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インボイス「2割特例」はいつまで使える?

2026-09-07

2026年9月終了後、個人事業主・法人がとるべき対応と選択肢を解説

「うちの消費税、来年からいきなり負担が増えるのでは……」インボイス登録をきっかけに消費税を納めるようになった個人事業主や小さな会社の経営者様から、こうした不安の声を数多くお聞きします。実は、消費税の負担を大きく減らしてくれる「2割特例」には終わりの時期がすでに決まっており、しかもその終了後の取り扱いについて、令和8年度の税制改正で新しいルールが追加されました。

この記事を読んでいただければ、2割特例が具体的にいつまで使えるのか、終了した後にどんな選択肢があるのか、そしてご自身の場合はどの方法を選ぶのが得なのかが、実際の数字の例を通してはっきりと分かります。

【結論】 2割特例は、個人事業者であれば令和8年(2026年)分の消費税申告までが最後の適用です。法人の場合は決算月によって最後の対象期間が変わりますが、いずれも令和8年9月30日を含む課税期間までとなります。個人事業者については、2割特例が終わった後の令和9年分・令和10年分についても納税額を軽くできる「3割特例」という新しい経過措置が用意されました。一方、法人には3割特例はありませんので、2割特例が終わるタイミングで「簡易課税制度」か「本則課税」かを選ぶ準備を、今のうちから進めておく必要があります。

2割特例とは?まずは仕組みをおさらいしましょう

【結論】 2割特例とは、インボイス登録をきっかけに免税事業者から課税事業者になった小規模な事業者が、消費税の納税額を「売上にかかる消費税額のわずか20%」という簡単な計算だけで済ませられる特例のことです。

たとえるなら、お小遣い帳の使い道を1円単位まで細かく記録する代わりに、「もらったお小遣いの2割だけ、決まったところに納める」というルールにしてもらったようなものです。本来、消費税は「売った時にお客様から預かった消費税」から「仕入れや経費で自分が支払った消費税」を1つずつ差し引いて計算します。しかし2割特例では、その面倒な差し引き計算をせずに、預かった消費税の2割を納めるだけでよいのです。

2割特例の対象になるのは、次のすべてに当てはまる事業者です。

  • インボイス発行事業者の登録をしたことで、免税事業者から課税事業者になった方
  • 基準期間(個人事業者は前々年、法人は前々事業年度)の課税売上高が1,000万円以下であること
  • 資本金の額などにより、そもそも課税事業者になることが決まっている法人ではないこと
項目2割特例の対象になる方2割特例の対象にならない方
課税事業者になったきっかけインボイス登録をしたから売上が1,000万円を超えたから/資本金要件などで元々課税事業者
基準期間の課税売上高1,000万円以下1,000万円超
具体例開業したての個人事業主、小規模な法人売上高が大きい事業者、資本金1,000万円以上の新設法人

🖼 2割特例の納税額の計算イメージを説明する図解イラスト(預かった消費税の箱から2割だけを取り出して納めるイメージ) / キャプション:2割特例は「預かった消費税の2割だけ納める」というシンプルな仕組みです

2割特例はいつまで使える?個人事業者と法人で異なる終了時期

【結論】 2割特例が使えるのは、令和5年10月1日から令和8年9月30日までの間に含まれる課税期間までです。個人事業者は令和8年(2026年)分の申告が最後となり、法人は決算月によって最後の対象期間が異なります。

▶ 個人事業者の場合

個人事業者の課税期間は1月から12月までの1年間です。したがって、2割特例が使える期間は次の4回分の申告に限られます。

  • 令和5年分(登録した月から12月まで)
  • 令和6年分
  • 令和7年分
  • 令和8年(2026年)分 ← これが最後

つまり、令和8年分(2026年1月〜12月分)の消費税申告書を提出したら、2割特例はいったん終了します。この申告書の提出期限は、原則として令和9年3月31日です。

▶ 法人の場合は決算月によって最後の期間が変わります

法人の課税期間は事業年度(決算期)ごとに区切られるため、「令和8年9月30日を含む事業年度」が最後の対象です。決算月によって最後の適用期間がずれる点に、実務上は特に注意が必要です。

決算月(例)2割特例が使える最後の事業年度消費税申告の期限(目安)
9月決算令和7年10月〜令和8年9月期令和8年11月30日
12月決算令和8年1月〜12月期令和9年2月末日
3月決算令和8年4月〜令和9年3月期令和9年5月31日
6月決算令和8年7月〜令和9年6月期令和9年8月31日

9月決算の法人はすでに最後の適用期間を迎えており、3月決算や6月決算の法人はまだ1年前後の猶予があります。ご自身の決算月がどこに当てはまるか、この機会に必ず確認しておきましょう。

🖼 決算月ごとに2割特例の最終適用期間がずれることを示すタイムラインの図解 / キャプション:決算月によって「2割特例が使える最後の1年」は異なります

2026年9月終了後はどうなる?個人事業者向け「3割特例」の新設

【結論】 令和8年度税制改正により、2割特例が終わったあとの個人事業者を対象に、令和9年分・令和10年分の消費税納税額を売上にかかる消費税額の30%に抑えられる「3割特例」という新しい経過措置が設けられました。急激な負担増を和らげるための、いわば2割特例の延長戦です。

3割特例とは、インボイス登録をきっかけに課税事業者になった個人事業者に限り、課税標準額に対する消費税額から7割を控除した残り、つまり3割相当額を納税額にできる制度のことです。

