かつ給与総額が前年度より増えていれば控除を受けられるため、赤字の年でも要件を満たしているかを申告書に記録しておくことが大切です。
Q. 社長や家族役員の報酬を上げた場合も、賃上げ促進税制の対象になりますか?
A. 対象になりません。賃上げ促進税制の給与総額には、役員や役員の親族など特殊な関係にある人への給与は含まれません。あくまで一般の従業員に支払う給与が対象です。
Q. パートの方に「扶養の範囲内で働きたいので時給は上げないで」と言われました。
A. 最低賃金を下回る時給にすることは、本人の希望があってもできません。この場合は時給を上げたうえで、年間の勤務時間を調整することになります。あわせて、社会保険の扶養(130万円)は一時的な収入増なら事業主の証明で扶養を続けられる仕組みがあることや、所得税の壁は160万円まで引き上げられたことを説明すると、働き方の選択肢が広がります。
Q. 最低賃金の改定に向けて、会社は何をいつまでにすればよいですか?
A. 発効日より前に、次の3つを済ませておくのが実務上の結論です。①全従業員の時給換算額を一覧にして最低賃金との差を確認する、②給与計算ソフトの時給・月給の設定を変更する、③賃上げ額が決まったら賃金規程や雇用契約書(労働条件通知書)を更新する。設備投資を伴う場合は、業務改善助成金の申請をこれより前に行ってください。
7. まとめ:賃上げは「守り」と「攻め」を同時に考える
| 【3行でわかるこの記事のポイント】 1. 月給制の社員も、残業代・通勤手当などを除いて時給に換算し、事業所ごとの最低賃金と必ず比べる。 2. 賃上げは社会保険料の増加とパートの「扶養の壁」までセットで設計し、働き控えを防ぐ。 3. 賃上げ促進税制(最大45%の税額控除)と業務改善助成金(賃上げ前に申請)で実質負担を軽くする。 |
最低賃金の引き上げは、毎年必ずやってくる「避けられない経営課題」です。しかし、正しい計算で違反リスクを防ぎ、税制や助成金を上手に組み合わせれば、賃上げを「単なるコスト増」から「人材確保と会社の成長への投資」に変えることができます。
当事務所では、税理士と社会保険労務士が同じチームで連携し、最低賃金のチェックから給与体系の見直し、社会保険手続き、賃上げ促進税制の適用判断、決算・申告までを一貫してサポートしています。国税の現場を知り尽くした元国税職員も在籍しており、税務調査で指摘されない正確な集計・書類づくりにも万全の体制で臨みます。毎月の巡回監査を通じて、決算を待たずに「今年の賃上げをどう着地させるか」を一緒に考えられるのも私たちの強みです。
| 【ご相談はお気軽に】 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 「うちの給与は最低賃金を満たしているか確認してほしい」「賃上げ促進税制が使えるか知りたい」――そんな一言からで大丈夫です。オンラインでのご相談にも対応しています。 |
【10月1日から変更】インボイス経過措置80%→70%で会社の負担はいくら増える?
免税事業者の外注先と損せず・揉めずに付き合う方法
「インボイスの経過措置が10月から変わるらしいけれど、うちの会社に何か関係あるの?」「免税事業者のフリーランスや一人親方さんにお願いしている外注、このままで大丈夫?」――月末の今、こうした不安を抱えている経営者の方は少なくありません。
2026年10月1日から、インボイス(適格請求書)を発行できない免税事業者との取引について、消費税の控除できる割合が80%から70%に下がります。数字だけ見ると小さな変化ですが、外注比率の高い建設業・IT・デザイン・運送などの業種では、放っておくと毎年じわじわと納税額が増えていきます。
一方で、慌てて取引先に一方的な値下げを求めたり、外注をいきなり雇用に切り替えたりすると、法律違反や社会保険料の大幅な負担増という「別の損」を招きます。この記事では、税理士と社会保険労務士の両方の視点から、10月以降に会社が本当に取るべき行動を、数字を使ってわかりやすく解説します。
| ◆ 結論 ・10月1日以降の免税事業者からの仕入れ・外注は、消費税相当額の70%しか控除できません(2028年9月まで。その後50%→30%と段階的に縮小)。 ・判定は「支払日」ではなく取引をした日。9月中に完了した仕事は、10月に支払っても80%です。 ・簡易課税・2割特例で申告している会社は、この変更の影響を受けません。 ・多くの中小企業では、影響額は外注費の1%程度。一方的な値下げや安易な「外注→雇用」切替のほうが、はるかに大きな損につながります。 |
1. インボイスの経過措置とは?まず仕組みを30秒で理解する
結論から言うと、経過措置とは「インボイスがなくても、消費税の一部を差し引いてよい」という、期間限定のお助けルールです。仕組みを理解するために、まず消費税の払い方から整理しましょう。
仕入税額控除とは「預かった消費税から、払った消費税を差し引く」こと
仕入税額控除とは、お客さまから預かった消費税から、仕入れや外注で自分が支払った消費税を差し引いて、残りだけを国に納める仕組みのことです。
リンゴ屋さんで例えてみましょう。農家から100円(消費税10円)でリンゴを仕入れ、お客さまに200円(消費税20円)で売りました。リンゴ屋さんが国に納めるのは、預かった20円から払った10円を引いた「10円」だけです。この「払った10円を引ける」ことが仕入税額控除です。
インボイスがないと、本来は1円も差し引けない
2023年10月のインボイス制度開始により、この差し引きをするには、仕入れ先が発行するインボイス(登録番号が書かれた請求書)が必要になりました。仕入れ先が免税事業者でインボイスを出せない場合、原則として差し引きはゼロです。
経過措置とは「いきなりゼロは厳しいので、少しずつ減らす」ルール
経過措置とは、免税事業者からの仕入れでも、一定割合を控除できるよう認める移行期間のルールのことです。これまでの3年間は80%を控除できましたが、2026年10月からはその割合が一段階下がります。
[画像指示:リンゴ屋さんの例で「預かった消費税20円−払った消費税10円=納める10円」を示し、インボイスなしの場合は控除が70%(7円)に減る様子を描いた図解イラスト / キャプション:インボイスがない仕入れは、差し引ける消費税が段階的に減っていきます]
2. 10月1日から何が変わる?控除割合のスケジュール
結論として、10月1日から2028年9月30日までの2年間は70%、その後は50%、30%と段階的に下がり、2031年10月以降はゼロになります。当初の予定では10月から一気に50%に下がる予定でしたが、令和8年度税制改正で、より緩やかな縮小に見直されました。
| 期間 | 控除できる割合 | 消費税10万円分の外注なら |
| 〜2023年9月30日 | 100%(旧制度) | 10万円控除 |
| 2023年10月1日〜2026年9月30日 | 80% | 8万円控除 |
| 2026年10月1日〜2028年9月30日 | 70% | 7万円控除 |
| 2028年10月1日〜2030年9月30日 | 50% | 5万円控除 |
| 2030年10月1日〜2031年9月30日 | 30% | 3万円控除 |
| 2031年10月1日〜 | 0% | 控除なし |
もう一つの変更:同じ相手からの仕入れが年1億円を超えると対象外
あわせて、一つの免税事業者からの仕入れ・外注の合計が年間1億円(税込)を超える場合、その超えた部分には経過措置が使えなくなります(改正前は10億円)。大口の外注先を免税事業者のまま使っている会社は、特に注意が必要です。
実務の罠:判定は「支払った日」ではなく「取引をした日」
結論として、80%と70%のどちらを使うかは、商品を受け取った日・サービスが完了した日で判定します。請求書を受け取った日や支払った日ではありません。
- 9月中に工事や制作が完了し、10月に請求・支払い → 80%
- 10月に入ってから作業が完了 → 70%
- 9月末締め・10月請求の月額顧問料や保守料 → 9月分のサービスなので80%
月をまたぐ取引では、請求書に作業完了日や対象期間を明記してもらうことが、後の税務調査で説明できる証拠になります。
| ⚠ 注意 会計ソフトの税区分を「80%控除」のまま放置すると、10月以降の取引で控除を多く計上しすぎてしまいます。追徴課税の原因になるため、10月1日の取引から税区分を切り替える設定を必ず行ってください。 |
3. この変更で影響を受ける会社・受けない会社
結論として、影響を受けるのは「本則課税(一般課税)」で消費税を申告し、かつ免税事業者との取引がある会社です。
| 申告方法 | 10月の変更の影響 | 理由 |
| 本則課税(一般課税) | 影響あり | 実際に払った消費税を集計して控除するため |
| 簡易課税 | 影響なし | 売上の消費税×みなし仕入率で控除額を計算するため |
| 2割特例 | 影響なし | 売上の消費税の80%を控除する計算のため |
| 免税事業者(自社) | 直接の影響なし | 消費税の申告自体がないため。ただし取引先から交渉を受ける可能性あり |
[画像指示:「自社の申告方法は?」から始まり、本則課税→影響あり、簡易課税・2割特例→影響なし、と分かれるYes/Noチャート図解 / キャプション:まずは自社の消費税の申告方法を確認しましょう]
4. 免税事業者の外注先への対応は4つの選択肢から選ぶ
結論として、多くの中小企業にとって最も合理的なのは「取引条件を維持しつつ、影響額を把握したうえで、必要なら誠実に協議する」ことです。4つの選択肢を比べてみましょう。
| 選択肢 | メリット | デメリット・リスク | 実務評価 |
| ① 現状のまま継続 | 関係を維持できる。手間がかからない | 納税額が少しずつ増える | ◎ 影響が小さいならまずこれ |
| ② 価格の見直しを協議 | 増えた税負担を分け合える | 一方的な値下げは法律違反のおそれ | ○ 書面で丁寧に協議すれば可 |
| ③ 課税事業者になってもらう | インボイスが出て100%控除できる | 相手の事務・納税負担が増え、単価アップを求められることも | ○ 相手の事情次第 |
| ④ 雇用(社員)に切り替える | 人材の囲い込み・定着 | 社会保険料の負担増。給与は消費税の控除対象外 | △ 税の理由だけならおすすめしない |
選択肢②の罠:一方的な値下げは「買いたたき」になる
結論として、インボイスを理由にした価格交渉そのものは違法ではありませんが、相手と十分に協議せず、一方的に値下げを通告することは法律違反となるおそれがあります。
■ 関係する3つのルール
- 独占禁止法(優越的地位の濫用):立場の強い発注者が、取引先に不当に不利な条件を押し付けることを禁じるルールです。
- 中小受託取引適正化法(旧・下請法):2026年1月から名称と内容が改められ、価格協議に応じないまま一方的に代金を決めることが明確に禁止されました。
- フリーランス保護法:個人の外注先に仕事を頼む際、報酬額などの条件を書面やメールで明示する義務があります。
公正取引委員会などは、免税事業者であることを理由に、取引先と協議せずに大幅な値下げを求める行為を問題となり得る例として示しています。協議の経緯はメールや議事メモで残しておきましょう。
選択肢③の注意点:相手の「2割特例」は9月で終わる
免税事業者から課税事業者になった人が使える「2割特例」(納める消費税を売上の消費税の2割にできる特例)は、2026年9月30日を含む課税期間までの措置です。個人事業主については、改正により2027年分・2028年分は「3割特例」として負担軽減が続きますが、法人は対象外です。取引先に登録を依頼する場合は、相手の負担が今後重くなることも踏まえて話し合う必要があります。
選択肢④の罠:「外注→雇用」は税も社会保険も高くつく
結論として、消費税対策だけを目的に外注先を社員に切り替えるのは、ほとんどの場合、逆効果です。理由は二つあります。
- 給与は消費税の控除対象外:外注費なら70%は控除できますが、給与にした瞬間に控除はゼロになります。
- 社会保険料・労働保険料の会社負担:健康保険・厚生年金の会社負担だけで給与のおよそ15%前後、さらに雇用保険・労災保険も加わります。
| ◆ 税理士・社労士の実務視点 社労士の立場から見ると、より注意すべきなのは逆のパターンです。実態は社員と同じ働き方なのに、契約だけ「外注」にしているケースは、労働基準監督署や年金事務所の調査で雇用と判断されることがあります。 ・勤務時間や場所を会社が指定している ・仕事の進め方を細かく指示している ・他社の仕事を実質的に受けられない こうした実態がある場合、さかのぼって社会保険料や残業代を請求されるリスクがあります。インボイスの見直しは、外注契約の実態を点検する絶好の機会です。税務と労務を一体で確認することで、両方のリスクを同時に減らせます。 |
5. 10月からの実務対応5ステップ
結論として、次の5つを順番に進めれば、10月以降の対応に漏れはありません。
| STEP 1 | 取引先リストを作り、登録番号を確認する 国税庁の公表サイトで、外注先・仕入れ先が適格請求書発行事業者かどうかを確認し、免税事業者を洗い出します。 |
▼
| STEP 2 | 免税事業者との年間取引額を集計し、影響額を試算する 「年間の税込取引額×10/110×10%(80%→70%の差)」が、おおよその年間負担増です。年1億円を超える相手がいないかも確認します。 |
▼
| STEP 3 | 会計ソフトの税区分を切り替える 10月1日以降の取引から「70%控除」の区分を使うよう設定します。帳簿には経過措置の適用である旨の記載が必要です。 |
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| STEP 4 | 必要に応じて取引条件を書面で協議する 影響額が大きい相手とだけ、根拠を示して丁寧に協議します。一方的な通告は避け、協議記録を残します。 |
▼
| STEP 5 | 外注契約の「実態」を点検する 指揮命令や時間拘束の有無を確認し、雇用と判断されるリスクがないか、契約書と働き方を見直します。 |
[画像指示:5つのステップを左から右へ矢印でつないだ横型フロー図。各ステップにチェックリストのアイコン / キャプション:10月からの対応は「確認→試算→設定→協議→点検」の順で進めます]
6. シミュレーション:年商8,000万円の工務店の場合
結論として、このケースでは10月以降の負担増は年間12万円程度にとどまり、「外注→雇用」に切り替えると年間300万円近くコストが増える計算になります。数字で確かめてみましょう。
前提条件
| 項目 | 内容 |
| 会社の規模 | 年商8,000万円の工務店(本則課税で消費税を申告) |
| 免税事業者の外注先 | 一人親方3名(各人 年間税込440万円) |
| 免税事業者への外注費合計 | 年間 税込1,320万円 |
| その中に含まれる消費税相当額 | 1,320万円×10/110=120万円 |
控除割合の変化による年間の税負担
| 期間 | 控除できる額 | 控除できない額(=負担) | 80%時点との差 |
| 2026年9月まで(80%) | 96万円 | 24万円 | ― |
| 2026年10月〜(70%) | 84万円 | 36万円 | +12万円 |
| 2028年10月〜(50%) | 60万円 | 60万円 | +36万円 |
| 2031年10月〜(0%) | 0円 | 120万円 | +96万円 |
4つの選択肢を比べた年間コスト(70%期間)
| 選択肢 | 80%時点からの年間コスト増 | ポイント |
| ① 現状のまま継続 | 約12万円 | 外注費全体の約0.9% |
| ② 協議で負担を折半 | 約6万円 | 相手の同意と協議記録が前提 |
| ③ 課税事業者になってもらう | 単価次第(据え置きならマイナス24万円) | 相手が単価アップを求めれば相殺される |
| ④ 3名を同額で雇用 | 約300万円 | 控除84万円を失う+社会保険・労働保険の会社負担 約210万円 |
※④は、外注費1,320万円を同額の給与に置き換え、社会保険料の会社負担を約15%、労働保険料を約1%として概算しています。消費税控除の喪失84万円と保険料約210万円の合計で、約300万円の負担増です(80%時点比では控除喪失96万円となり、さらに差は広がります)。
| ◆ 税理士・社労士の実務視点 このケースの結論は「①を基本に、2028年10月の50%への縮小を見据えて、今のうちに取引先と将来の方針を話し合っておく」です。 年12万円の負担増に焦って関係を壊すより、良い職人さんとの関係を守るほうが経営上の価値は大きいはずです。ただし、50%、0%と進むにつれて負担は確実に増えるため、2年後に向けた計画を今から立てておくことが大切です。 |
7. よくある質問(FAQ)