3割特例には次の特徴があります。

  • 対象は個人事業者のみです。法人は対象外です
  • 対象となる期間は令和9年分・令和10年分の2回のみです
  • 事前の届出は不要で、確定申告書にその旨を記載するだけで適用できます
  • 2割特例と同じく、インボイス登録によって課税事業者になった方が対象で、売上増加によって課税事業者になった方は対象外です

▶ 法人には3割特例がありません

ここが今回の改正で最も注意すべき点です。3割特例はあくまで個人事業者向けの措置であり、法人には用意されていません。したがって法人の場合は、2割特例が終わる事業年度の翌事業年度から、簡易課税制度か本則課税のいずれかを選んで納税することになります。準備なしにこのタイミングを迎えると、想定以上に納税額が増えて資金繰りに影響するおそれがありますので、決算月を確認したうえで早めに検討を始めることをおすすめします。

特例終了後の3つの選択肢を比較する

【結論】 2割特例(個人事業者は3割特例も含む)が使えなくなったあとの選択肢は、「簡易課税制度」「本則課税(一般課税)」「免税事業者に戻る」の3つです。どれが得かは業種や経費の割合によって変わるため、必ず試算をしたうえで選ぶことが実務上の鉄則です。

▶ 選択肢1:簡易課税制度

簡易課税制度とは、実際の仕入れや経費の金額にかかわらず、売上を業種ごとに決められた「みなし仕入率」で割り引いて納税額を計算できる制度のことです。基準期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者が、事前に届出書を提出することで選べます。

事業区分該当する業種の例みなし仕入率
第1種卸売業90%
第2種小売業、飲食料品を扱う農林漁業80%
第3種建設業、製造業、その他の農林漁業・鉱業70%
第4種飲食店業など、他のどの区分にも当てはまらない事業60%
第5種運輸通信業、金融保険業、サービス業50%
第6種不動産業40%

みなし仕入率が高い業種(卸売業や小売業)ほど、簡易課税を選んだときの納税額は少なくなります。逆にサービス業などみなし仕入率が低い業種は、簡易課税よりも実額で計算する本則課税のほうが有利になるケースも珍しくありません。

実務上の注意点として、簡易課税制度を選ぶと、原則として2年間は本則課税に戻れません(いわゆる「2年縛り」)。大きな設備投資を予定している場合、簡易課税を選んでいると本則課税なら受けられたはずの還付が受けられなくなることがありますので、選ぶ前に必ず今後の投資計画も踏まえて試算してください。

▶ 実務の落とし穴:簡易課税制度選択届出書の提出期限に緩和措置

簡易課税制度を選ぶには、本来「適用を受けたい課税期間が始まる前日まで」に届出書を提出しなければなりません。うっかり期限を過ぎてしまうと、その課税期間は本則課税で計算するしかなくなります。

しかし令和8年度税制改正により、2割特例または3割特例を使っていた事業者に限り、特例の適用を受けた課税期間の「翌課税期間」について、翌課税期間の確定申告の期限までに届出書を提出すれば、その翌課税期間から簡易課税を適用できるという緩和措置が設けられました。これは令和8年10月1日以後に終了する課税期間から翌課税期間を迎える場合に使えるルールです。

たとえば、令和10年分(3割特例の最後の年)まで特例を使っていた個人事業者が、令和11年分から簡易課税に切り替えたい場合、通常なら令和10年12月31日までに届出が必要なところ、この緩和措置により令和11年分の確定申告期限である令和12年4月1日ごろまで届出を待つことができます。12月決算の法人であれば、特例終了後の事業年度(例:令和9年12月期)についても、その事業年度の申告期限(令和10年2月29日ごろ)まで届出書の提出を待てることになります。

とはいえ、これはあくまで「期限に間に合わなかったときの救済」であり、判断そのものを先延ばしにしてよい理由にはなりません。試算はできるだけ早く済ませておくことが実務上の結論です。

▶ 選択肢2:本則課税(一般課税)

本則課税とは、売上で預かった消費税額から、仕入れや経費で実際に支払った消費税額を1つずつ差し引いて納税額を計算する、消費税の原則的な計算方法のことです。

経費や仕入れの金額が大きい事業者、設備投資を予定している事業者は、本則課税のほうが納税額を抑えられる場合があります。ただし、日々の取引についてインボイス(適格請求書)を1枚ずつ保存し、帳簿に正しく記録する事務負担が発生する点はデメリットです。

▶ 選択肢3:あえて免税事業者に戻る

免税事業者に戻るとは、インボイス発行事業者の登録を取り消し、消費税を納める義務そのものをなくす選択のことです。基準期間の課税売上高が1,000万円以下であれば選べます。

ただしこの選択には大きな注意点があります。登録を取り消すとインボイス(適格請求書)を発行できなくなるため、取引先が仕入税額控除を受けられなくなります。取引先が一般消費者や免税事業者中心であれば影響は小さいですが、取引先の多くが課税事業者である場合は、値引きを求められたり、取引そのものを見直されたりするリスクがあります。登録を取り消す前に、必ず主要な取引先との関係を確認してください。

なお、免税事業者から仕入れを受ける課税事業者側にも、仕入税額の一定割合を控除できる経過措置があります。令和8年10月からは2年間70%の控除が認められ、その後は段階的に控除割合が縮小していく予定ですので、取引先側の負担も今後変化していく点は知っておくとよいでしょう。

🖼 簡易課税・本則課税・免税事業者に戻る、という3つの選択肢を比較するフローチャート / キャプション:2割特例・3割特例が終わったあとは、この3つの中から自社に合う方法を選びます

STEP1:あなたは個人事業者? 法人?
  │
  ├─ 個人事業者 → STEP2へ
  └─ 法人      → STEP3へ

STEP2(個人事業者):令和9年分・令和10年分は3割特例が使えるか確認
  │
  ├─ 使える  → 3割特例を適用(申告書に付記するだけ)
  └─ 使えない → STEP3へ

STEP3:業種のみなし仕入率と実際の経費割合を比較する
  │
  ├─ みなし仕入率のほうが有利      → 簡易課税制度を選択(事前届出が必要)
  ├─ 実額のほうが有利          → 本則課税を選択
  └─ 売上1,000万円以下で取引先への影響も小さい → 免税事業者に戻ることも検討

具体的なシミュレーションで比較してみましょう

【結論】 同じ2割特例からのスタートでも、業種や経費の割合によって、特例終了後に有利な選択肢はまったく変わります。ここでは2つのケースで実際の金額を試算します(消費税率は10%として計算しています)。

▶ ケース1:フリーランスのデザイナー(個人事業者、年間売上600万円)

年間売上600万円(税抜)、経費は主にパソコンやソフト利用料など少なめの想定です。

制度計算方法納税額の目安
2割特例(令和8年まで)60万円(預かった消費税)×20%12万円
3割特例(令和9・10年)60万円×30%18万円
簡易課税(第5種・サービス業)60万円×(100%-50%)30万円
本則課税(実額経費150万円想定)60万円-実際に支払った消費税15万円45万円

このケースでは、経費が少ないサービス業のため、簡易課税や本則課税に切り替えると納税額が大きく増えることが分かります。3割特例が使える令和9年・10年はそれを活用し、その後は無理に本則課税に切り替えず、簡易課税とじっくり比較したうえで判断するのが実務上の結論です。

▶ ケース2:個人経営の卸売業者(個人事業者、年間売上900万円)

年間売上900万円(税抜)、卸売業のため簡易課税の「第1種」に該当する想定です。

制度計算方法納税額の目安
2割特例(令和8年まで)90万円×20%18万円
3割特例(令和9・10年)90万円×30%27万円
簡易課税(第1種・卸売業)90万円×(100%-90%)9万円

このケースでは、卸売業のみなし仕入率が90%と非常に高いため、簡易課税に切り替えたほうが、2割特例を使っていたときよりもさらに納税額が少なくなります。3割特例をそのまま適用するよりも、早めに簡易課税制度選択届出書を提出しておいたほうが有利になる典型的な例です。業種によっては「特例が終わる=負担が増える」とは限らないことがよく分かるケースです。

よくある質問(FAQ)

Q. 2割特例が終わるとき、税務署への届出などの手続きは必要ですか?

A. 2割特例そのものをやめる手続きは不要です。適用できる期間が過ぎれば、自動的に次の申告から2割特例は使えなくなります。ただし、その後に簡易課税制度を選びたい場合は「消費税簡易課税制度選択届出書」の提出が必要です。

Q. 3割特例を使うために事前の届出は必要ですか?

A. 不要です。3割特例は、対象となる年分の確定申告書にその旨を記載するだけで適用できます。2割特例と同様、事前の届出は求められていません。

Q. 簡易課税制度選択届出書はいつまでに提出すればよいですか?

A. 原則は、適用を受けたい課税期間が始まる前日までです。ただし2割特例・3割特例を使っていた事業者については、特例期間の翌課税期間の確定申告期限まで提出を待てる緩和措置が設けられています。とはいえ判断は早いに越したことはありません。

Q. 2割特例や3割特例が終わったら、必ず納税額は増えますか?

A. 業種や経費の割合によります。卸売業や小売業のようにみなし仕入率が高い業種では、簡易課税制度に切り替えることで、2割特例のときよりも納税額が少なくなることもあります。ケースごとの試算が欠かせません。

Q. あえてインボイスの登録を取り消して免税事業者に戻ることはできますか?

A. 基準期間の課税売上高が1,000万円以下であれば可能です。ただし登録を取り消すとインボイス(適格請求書)を発行できなくなり、取引先が仕入税額控除を受けられなくなります。主要な取引先との関係を十分に確認したうえで判断する必要があります。

まとめ・お問い合わせへの誘導

この記事の要点は次の3つです。

  • 2割特例は個人事業者なら令和8年(2026年)分まで、法人なら令和8年9月30日を含む決算期までで終了します
  • 個人事業者には令和9年分・令和10年分に使える「3割特例」が新設されましたが、法人には同様の措置がないため、簡易課税か本則課税かを早めに検討する必要があります
  • 特例終了後にどの制度が有利かは業種や経費の割合によって大きく変わるため、必ず具体的な試算を行ったうえで判断することが重要です

税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。

【2026年12月の年末調整から適用】年収の壁が178万円に引き上げ!内訳と対象者、退職者が損をする落とし穴を解説

2026-09-04

「年収の壁が178万円に変わるらしいけど、結局いくらまで働けば税金がかからないの?」「103万円で覚えていたのに、今は178万円って聞いて混乱している」——今まさに、こうした不安を抱えていませんか。

結論から申し上げます。2026年分(令和8年分)の所得税から、給与収入が年間178万円以下であれば所得税がかからない仕組みに変わります。これは、給与所得控除の最低保障額(74万円)と、基礎控除(62万円)、さらに基礎控除の上乗せ特例(42万円)という3つの控除を合計した金額です。