Q. 簡易課税で申告していますが、何か対応は必要ですか?
A. 簡易課税の会社は、控除額を売上から計算するため、今回の変更による税額への影響はありません。ただし、翌期以降に本則課税へ戻る可能性がある場合や、取引先から交渉を受ける場合に備えて、免税事業者との取引状況は把握しておくことをおすすめします。
Q. 9月に終わった仕事の請求書が10月に届きました。80%と70%どちらですか?
A. 80%です。判定は、請求書の日付や支払日ではなく、商品の引渡しやサービスの提供が完了した日で行います。完了日が9月中であることが分かるよう、請求書や納品書に作業日を記載してもらいましょう。
Q. 経過措置を使うために、帳簿や書類で必要なことはありますか?
A. 帳簿に「経過措置の適用を受ける取引である」ことが分かる記載(例:「※は70%控除対象」などの記号と注記)をし、相手の名前・日付・内容・金額などが書かれた請求書や領収書を保存する必要があります。記載がないと控除が認められないため、会計ソフトの設定で自動表示されるか確認してください。
Q. 免税事業者の外注先に、値下げをお願いしても大丈夫ですか?
A. 話し合いを申し入れること自体は問題ありません。ただし、相手と十分に協議せずに一方的に値下げを決めることは、独占禁止法や中小受託取引適正化法に違反するおそれがあります。影響額の根拠を示し、相手の意見も聞いたうえで、協議の記録を残すことが重要です。
Q. 私自身が免税事業者の個人事業主です。今回の変更で何か起きますか?
A. ご自身の税金は変わりませんが、取引先(本則課税の会社)の負担が増えるため、単価の見直しや登録の相談を受ける可能性が高まります。登録するかどうかは、取引先の申告方法、売上の規模、個人事業主向けの負担軽減措置の有無を踏まえて判断するのが正解です。登録すべきか迷ったら、試算してから決めることをおすすめします。
8. まとめ & ご相談のご案内
この記事の要点3行まとめ
- 2026年10月1日から、免税事業者からの仕入れ・外注の控除割合は80%→70%に下がり、判定は「取引をした日」で行います。
- 影響を受けるのは本則課税の会社だけ。多くの中小企業では負担増は外注費の1%程度です。
- 一方的な値下げや安易な「外注→雇用」切替は、法律違反や社会保険料の負担増というより大きな損を招きます。
| ◆ 自己判断で損をする前に、まずはご相談ください 税務の判断は、会社の申告方法や取引先の状況によって一つひとつ異なります。「うちは本則課税と簡易課税、どちらが有利?」「この外注契約は雇用と判断されない?」といった疑問は、自己判断のまま進めると思わぬ損や労務トラブルにつながります。 当事務所には、税務署の現場を知り尽くした国税OBの税理士と、社会保険労務士が在籍しています。消費税の影響試算から会計ソフトの設定、外注契約の実態チェック、取引先との協議の進め方まで、税務と労務を一体でサポートできるのが当事務所の強みです。定期的な巡回監査を通じて、10月以降の処理が正しく行われているかも毎月確認いたします。 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 |
相続した実家の名義、そのままで大丈夫?
相続登記義務化の期限「2027年3月末」までに経営者・資産家がやるべきこと
| 【この記事の結論】 ✔ 2024年4月から相続登記は義務になり、正当な理由なく放置すると10万円以下の過料の対象になります。 ✔ 義務化より前に発生した相続(親や祖父母の代の名義のままの土地)も対象で、その期限は2027年3月31日です。残りはちょうど半年です。 ✔ 遺産分割がまとまらない場合でも、「相続人申告登記」という簡単な手続きで義務を果たすことができます。 ✔ 2026年4月からは住所・氏名の変更登記も義務化されました。会社の事業用不動産が先代名義のままの経営者は、事業承継・融資・M&Aの障害になる前に今すぐ整理すべきです。 |
「父が亡くなって何年も経つけれど、実家の名義はそのまま」「祖父名義の田んぼがあるらしいが、誰が相続したのかよく分からない」――こうしたご相談は、税理士の現場で毎週のように寄せられます。
これまでは、名義を変えなくても罰則はありませんでした。しかし法律が変わり、不動産の名義変更は「やった方がいいこと」から「やらなければならないこと」に変わりました。しかも、昔の相続についての猶予期限は2027年3月31日。「まだ先」と思っていると、あっという間に期限が来ます。
この記事では、相続登記の義務化の中身、期限、放置した場合のリスク、そして費用を抑えて確実に手続きを終える方法を、中学生でも分かる言葉で解説します。結論から言えば、「まず自分の家の不動産の名義を確認し、分割が難しければ相続人申告登記で期限を守る」。これが実務上の最善手です。
相続登記の義務化とは?まず押さえるべき基本
結論として、相続登記の義務化とは、不動産を相続した人に「3年以内に名義変更の登記をする義務」を課すルールのことです。
相続登記とは何か
相続登記とは、亡くなった人の名義になっている土地や建物を、相続した人の名義に書き換える手続きのことです。法務局という国の役所が管理する「登記簿」という台帳に、「この土地の持ち主は誰か」が記録されています。
身近な例えでいえば、登記簿は「土地や建物の住民票」のようなものです。人が引っ越したら住民票を移すように、持ち主が変わったら登記簿も書き換える必要があります。ところが、これまでは書き換えなくても罰則がなかったため、亡くなった人の名前のまま何十年も放置された土地が全国に大量に生まれてしまいました。
なぜ義務化されたのか
理由は「所有者不明土地」の増加です。所有者不明土地とは、登記簿を見ても今の持ち主が分からない、または連絡がつかない土地のことです。その合計面積は九州本島を上回る規模とも言われ、道路工事や災害復旧、空き家対策が進まない大きな原因になっていました。そこで国は、相続のたびに名義を確実に更新してもらうため、2024年4月1日から相続登記を義務にしたのです。
| [画像指示:亡くなった親名義の土地が放置され、孫・ひ孫の代で相続人が数十人に増えていく様子を示す家系図イラスト / キャプション:名義を放置すると、世代を重ねるごとに相続人がねずみ算式に増えていきます] |
期限と過料:いつまでに何をしなければならないのか
結論として、相続で不動産を取得したと知った日から3年以内に登記をしなければなりません。義務化前の相続は、2027年3月31日が最終期限です。
相続登記と住所変更登記の2つの義務
今回の法改正では、相続登記だけでなく、持ち主の住所や氏名が変わったときの変更登記も義務になりました。2つを並べると次のとおりです。
▼ 相続登記と住所・氏名変更登記の義務化比較
| 項目 | 相続登記 | 住所・氏名変更登記 |
| 施行日 | 2024年4月1日 | 2026年4月1日 |
| 期限 | 相続で取得したことを知った日から3年以内 | 住所・氏名が変わった日から2年以内 |
| 罰則 | 正当な理由なく怠ると10万円以下の過料 | 正当な理由なく怠ると5万円以下の過料 |
| 施行日前の分 | 2027年3月31日までに登記が必要 | 2028年3月31日までに登記が必要 |
| 簡易な方法 | 相続人申告登記 | 検索用情報の申出(法務局による職権変更) |
「3年以内」はいつから数えるのか
3年のカウントは、亡くなった日ではなく、「自分が相続人であること」と「その不動産を取得したこと」の両方を知った日から始まります。たとえば、疎遠だった叔父が亡くなったことを1年後に知った場合は、その知った日からの3年です。
また、遺産分割協議(相続人全員で「誰が何を相続するか」を決める話し合い)がまとまった場合は、まとまった日から3年以内に、その内容どおりの登記をする必要があります。
過料はいきなり科されるのか
過料とは、刑罰ではない行政上の金銭的なペナルティのことです。前科はつきませんが、支払い義務は生じます。法務局は、登記漏れを把握すると、まず「期限内に登記してください」という催告(お知らせ)を送ります。それでも正当な理由なく応じない場合に、裁判所へ通知され、過料が決まる流れです。
| ⚠ 「催告が来てから動けばいい」は危険です 催告が来た時点で慌てて動いても、戸籍集めや相続人全員の合意には数か月かかることが珍しくありません。特に相続人が多い古い相続では、催告後の期間内に終わらないおそれがあります。 正当な理由とは、相続人が極めて多く戸籍収集に長期間かかる場合や、相続人に重病の方がいる場合などに限られます。「忙しかった」「知らなかった」は原則として認められません。 |
相続登記を放置すると起きる5つのリスク
結論として、放置の本当のリスクは過料よりも、「売れない・貸せない・担保にできない」状態が固定化し、次の世代に問題が雪だるま式に大きくなることです。
■ リスク1:相続人がねずみ算式に増える(数次相続)
数次相続とは、遺産分割が終わらないうちに相続人の誰かが亡くなり、次の相続が重なることです。祖父名義の土地を放置している間に父やおじが亡くなれば、その配偶者や子どもたちも話し合いに加わる必要があります。当初3人だった相続人が、10年後には10人以上になることもあります。
■ リスク2:売却も融資の担保にもできない
登記簿の名義が亡くなった人のままでは、不動産を売ることも、銀行融資の担保に入れることもできません。「いざ売りたい」と思ったときに数か月の手続きが必要になり、買い手を逃すことになります。
■ リスク3:一部の相続人の持分が差し押さえられる
相続人の中に借金を抱えた人がいると、その人の法定相続分が債権者に差し押さえられることがあります。会社の工場や店舗の敷地で起きれば、事業そのものが揺らぎます。
■ リスク4:事業承継やM&Aが止まる
中小企業では、会社が使っている土地や建物が社長個人や先代名義になっているケースが多くあります。事業承継やM&Aの際、買い手や金融機関は必ず不動産の権利関係を確認します。名義が整理されていないだけで交渉が数か月止まる、あるいは譲渡価格の引き下げを求められることは実務で実際に起きています。
■ リスク5:相続税の特例が使えなくなることがある
登記そのものと相続税は別の手続きですが、放置の原因である「遺産分割がまとまらない状態」は相続税に直結します。相続税の申告期限(亡くなった日の翌日から10か月)までに分割が終わっていないと、小規模宅地等の特例(自宅や事業用地の評価を最大80%減額する制度)や配偶者の税額軽減が、その時点では使えません。
| 💡 税理士の実務視点 相続税がかからない家庭でも、相続登記の義務は必ずかかります。「うちは財産が少ないから関係ない」は誤解です。 逆に相続税の申告が必要なご家庭では、申告と登記を同じタイミングで進めるのが最も効率的です。遺産分割協議書や戸籍一式を両方の手続きで共用でき、手間も費用も抑えられます。 |
状況別に選ぶ3つの解決策
結論として、①分割がまとまるなら通常の相続登記、②まとまらないなら相続人申告登記で期限を守る、③いらない土地なら相続土地国庫帰属制度を検討、の3つから選びます。
▼ 相続した不動産の3つの対処法の比較
| 項目 | 通常の相続登記 | 相続人申告登記 | 相続土地国庫帰属制度 |
| どんな手続き? | 相続人の名義に正式に変更する | 「自分が相続人です」と法務局に申し出る | 不要な土地を国に引き取ってもらう |
| 義務を果たせるか | 〇(完全に解決) | 〇(ひとまず義務は履行) | 〇(所有者でなくなる) |
| 必要な合意 | 分割協議なら相続人全員 | 不要(1人で申出可) | 共有なら共有者全員 |
| 費用 | 登録免許税(評価額の0.4%)+専門家報酬 | 登録免許税はかからない | 審査手数料+負担金(原則20万円) |
| 売却・担保 | 可能 | 不可(別途正式な登記が必要) | ― |
| 向いている人 | 分割がまとまっている人 | 話し合いが長引きそうな人 | 管理できない山林・農地などを持つ人 |
相続人申告登記とは
相続人申告登記とは、「この不動産の持ち主が亡くなり、私はその相続人の一人です」と法務局に申し出るだけで、相続登記の義務を果たしたとみなされる制度です。相続人全員の合意は不要で、自分の戸籍謄本などを出せば1人で手続きができます。登録免許税もかかりません。
たとえるなら、「宿題はまだ終わっていないけれど、提出日までに途中経過を先生に届けておく」ようなものです。ただし、これで持ち主が確定するわけではないため、後日遺産分割がまとまったら、その日から3年以内に正式な相続登記が必要です。
相続土地国庫帰属制度とは
相続土地国庫帰属制度とは、相続で取得した不要な土地を、一定の条件を満たせば国が引き取ってくれる制度です。2023年4月から始まりました。建物が建っていない、担保が付いていない、境界争いがないなどの条件があり、10年分の管理費相当として負担金(原則20万円)を納めます。遠方の山林や使い道のない農地を持て余している方には有力な選択肢です。
相続登記の進め方:6つのステップ
結論として、手続きは「財産の把握→戸籍集め→分割協議→申請」の順で進めます。最初の2ステップに最も時間がかかるため、早く着手するほど有利です。
▼ 相続登記完了までの流れ
| STEP 1 相続した不動産をすべて洗い出す |
固定資産税の納税通知書、市区町村の「名寄帳」、2026年2月に始まった「所有不動産記録証明制度」(亡くなった人名義の不動産を全国分まとめて調べられる制度)を活用します。
▼
| STEP 2 戸籍謄本を集めて相続人を確定する |
亡くなった人の出生から死亡までの戸籍が必要です。2024年3月から、本籍地以外の市区町村窓口でもまとめて取得できる「広域交付」が使えます。
▼
| STEP 3 遺産分割協議を行う |
相続人全員で誰が何を相続するかを決め、遺産分割協議書に全員が署名・実印を押します。まとまらない場合は相続人申告登記で期限を守ります。
▼
| STEP 4 登記申請書を作成する |
固定資産評価証明書をもとに登録免許税を計算し、申請書を作ります。
▼
| STEP 5 法務局に申請する |
不動産所在地を管轄する法務局へ、窓口・郵送・オンラインのいずれかで申請します。
▼
| STEP 6 登記完了・権利証(登記識別情報)を受け取る |
完了後に通知される登記識別情報は、将来の売却時に必要なので厳重に保管します。
| [画像指示:書類の束(戸籍・協議書・評価証明書)を持って法務局に向かう家族のイラスト / キャプション:準備書類をそろえれば、手続き自体はシンプルです] |
| 💡 税理士の実務視点:自分でやるか、専門家に頼むか 相続人が配偶者と子だけで、不動産が自宅1か所といったシンプルなケースなら、ご自身での申請も十分可能です。 一方、相続人が多い古い相続、複数の市区町村に土地が散らばっている、事業用不動産が含まれる、相続税の申告もある、のいずれかに当てはまる場合は、税理士と司法書士の連携に任せた方が、結果的に時間も費用も少なく済みます。 |
具体的なシミュレーション:放置した場合といま手続きした場合の比較
結論として、今すぐ手続きをすれば約20万円で済むものが、放置して次の相続が重なると、手間と費用が2倍以上に膨らみます。
ケース設定
- 5年前に父が死亡。相続人は母・長男(会社経営者)・長女の3人
- 父名義の自宅:土地の固定資産税評価額1,500万円、建物300万円
- 父名義の地方の山林:固定資産税評価額80万円
- 遺産分割はまだ話し合っていない(相続税は基礎控除内で申告不要だった)
▼ 今手続きする場合の費用概算
| 費用項目 | 計算 | 金額(概算) |
| 登録免許税(自宅) | (1,500万円+300万円)×0.4% | 72,000円 |
| 登録免許税(山林) | 評価額100万円以下の土地の免税措置を適用 | 0円 |
| 戸籍・評価証明書等の実費 | ― | 約10,000円 |
| 司法書士報酬(目安) | 不動産2か所・相続人3人 | 約100,000円 |
| 合計 | 約182,000円 |
※司法書士報酬は事案や地域により異なります。免税措置は適用期限(2027年3月31日まで)内の登記が前提です。
放置した場合に起きること
このまま10年放置し、その間に母が亡くなったとします。すると父の相続と母の相続が重なり(数次相続)、戸籍収集の範囲が広がり、書類作成も2つの相続分必要になります。さらに長女が亡くなれば、長女の夫と子ども2人が話し合いに加わり、相続人は3人から5人以上に増えます。
▼ 今手続きした場合と10年放置した場合の比較
| 項目 | 今手続きする | 10年放置した場合 |
| 話し合う相続人 | 3人(家族内で完結) | 5人以上(義理の親族を含む) |
| 専門家報酬・実費 | 約11万円 | 20万〜40万円程度に増加 |
| 登録免許税 | 約7.2万円(山林は免税) | 評価額・免税措置の有無により増加の可能性 |
| 過料のリスク | なし | 最大10万円(1人あたり) |
| 売却・担保 | すぐ可能 | 手続き完了まで不可 |
| 家族関係 | 円満に決めやすい | 疎遠な親族との交渉で難航しやすい |
| 💡 税理士の実務視点 この試算で最も大きな差は、実はお金ではなく「話し合いの難しさ」です。母が元気なうちなら家族3人で決められることも、世代が変わると顔も知らない親族の実印が必要になります。 長男が会社経営者の場合、自宅の土地を将来の会社の借入の担保に使う可能性もあります。名義を整えておくことは、そのまま経営の選択肢を広げることにつながります。 |
よくある質問(FAQ)