この記事を最後まで読んでいただければ、次の3点が正確に分かります。第一に、178万円という数字がどのような内訳で成り立っているのか。第二に、この新しい制度の対象者と、いつから実際に反映されるのか。第三に、年の途中で退職した方が絶対に知っておくべき「年末調整で自動的には反映されない」という落とし穴です。特に退職者や転職を予定している方にとっては、知らないままだと本来受け取れるはずの還付金を逃してしまう可能性があります。国税庁が公表している一次資料に基づき、税理士の実務視点から分かりやすく整理していきます。

  年収の壁178万円とは、どのような仕組みなのか

年収の壁178万円とは、給与収入だけで生活している方について、年間の給与収入が178万円以下であれば所得税が発生しない、という所得税制上の境界線のことです。これは令和8年度税制改正によって新しく生まれた基準であり、2026年分(令和8年分)以後の所得税から適用されます。

家計簿に例えるとイメージしやすくなります。毎月のお小遣い帳で「このお金は生活に絶対必要だから、使ったうちに入れない」と決めている金額があるとします。所得税の世界でも同じように、「これだけの金額には、そもそも税金をかけません」という非課税の範囲が法律で決められています。この非課税の範囲を積み上げた合計額が、令和8年分については178万円になった、ということです。

  178万円の内訳は3つの控除の合計

178万円という金額は、次の3つの控除を単純に足し算した数字です。

1. 給与所得控除の最低保障額:74万円

2. 基礎控除(恒久部分):62万円

3. 基礎控除の上乗せ特例:42万円

74万円+62万円+42万円=178万円という計算になります。それぞれが何を意味しているのか、順番に見ていきましょう。

◆ 給与所得控除74万円とは

給与所得控除とは、会社員やパート従業員が仕事のために使った経費を、実際の領収書を集めなくても一律の金額で差し引いてもらえる制度のことです。スーツ代や交通費、資格取得費用など、仕事に必要な出費を一つ一つ計算するのは大変ですから、国があらかじめ「これくらいは経費として認めます」という金額を決めてくれているとイメージしてください。

令和8年度税制改正により、この給与所得控除の最低保障額が、これまでの65万円から74万円に引き上げられました。給与収入が190万円以下の給与所得者については、この74万円が一律で差し引かれます。

◆ 基礎控除62万円と上乗せ特例42万円とは

基礎控除とは、所得の金額にかかわらず、すべての納税者に対して一律に認められる非課税の枠のことです。誰にとっても最低限の生活費には税金をかけない、という考え方に基づいた控除で、いわば全員に共通する「生活防衛費」のようなものです。

令和8年度税制改正では、この基礎控除の基本部分が62万円に引き上げられました。さらに、合計所得金額が132万円以下(給与収入だけの場合はおおむね206万円以下)の方については、42万円を上乗せする特例が設けられ、基礎控除の合計は104万円(62万円+42万円)となります。

給与収入が190万円以下の方は、所得金額(給与収入から給与所得控除74万円を差し引いた金額)が132万円以下に収まるため、この104万円の基礎控除がまるごと適用されます。結果として、給与所得控除74万円と基礎控除104万円を合計した178万円までの給与収入であれば、課税される所得がゼロになる、という仕組みです。

🖼 画像指示:178万円の壁の内訳(給与所得控除74万円+基礎控除62万円+上乗せ特例42万円)を積み木のように積み上げて示す図解イラスト/キャプション:178万円の壁は3つの控除を積み上げた合計額です

  178万円の壁の対象者

178万円の壁の対象者とは、給与収入のみを得ている居住者(日本国内に住所がある方)のうち、合計所得金額が132万円以下の方のことです。具体的には、パートやアルバイトとして働く方、扶養の範囲内で働く配偶者、在学中にアルバイトをしている学生などが典型的な対象者にあたります。

一方で、次のような方は178万円という数字がそのまま当てはまらないため、注意が必要です。まず、給与収入が190万円を超える方は、給与所得控除が74万円の定額ではなく、収入に応じた計算方法に切り替わります。また、事業所得や年金収入など、給与以外の所得がある方は、合計所得金額の計算方法が異なりますので、178万円という数字を単純に当てはめることはできません。

  178万円の壁と、扶養に関する136万円の壁は別物

178万円の壁と、家族の扶養に入れるかどうかの基準となる年収の壁は、別の制度である、というのが実務上の結論です。この二つを混同している方が非常に多いため、明確に区別しておきましょう。

178万円は「本人自身に所得税がかかるかどうか」の基準です。これに対して、配偶者や親などが扶養控除・配偶者控除を受けられるかどうかの基準となる、扶養親族等の合計所得金額の要件も、令和8年度税制改正で58万円から62万円に引き上げられました。給与収入だけで見るとおおむね123万円から136万円への引き上げです。つまり「自分の税金がゼロになる178万円」と「家族の扶養に入れる136万円」は、金額も判定の対象も異なる別の壁だということです。

さらに、社会保険料の負担が生じるかどうかを分ける、いわゆる106万円や130万円という壁は、所得税とは全く別の社会保険制度の話です。178万円という数字だけを見て「この金額まではすべて安心」と判断すると、社会保険の扶養から外れて手取りが減ってしまうケースもあります。年収の壁と一口に言っても複数の制度が重なっていますので、自分がどの制度の対象になるのかを一つずつ確認することが、損をしないための実務上のポイントです。

  178万円の壁のメリットとデメリット

178万円の壁のメリットとは、これまでよりも多くの収入を得ても所得税がかからなくなる、という点に尽きます。改正前の基準と比べて非課税で働ける範囲が広がりましたので、パートやアルバイトで働く方にとっては、収入を増やしながら手取りを維持しやすくなりました。

一方でデメリットとして押さえておくべきなのは、この178万円という金額のうち、上乗せ特例の42万円部分が令和8年分・令和9年分に限った時限的な措置である、という点です。国税庁および財務省の資料によれば、令和10年分以降はこの上乗せ額が37万円に統一される設計になっています。単純計算では、令和10年分以降の壁は74万円+62万円+37万円=173万円になる見込みです。178万円という金額を恒久的なものと思い込んでしまうと、数年後に見込みが狂ってしまいますので、時限措置であることは必ず押さえておいてください。

  実務上の注意点・罠:年末調整で自動的には反映されないケースがある

ここが今回の改正で最も見落とされやすく、かつ実害が大きいポイントです。結論として、令和8年11月30日以前に令和8年分の最後の給与が支払われた方は、年末調整でこの178万円ベースの新しい控除が適用されません。改正後の控除を受けるには、確定申告が必要になります。

  なぜ年末調整で反映されないのか

年末調整とは、会社がその年最後の給与を支払う際に、1年間の所得税の過不足をまとめて精算する手続きのことです。今回の改正は令和8年12月1日に施行されるため、令和8年12月に行う年末調整からでなければ、新しい控除額を反映した計算ができません。

つまり、令和8年11月30日までにその年最後の給与が支払われてしまった方については、勤務先の年末調整という機会そのものが、新しい制度が始まる前に終わってしまっている、ということになります。

  退職者が特に注意すべき理由

年の中途で退職し、その後年末調整を受けていない方は、この178万円ベースの新しい控除の適用を受けないまま、給与から所得税が源泉徴収され続けています。国税庁が公表しているQ&A資料でも、退職して年末調整を受けていない方について、改正後の控除の適用を受けるためには確定申告が必要である、と明確に示されています。

具体的には、次のような方が典型的な注意対象です。

  • 年の途中で退職し、年内に再就職しなかった方
  • 転職はしたものの、新しい勤務先で年末調整に必要な書類(扶養控除等申告書など)を提出していない方
  • 令和8年11月30日以前に、その年最後の給与を受け取ってそのまま退職した方

これらに当てはまる方は、確定申告をしなければ、本来戻ってくるはずの所得税の還付を受け取れないまま終わってしまいます。会社が自動的にやってくれる年末調整とは違い、確定申告は自分自身で手続きをしない限り、誰も代わりに行ってはくれません。この点が、今回の改正における最大の落とし穴です。

🖼 画像指示:年末調整で改正後の控除が反映されるケースと、反映されず確定申告が必要になるケースを分岐で示すフローチャート図解/キャプション:退職のタイミングによって、確定申告が必要かどうかが変わります

  年末調整と確定申告の対応関係(比較表)

ケース年末調整での反映必要な手続き
令和8年12月1日以降も在職し、勤務先で年末調整を受ける反映される原則、追加の手続きは不要
令和8年11月30日以前に最後の給与が支払われて退職した反映されない確定申告が必要
年の中途で退職し、年内に年末調整を受けていない反映されない確定申告が必要
転職先で扶養控除等申告書を提出せず年末調整を受けなかった反映されない確定申告が必要

  手続きの流れ(ステップ図)

【ステップ1】令和8年中に退職・転職をしたかどうかを確認する

↓

【ステップ2】令和8年12月1日以降も年末調整を受けられるかを確認する

↓

受けられる場合 → 勤務先の年末調整で178万円ベースの控除が反映される

↓

受けられない場合

↓

【ステップ3】翌年(令和9年)2月16日から3月15日の間に確定申告を行う

↓

【ステップ4】払いすぎていた所得税があれば還付を受け取る

  具体的なシミュレーション:年収別に所得税を計算してみる

ここでは、実際の数字を使って、178万円の壁がどのように働くのかを具体的に確認します。いずれも給与収入のみで、扶養親族等がいない方を前提とした、所得税の計算例です。

  ケース1:年収130万円のパート勤務Aさんの場合

Aさんの給与所得は、給与収入130万円から給与所得控除74万円を差し引いた56万円です。この56万円は、基礎控除104万円(基礎控除62万円+上乗せ特例42万円)よりも小さいため、課税される所得はゼロになります。したがって、Aさんの所得税は0円です。

  ケース2:年収178万円ちょうどのパート勤務Bさんの場合

Bさんの給与所得は、給与収入178万円から給与所得控除74万円を差し引いた104万円です。この104万円は、基礎控除104万円とちょうど同じ金額になるため、課税される所得はゼロになります。したがって、Bさんの所得税も0円です。これが178万円が「壁」と呼ばれる理由であり、ぴったり境界線上にある金額です。

  ケース3:年収190万円のパート勤務Cさんの場合

Cさんの給与所得は、給与収入190万円から給与所得控除74万円を差し引いた116万円です。この116万円は基礎控除104万円を12万円上回りますので、課税される所得は12万円になります。所得税の税率のうち最も低い区分は5%ですので、所得税額は12万円×5%=6,000円です(復興特別所得税は含みません)。

このケースから分かるとおり、178万円の壁を超えたからといって、税金や手取りが急激に減るわけではありません。壁を超えた部分にだけ、少しずつ税金がかかっていく仕組みですので、「壁を超えると一気に損をする」という誤解は禁物です。ただし、130万円や106万円といった社会保険の壁は仕組みが異なり、超えた瞬間に社会保険料の負担が発生することがありますので、そちらは別途の確認が必要です。