Q. 相続登記をしないと、必ず10万円の過料を払うことになりますか?
A. いいえ、必ずではありません。法務局からの催告に応じて期限内に登記すれば過料は科されません。また、相続人が極めて多いなどの正当な理由があれば対象外です。ただし「知らなかった」「忙しかった」は正当な理由になりません。催告を待たず、早めに手続きすることをおすすめします。
Q. 兄弟で遺産の分け方がまとまりません。どうすればいいですか?
A. 相続人申告登記を利用してください。相続人1人だけで申し出ることができ、登録免許税もかからず、ひとまず相続登記の義務を果たしたことになります。その後分割がまとまったら、その日から3年以内に正式な相続登記を行います。
Q. 祖父名義のままの土地があります。これも義務化の対象ですか?
A. はい、対象です。義務化前(2024年4月1日より前)に発生した相続も含まれ、原則として2027年3月31日までに登記が必要です。祖父から父、父から自分と相続が重なっている場合は手続きが複雑になるため、早めの着手が重要です。
Q. 相続税がかからなかった場合でも、相続登記は必要ですか?
A. 必要です。相続税の申告と相続登記はまったく別の手続きです。相続税が基礎控除内でゼロだった場合でも、不動産を相続したなら登記の義務はかかります。
Q. 会社が使っている土地が、亡くなった先代社長の個人名義のままです。何から始めればいいですか?
A. まずは登記簿謄本(登記事項証明書)を取り、現在の名義と担保の状況を確認してください。そのうえで、後継者が相続するのか、会社が買い取るのか、会社に賃貸するのかによって、登記だけでなく相続税・法人税・贈与税の影響が変わります。登記と税務を一体で検討することが重要です。
まとめ:期限の半年前の今こそ、名義の確認から始めましょう
この記事の要点を3行でまとめます。
- 相続登記は2024年4月から義務化され、義務化前の相続の期限は2027年3月31日。住所変更登記も2026年4月から義務になりました。
- 分割がまとまらなくても「相続人申告登記」で期限は守れます。不要な土地は国庫帰属制度も選択肢です。
- 放置の本当のリスクは過料ではなく、相続人の増加と、売却・融資・事業承継ができなくなることです。
相続登記は「名義を書き換えるだけ」に見えて、実は相続税、事業承継、会社の資金繰りにまで影響する重要な手続きです。特に会社の事業用不動産が関わる場合、誰の名義にするかで将来の税負担が大きく変わります。
私たちは、国税OBを含む税理士と社会保険労務士が連携し、相続・事業承継を財務と労務の両面から支えてきました。司法書士とのネットワークにより、相続税の申告から登記までワンストップで対応し、長年の巡回監査で培った「ご家族と会社の事情に寄り添う姿勢」で、円満な解決をお手伝いします。
| 【この記事の結論】 ✔ 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 ✔ 「実家の名義を確認したい」「先代名義の会社の土地をどうすべきか」といった、最初の一歩のご相談から承っています。 |
2026年10月からインボイス経過措置は80%から70%へ
免税事業者との取引で会社が損をしない見直し術と2割特例の出口戦略
「外注先に免税事業者がいるけれど、10月から何がどう変わるの?」「2割特例が終わったら、うちの消費税はいくらになるの?」――インボイス制度が始まって3年。ようやく慣れてきたところで、2026年10月1日に制度の大きな節目がやってきます。
この記事では、インボイス制度の「経過措置」がどう縮小していくのか、会社(仕入れる側)と個人事業主(売る側)それぞれに何が起こるのかを、リンゴ屋さんの例え話と具体的な数字で、どこよりもやさしく解説します。読み終えるころには、10月までに何をすべきか、10月以降どんな順番で見直せばよいかがはっきり分かります。
| 【この記事の結論】 ① 免税事業者からの仕入れで差し引ける消費税の割合は、2026年10月1日から80%→70%に下がり、その後も50%→30%→0%と段階的に縮小します。 ② 会社側は「取引先ごとの影響額」を今すぐ計算し、価格据え置き・適正な価格協議・登録依頼のどれを選ぶかを取引先ごとに決めることが最優先です。 ③ 2割特例を使っている個人事業主・小さな会社は「特例が終わった後の納税額」を試算し、簡易課税の届出タイミングを逃さないことが最大の防衛策です。 |
[画像指示:インボイス経過措置の控除割合が80%→70%→50%→30%→0%と階段状に下がっていく様子を示すグラフ風イラスト / キャプション:2026年10月は「階段の一段目」。ここから毎年のように負担が増えていきます]
1. インボイスの「経過措置」とは?リンゴ屋さんで仕組みを理解する
結論から言うと、経過措置とは、インボイス(登録番号付きの請求書)をもらえない相手から仕入れても、消費税の一部だけは差し引いてよいとする「おまけ期間」のことです。このおまけが、2026年10月から少しずつ小さくなっていきます。
消費税は「預かった税」から「支払った税」を引いて納める
まず、消費税の基本の仕組みを確認しましょう。消費税とは、商品やサービスの代金に上乗せして、最終的にはお客さんが負担する税金のことです。お店や会社は、お客さんから「預かった消費税」から、自分が仕入れのときに「支払った消費税」を差し引いて、残りを国に納めます。この差し引きのことを「仕入税額控除(しいれぜいがくこうじょ)」と呼びます。
たとえば、リンゴ屋さんが農家から1,000円(+消費税100円)でリンゴを仕入れ、お客さんに2,000円(+消費税200円)で売ったとします。リンゴ屋さんが納める消費税は、預かった200円-支払った100円=100円です。
インボイスがないと「支払った税」を引けない
インボイス制度とは、「支払った消費税を差し引きたいなら、税務署に登録した事業者が発行する請求書(インボイス)を保存してください」というルールのことです。もし農家さんが登録していない免税事業者だと、リンゴ屋さんは支払った100円を原則として差し引けず、200円をまるまる納めることになります。
いきなり全額が差し引けなくなると商売が混乱するため、国は「最初の3年間は80%、その後は少しずつ減らす」という経過措置を設けました。これが今回の主役です。
2. 2026年10月から何が変わる?控除割合の新スケジュール
結論として、2026年10月1日から2028年9月30日までの2年間は70%、その後は50%、30%と下がり、2031年10月以降はゼロになります。当初は2026年10月から一気に50%へ下がる予定でしたが、令和8年度税制改正で下がり方がゆるやかに見直されました。
| 課税仕入れを行った期間 | 差し引ける割合 | 当初の予定(改正前) |
| 2023年10月1日〜2026年9月30日 | 80% | 80% |
| 2026年10月1日〜2028年9月30日 | 70% | 50%(〜2029年9月) |
| 2028年10月1日〜2030年9月30日 | 50% | 同上/2029年10月以降0% |
| 2030年10月1日〜2031年9月30日 | 30% | 0% |
| 2031年10月1日以降 | 0%(全額差し引けない) | 0% |
表1:免税事業者等からの仕入れに係る経過措置の控除割合(令和8年度税制改正後)
ゆるやかになっても「負担が増える」ことに変わりはない
当初の50%より緩和されたとはいえ、差し引ける額は確実に減ります。免税事業者への支払いが多い会社ほど、10月以降の消費税の納税額が増えます。「緩和されたから大丈夫」ではなく、「緩和されている今のうちに手を打つ」のが正しい受け止め方です。
一つの取引先から年10億円を超える仕入れには経過措置が使えない
見落としやすいルールとして、一つの免税事業者等からの仕入れが1年間(課税期間)で合計10億円(税込)を超える場合、その超えた部分には経過措置が使えません。大規模な外注先を抱える会社は注意が必要です。
| 💡 税理士の実務視点 経過措置の割合は「代金を払った日」ではなく「仕入れを行った日(商品の引渡しやサービスの提供が完了した日)」で判定します。9月30日までに納品・作業完了したものは、支払いが10月でも80%です。 月末締めの外注費や、9月末をまたぐ継続業務は、契約上いつ役務提供が完了したのかを請求書・納品書で明確にしておくと、税務調査でも説明がスムーズになります。 |
3. 会社(仕入れる側)への影響と3つの選択肢
結論として、会社がとるべき行動は「取引先ごとに影響額を計算し、①価格据え置き、②適正な価格協議、③インボイス登録の依頼、のいずれかを選ぶ」ことです。一律の対応ではなく、取引先ごとの判断が必要です。
選択肢①:価格を据え置いて会社が負担を受け入れる
腕のよい職人さんや長年のパートナーなど、取引関係を最優先したい相手には、差し引けなくなる消費税分を会社がかぶる選択もあります。影響額が小さい取引先はこの選択が合理的です。
選択肢②:取引先と価格について協議する
影響額が大きい場合は、取引条件の見直しを話し合います。ただし、一方的な値下げの押し付けは法律違反になるおそれがあります。必ず協議の場を設け、根拠を示して合意を得ることが大前提です。
選択肢③:取引先にインボイス登録を検討してもらう
取引先が登録すれば、会社は全額を差し引けます。ただし、登録すると取引先自身が消費税を納めることになるため、後述する2割特例や簡易課税の情報もあわせて伝えると、相手の不安が和らぎ、話がまとまりやすくなります。
| 選択肢 | 会社のメリット | 会社のデメリット・リスク | 向いている取引先 |
| ①価格据え置き | 関係が良好に保てる | 消費税負担が毎年増える | 影響額が小さい・代わりがきかない相手 |
| ②価格協議 | 負担を分け合える | 進め方を誤ると法令違反のリスク | 取引額が大きく、協議の余地がある相手 |
| ③登録依頼 | 全額差し引ける | 相手の負担増で関係悪化の可能性 | 売上規模があり、登録しても困らない相手 |
表2:免税事業者との取引における会社側の3つの選択肢の比較
| ⚠ 実務上の落とし穴 免税事業者であることを理由に、協議なしで一方的に取引価格を引き下げたり、取引を打ち切ったりすると、独占禁止法や下請法(2026年1月からは中小受託取引適正化法)上の問題となるおそれがあります。 価格協議は「経過措置の縮小でいくら負担が増えるのか」を数字で示し、書面で合意内容を残すのが鉄則です。 |
4. 個人事業主・小さな会社(売る側)への影響:2割特例の終わりと出口戦略
結論として、免税事業者からインボイス登録をした事業者が使える「2割特例」は終わりが近づいています。特例終了後の納税額を今のうちに試算し、簡易課税を選ぶかどうかを決めておくことが最も大切です。
2割特例とは?
2割特例とは、もともと免税事業者だった人がインボイス登録した場合に、納める消費税を「お客さんから預かった消費税の2割」だけでよいとする負担軽減措置のことです。届出は不要で、申告書にチェックを入れるだけで使えます。
■ 個人事業主の場合
2023年分から2026年分(2026年12月31日まで)の申告で使えます。つまり、2026年分の確定申告(2027年3月申告)が2割特例の最後です。
■ 法人の場合
2026年9月30日を含む事業年度までが対象です。たとえば3月決算の会社なら2027年3月期まで、9月決算の会社なら2026年9月期までとなります。
個人事業主には「3割特例」という激変緩和がある
令和8年度税制改正で、2割特例が終わった個人事業主について、2027年分・2028年分の2年間は、納める消費税を預かった消費税の3割とできる措置(いわゆる3割特例)が設けられました。いきなり本来の計算に戻るのではなく、もう一段階クッションがあると理解してください。なお、法人はこの対象外です。
特例が終わった後は「簡易課税」か「本則課税」を選ぶ
特例終了後の計算方法は2つです。簡易課税とは、実際の経費を集計せず、業種ごとに決められた割合(みなし仕入率)で支払った消費税を計算する方法のことです。本則課税とは、実際に支払った消費税を一つひとつ積み上げて計算する方法のことです。
| 計算方法 | 納める消費税の目安 | 手間 | 使える期間・条件 |
| 2割特例 | 預かった消費税×20% | 最も少ない | 個人:2026年分まで/法人:2026年9月30日を含む期まで |
| 3割特例 | 預かった消費税×30% | 少ない | 個人事業主のみ・2027年分と2028年分 |
| 簡易課税 | 預かった消費税×(1-みなし仕入率) | 少ない | 基準期間の売上5,000万円以下+事前届出 |
| 本則課税 | 預かった消費税-実際に支払った消費税 | 多い | 条件なし(原則的な方法) |
表3:インボイス登録事業者が選べる消費税の計算方法の比較
| 💡 税理士の実務視点 簡易課税は原則として「使いたい期の前の期の末日まで」に届出が必要です。ただし、2割特例を使った期の翌期に簡易課税を選ぶ場合は、その翌期中に届出を出せばその期から適用できる特例があります。 とはいえ、ギリギリの判断は禁物です。経費が多い業種(仕入れの多い小売業など)は本則課税の方が有利なこともあります。簡易課税は一度選ぶと原則2年間やめられないため、必ず両方の方法で試算してから届出を出しましょう。 |
5. 10月までに・10月以降にやるべき5ステップ
結論として、やるべきことは「洗い出し→影響額の計算→方針決定→協議・届出→経理体制の更新」の5つです。以下の順番で進めれば漏れがありません。
| STEP 1 | 取引先の洗い出し 外注先・仕入先の中から、インボイス登録をしていない取引先を一覧にします。国税庁の公表サイトで登録番号の有無を確認し、年間の取引額も並べます。 |
▼
| STEP 2 | 影響額の計算 取引先ごとに「年間支払額(税込)×10/110×(100%-差し引ける割合)」で、差し引けなくなる消費税を計算します。70%・50%・0%の3パターンで比べると将来の負担が見えます。 |
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| STEP 3 | 取引先ごとの方針決定 表2の3つの選択肢から、影響額と取引関係の重要度をふまえて方針を決めます。 |
▼
| STEP 4 | 協議・届出の実行 価格協議は書面で合意を残します。自社が2割特例の利用者なら、特例終了後の計算方法を試算し、簡易課税の届出期限をカレンダーに登録します。 |
▼
| STEP 5 | 経理処理の更新 会計ソフトの経過措置の設定を「80%」から「70%」に切り替えます。帳簿には経過措置の適用を受ける仕入れである旨の記載が必要です。 |
[画像指示:5ステップのチェックリストを経営者と担当者が確認している様子のイラスト / キャプション:10月1日をまたぐ前に、取引先一覧と会計ソフトの設定を必ず確認しましょう]
6. 具体的なシミュレーション:いくら負担が変わる?
結論として、免税事業者への年間支払いが税込1,100万円の会社では、差し引けない消費税が年20万円から30万円に増え、2031年10月以降は年100万円になります。また、売上800万円の個人事業主では、特例終了後に納税額が2倍以上になるケースがあります。
ケース1:会社(仕入れる側)|免税事業者の外注先に年間税込1,100万円を支払う
外注費1,000万円+消費税100万円=税込1,100万円を、インボイス登録をしていない職人さんに支払っている建設業の会社を想定します(消費税率10%で簡便計算)。
| 期間 | 差し引ける消費税 | 差し引けない消費税(会社の負担増) |
| 登録事業者だった場合 | 100万円 | 0円 |
| 〜2026年9月(80%) | 80万円 | 20万円 |
| 2026年10月〜2028年9月(70%) | 70万円 | 30万円 |
| 2028年10月〜2030年9月(50%) | 50万円 | 50万円 |
| 2030年10月〜2031年9月(30%) | 30万円 | 70万円 |
| 2031年10月〜(0%) | 0円 | 100万円 |
表4:年間税込1,100万円の外注費に係る消費税負担の推移
10月からの増加額は年10万円ですが、5年後には年100万円の差になります。同じ規模の取引先が3社あれば、最終的には年300万円です。「今は小さな差」でも、先を見た判断が必要なことが分かります。
ケース2:個人事業主(売る側)|売上税込880万円のWebデザイナー
売上800万円+消費税80万円=税込880万円、経費は税込220万円(うち消費税20万円)の個人デザイナーを想定します。デザイン業は簡易課税では「第5種事業(サービス業等)」で、みなし仕入率は50%です。
| 計算方法 | 計算式 | 納める消費税 |
| 2割特例(2026年分まで) | 80万円×20% | 16万円 |
| 3割特例(2027・2028年分) | 80万円×30% | 24万円 |
| 簡易課税(第5種) | 80万円-80万円×50% | 40万円 |
| 本則課税 | 80万円-20万円 | 60万円 |
表5:売上税込880万円の個人事業主の消費税納税額の比較
このケースでは、2027年・2028年は3割特例の24万円、2029年以降は簡易課税の40万円が最も有利です。本則課税のままだと60万円となり、2割特例の時代と比べて年44万円も負担が増えます。簡易課税の届出を忘れるだけで、毎年20万円の差がつくのです。
| 💡 税理士の実務視点 会社側の「差し引けない消費税」は、法人税の計算上は経費(損金)になるため、その分だけ法人税は軽くなります。しかし、現金が出ていく事実は変わりません。消費税・法人税・資金繰りを一体で見て判断することが、経営判断としての正解です。 個人事業主側は、特例が終わる年の前年に、翌年以降の納税額を資金繰り表に組み込んでおくと、納税時期に慌てずに済みます。 |
よくある質問(FAQ)
Q. 9月に作業が終わり、10月に支払う外注費は80%と70%のどちらですか?
A. 80%です。経過措置の割合は、代金を支払った日ではなく、仕入れを行った日(引渡しや役務提供が完了した日)で判定します。
Q. 経過措置を使うために必要な書類はありますか?
A. はい。取引先が発行する、内容や金額が区分された請求書等を保存し、帳簿に経過措置の適用を受ける仕入れである旨(「80%控除対象」「70%控除対象」など)を記載する必要があります。
Q. 自社が簡易課税を選んでいる場合も影響はありますか?
A. 自社の納税額への直接の影響はありません。簡易課税は売上をもとに計算するため、仕入先が登録事業者かどうかは関係しないからです。ただし、自社の取引先から登録状況を確認されることはあります。
Q. 2割特例を使うのに届出は必要ですか?
A. 不要です。消費税の申告書に2割特例を適用する旨を記載するだけで使えます。毎回、有利な方法を選べるのも特長です。
Q. インボイス登録をやめて免税事業者に戻ることはできますか?
A. 登録取消しの届出書を提出すれば可能です。ただし、提出期限があるほか、登録した時期によっては一定期間は免税事業者に戻れない制限があります。取引先への影響も大きいため、必ず事前に専門家に相談してください。
まとめ:10月1日は「見直しのスタートライン」
- 免税事業者からの仕入れで差し引ける消費税は、2026年10月1日から80%→70%に縮小し、2031年10月にはゼロになります。
- 会社側は取引先ごとの影響額を計算し、価格据え置き・適正な協議・登録依頼を使い分けることが重要です。
- 2割特例を使う事業者は、3割特例や簡易課税を含めた「特例後の納税額」を試算し、届出の期限を逃さないことが最大の防衛策です。
インボイス制度の経過措置は、取引先との関係、消費税、法人税、そして資金繰りのすべてに関わる経営テーマです。当事務所では、国税の実務を知り尽くした税理士が、取引先ごとの影響額の試算から、価格協議の進め方、簡易課税の有利不利判定まで、会社の実情に合わせて具体的にサポートしています。
税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。10月1日をまたぐ前の今こそ、見直しの絶好のタイミングです。
10月からインボイスの経過措置が縮小!
免税事業者との取引と「2割特例」終了で損をしないために経営者が今すぐやるべきこと
「インボイスって、もう対応は終わったはずでは?」「10月から何か変わるらしいけれど、うちに関係あるの?」――そう感じている経営者・個人事業主の方は少なくありません。実は、インボイス制度が始まった2023年10月から「3年間の助走期間」として用意されていた優遇ルールが、2026年9月30日で一区切りを迎えます。
この記事を読めば、10月以降に「何が」「いくら」変わるのか、買い手(仕入れる側)と売り手(売る側)それぞれの立場で損をしないための具体的な手順が、数字付きで分かります。
| 結論 ① 免税事業者からの仕入れは、2026年10月1日から消費税を差し引ける割合が「80%」から縮小します。外注費が多い会社ほど、手元に残るお金が減ります。 ② 「2割特例」(売上の消費税の2割だけ納めればよい特例)は、2026年9月30日を含む課税期間で適用期間が終わります。個人事業主には激変緩和の「3割特例」が用意されますが、法人にはありません。 ③ やるべきことは「取引先の登録状況の確認」「価格・契約の見直し」「来期の計算方法(簡易課税か原則課税か)の選択」の3つ。特に届出書の期限を逃すと、1年間取り返しがつきません。 |
[画像指示:2026年10月を境に変わるインボイスの2つの経過措置(仕入側の控除割合・売上側の2割特例)を時系列で示すタイムライン図 / キャプション:2026年10月はインボイス制度の「第2段階」のスタートです]
そもそもインボイス制度とは?3分でおさらい
結論から言うと、インボイス制度とは「国に登録した事業者が発行する正式な請求書(インボイス)がないと、支払った消費税を納税額から差し引けない」仕組みのことです。
リンゴ屋さんで考える消費税の仕組み
消費税は「お客さんから預かった消費税」から「仕入れのときに支払った消費税」を差し引いた残りを国に納める仕組みです。この差し引くことを「仕入税額控除(しいれぜいがくこうじょ)」といいます。仕入税額控除とは、二重に税金を払わないために、仕入れで払った消費税を納税額から引ける制度のことです。
例えば、あなたがリンゴ屋さんで、農家から1,100円(うち消費税100円)でリンゴを仕入れ、お客さんに2,200円(うち消費税200円)で売ったとします。このとき国に納めるのは「200円-100円=100円」です。
ところがインボイス制度のもとでは、農家がインボイスを発行できない「免税事業者」だった場合、原則としてこの100円を差し引けません。つまり、リンゴ屋さんは200円をまるごと納めることになり、100円分損をします。
免税事業者と課税事業者の違い
免税事業者とは、2年前(基準期間)の売上が1,000万円以下などの条件を満たし、消費税を納める義務が免除されている事業者のことです。一方、課税事業者とは消費税を納める義務がある事業者のことで、インボイスを発行するには「適格請求書発行事業者」として登録し、課税事業者になる必要があります。
| 区分 | 消費税の納税 | インボイス発行 | 取引先(買い手)の控除 |
| 免税事業者(未登録) | なし | できない | 原則不可(経過措置で一部可) |
| インボイス登録事業者 | あり | できる | 全額可 |
| 2割特例を使う登録事業者 | 売上税額の2割 | できる | 全額可 |
2026年10月に何が変わるのか?2つの経過措置の変更点
結論として、10月から変わるのは「買い手側の80%控除」と「売り手側の2割特例」の2つです。どちらも制度開始時の混乱を和らげるための期間限定ルールで、2026年9月30日が節目になります。
変更点①:免税事業者からの仕入れの「80%控除」が縮小
インボイス制度には、免税事業者からの仕入れでも一定割合の消費税を差し引ける「経過措置」があります。経過措置とは、新しいルールへ急に切り替えると混乱するため、段階的に移行させる期間限定の特例のことです。
2023年10月から2026年9月までは、免税事業者に支払った消費税相当額の80%を差し引けました。これが令和8年度税制改正により、当初予定の「50%へ一気に引き下げ」から、より緩やかな段階的縮小へ見直されています。
| 期間 | 控除できる割合 | 消費税100万円相当の仕入れで差し引ける額 |
| 2023年10月1日〜2026年9月30日 | 80% | 80万円 |
| 2026年10月1日〜2028年9月30日 | 70% | 70万円 |
| 2028年10月1日〜2030年9月30日 | 50% | 50万円 |
| 2030年10月1日〜2031年9月30日 | 30% | 30万円 |
| 2031年10月1日以降 | 0%(控除不可) | 0円 |
[画像指示:免税事業者からの仕入れで控除できる割合が80%→70%→50%→30%→0%と階段状に下がっていく棒グラフ / キャプション:控除割合は段階的に縮小し、最終的にはゼロになります]
変更点②:「2割特例」の適用期間が終了
2割特例とは、免税事業者からインボイス登録をして課税事業者になった小規模事業者が、「売上で預かった消費税の2割」だけを納めればよいとする特例のことです。面倒な仕入れの集計が不要で、多くの個人事業主・小規模法人が利用しています。
この2割特例は「2023年10月1日から2026年9月30日までの日を含む課税期間」が対象です。個人事業主なら2026年分(2026年1月〜12月)が最後、3月決算法人なら2027年3月期が最後となります。
■ 個人事業主には「3割特例」という激変緩和
令和8年度税制改正により、2割特例の対象だった個人事業主については、2027年分・2028年分の2年間、売上の消費税の3割を納める「3割特例」が設けられました。法人はこの対象外のため、2割特例終了後は原則課税か簡易課税を選ぶ必要があります。
| 立場 | 2026年分・期まで | その後 |
| 個人事業主 | 2割特例 | 2027年・2028年分は3割特例 → その後は原則課税か簡易課税 |
| 法人(3月決算の例) | 2027年3月期まで2割特例 | 2028年3月期から原則課税か簡易課税 |
| 税理士の実務視点 現場で一番多い誤解は「経過措置は9月で全部終わる」「来年から急に税金が5倍になる」という極端な受け止め方です。実際は段階的な縮小ですが、裏を返せば「数年かけて確実に負担が増えていく」ということ。今のうちに取引構造そのものを見直す経営判断が、5年後の利益を左右します。 |
買い手(仕入れる側)の会社が受ける影響と対策
結論として、外注費・仕入れの中に免税事業者との取引が多い会社ほど、10月以降に実質的なコストが上がります。特に一人親方への外注が多い建設業、フリーランスへの委託が多いIT・デザイン業、個人の配送業者を使う運送業は影響が大きくなります。
影響が出る仕組み
控除できない消費税は、会社が自腹で負担することになります。控除割合が80%から70%に下がると、免税事業者に支払った消費税相当額の10%分が新たに会社の負担になります。
取るべき3つの対策
- 取引先の登録状況を再確認する:国税庁の公表サイトで登録番号を確認し、免税事業者との取引額を一覧化します。
- 価格・契約条件を話し合う:増えた負担分について、取引先と誠実に協議します。
- 帳簿の記載を切り替える:経過措置を使うには、帳簿に「70%控除対象」などの記載が必要です。会計ソフトの税区分の設定変更を忘れないようにしましょう。
■ 実務上の罠:一方的な値下げ要求は法律違反になり得る
「免税事業者だから消費税分を払わない」と一方的に取引価格を引き下げると、独占禁止法や、2026年1月に下請法から改正・施行された中小受託取引適正化法(取適法)に抵触するおそれがあります。価格の見直しは、必ず相手方との十分な協議を経て、書面で合意することが鉄則です。
また、同じ免税事業者からの仕入れが年間で多額になる場合には、経過措置の適用に上限が設けられている点にも注意が必要です。大口の外注先がある会社は、事前に個別の確認をおすすめします。
売り手(2割特例を使っている事業者)が受ける影響と対策
結論として、2割特例の終了後は「簡易課税」と「原則課税」のどちらが有利かを試算し、期限内に届出を出すことが最重要です。何もしなければ自動的に原則課税となり、毎年の仕入れ集計の手間と納税額が一気に増える可能性があります。
簡易課税と原則課税とは
簡易課税とは、実際の仕入れの額ではなく、業種ごとに決められた「みなし仕入率」を使って納税額を計算する方法のことです(基準期間の売上が5,000万円以下の事業者が選択可能)。原則課税とは、実際に支払った仕入れや経費の消費税を一つひとつ集計して差し引く、本来の計算方法のことです。
| 比較項目 | 簡易課税 | 原則課税 |
| 計算の手間 | 少ない(売上だけでほぼ計算可能) | 多い(全仕入れのインボイス管理が必要) |
| 有利になりやすい人 | 経費が少ないサービス業・士業など | 設備投資や仕入れが多い業種 |
| 還付の可能性 | なし | あり(大型投資の年など) |
| 縛り | 原則2年間継続が必要 | なし |
| 届出 | 「簡易課税制度選択届出書」が必要 | 届出不要 |
■ 実務上の罠:届出の期限
簡易課税を選ぶための届出書は、原則として「適用を受けたい課税期間が始まる前日まで」に提出が必要です。ただし、2割特例を使った事業者には救済措置があり、2割特例を適用した課税期間の翌課税期間中に提出すれば、その課税期間から簡易課税を使えます。この特例を知らずに「期限切れ」とあきらめてしまうケースが実務では目立ちます。
[画像指示:2割特例終了後の選択肢を「簡易課税」「原則課税」「(個人のみ)3割特例」の3方向に分岐させた判断フロー図 / キャプション:2割特例のあとは、どの計算方法を選ぶかで納税額が大きく変わります]
10月までに終わらせたい!インボイス見直しの5ステップ
結論として、次の5ステップを順番に進めれば、買い手・売り手のどちらの立場でも漏れなく対応できます。
| STEP 1 | 取引先リストの作成 外注先・仕入先ごとに年間取引額と登録番号の有無を一覧化し、免税事業者との取引額を把握します。 |
▼
| STEP 2 | 影響額の試算 免税事業者への支払額×10/110×(80%−70%)で、10月以降に増える年間負担をざっくり計算します。 |
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| STEP 3 | 取引先との協議 負担増が大きい先とは、登録の検討や価格見直しを誠実に話し合い、合意内容を書面に残します。 |
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| STEP 4 | 会計ソフト・帳簿の設定変更 10月1日以降の取引から「70%控除」の税区分に切り替え、帳簿の記載要件を満たします。 |
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| STEP 5 | 自社の計算方法の選択 2割特例を使っている場合は、終了後の簡易課税・原則課税(個人は3割特例)を試算し、届出期限をカレンダーに登録します。 |
具体的なシミュレーション:いくら負担が変わるのか
結論として、免税事業者への外注費が年1,100万円の会社では、年間10万円の負担増が10月から始まり、最終的には年100万円の負担になります。売り手側では、2割特例終了後の計算方法の選び方ひとつで、年間の納税額に20万円以上の差が出ることもあります。
ケース①:買い手側(一人親方への外注が多い工務店)
前提:免税事業者である一人親方への外注費が年間1,100万円(消費税相当額100万円)。
| 期間 | 控除割合 | 差し引ける消費税 | 会社の自己負担 | 80%期間との差 |
| 〜2026年9月 | 80% | 80万円 | 20万円 | — |
| 2026年10月〜 | 70% | 70万円 | 30万円 | +10万円 |
| 2028年10月〜 | 50% | 50万円 | 50万円 | +30万円 |
| 2030年10月〜 | 30% | 30万円 | 70万円 | +50万円 |
| 2031年10月〜 | 0% | 0円 | 100万円 | +80万円 |
※年間ベースの概算です。控除できない消費税は経費(損金)となるため、法人税等を含めた実際の手取りへの影響は上記よりやや小さくなります。
ケース②:売り手側(デザイン業の個人事業主)
前提:年間売上(税抜)800万円(預かった消費税80万円)、経費の課税仕入れ(税込)330万円(支払った消費税30万円)。デザイン業は簡易課税の第5種(みなし仕入率50%)。
| 計算方法 | 計算式 | 年間の納税額 |
| 2割特例(2026年分まで) | 80万円×20% | 16万円 |
| 3割特例(2027・2028年分) | 80万円×30% | 24万円 |
| 簡易課税(第5種) | 80万円−80万円×50% | 40万円 |
| 原則課税 | 80万円−30万円 | 50万円 |
※消費税額は国税・地方消費税の合計(10%)で簡略化した概算です。
| 税理士の実務視点 このケースでは、3割特例が終わる2029年分以降は「簡易課税」を選ぶほうが原則課税より年10万円有利です。ただし、パソコンや車両など大きな投資を予定している年は原則課税で還付を受けられる可能性もあります。「どの年に何を買うか」という事業計画とセットで判断するのが、税理士の立場から見た正解です。 |
よくある質問(FAQ)