  年収別・所得税シミュレーション早見表

年収(給与収入)給与所得控除給与所得基礎控除課税所得所得税額(目安)
130万円74万円56万円104万円0円0円
150万円74万円76万円104万円0円0円
178万円74万円104万円104万円0円0円
190万円74万円116万円104万円12万円6,000円

※復興特別所得税・住民税は含んでいません。給与収入190万円を超える場合は給与所得控除の計算方法が変わるため、別途の確認が必要です。

  よくある質問(FAQ)

Q. 178万円の壁は、いつから始まりますか。

A. 令和8年分(2026年分)以後の所得税から適用されます。ただし、勤務先での源泉徴収事務や年末調整の実務においては、令和8年12月1日に施行され、令和8年12月に行う年末調整から反映されます。

Q. 178万円という金額は、これからもずっと変わりませんか。

A. 変わる可能性が高いというのが実務上の結論です。178万円のうち42万円は令和8年分・令和9年分限定の時限的な上乗せ特例であり、国税庁および財務省の資料によれば、令和10年分以降はこの上乗せ額が37万円に統一される予定です。単純計算では、令和10年分以降の壁は173万円(74万円+62万円+37万円)になる見込みですので、178万円を恒久の数字と考えないようにしてください。

Q. パートで働いていて年の途中で退職しました。何もしなくても還付は受けられますか。

A. いいえ、何もしなければ還付は受けられません。年の途中で退職し、年末調整を受けていない方は、178万円ベースの新しい控除が給与計算に反映されないまま所得税が源泉徴収されています。払いすぎた税金の還付を受けるには、翌年に自分自身で確定申告をする必要があります。

Q. 178万円を少し超える年収で働いた場合、手取りが大きく減ってしまいますか。

A. いいえ、急激には減りません。178万円を超えた部分にだけ、5%という低い税率から所得税がかかる仕組みですので、超えた金額に比例して少しずつ税金が発生するだけです。ただし、社会保険の加入基準となる106万円や130万円といった壁は所得税の仕組みとは別ですので、あわせて確認しておくことをおすすめします。

Q. 178万円の壁と、家族の扶養に入れる基準は同じ金額ですか。

A. いいえ、異なります。178万円は本人自身の所得税がゼロになる基準であるのに対し、配偶者や親の扶養に入れるかどうかの基準となる扶養親族等の合計所得金額の要件は、令和8年度税制改正で給与収入ベースにするとおおむね136万円まで引き上げられています。二つの基準を混同しないよう、それぞれ別の数字として覚えておく必要があります。

  まとめ

最後に、この記事の要点を3行にまとめます。

1. 178万円の壁とは、給与所得控除74万円・基礎控除62万円・上乗せ特例42万円を合計した、令和8年分から所得税がゼロになる給与収入の基準です。

2. この改正は令和8年12月の年末調整から反映されるため、それより前に退職して年末調整を受けていない方は、確定申告をしなければ還付を受けられません。

3. 178万円のうち42万円部分は時限措置であり、令和10年分以降は173万円に変わる見込みですので、恒久的な数字だと思い込まないことが重要です。

今回ご紹介した内容は、給与収入のみで扶養親族がいない方を前提とした一般的な整理です。実際の税額は、ご自身の家族構成や他の所得の有無、勤務先の実務対応によって一つひとつ異なります。特に退職や転職を控えている方は、確定申告の要否を見誤ると、本来受け取れるはずの還付金を取りこぼしてしまうおそれがあります。

税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。

遺言を書くベストタイミングはいつ?

2026-09-02

「まだ早い」が一番危ないと税理士が断言する理由

「遺言なんて、まだうちには早い」「元気なうちに縁起でもない」——。経営者や資産をお持ちの方から、私たちは長年この言葉を数えきれないほど聞いてきました。しかし実務の現場で相続争いやトラブルに直面する家庭の多くが、口を揃えてこう言います。「もっと早く書いておけばよかった」と。

この記事を読むことで、遺言を「いつ」「どのタイミングで」書くべきかという答えが明確になります。そして、遺言作成を先延ばしにすることで発生する具体的なリスクと、経営者ならではの落とし穴、さらに実際の数字を使った相続シミュレーションまで、一気に理解できます。

結論から申し上げます。遺言を書くベストタイミングは、「判断能力があり、心身ともに元気な“今”」です。年齢や資産額に関係なく、この記事を読み終えた瞬間が、あなたにとって最良のタイミングだと私たちは断言します。

1. 遺言を書くベストタイミングとは?結論はシンプルです

遺言とは、自分が亡くなった後に、誰にどの財産をどのように引き継がせるかを、法律の定める方式に従って書面に残す意思表示のことです。いわば「自分がいなくなった後の家族への指示書」であり、家族が困らないようにするための最後の思いやりの手紙とも言えます。

結論として、遺言作成のベストタイミングは次の3つの条件がすべて揃っている「今」です。

  • ① 判断能力(意思能力)が十分にあること
  • ② 家族関係や財産状況が大きく変化していないこと
  • ③ 事故や病気など「万が一」が起きていないこと

この3条件は、加齢とともに、あるいは事業のステージが進むとともに、確実に失われていきます。つまり「元気で健康な状態」こそが、実は最も貴重で限られた資産であり、遺言作成の“締め切り”はいつやってくるか誰にも予測できないのです。

2. なぜ「まだ早い」は危険な思い込みなのか

多くの方が遺言作成を先延ばしにする背景には、2つの典型的な誤解があります。実務経験からお伝えすると、この2つの思い込みこそが、後の相続トラブルの最大の原因になっています。