Q. 10月以降は、免税事業者の取引先と取引をやめるべきですか?
A. いいえ、取引をやめる必要はありません。控除できない消費税の負担が増えるだけで、取引そのものは違法ではありません。技術力や信頼関係などを総合的に考え、負担増を価格協議や登録の検討で調整するのが現実的な対応です。
Q. 経過措置の70%控除を受けるのに、特別な手続きは必要ですか?
A. 届出は不要ですが、帳簿に「70%控除対象」など経過措置の適用を受ける旨の記載と、区分記載請求書等の保存が必要です。会計ソフトの税区分を10月1日以降の取引から切り替えれば、多くの場合は対応できます。
Q. 法人でも3割特例は使えますか?
A. 使えません。3割特例は2割特例の対象だった個人事業主に限った激変緩和措置です。法人は2割特例終了後、原則課税か簡易課税のどちらかで計算します。
Q. 1万円未満の経費もインボイスが必要ですか?
A. 基準期間の売上が1億円以下などの中小事業者は、1万円未満(税込)の仕入れについてインボイスがなくても帳簿の保存だけで控除できる「少額特例」があります。この特例は2029年9月30日までの期間限定です。
Q. 簡易課税の届出を出し忘れた場合はどうなりますか?
A. 原則課税で計算することになり、全仕入れのインボイス管理が必要になります。ただし、2割特例を適用した課税期間の翌課税期間中であれば、その期中に届出を出すことで簡易課税を適用できる特例があります。早めに専門家へご相談ください。
まとめ:10月は「取引の見直し」と「計算方法の選択」のラストチャンス
- 免税事業者からの仕入れの控除割合は、2026年10月から80%→70%へ縮小し、最終的にはゼロになります。
- 2割特例は2026年9月30日を含む課税期間で終了。個人事業主は3割特例がありますが、法人は原則課税か簡易課税を選ぶ必要があります。
- 取引先の確認・価格協議・帳簿設定・計算方法の選択を、期限を意識して計画的に進めることが損をしない唯一の方法です。
| ご相談はお気軽に 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 当事務所では、国税OBを含む税理士が消費税の計算方法の有利判定や届出スケジュールの管理を行い、社会保険労務士と連携して外注先・従業員との契約の見直しまで一体的にサポートします。取引先一覧をお持ちいただければ、10月以降の影響額を具体的な数字でお示しします。オンラインでのご相談にも対応しています。 |
【第5回】うちの会社はいくらで売れる?
中小企業M&Aの企業価値評価のしくみと「高く・納得して」譲るための成功のポイント
「会社を譲るなら、せめて長年の苦労に見合う値段がついてほしい」「でも、そもそも自分の会社にいくらの値打ちがあるのか見当もつかない」――M&Aを考え始めた経営者の方から、最も多くいただくご相談がこの「値段」の話です。
この記事では、中小企業M&Aシリーズの総まとめとして、会社の値段(企業価値)がどう決まるのかを、「年買法」「純資産法」「DCF法」などの代表的な考え方から、中学生でも分かる言葉でやさしく解説します。さらに、同じ会社でも準備次第で売却価格と手取りが1,000万円単位で変わることを、具体的な数字のシミュレーションでお見せします。
先に結論をお伝えします。中小企業の会社の値段は、「今ある財産の本当の価値(時価純資産)」+「これから稼ぐ力(営業権)」で決まるのが基本です。そして値段を上げる一番の近道は、売る2〜3年前から「数字をきれいにし、隠れたリスクをつぶし、社長がいなくても回る会社にする」こと、つまり「磨き上げ」です。
| 【結論】 ・中小企業M&Aの価格は、実務では「時価純資産+営業利益の数年分」(年買法)を目安に交渉がスタートすることが多い ・評価額は決算書の数字そのままではなく、役員報酬や私的な経費を調整した「本当の稼ぐ力」で見られる ・未払残業代や税務リスクなどの「隠れた借金」は、見つかると容赦なく値引きされる ・売る2〜3年前からの「磨き上げ」で、評価額も手取りも大きく変わる |
| [画像指示:会社の値段=「時価純資産」+「営業権(稼ぐ力)」の積み木で表した図解イラスト / キャプション:中小企業の会社の値段は「今ある財産」と「これから稼ぐ力」の合計で考えるのが基本です] |
会社の値段(企業価値)とは?まず押さえたい基本
結論から言うと、M&Aでの会社の値段は「法律で決まった計算式」ではなく、売り手と買い手が納得して決める「交渉の結果」です。ただし、交渉のスタート地点となる「目安の計算方法」はいくつか決まっています。
「企業価値」と「株式価値」の違い
企業価値とは、会社の事業全体が生み出す価値のことです。一方、株式価値とは、企業価値から借入金などの借金を差し引き、手元の現預金を足した「株主の取り分」のことです。
身近な例でたとえると、ローンが残っている家を売る場面と同じです。家そのものの値段が3,000万円でも、ローンが1,000万円残っていれば、売った人の手元に残る価値は2,000万円です。株式譲渡で社長が受け取る金額は、この「ローンを差し引いた後」の株式価値のほうになります。
会社の値段を決める3つの目線
会社の値段を測る方法は、大きく分けて次の3つの目線があります。
- 財産の目線(コストアプローチ):会社が今持っている財産から借金を引いた「正味の財産」で考える
- 稼ぐ力の目線(インカムアプローチ):会社がこれから生み出すお金で考える
- 相場の目線(マーケットアプローチ):似た会社がいくらで売買されているかで考える
リンゴ農園にたとえると、「畑や倉庫がいくらになるか」が財産の目線、「毎年リンゴでいくら稼げるか」が稼ぐ力の目線、「近所の同じ規模の農園がいくらで売れたか」が相場の目線です。
中小企業M&Aで使われる代表的な評価方法
結論として、中小企業のM&Aでは「年買法(ねんばいほう)」が最もよく使われ、規模が大きくなるほどDCF法やマルチプル法も併用されるのが実務の姿です。
① 年買法(時価純資産+営業権)
年買法とは、「時価純資産」に「営業利益の数年分(営業権)」を足して会社の値段を出す方法のことです。計算がシンプルで、売り手の社長にも分かりやすいため、中小企業のM&Aで広く使われています。
| 会社の値段(目安)= 時価純資産 + 実質営業利益 × 2〜5年分 |
「何年分」を掛けるかは法律で決まっているわけではなく、業種の成長性、利益の安定性、社長への依存度などを見て交渉で決まります。安定して利益が出ていて、社長がいなくても回る会社ほど年数は長く(高く)なります。
時価純資産とは
時価純資産とは、決算書の帳簿上の財産を「今売ったらいくらになるか」という時価に置き直し、借金を差し引いた正味の財産のことです。たとえば、何十年も前に買った土地は帳簿より時価が高いことが多く、逆に回収できない売掛金や売れ残った在庫は帳簿より価値が低くなります。
営業権(のれん)とは
営業権(のれん)とは、取引先との信頼関係、従業員のノウハウ、ブランドなど、決算書には載らない「稼ぐ力」を金額にしたもののことです。地元で長年愛されているお店が「看板」だけで価値を持つのと同じ考え方です。
② 時価純資産法
時価純資産法とは、時価純資産そのものを会社の値段とする方法のことです。赤字の会社や、利益より不動産などの財産に価値がある会社で使われます。営業権を見ないため、年買法より低めの金額になるのが一般的です。
③ DCF法
DCF法とは、会社が将来生み出すお金(キャッシュフロー)を予測し、それを現在の価値に割り戻して会社の値段を出す方法のことです。理論的には最も優れた方法ですが、将来の事業計画の精度に結果が大きく左右されるため、事業計画を作り込んでいない中小企業では参考程度にとどまることが多いのが実情です。
④ マルチプル法(類似会社比較法)
マルチプル法とは、似た業種・規模の上場企業や過去のM&A事例の「利益の何倍で売れたか」という倍率を使って会社の値段を出す方法のことです。よく使われる指標がEBITDA(イービットダー)で、これは「営業利益+減価償却費」でざっくり表される「本業で生み出すお金の力」のことです。
評価方法の比較表
| 評価方法 | 考え方 | 向いている会社 | 注意点 |
| 年買法 | 時価純資産+営業利益の数年分 | 利益が安定した中小企業全般 | 年数の根拠は交渉次第 |
| 時価純資産法 | 正味の財産のみで評価 | 赤字企業・資産の多い会社 | 稼ぐ力が価格に反映されにくい |
| DCF法 | 将来のお金を現在価値に換算 | 成長企業・中堅規模以上 | 事業計画の精度に大きく依存 |
| マルチプル法 | 類似企業の倍率を当てはめる | 同業の取引事例が多い業種 | 比べる会社選びで結果がぶれる |
| 💡 税理士の実務視点 実務では、1つの方法だけで値段を決めることはまずありません。複数の方法で「このくらいの幅」という価格帯を出し、その幅の中で交渉するのが通常です。 売り手の社長が最初に知っておくべきなのは「一番高い数字」ではなく、「買い手がどの方法で、どこを減点してくるか」です。減点ポイントを先回りしてつぶしておけば、交渉で主導権を握れます。 |
決算書の利益がそのまま使われない理由――「正常収益力」の考え方
結論から言うと、買い手は決算書の利益ではなく、社長個人の事情を取り除いた「本当の稼ぐ力(正常収益力)」で会社を評価します。 正常収益力とは、オーナー社長ならではの特殊な支出や一時的な損益を取り除いた、会社本来の利益のことです。
中小企業では、節税の観点から社長の役員報酬を高めに設定していたり、会社名義で社長の私的な支出をしていたりすることが少なくありません。こうした支出は買い手が引き継いだ後にはなくなるため、利益に「足し戻し」して評価します。
| 調整項目 | 調整の方向 | 具体例 |
| 社長の役員報酬(相場超過分) | 利益にプラス | 後任の社長なら年800万円で済むところ、現社長は年1,000万円 |
| 私的な経費 | 利益にプラス | 社長個人の車両費・交際費・家族の保険料など |
| 一時的な損益 | プラスまたはマイナス | 災害損失、固定資産の売却益、単発の大型受注 |
| 本来かかるべき費用の未計上 | 利益にマイナス | 未払残業代、修繕の先送り、身内の無給労働 |
ここで注意したいのは、足し戻しは「プラス」だけではないという点です。家族が無給で手伝っていたり、必要な設備投資を先送りしていたりすると、買い手は「本来ならかかる費用」として利益から差し引きます。
値下げの原因になる「隠れた借金(簿外債務)」と実務上の罠
結論として、M&Aで最も怖いのは、買収監査(デューデリジェンス)で「隠れた借金」が見つかり、大幅な値下げや交渉打ち切りになることです。簿外債務とは、決算書には載っていないものの、将来会社が支払わなければならない可能性のある債務のことです。
罠① 未払残業代などの労務リスク
残業代の未払いがあると、従業員は過去にさかのぼって請求できます。賃金請求権の時効は現在「当分の間3年」とされており、従業員数が多い会社ほど金額は膨らみます。買い手はこれを推計し、そのまま価格から差し引いてきます。
罠② 税務調査で否認されそうな処理
過去の申告に問題がある場合、M&A後に税務調査で追徴課税を受けるのは買い手が引き継いだ会社です。そのため買い手は税務のリスクを厳しく確認し、リスク相当額の値下げや、「表明保証」と呼ばれる契約条項で売り手に責任を負わせようとします。表明保証とは、売り手が「決算書や契約内容に誤りや隠し事はありません」と約束し、違反があれば補償する契約上の取り決めのことです。
罠③ 社長への依存と取引先の集中
「社長がいないと仕事が回らない」「売上の半分以上が1社に集中している」といった会社は、買った後に売上が落ちるリスクが高いと見なされ、年買法の「年数」が短くされます。
罠④ 相続税評価額と混同してしまう
事業承継の対策で耳にする「相続税評価額(類似業種比準方式・純資産価額方式などで計算する株価)」は、相続や贈与の税金を計算するための評価で、M&Aの売買価格とは別物です。「顧問税理士から株価は1億円と言われた」という数字をそのまま希望価格にしてしまうと、交渉がかみ合わなくなることがあります。
| 💡 税理士の実務視点 税務調査の現場を数多く見てきた立場から言うと、買収監査で指摘される税務リスクの多くは「普段の処理のクセ」です。役員への貸付金の放置、根拠のない外注費、期ズレの売上などは、平時から整えておけば怖くありません。 また、未払残業代や就業規則の不備は、税理士だけでは見落としがちな領域です。財務と労務の両面から事前に「自主監査」をしておくことが、値下げを防ぐ最大の防御策になります。 |
| [画像指示:買収監査(デューデリジェンス)で見つかった隠れた借金が、会社の値段から差し引かれていく様子を表す図解イラスト / キャプション:簿外債務は発見されると、そのまま売却価格から差し引かれてしまいます] |
会社の値段を上げる「磨き上げ」5ステップ
結論として、会社の値段を上げるには、売却の2〜3年前から計画的に「磨き上げ」を進めることが最も効果的です。磨き上げとは、会社の数字・リスク・仕組みを整えて、買い手から見た魅力を高める準備作業のことです。
| STEP1 自社の「今の値段」を知る 年買法などで概算の評価額を出し、どこが減点されそうかを洗い出します。 |
▼
| STEP2 数字をきれいにする 私的な経費や不要な資産を整理し、毎月の試算表を正確に作れる体制を整えます。決算書の信頼性そのものが価格に影響します。 |
▼
| STEP3 隠れたリスクをつぶす 未払残業代、就業規則、契約書、過去の税務処理などを点検し、問題を解消しておきます。 |
▼
| STEP4 社長がいなくても回る会社にする 幹部への権限委譲、業務マニュアル化、取引先との関係を複数の社員で担う体制づくりを進めます。 |
▼
| STEP5 売り方と手取りを設計する 株式譲渡か事業譲渡か、退職金をどう組み合わせるかなど、税金を含めた「最終的な手取り」で方針を決めます。 |
ステップ5の手取り設計については、シリーズ第4回(税金編)で詳しく解説した役員退職金の活用がポイントになります。退職金を支払うと会社の財産が減る分だけ株式価値は下がりますが、退職金は税負担の軽い「退職所得」として受け取れるため、トータルの手取りが増えるケースが多いのです。
【シミュレーション】磨き上げ前と後で、手取りはいくら変わる?
結論として、今回のモデルケースでは、磨き上げをした場合としなかった場合で売却価格に1,200万円、税引き後の手取りに約956万円の差が生まれます。
モデルケースの前提
| 項目 | 内容 |
| 会社の概要 | 年商8,000万円のサービス業(シリーズ第1回・第2回と同じモデル会社) |
| 決算書上の営業利益 | 500万円 |
| 社長の役員報酬 | 年1,000万円(後任の相場は年800万円と想定) |
| 社長の私的な経費 | 年100万円 |
| 時価純資産 | 2,100万円(帳簿上の純資産に土地の含み益などを調整後) |
| 株式の取得費 | 300万円(創業時の出資額) |
| 売却方法 | 株式譲渡(個人の譲渡所得として税率20.315%) |
ステップ1:本当の稼ぐ力(実質営業利益)を計算する
| 項目 | 金額 |
| 決算書上の営業利益 | 500万円 |
| + 役員報酬の相場超過分(1,000万円-800万円) | +200万円 |
| + 私的な経費の足し戻し | +100万円 |
| = 実質営業利益 | 800万円 |
ステップ2:磨き上げ前と後の評価額・手取りを比較する
磨き上げをしなかった場合、買収監査で未払残業代などのリスク400万円が見つかって差し引かれ、社長への依存度が高いことから営業権は「2年分」と評価されたとします。一方、事前に磨き上げを行った場合は、リスクが解消され、営業権は「3年分」で評価されたとします。
| 項目 | 磨き上げなし | 磨き上げあり |
| 時価純資産 | 2,100万円 | 2,100万円 |
| 簿外債務(未払残業代など)の差し引き | -400万円 | 0円 |
| 営業権(実質営業利益800万円×年数) | 1,600万円(2年分) | 2,400万円(3年分) |
| 売却価格 | 3,300万円 | 4,500万円 |
| 譲渡益(売却価格-取得費300万円) | 3,000万円 | 4,200万円 |
| 税金(譲渡益×20.315%) | 約609万円 | 約853万円 |
| 税引き後の手取り | 約2,691万円 | 約3,647万円 |
同じ会社でも、準備の有無だけで手取りに約956万円の差がつきました。さらに第4回で解説した退職金の活用を組み合わせれば、手取りをもう一段増やせる可能性があります。
※本シミュレーションは考え方を示すための簡略化した試算です。仲介手数料、住民税・所得税の詳細な計算、含み益にかかる税金相当額の調整などは考慮していません。実際の評価額は業種・財務内容・交渉により大きく異なります。
| 💡 税理士の実務視点 この差を生んだのは、特別な節税テクニックではなく「当たり前の準備」です。社長が毎月の数字を正しく把握し、労務と税務のリスクを平時から整えている会社は、買い手から見て「安心して買える会社」になります。 M&Aの準備は、実は売らなかった場合にもそのまま会社の体質強化につながります。「いつでも売れる会社」は「誰が継いでも強い会社」です。 |
| [画像指示:磨き上げ前と後で売却価格と手取りが変わる様子を、2本の棒グラフで比較した図解イラスト / キャプション:同じ会社でも、事前の準備だけで手取りに約956万円の差がつくケースがあります] |
M&Aを成功させる秘訣――シリーズ総まとめ
結論として、中小企業のM&Aを成功させる秘訣は「早めに準備を始め、税金・労務・価格を一体で考え、信頼できる専門家と進めること」に尽きます。全5回のポイントを振り返ります。
| 回 | テーマ | 押さえるべきポイント |
| 第1回 | M&Aによる事業承継の基本 | 後継者不在でも廃業せず、会社と雇用を残す選択肢がある |
| 第2回 | スキームの選び方 | 株式譲渡・事業譲渡などで手続きも税金も大きく変わる |
| 第3回 | 進め方と仲介会社選び | 秘密保持を徹底し、報酬体系と立場を確認して専門家を選ぶ |
| 第4回 | 税金と手取りの最大化 | 退職金の活用など、税引き後の手取りで方針を決める |
| 第5回 | 企業価値評価と成功のポイント | 会社の値段は準備次第。2〜3年前からの磨き上げが鍵 |
そして何より大切なのは、「値段」だけで相手を選ばないことです。従業員の雇用、取引先との関係、会社の理念を大切にしてくれる相手に譲れるかどうかが、経営者として最後に後悔しないための一番のポイントです。
よくある質問(FAQ)
Q. 赤字の会社でも売ることはできますか?
A. はい、売ることはできます。赤字でも、優秀な従業員、許認可、取引先、技術やノウハウに価値を感じる買い手は存在します。評価は時価純資産法が中心となり、営業権はつきにくくなりますが、赤字の原因が社長の高額報酬など「調整可能なもの」であれば、実質的には黒字と評価されることもあります。
Q. 自分の会社の値段は、自分で計算できますか?
A. 年買法を使えば、おおよその目安は計算できます。「時価純資産+実質営業利益×2〜5年分」で幅を出してみてください。ただし、土地の時価、回収できない売掛金、簿外債務などの調整には専門知識が必要なため、正確な評価は税理士などの専門家に依頼するのが確実です。
Q. 相続税の計算で使う株価と、M&Aの売却価格は同じですか?
A. 同じではありません。相続税評価額は税金を計算するためのルールに沿った評価で、M&Aの売却価格は売り手と買い手の交渉で決まる価格です。一般的には、利益が出ている会社ほどM&Aの価格のほうが高くなる傾向がありますが、両者を混同しないことが大切です。
Q. 仲介会社の「査定額」どおりに売れるものですか?
A. 査定額はあくまで交渉のスタート地点です。買収監査の結果によって値下げされることもあれば、複数の買い手が競合して上がることもあります。査定額の高さだけで仲介会社を選ぶのではなく、その根拠と、減点されそうなポイントを具体的に説明してくれるかどうかを確認しましょう。
Q. 磨き上げは、いつから始めればよいですか?
A. 売却の2〜3年前から始めるのが理想です。買い手は通常、直近3期分程度の決算書を確認するため、数字の改善が決算書に表れるまでには時間がかかります。「まだ先の話」と思っている段階から始めるのが、結果的に最も高く、有利に譲る近道です。
まとめ:会社の値段は「準備」で決まる。まずは今の価値を知ることから
- 中小企業の会社の値段は「時価純資産+実質営業利益の数年分」(年買法)が交渉の目安になる
- 決算書の利益ではなく、役員報酬や私的経費を調整した「本当の稼ぐ力」で評価される
- 未払残業代や税務リスクなどの隠れた借金を事前につぶす「磨き上げ」で、手取りは大きく変わる
| 会社の価値診断・M&A準備のご相談はお気軽に 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 当事務所では、税理士と社会保険労務士が連携し、会社の概算評価額の算定から、税務・労務の自主点検、退職金を含めた手取りの最適化まで、経営者の立場に立って一貫してサポートいたします。「売るかどうかはまだ決めていない」という段階でも大歓迎です。まずは、あなたの会社の「今の価値」を一緒に確認するところから始めませんか。 |
M&Aで会社を譲渡すると税金はいくら?
手取りを最大化する退職金活用の節税策を税理士が解説
「会社を譲渡することは決まったが、結局いくら手元に残るのか分からない」——中小企業のM&Aをご検討中の経営者様から、最も多くいただくご相談がこの手取り額に関する不安です。譲渡価格の金額だけを見て安心していると、税金の仕組みを知らなかったばかりに数百万円単位で損をしてしまうケースも少なくありません。
本記事を読むことで、株式譲渡・事業譲渡それぞれにかかる税金の全体像、そして手取りを合法的に最大化するための「退職金活用」という実務上極めて重要な節税策まで、具体的な数字とともに理解いただけます。
| ◆ 結論 株式譲渡は譲渡益に対して申告分離課税20.315%が原則、事業譲渡は法人税等(実効税率約30〜34%)と消費税が別途かかる、という構造の違いをまず正確に理解することが出発点です。 その上で、譲渡対価の一部を「退職金」として受け取る設計にすることで、退職所得控除・1/2課税・分離課税という3つの優遇を活用し、手取り額を合法的に増やせるケースが数多くあります。 ただし退職金には「過大退職金」と税務署に否認されるリスクがあるため、功績倍率法に基づく算定と役員退職慰労金規程の事前整備が不可欠です。 |
- この記事で分かること
- 株式譲渡と事業譲渡、それぞれにかかる税金の種類と税率の違い
- 事業譲渡で見落とされがちな消費税の課税対象資産
- 退職金を活用した手取り最大化の仕組みと注意すべき落とし穴
- 譲渡価格1億円ケースで比較する、退職金活用の有無による手取り差額シミュレーション
1. M&Aにかかる税金の全体像|スキームで課税の仕組みがまったく違う
結論から申し上げると、M&Aで発生する税金は「株式譲渡」か「事業譲渡」かというスキームの違いによって、課税される「人」も「税目」もまったく異なります。この全体像を理解しないまま交渉を進めると、税引き後の手取りを見誤ることになります。
(1)株式譲渡とは|個人の譲渡所得に対する分離課税
株式譲渡とは、会社のオーナーである経営者個人が保有する自社株式を買い手に売却し、会社の経営権を丸ごと引き継いでもらうM&A手法のことです。中小企業のM&Aで最も多く用いられる方式で、売り手が受け取る譲渡代金と株式の取得費・譲渡費用との差額(譲渡益)に対して、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて一律20.315%の税率で課税されます(申告分離課税)。
重要なポイントは、この20.315%が給与所得や事業所得のような累進課税ではなく、金額の大小にかかわらず一定率であるという点です。譲渡益が大きくなるほど、他の所得区分と比較して税負担割合を抑えやすい仕組みだと言えます。
(2)事業譲渡とは|法人税等と消費税がダブルでかかる
事業譲渡とは、会社という法人格(箱)はそのまま残し、特定の事業部門や資産・従業員・取引先との契約関係などを個別に選んで他社へ譲渡する手法のことです。不採算部門を切り離したい場合や、買い手が特定の事業だけを求めている場合に選ばれます。
事業譲渡で譲渡益を得るのは経営者個人ではなく「法人」です。そのため譲渡益は法人の他の利益と合算されて法人税・地方法人税・法人住民税・事業税が課税され、実効税率はおおむね30〜34%程度になります。さらに、その譲渡代金を会社に残したままにせず経営者個人が受け取ろうとすると、役員報酬・配当・退職金といった形で会社から個人へ資金を移す際に、もう一段階の課税が発生します。これがいわゆる「二重課税」構造です。
| 🔶 税理士の実務視点 事業譲渡は「会社に法人税がかかり、さらに個人が受け取る際にも課税される」という二段階構造になりやすいため、単純な税率の比較だけで株式譲渡より不利と決めつけるのは早計です。繰越欠損金の活用や、譲渡後に会社を清算するか存続させるかによっても最終的な手取りは変わります。スキーム選定は必ず個別のシミュレーションを行った上で判断してください。 |
(3)事業譲渡で見落とされがちな消費税の課税対象資産
事業譲渡のもう一つの特徴は、譲渡する資産の種類によって消費税がかかる点です。土地や金銭債権(売掛金など)は非課税ですが、建物・機械設備・什器備品・在庫(棚卸資産)、そして「のれん(営業権)」は課税資産に該当し、消費税10%の対象になります。契約書上で資産ごとの対価配分を明確にしていないと、後から想定外の消費税負担が発覚することもあるため、実務上の注意点として押さえておく必要があります。
| 🖼 [画像指示:株式譲渡と事業譲渡で課税される「人」と「税目」が異なることを示す対比イラスト(個人アイコンに20.315%、法人アイコンに法人税等30〜34%+消費税10%を矢印で紐づける構図)] キャプション:スキームが変われば、課税される対象も税率もこれだけ変わります |
| 比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
| 課税される主体 | 経営者個人 | 譲渡した法人 |
| 主な税目 | 譲渡所得税(申告分離課税) | 法人税・地方法人税・法人住民税・事業税 |
| 税率の目安 | 一律20.315% | 実効税率 約30〜34% |
| 消費税 | 原則かからない(有価証券は非課税) | 建物・設備・のれん等は課税対象(10%) |
| 個人が資金を受け取るまで | 譲渡と同時に個人が受領(一段階) | 法人受領後、配当・退職金等で個人へ(二段階) |
| 繰越欠損金の引継ぎ | 会社ごと引き継がれる(買い手に有利) | 引き継がれない(会社に残る) |
2. 手取りを最大化する実務的な節税手法|退職金活用のロジック
結論として、M&Aで手取りを合法的に最大化するための最も効果的な実務手法は「役員退職慰労金(退職金)」の活用です。退職所得には他の所得区分にはない3つの強力な税制優遇があるためです。
(1)退職所得課税が有利な3つの理由
退職所得とは、退職によって勤務先から一時金として受け取る所得のことで、長年の勤続に対する慰労的な性格から、税制上きわめて手厚い優遇が設けられています。
- ① 退職所得控除:勤続年数に応じた大きな非課税枠(勤続20年までは1年あたり40万円、20年超の部分は1年あたり70万円)が収入から差し引かれます
- ② 1/2課税:控除後の金額に、さらに2分の1を乗じた金額のみが課税対象になります(役員等で勤続年数5年以下の一部は対象外)
- ③ 分離課税:他の所得(給与所得・事業所得等)と合算されず、退職所得だけで独立して税額を計算します
この3つが組み合わさることで、同じ金額を「譲渡対価」としてそのまま受け取るよりも、適正範囲内で「退職金」として受け取った方が、結果として手取りが増えるケースが数多く生まれます。
(2)功績倍率法による適正額の算定と「過大退職金」のリスク
功績倍率法とは、退職金の適正額を「最終月額役員報酬 × 役員在任年数 × 功績倍率」という計算式で算定する、税務上最も一般的で合理性が認められやすい算定方法のことです。代表取締役の場合、功績倍率はおおむね3.0倍程度が実務上の目安とされています。
この基準から大きく外れた過大な退職金を支給すると、税務調査において「不相当に高額な部分の金額」が法人の損金として認められず、さらに受け取った個人側でも退職所得ではなく給与所得(賞与)として扱われ、税制優遇が受けられなくなるという二重の不利益を被ります。
| 🔶 税理士の実務視点 M&Aのクロージング直前になって急いで退職金規程を作成したり、金額だけを積み増したりするケースを実務上よく見かけますが、これは税務調査で最も狙われやすいポイントの一つです。功績倍率法による算定根拠を書面化し、類似法人の水準とも乖離がないかを事前に確認したうえで、株主総会決議と役員退職慰労金規程の整備を、譲渡契約締結前の段階から並行して進めることを強く推奨します。 |
(3)役員退職慰労金規程の整備というプロセス
役員退職慰労金規程とは、退職金の算定方法・支給基準・支給時期などをあらかじめ会社の内部規程として定めておく文書のことです。規程が存在し、かつ株主総会でその支給が正式に決議されていることが、退職金として損金算入・退職所得課税を受けるための前提条件になります。M&A実行後に慌てて整備するのではなく、譲渡交渉と並行して準備を進めることが実務上のポイントです。
(4)consulting fee(顧問料・業務委託料)活用の是非
譲渡後も一定期間、売り手経営者が引き継ぎのために顧問やアドバイザーとして会社に関与し、その対価を「業務委託料(コンサルティングフィー)」として受け取る設計も実務上見られます。しかし、実態の伴わない名目上の顧問料は、税務上「譲渡対価の分割払い」とみなされて否認されるリスクが高い手法です。活用する場合は、実際の業務提供の実態(稼働時間、成果物、契約書上の役務内容)を伴わせ、対価水準も市場相場から乖離しないよう設計する必要があります。
| 🖼 [画像指示:手取り最大化を検討するための5ステップフロー図(①スキーム選定→②譲渡対価の内訳設計→③退職金規程の整備→④デューデリジェンスでの税務リスク洗い出し→⑤クロージング・申告)] キャプション:手取りは「決まった後」ではなく「設計段階」でほぼ決まります |
【STEP 1】 スキーム選定
株式譲渡か事業譲渡か、税負担のシミュレーションを踏まえて選択します。
【STEP 2】 譲渡対価の内訳設計
総額のうち、株式譲渡対価と退職金の配分をあらかじめ検討します。
【STEP 3】 退職金規程の整備
功績倍率法に基づく算定根拠を作成し、株主総会決議を経て規程化します。
【STEP 4】 デューデリジェンスでの税務確認
買い手側の税務DDでも整合性が問われるため、事前に資料を揃えておきます。
【STEP 5】 クロージング・申告
契約書の記載と実際の資金移動、確定申告の内容を一致させます。
3. 具体的シミュレーション|譲渡価格1億円ケースで見る手取りの差
結論として、退職金を組み合わせた設計にすることで、同じ譲渡価格1億円でも手取り額に約280万円の差が生まれる、という試算例を見ていきましょう(勤続25年、最終役員報酬月額80万円、功績倍率3.0倍という前提です)。
パターンA:譲渡対価1億円をすべて株式譲渡で受け取る場合
取得費・譲渡費用の合計を1,000万円と仮定すると、譲渡益は9,000万円になります。これに20.315%を乗じると、税額は約1,828万円。手取り額は約8,172万円となります。
パターンB:株式譲渡8,000万円+退職金2,000万円に分けて受け取る場合
株式譲渡部分(8,000万円)にかかる取得費・譲渡費用を800万円と仮定すると、譲渡益は7,200万円、税額は約1,462万円、手取りは約6,538万円です。
退職金部分(2,000万円)は、勤続25年の退職所得控除が1,150万円(40万円×20年+70万円×5年)となり、課税対象額は差額1,150万円分に1/2を乗じた425万円。ここに所得税・復興特別所得税・住民税を合わせても税額は約86万円にとどまり、手取りは約1,914万円になります。
| 項目 | パターンA(株式譲渡のみ) | パターンB(株式譲渡+退職金) |
| 譲渡対価の内訳 | 株式譲渡 1億円 | 株式譲渡 8,000万円/退職金 2,000万円 |
| 株式譲渡分の税額 | 約1,828万円 | 約1,462万円 |
| 退職金分の税額 | ― | 約86万円 |
| 合計税額 | 約1,828万円 | 約1,548万円 |
| 最終手取り額 | 約8,172万円 | 約8,452万円 |
同じ1億円の対価でも、退職金という受け取り方を組み合わせるだけで手取り額に約280万円の差が生まれる計算です。これはあくまで一例であり、勤続年数・役員報酬額・功績倍率、そして買い手側との交渉状況によって最適な配分は変わります。必ず個別のシミュレーションを行ってください。
4. よくある質問(FAQ)
Q1. 株式譲渡の税率20.315%はどんな場合でも一律ですか?