◆ 誤解①:「遺言=死を意識するもの」という思い込み

遺言は「死の準備」ではなく、「生きている今の自分の意思を、正しく将来に伝えるための経営判断」です。会社の事業計画書や就業規則を作るのと同じように、家族という組織のための“取扱説明書”を整えておく、という発想に切り替えることが第一歩になります。

◆ 誤解②:「財産が少ないから、うちは関係ない」という思い込み

実務上の結論を申し上げると、これは統計的にも明確な誤りです。裁判所が公表している遺産分割事件のデータを見ても、争いになった事案のうち相続財産5,000万円以下のケースが全体の約7割を占めています。財産が少ないからこそ、不動産と自社株など「分けにくい財産」の比重が高くなり、かえって話し合いがまとまりにくいのです。「財産が少ない=もめない」ではなく、「財産の種類が偏っている=もめやすい」というのが実務上の実感です。

🔎 税理士の実務視点 『うちはまだ元気だから』という言葉を口にした経営者ほど、翌年の健康診断で入院・手術が判明し、遺言作成のタイミングを逃してしまうケースを数多く見てきました。判断能力があるうちに動けるかどうかが、円満相続と“争族”の分かれ道になります。

3. 遺言作成が「手遅れ」になる3つの現実的リスク

遺言は、思い立った時にいつでも作れるわけではありません。次の3つのいずれかが発生した瞬間、事実上「手遅れ」になります。

◆ リスク①:認知症による判断能力(意思能力)の喪失

遺言を有効に作成するためには、法律上「遺言をする内容とその結果を理解できる判断能力(遺言能力)」が必要です。認知症が進行し、医師や公証人に判断能力なしと判断されると、その後に作成した遺言は無効とされるリスクが極めて高くなります。認知症は徐々に進行するため、「まだ大丈夫」と思っている間に、実際には遺言能力を争われる状態になっているケースが少なくありません。

◆ リスク②:相続人同士の関係悪化(争族化)

経営者の相続では、後継者となる子とそうでない子の間で「会社を継ぐ子ばかり優遇されている」という不公平感が生まれやすく、これが感情的な対立に発展します。一度感情的な対立(いわゆる“争族”)が始まってしまうと、その後に遺言を作成しても「本人の意思ではなく、誰かに書かされたのでは」と疑われ、かえって紛争の火種になることさえあります。

◆ リスク③:突然の事故・急病による意思表示の喪失

経営者は多忙であるがゆえに健康管理が後回しになりがちです。脳卒中や事故による意識不明状態は、何の前触れもなく訪れます。この場合、遺言はもちろん、事業承継に関するあらゆる意思決定が一切できなくなり、会社の代表印一つ動かせない「経営空白」の状態に陥ります。

[画像指示:判断能力・健康状態の推移と遺言作成の“タイムリミット”を示すタイムライン図解イラスト/キャプション:加齢や病気の進行により遺言作成の選択肢が徐々に狭まっていく様子を表す図]

4. 遺言の種類と選び方|自筆証書遺言 vs 公正証書遺言

遺言には主に「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類があります。自筆証書遺言とは、遺言者本人がすべて手書きで作成する遺言のことです。公正証書遺言とは、公証人が遺言者から聞き取った内容をもとに公文書として作成する遺言のことです。それぞれの特徴を比較すると、次のとおりです。

比較項目自筆証書遺言公正証書遺言
作成の手軽さ手軽(自分一人で作成可能)公証人との事前調整が必要
費用ほぼ無料(保管制度利用は数千円)財産額に応じた公証人手数料が発生
形式不備による無効リスク高い(日付・押印漏れ等で無効になりやすい)極めて低い(公証人が形式をチェック)
遺言能力の証明力弱い(後日、能力を争われやすい)強い(公証人が本人確認・意思確認を実施)
紛失・改ざんリスク法務局保管制度を使わない場合は高い原本を公証役場が保管するため極めて低い
家庭裁判所の検認手続き原則必要(法務局保管なら不要)不要
経営者・資産家への適性財産がシンプルな場合向け自社株・不動産など複雑な財産構成に最適

実務上の結論として、事業をお持ちの経営者や、不動産・自社株など複雑な財産構成の方には、公正証書遺言を強く推奨します。手数料はかかりますが、無効リスクをほぼゼロにでき、家族に「検認」という余計な手続きの負担をかけずに済むためです。

5. 実務でよくある「遺言の落とし穴」5選

遺言は「作ればそれで安心」というものではありません。私たちが実務の現場で数多く目にしてきた失敗例には、共通したパターンがあります。

◆ 落とし穴①:遺留分を無視した内容になっている

遺留分とは、法律上、一定の相続人(配偶者・子・親)に最低限保障されている遺産の取り分のことです。「全財産を長男に」という遺言を残しても、他の相続人から遺留分侵害額請求をされれば、結局は金銭での支払い義務が発生します。事前に遺留分を計算し、対策を講じておくことが不可欠です。

◆ 落とし穴②:財産目録の記載漏れ・表記ミス

不動産の地番や口座番号の記載誤りにより、遺言の内容どおりに手続きが進められないケースが頻発しています。財産目録は登記簿謄本や通帳の記載どおり、正確に作成する必要があります。

◆ 落とし穴③:遺言執行者を指定していない

遺言執行者とは、遺言の内容を実際に実現するための手続き(名義変更や解約など)を行う責任者のことです。指定がないと、相続人全員の協力が必要になり、一人でも非協力的な相続人がいると手続きが滞ります。