A. はい。株式譲渡による譲渡所得は、上場株式・非上場株式を問わず申告分離課税で一律20.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)です。給与所得のような累進課税ではないため、譲渡益の金額にかかわらず税率は変わりません。
Q2. 退職金を活用すれば必ず節税になりますか?
A. 適正な金額の範囲内であれば手取りが増えるケースが多いですが、功績倍率法などの基準から大きく外れた過大な退職金は、税務調査で損金不算入・給与課税と認定されるリスクがあります。事前の規程整備と算定根拠の準備が前提条件です。
Q3. 事業譲渡の消費税はどの資産にかかりますか?
A. 土地や売掛金などの金銭債権は非課税ですが、建物・機械設備・什器備品・のれん(営業権)・棚卸資産などは課税資産として消費税10%の対象になります。契約書での資産ごとの対価配分を明確にしておくことが重要です。
Q4. 会社分割や合併の場合も同じ税金がかかりますか?
A. 会社分割や合併が税制上の「適格組織再編」の要件を満たす場合は、譲渡益への課税が繰り延べられる特例が適用されることがあり、株式譲渡や事業譲渡とは大きく異なる仕組みになります。要件判定が非常に複雑なため、検討の初期段階から専門家への相談が不可欠です。
Q5. コンサルティングフィーとして対価を分割して受け取れば税負担は下がりますか?
A. 実態の伴わない名目上の顧問料は、税務上「譲渡対価の分割払い」とみなされ否認されるリスクが高い手法です。活用する場合は、実際の業務提供の実態を伴う契約設計と、市場相場から乖離しない適正な対価水準の設定が必要になります。
5. まとめ|税務の判断は個々の状況によって異なります
- 株式譲渡は個人に20.315%、事業譲渡は法人に約30〜34%+消費税がかかるなど、スキームによって課税の仕組みがまったく異なります
- 退職所得控除・1/2課税・分離課税という3つの優遇を活用した「退職金活用」は、手取りを合法的に最大化する有力な手法です
- ただし過大退職金と認定されるリスクがあるため、功績倍率法に基づく算定根拠と規程整備を、譲渡交渉と並行して事前に進めておく必要があります
税務の判断は、会社の規模・業績の推移・役員報酬の水準・譲渡スキームなど、個々の状況によって最適解が大きく異なります。自己判断のまま交渉を進めて後から思わぬ税負担が発覚し、損をしてしまう前に、お気軽に当事務所へご相談ください。
年110万円までの贈与は贈与税ゼロ・申告不要は本当?
知らないと損する正しい使い方
「子どもや孫にお金を渡してあげたいけれど、贈与税がかかるのが心配…」「110万円以内なら申告しなくていいと聞いたけれど、本当に大丈夫だろうか」——将来の相続や、お子さん・お孫さんの生活を思って生前贈与を考える経営者・資産家の方から、こうしたご相談を数多くいただきます。
結論からお伝えします。1人の方が1年間(1月1日〜12月31日)に受け取る贈与財産の合計額が110万円以下であれば、贈与税はかからず、贈与税の申告も不要です。これは「暦年課税」という贈与税の計算方法に組み込まれた「基礎控除」の仕組みによるものです。
ただし、この非課税枠には見落としがちな落とし穴がいくつも存在します。「毎年110万円ずつ渡していたのに、税務調査で贈与そのものを否定されてしまった」「良かれと思って贈与したのに、かえって相続税が増えてしまった」という事例は決して珍しくありません。
この記事では、①110万円の非課税枠が使える正しい条件、②申告不要の範囲と注意点、③税務調査で否認されないための実務ポイント、④相続税を賢く減らすための具体的なシミュレーションまで、生前贈与を安全かつ効果的に活用するための知識を、税理士の実務視点も交えて解説します。
贈与税の「110万円の壁」とは?暦年課税の基本の仕組み
贈与税には「暦年課税」と「相続時精算課税」という2つの計算方法があり、特に手続きをしなければ自動的に「暦年課税」が適用されます。暦年課税とは、1年間に個人が受け取った贈与財産の合計額から110万円の基礎控除を差し引き、残った金額に応じて贈与税を計算する仕組みのことです。
「もらう人」ごとに110万円。「あげる人」ごとではない
ここが最初のポイントです。110万円の非課税枠は、贈与を「受け取る人(受贈者)」1人につき年間110万円です。「あげる人(贈与者)」を基準にした枠ではありません。
例えば、祖父・祖母のそれぞれから孫が110万円ずつ、合計220万円を1年間で受け取った場合、非課税になるのは110万円までで、残りの110万円には贈与税がかかります。逆に、1人の親が子ども2人にそれぞれ110万円ずつ渡す場合は、子ども1人あたり110万円以内なので、どちらも非課税です。
| 🖼 贈与税の110万円非課税枠が「もらう人」単位であることを示す図解イラスト(祖父母2人から孫1人への贈与は合算され、親から子2人への贈与はそれぞれ別枠になることが一目でわかる図)/キャプション:110万円の非課税枠は「受け取る人」ごとに1年間で判定します |
なぜ110万円なのか
贈与税の基礎控除額は相続税法によって定められており、2026年9月現在110万円です。相続税の課税を補完する目的で設けられている贈与税について、少額の贈与にまで課税の手間をかけないための制度趣旨によるものです。
「申告不要」の範囲を正しく理解する
1年間に受け取った贈与財産の合計額が110万円以下(基礎控除の範囲内)であれば、贈与税額はゼロとなり、税務署への贈与税申告書の提出義務もありません。
申告が必要になる主なケース
一方で、次のようなケースでは110万円以下であっても申告が必要になる、または別の制度に基づく申告が必要になりますので注意してください。
- 相続時精算課税を選択している場合(毎年110万円の基礎控除はありますが、選択後は別ルールでの管理・申告が必要です)
- 住宅取得等資金の贈与税の非課税特例など、他の非課税特例の適用を受ける場合(適用を受けるための申告が必要です)
- その年に110万円を超える贈与を受けた場合(超えた部分だけでなく、贈与税の申告自体が必要になります)
| 💡 税理士の実務視点 「申告不要=税務署に何もしなくていい=記録も残さなくていい」ではありません。税務調査では、贈与が「いつ、いくら、誰から誰へ、どのような形で」行われたかが厳しく確認されます。申告不要だからこそ、後から贈与の事実を客観的に証明できる記録(贈与契約書、振込記録など)を残しておくことが、将来のトラブルを防ぐ最大のポイントです。 |
110万円を超えたらいくら税金がかかる?速算表で確認
110万円を超えた部分には、贈与税の速算表に基づいて10%〜55%の累進税率で贈与税が課税されます。贈与財産の種類(一般贈与財産か特例贈与財産か)によって税率が異なります。
一般贈与財産用(兄弟間・夫婦間・他人からの贈与など)
| 基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
| 200万円以下 | 10% | — |
| 300万円以下 | 15% | 10万円 |
| 400万円以下 | 20% | 25万円 |
| 600万円以下 | 30% | 65万円 |
| 1,000万円以下 | 40% | 125万円 |
| 1,500万円以下 | 45% | 175万円 |
| 3,000万円以下 | 50% | 250万円 |
| 3,000万円超 | 55% | 400万円 |
特例贈与財産用(直系尊属から18歳以上の子・孫への贈与)
| 基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
| 200万円以下 | 10% | — |
| 400万円以下 | 15% | 10万円 |
| 600万円以下 | 20% | 30万円 |
| 1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
| 1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
| 3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
| 4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
| 4,500万円超 | 55% | 640万円 |
特例贈与財産用は、祖父母や親(直系尊属)から18歳以上の子・孫への贈与に適用され、一般贈与財産用より税率が低く設定されています(2022年4月の成年年齢引下げにより「18歳以上」が適用対象です)。
実務で失敗しがちな3つの落とし穴
落とし穴① 定期贈与(連年贈与)とみなされるリスク
「毎年110万円ずつ、10年間で1,100万円を贈与する」と最初から約束していたとみなされると、初年度に1,100万円の贈与があったものとして課税される可能性があります。
対策としては、贈与のたびに贈与契約書を作成する、金額や時期をあえて毎年少し変える、贈与するたびに受贈者本人の意思確認を行う、といった対応で「その都度独立した贈与」であることを明確にすることが実務上重要です。
落とし穴② 名義預金とみなされるリスク
贈与を受けた(とされる)子や孫名義の口座であっても、実際の管理・支配を贈与者本人が続けている場合、税務上は贈与が成立しておらず、単なる「名義預金」として相続財産に含められてしまいます。
対策としては、口座の通帳・印鑑・キャッシュカードは受贈者本人が管理し、受贈者自身がその口座の存在と残高を認識していることが不可欠です。
| 🖼 名義預金と認められるNGパターンと、有効な贈与と認められるOKパターンを対比させる図解イラスト/キャプション:通帳・印鑑を贈与者が管理し続けていると「名義預金」とみなされ相続税の対象になります |
落とし穴③ 相続開始前7年以内の贈与は相続財産に加算される(生前贈与加算)
相続や遺贈で財産を受け取る人が、亡くなった方(被相続人)から相続開始前7年以内に受けた暦年贈与は、贈与税が非課税だった110万円以下の部分も含めて、相続税の課税価格に加算されます。
2024年(令和6年)1月1日以後の贈与から、この加算対象期間は従来の「相続開始前3年以内」から「相続開始前7年以内」へと段階的に延長されています。ただし延長された4年間(相続開始前4年目〜7年目)に受けた贈与については、合計100万円までは加算の対象から除外される経過措置が設けられています。
| 💡 税理士の実務視点 生前贈与による相続税対策は「早く始めるほど効果が大きい」制度です。7年以内加算のルールがある以上、贈与を始めるタイミングが遅くなるほど、非課税のはずだった110万円分まで相続財産に戻されてしまうリスクが高まります。特に高齢のご資産家の方ほど、対策の着手を先延ばしにしない判断が重要です。 |
非課税贈与を安全に実行する5ステップ
STEP1 贈与財産・贈与したい相手を決める(誰に、何を、いくら渡すか)
↓
STEP2 贈与契約書を作成する(贈与者・受贈者双方が署名・捺印する)
↓
STEP3 受贈者本人名義の口座へ、贈与者の口座から振込で贈与を実行する
↓
STEP4 受贈者本人が通帳・印鑑・キャッシュカードを自分で管理する
↓
STEP5 110万円を超える贈与を行った年は、翌年2月1日〜3月15日までに贈与税の申告・納税を行う
具体的シミュレーション:孫2人へ10年間の暦年贈与を行った場合
想定相続財産3億円、法定相続人は子2人の資産家Aさん(70歳)が、将来の相続税を見据えて、孫2人にそれぞれ年110万円ずつ、10年間にわたって暦年贈与を行うケースで試算します(相続税の実効税率を仮に40%と仮定)。
| 項目 | 内容 |
| 贈与額 | 孫2人にそれぞれ年110万円ずつ |
| 贈与期間 | 10年間 |
| 各年の贈与税額 | 0円(毎年110万円以内のため非課税) |
| 累計贈与額 | 110万円 × 2人 × 10年 = 2,200万円 |
| 相続財産からの圧縮額 | 2,200万円 |
| 想定相続税の実効税率 | 40%(仮定) |
| 相続税の軽減効果(概算) | 2,200万円 × 40% = 880万円 |
なお、孫は通常、法定相続人(遺産分割・相続の当事者)ではないため、遺言による遺贈や生命保険金の受取人になっているなどの事情がない限り、相続開始前7年以内の生前贈与加算の対象外となるケースが多く、対策の効果がそのまま残りやすいという特徴があります。一方、法定相続人である子への贈与は、亡くなる直前7年間の分については相続財産に戻される可能性がある点に留意が必要です。
| 🖼 10年間の暦年贈与による相続財産の圧縮効果を示す積み上げ棒グラフ風イラスト(毎年110万円ずつ積み上がり、10年で2,200万円の相続財産圧縮につながるイメージ)/キャプション:孫への贈与は生前贈与加算の対象外となるケースが多く、対策の効果が出やすい方法です |
よくある質問(FAQ)
Q1. 110万円以内の贈与でも、税務署にバレますか?
銀行口座の入出金や不動産の名義変更などの情報は、税務署が把握できる仕組みが整っています。金額の大小にかかわらず贈与の事実そのものを隠す必要はなく、贈与契約書や振込記録などの証拠を残しておくことが最も確実な対策です。
Q2. 現金を手渡しで110万円贈与すれば記録が残らないので安心ですか?
記録が残らないことは、かえって将来「贈与が実際にあったのか」を証明できないリスクにつながります。振込によって記録を残す方法をおすすめします。
Q3. 毎年110万円を10年間贈与する約束を最初にしても大丈夫ですか?
最初にまとめて約束(定期贈与)をしたとみなされると、初年度に総額へ課税される可能性があります。贈与のたびに個別の意思確認と契約書の作成を行うことが重要です。
Q4. 孫への贈与は、子への贈与より相続税対策として有利ですか?
孫は原則として法定相続人ではないため、相続開始前7年以内の生前贈与加算の対象外となるケースが多く、相続税対策としての効果が出やすい傾向にあります。ただし孫が遺言により財産を受け取る場合などは加算対象となるため、個別の判断が必要です。
Q5. 110万円の非課税枠と相続時精算課税は、どちらを選んだほうがいいですか?
どちらが有利かは、財産の種類・金額、贈与したい時期、将来の値上がり見込みなどによって異なります。一般的に、将来値上がりが見込まれる財産の早期移転には相続時精算課税、コツコツとした資産移転には暦年課税の110万円非課税枠が向いていますが、必ず個別の試算を行った上で判断することをおすすめします。
まとめ & 問い合わせへの誘導
- 贈与税は1年間に受け取る人ごとに110万円まで非課税で、その範囲内なら申告も不要です
- ただし「定期贈与」「名義預金」とみなされないための証拠づくりと、相続開始前7年以内の生前贈与加算の理解が不可欠です
- 生前贈与による相続税対策は早く始めるほど効果が大きく、贈与の相手・方法次第で結果が大きく変わります
税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。
ふるさと納税、ポイントがもらえなくなったのは本当?
失敗しないための上限額シミュレーションと申告方法
今年もふるさと納税をやらなきゃ、と思いつつ、いくらまで寄付していいのか分からず後回しにしていませんか。しかも「ポイントがもらえなくなった」という話を聞いて、以前ほどお得ではなくなったのではと感じている方も多いはずです。
この記事を読めば、自分の年収でいくらまでふるさと納税ができるのかという上限額の考え方、2025年10月の制度改正で具体的に何が変わったのか、そしてワンストップ特例と確定申告のどちらを選ぶべきかが、迷わず判断できるようになります。
結論から申し上げます。ふるさと納税は、自己負担2,000円で全国の返礼品を受け取りながら、応援したい自治体に納税先を実質的に変更できる制度であることに変わりはありません。2025年10月からポータルサイトによる独自ポイントの付与は禁止されましたが、控除の仕組みそのものは一切変わっていません。上限額は年収と家族構成によって決まるため、寄付する前に必ずシミュレーションを行うことが、損をしないための第一歩です。
ふるさと納税とは何か
ふるさと納税とは、応援したい自治体に寄付を行うことで、寄付額から2,000円を差し引いた金額が、翌年の所得税の還付および住民税の控除という形で戻ってくる制度のことです。
たとえるなら、来年払うはずだった税金の一部を前払いで好きな自治体に渡し、その御礼として地域の特産品を受け取れる仕組みです。実質的な自己負担は2,000円だけで、残りは翌年の税金から差し引かれると考えると分かりやすいでしょう。
なぜ「上限額」があるのか
控除には、年収や家族構成に応じた上限額が設定されています。上限を超えて寄付した分は単なる寄付として扱われ、2,000円を超える部分についても税金の控除は受けられません。したがって、上限額を正確に把握しないまま寄付をすると、想定より自己負担が増えてしまいます。
2025年10月の制度改正で何が変わったのか
ポイント付与禁止の背景
総務省は2025年10月1日から、ふるさと納税のポータルサイトが独自に付与するポイントを禁止しました。返礼品競争がポイント還元競争へと転化し、制度本来の趣旨である地域応援から外れてしまうことが懸念されたためです。
経営者・個人事業主への影響
ポイント目当てでポータルサイトを選んでいた方にとっては、実質的な還元率が下がったように感じられます。しかし、控除される金額そのものは制度改正前後で変わりません。返礼品の還元率(寄付額の3割以下という基準)も従来どおり維持されているため、返礼品そのものの魅力で選ぶという、本来の制度趣旨に沿った選び方が今後は重要になります。
🖼 ポイント制度改正の前後でふるさと納税の何が変わり、何が変わらないのかを整理した比較イラスト/キャプション:変わったのはポイントだけ、控除の仕組みは同じです
上限額はどう決まるのか
ふるさと納税で自己負担が実質2,000円で済む寄付額の上限は、給与収入と家族構成によって変わります。総務省が公表している早見表に基づく目安は次のとおりです(社会保険料控除等の他の控除状況により多少前後します)。
| 給与収入 | 独身または共働き | 夫婦(配偶者は控除対象) | 夫婦+子1人(高校生) |
| 400万円 | 42,000円 | 33,000円 | 25,000円 |
| 500万円 | 61,000円 | 49,000円 | 40,000円 |
| 600万円 | 77,000円 | 69,000円 | 60,000円 |
| 700万円 | 108,000円 | 86,000円 | 78,000円 |
| 800万円 | 129,000円 | 120,000円 | 107,000円 |
| 1000万円 | 180,000円 | 171,000円 | 159,000円 |
ワンストップ特例制度 vs 確定申告
| ワンストップ特例制度 | 確定申告 | |
| 対象者 | 確定申告が不要な給与所得者 | 個人事業主・確定申告が必要な人すべて |
| 寄付先の自治体数 | 1年間で5自治体以内 | 制限なし |
| 手続き | 寄付の都度、自治体へ申請書を提出 | 翌年3月15日までに税務署へ申告 |
| 控除される税目 | 住民税のみから控除 | 所得税の還付+住民税の控除 |
ワンストップ特例のよくある落とし穴
- 1年間で6自治体以上に寄付すると、ワンストップ特例の申請自体が全て無効になり、確定申告が必須になる
- 住宅ローン控除の初年度や医療費控除など、他の理由で確定申告をする年は、ワンストップ特例の申請をしていても自動的に無効になり、寄付先すべてを確定申告書に記載し直す必要がある
- 申請書の提出期限(寄付の翌年1月10日必着が目安)を過ぎると特例が使えなくなる
ふるさと納税の流れ
STEP1 上限額をシミュレーションで確認する
↓
STEP2 自治体・返礼品を選んで寄付を申し込む
↓
STEP3 返礼品を受け取り、寄附金受領証明書を保管する
↓
STEP4 ワンストップ特例を申請するか、確定申告を行う
↓
STEP5 翌年6月頃、住民税決定通知書で控除額を確認する
具体的シミュレーション
給与収入600万円・独身の方が、上限額の目安である77,000円をふるさと納税した場合で考えてみます。
| 項目 | 金額 |
| 寄付総額 | 77,000円 |
| 自己負担額 | 2,000円 |
| 翌年の住民税・所得税からの控除額 | 75,000円 |
| 受け取れる返礼品の目安(寄付額の3割以下) | 23,100円相当まで |
実質2,000円の負担で、23,100円相当までの返礼品を受け取れる計算になります。ポイントが付与されなくなった今でも、この控除の構造自体は変わっていないため、上限額の範囲内で寄付を行う限り、制度のメリットは従来どおり享受できます。
よくある質問(FAQ)
Q. ふるさと納税をすると本当に税金は安くなるのですか?
A. いいえ、税金そのものが安くなるわけではありません。本来納めるはずだった税金を先に自治体へ寄付として納め、その分が翌年の税金から差し引かれる前払いの仕組みです。実質負担が2,000円になる点にお得さがあります。
Q. ポイントがもらえなくなったので、もうやる意味がないのでは?
A. 意味は十分にあります。控除される金額自体はポイント制度と関係なく変わっておらず、返礼品(寄付額の3割以下)も引き続き受け取れます。
Q. ワンストップ特例と確定申告、どちらがお得ですか?
A. 控除される金額そのものに差はありません。ただし、住宅ローン控除の初年度や医療費控除がある方は確定申告が必須になるため、その場合はワンストップ特例を選べません。
Q. 上限額を超えて寄付してしまったらどうなりますか?
A. 上限を超えた部分は控除の対象外となり、単純な寄付として扱われます。実質負担が2,000円を上回ることになるため、寄付前のシミュレーションが欠かせません。
Q. 個人事業主でもふるさと納税はできますか?
A. できます。ただし給与所得者と異なり、事業所得の増減によって上限額が年によって変動しやすいため、所得がおおむね確定してから寄付額を決めるのが安全です。
この記事の要点
- ふるさと納税は自己負担2,000円で返礼品と地域応援を両立できる制度で、控除の仕組みは2025年10月の改正後も変わっていない。
- 変わったのはポータルサイトの独自ポイントが禁止された点のみで、返礼品の還元率や控除額には影響しない。
- 上限額は年収・家族構成で決まるため、寄付前のシミュレーションと、ワンストップ特例か確定申告かの選択が欠かせない。
税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。
【令和7年分・8年分】年末調整はここが変わった!
103万円の壁改正と新しい控除を経営者が失敗せずに乗り切る方法
毎年9月から10月にかけて、多くの経営者や総務担当者の頭を悩ませるのが年末調整です。しかも令和7年度の税制改正により、基礎控除や給与所得控除の金額が大きく見直され、いわゆる「103万円の壁」の姿も変わりました。「今年の年末調整、去年までと同じ書式で本当に大丈夫だろうか」「従業員から質問されても答えられない」——そんな不安を抱えていませんか。
この記事を最後まで読めば、令和7年分・8年分の年末調整で具体的に何が変わったのか、経営者として従業員にどう説明すればよいか、そして自社と従業員の税負担にどう影響するのかが、数字の根拠とともにはっきりと分かります。
結論から申し上げます。令和7年度税制改正により、基礎控除は48万円から58万円へ、給与所得控除の最低保証額は55万円から65万円へと、それぞれ引き上げられました。この結果、いわゆる「103万円の壁」は、令和7年分・8年分については所得水準に応じて最大160万円まで広がっています。さらに、19歳から22歳までの子(大学生年代)を扶養する家庭のために「特定親族特別控除」という新しい控除も創設されました。年末調整で従業員に配布する「扶養控除等申告書」の記載内容にも影響が出るため、経営者・総務担当者は早めに制度を理解し、社内周知を進める必要があります。
そもそも年末調整とは何か
年末調整とは、会社が従業員の給与から毎月天引きしていた所得税(源泉徴収税額)と、その年に本来納めるべき所得税額との差額を、年末に一括で精算する手続きのことです。
たとえるなら、毎月のお小遣いから少し多めに天引きして積み立てておき、年末に実際にかかった金額を計算して、余った分を返し、足りない分を追加でもらう、というイメージです。多くの会社員は確定申告をしなくても、この年末調整だけで1年間の所得税の手続きが完了します。
なぜ経営者・総務担当者が押さえておくべきなのか
年末調整は、従業員一人ひとりの税額を正しく計算するだけでなく、会社が源泉徴収義務者として法律上の義務を負う手続きです。書類の配布・回収・計算・納付のいずれかに不備があれば、後日税務署から指摘を受け、追加徴収や延滞税が発生する可能性があります。制度改正があった年は特に、書式や控除額の変更を見落としたまま昨年と同じ運用を続けてしまうミスが起こりやすくなります。
令和7年度税制改正で何が変わったのか
基礎控除の引き上げ(48万円→58万円、さらに時限的な上乗せ)
基礎控除とは、所得の多い少ないにかかわらず、すべての納税者に一律で認められる控除のことです。令和7年度改正で、この基礎控除が48万円から58万円に引き上げられました。さらに、合計所得金額655万円以下の人については、令和7年分・8年分の2年間に限り上乗せの特例が設けられ、所得水準に応じて基礎控除が最大95万円まで拡大します。
給与所得控除の最低保証額引き上げ(55万円→65万円)
給与所得控除とは、給与収入を得るために実際にかかった経費を、いちいち領収書を集めなくても一定額差し引ける、いわば「みなし経費」のような制度です。この最低保証額が55万円から65万円に引き上げられました。
結果として「103万円の壁」は何万円になったのか
基礎控除と給与所得控除の合計額が、所得税が発生しない給与収入の上限、いわゆる「壁」の正体です。改正前は48万円+55万円=103万円でしたが、改正後は次のとおりです。
| 区分 | 基礎控除 | 給与所得控除 | 壁の金額 |
| 改正前(〜令和6年分) | 48万円 | 55万円 | 103万円 |
| 令和7年分・8年分(上乗せ特例あり) | 最大95万円 | 65万円 | 最大160万円 |
| 令和9年分以降(恒久ルール) | 58万円 | 65万円 | 123万円 |
🖼 103万円の壁が123万円・160万円に広がる様子を示すビフォーアフター図解イラスト/キャプション:基礎控除と給与所得控除の引き上げで壁はここまで動きました
新設「特定親族特別控除」——大学生年代の子がいる家庭へ
19歳から22歳までの子(大学生年代)がいる家庭は、これまで子のアルバイト収入が103万円を1円でも超えると、特定扶養控除(63万円)が一気にゼロになる「崖」がありました。令和7年度改正では、この崖をなだらかにするため「特定親族特別控除」が新設され、子の給与収入が123万円を超えても188万円に達するまでは、収入額に応じて段階的に控除を受けられるようになりました。段階ごとの正確な控除額は国税庁が公表する年末調整の早見表に基づいて算出されるため、対象となる従業員がいる場合は最新の早見表で確認することが実務上のポイントです。
経営者・総務担当者が年末調整で注意すべき実務ポイント
「扶養控除等申告書」の記載内容を再確認する
基礎控除や配偶者控除、扶養控除の所得要件が軒並み引き上げられたため、従業員に「扶養に入れられるかどうか」を旧基準(103万円)で判断させてしまうと、本来受けられる控除を取りこぼす従業員が出てきます。書類配布時に、金額の基準が変わったことを一言添えるだけでも社内の混乱を大きく減らせます。
よくある間違い・落とし穴
- 昨年の様式や社内案内文をそのまま使い回し、控除額の変更を反映し忘れる
- 子のアルバイト収入を旧基準の103万円で判定し、特定親族特別控除の対象者を見落とす
- 基礎控除の上乗せ特例は令和7年分・8年分限りの時限措置であることを従業員に伝えず、翌年以降の手取り変化への説明責任を果たせなくなる
年末調整の流れ(実務フロー)
STEP1 従業員へ申告書類を配布(10月頃が目安)
↓
STEP2 従業員が記入し、保険料控除証明書等の必要書類を添付して提出
↓
STEP3 総務・経理担当者が内容を確認し、各人の年税額を計算
↓
STEP4 過不足額を12月の給与・賞与で精算
↓
STEP5 源泉徴収票を発行し、税務署・市区町村へ法定調書を提出
具体的シミュレーション
パート・アルバイトとして働く従業員の給与収入が年130万円のケースで考えてみます。
| 改正前ルール(〜令和6年分) | 改正後ルール(令和7・8年分) | |
| 壁の金額 | 103万円 | 最大160万円 |
| 年収130万円の場合の課税対象額 | 約27万円が課税対象 | 壁の範囲内のため課税対象なし |
| 所得税への影響(目安・税率5%) | 年間約13,500円の所得税が発生 | 所得税は0円 |
このように、同じ年収130万円で働く従業員でも、改正前は所得税が発生していたのに対し、改正後は所得税が発生しないケースが生まれます。従業員から「働き方を変えたほうがよいか」と相談を受けた際は、こうした具体的な金額を示しながら説明すると納得を得やすくなります。
よくある質問(FAQ)
Q. 「103万円の壁」は完全になくなったのですか?
A. いいえ、なくなったわけではなく、金額が引き上げられ、新しい水準に移動しました。令和7年分・8年分は基礎控除の上乗せ特例により最大160万円、令和9年分以降は基礎控除58万円と給与所得控除65万円を合わせた123万円が壁になります。
Q. 基礎控除の上乗せ特例は誰でも受けられますか?
A. 合計所得金額655万円以下(給与収入の目安でおおむね850万円未満)の人が対象です。それを超える所得の人は、上乗せのない基礎控除58万円のみが適用されます。
Q. 大学生年代の子の年収が103万円を超えたら、もう扶養にできませんか?
A. 令和7年度改正により、子の年収が123万円を超えても188万円に達するまでは特定親族特別控除が段階的に適用されるため、扶養控除が一気にゼロになることはありません。
Q. 年末調整の書類はいつまでに従業員へ配布・回収すべきですか?
A. 一般的には10月中に配布し、11月末までに回収を完了させるのが実務上の目安です。生命保険料控除証明書等が届くのは10月以降になることが多いため、余裕を持ったスケジュールが欠かせません。
Q. 年末調整の内容に誤りがあった場合はどうなりますか?
A. 年内であれば会社側で再年末調整として訂正できます。年が明けてしまった場合は、従業員自身による確定申告での訂正が必要になります。
この記事の要点
- 基礎控除・給与所得控除の引き上げにより「103万円の壁」は令和7年分・8年分は最大160万円まで拡大した。
- 大学生年代の子がいる家庭には「特定親族特別控除」が新設され、扶養控除の崖がなだらかになった。
- 上乗せ特例は令和7・8年分限りの時限措置であり、経営者・総務担当者は年ごとの変更点を正確に把握する必要がある。
税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。
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