◆ 落とし穴④:付言事項がなく、想いが伝わらない

付言事項とは、財産分けの理由や家族への感謝の気持ちを記す、法的効力のない自由記載欄のことです。「なぜこの配分にしたのか」を書き残しておくだけで、不公平感からくる相続人の反発を大きく和らげることができます。

◆ 落とし穴⑤:作成後に内容を見直していない

遺言は一度作成したら終わりではありません。自社株の評価額の変動、不動産の売却、家族構成の変化(孫の誕生や離婚など)に応じて、定期的に内容を見直す必要があります。実務上は、少なくとも3年に一度は内容を確認することをお勧めしています。

[画像指示:公正証書遺言が完成するまでの基本フロー図(①現状ヒアリング → ②財産目録の作成 → ③遺留分・税額シミュレーション → ④遺言内容の確定 → ⑤公証役場での作成)/キャプション:専門家に相談してから遺言が完成するまでの基本的な流れ]

6. 具体的シミュレーション|経営者Aさん(65歳)のケース

ここでは、実際によくある経営者のご家庭を例に、遺言の有無で結果がどう変わるかを具体的な数字でシミュレーションします。

◆ 前提条件

  • 被相続人:A社の創業者(65歳)
  • 相続人:長男(後継者・A社に勤務)、長女、次男の3名
  • 財産総額:3億円(自社株2億円、預金5,000万円、自宅不動産5,000万円)
財産の種類評価額法定相続分(各1/3)遺留分(各1/6)
自社株(A社)2億円約6,667万円約3,333万円
預金5,000万円約1,667万円約833万円
自宅不動産5,000万円約1,667万円約833万円
合計3億円1億円5,000万円

◆ ケースA:遺言がない場合

遺言がない場合、遺産分割は相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で決めることになります。自社株2億円は「分けにくい財産」の代表格であり、法定相続分どおりに株式を3等分してしまうと、後継者である長男の議決権比率が下がり、経営の意思決定に他の相続人の同意が必要になる事態が起こり得ます。結果として、事業承継そのものが不安定化するリスクを負うことになります。

◆ ケースB:公正証書遺言を作成していた場合

あらかじめ公正証書遺言で「自社株と自宅は長男へ、預金は長女・次男へ」と定め、あわせて生命保険(受取人:長男)を活用して長女・次男への代償金の原資を準備しておいた場合はどうでしょうか。長男が自社株の全部を取得しても、長女・次男の遺留分(各833万円+約3,333万円相当分に対する不足額)を生命保険金や代償金で調整することが可能になり、円満な着地と会社の議決権の安定確保を同時に実現できます。

🔎 税理士の実務視点 自社株のように分割しにくい財産を持つ経営者ほど、遺言と生命保険を組み合わせた『遺留分対策』が不可欠です。遺言だけを作って安心するのではなく、税額シミュレーションと遺留分対策をセットで検討することが、実務上の正しい進め方です。

7. よくある質問(FAQ)

◆ Q1. 遺言は何歳から書くべきですか?

何歳からという年齢制限の実務的な意味はありません。法律上は満15歳以上であれば遺言を作成できます。実務上の結論としては、「事業や資産を持ったタイミング」「還暦などの節目」「大きな病気やケガをきっかけに健康を意識したタイミング」のいずれかで、判断能力があるうちに作成するのが正解です。

◆ Q2. 遺言は一度書いたら、もう書き直せませんか?

何度でも書き直しが可能です。遺言は、最も日付が新しいものが有効になります。家族構成や財産状況、会社の状況が変わった際には、そのつど内容を更新することが望ましいです。

◆ Q3. 遺言の内容を、生前に家族に話しておくべきですか?

実務上は、全内容を細かく伝える必要はありませんが、「なぜその配分にしたのか」という考え方や想いだけは、付言事項や生前の対話で伝えておくことを強く推奨します。理由の共有がないまま配分だけが明らかになると、不公平感から争いに発展しやすくなります。

◆ Q4. 遺言を書けば、相続税は安くなりますか?

遺言そのものに直接的な節税効果はありません。ただし、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例など、相続税を軽減する各種特例は「誰がどの財産を取得するか」によって使える範囲が変わります。遺言によって財産の取得者を適切に定めることで、結果的に特例を最大限活用でき、税負担を抑えられるケースは数多くあります。

◆ Q5. 遺言と生前贈与は、どちらを優先すべきですか?

どちらか一方ではなく、両方を組み合わせるのが実務上の結論です。生前贈与は「生きている間に確実に財産を移せる」というメリットがあり、遺言は「残りの財産の行き先を確定させる」という役割を担います。財産の種類や金額、後継者の状況に応じて、最適な組み合わせは個々のご家庭ごとに異なります。

8. まとめ|遺言作成を先延ばしにする理由は、もうありません

  • 遺言を書くベストタイミングは「判断能力がある、元気な“今”」であり、年齢や資産額は関係ありません。
  • 認知症・争族・突然の病気という3つのリスクは、いつ誰の身に起きてもおかしくなく、遺言作成の“締め切り”は自分では選べません。
  • 特に自社株や不動産をお持ちの経営者は、遺言単体ではなく、遺留分対策・生命保険・税額シミュレーションまでセットで検討することが、円満な資産承継と事業継続の鍵になります。

税務・相続の判断は、ご家族の状況や財産構成によって最適解が大きく異なります。

「うちの場合はどうなるのか」を自己判断のまま先送りにして、後から取り返しのつかない損や争いを招く前に、お気軽に当事務所へご相談ください。

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