2026年6月・最高裁判決から読み解く「本当の争点」と、事業承継・相続で今すぐ押さえるべき注意点
この記事は、2026年6月23日に最高裁判所第三小法廷が言い渡した判決(相続債務の免除益をめぐる訴訟)をもとに、税務の専門知識がない経営者・個人事業主の方にも分かりやすく解説したものです(2026年7月時点の情報にもとづきます)。
「親の会社を継いだら、聞いていなかった多額の借金が出てきた」「銀行と話し合いを重ねた結果、残りの借金を免除してもらえることになった」――事業承継や相続の現場では、こうした場面が決して珍しくありません。
そして、多くの経営者が見落としがちなのが、「借金を免除してもらえた=ラッキー」で終わらないという点です。免除された金額が大きければ大きいほど、そこに『税金』がついて回る可能性があるからです。
2026年6月23日、最高裁判所はまさにこのテーマについて重要な判断を示しました。新聞やニュースサイトでは「最高裁、課税の可能性を認める」といった見出しが並びましたが、実際の判決文をよく読むと、話はそれほど単純ではありません。
この記事を最後まで読んでいただくと、次の3点が「予備知識ゼロ」でもはっきり理解できます。
- 今回の最高裁判決で、実際に「決まったこと」と「まだ決まっていないこと」は何か
- 「相続した借金だから、免除されても税金はかからない」という考え方が、なぜ通用しなくなったのか
- 事業承継やご自身・ご家族の相続で、今後どんな点に注意して準備すればよいか
結論を先にお伝えすると、今回の判決は「借金の免除に所得税がかかると決まった」判決ではありません。「相続だから非課税になる、という理屈は成り立たない」と整理しただけであり、実際に税金がかかるかどうかは、これから改めて裁判所(東京高等裁判所)で審理される、というのが正確な理解です。順を追って見ていきましょう。
このページの目次
■ そもそも何が起きたのか?――「借金の相続」と「免除」の関係
まず、今回の話の土台になる「相続と借金」の関係を、身近な例でイメージしてみましょう。
相続というと、「現金」「不動産」「株式」といった、いわゆる“もらえる財産”をイメージする方が多いと思います。しかし実際の相続では、亡くなった方(被相続人)が抱えていた「借金」のようなマイナスの財産も、そのままプラスの財産とセットで相続人に引き継がれます。
たとえるなら、おじいちゃんから「1万円のお小遣い」をもらえることになっていたのと同時に、「友人に返さなければならない3千円の借り」もセットで引き継ぐようなものです。もらえる分だけを都合よく受け取り、返す分だけを放棄する、ということはできません。
[画像:天秤の片方に「現金・不動産などのプラスの財産」、もう片方に「借金などのマイナスの財産」を乗せ、相続人が両方をまとめて引き継ぐ様子を描いたシンプルな図解イラスト(キャプション:相続では「もらえる財産」と「背負う借金」の両方をまとめて引き継ぐ)]
今回問題になったのは、「引き継いだ借金が、その後の事情によって免除されたとき、その“得をした分”に税金がかかるのか」という論点です。
◆ 事件の時系列(何が起きたのか、ステップで確認)
実際の訴訟になった事件の流れは、次のとおりです(金額は判決文等で報じられている概算値です)。
STEP1 被相続人が金融機関との間で「裁判上の和解」を成立させる
約16億円の借入金債務について、「合計約6億2,630万円を期限どおり支払えば、残る約9億7,370万円は免除する」という内容の和解でした。
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STEP2 被相続人が返済を続けるも、完済前に死亡
被相続人は約6億2,530万円まで返済を終えていましたが、条件達成に必要な最後の100万円を支払う前に亡くなりました。
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STEP3 相続人が債務を承継し、残りの100万円を支払う
相続人は、この約16億円の債務(のうち未払い部分)をそのまま承継し、その後、残っていた100万円を支払いました。
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STEP4 和解の条件が達成され、約9億7,370万円が免除される
約6億2,630万円の支払いという条件が満たされたことで、金融機関は残りの約9億7,370万円の債務を免除しました。
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STEP5 税務署が「一時所得」として課税(更正処分)
税務署は、この約9.7億円の経済的利益(債務免除益)を一時所得の総収入金額にあたるとして、所得税の更正処分を行いました。
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STEP6 相続人が「相続財産と同じだから非課税のはず」として提訴
相続人らは、この債務免除益は実質的に相続財産と同じものであり、所得税を課すのはおかしいとして、更正処分の取り消しを求めて訴訟を起こしました。
◆ 東京高等裁判所の判断(納税者側が勝訴)
この事件の一審に続く東京高等裁判所(令和6年1月25日判決)は、相続人側の主張を認めました。
高裁は、相続税の計算においては、この債務は「確実と認められる債務」とはいえないため、相続財産から差し引く『債務控除』の対象にはならないとしました。つまり、相続税の申告上は、この借金は「ないもの」として扱われていた、ということです。
しかしその一方で高裁は、その後に実現した債務免除の利益は、実質的には相続によって潜在的に取得していた利益であり、相続財産と同じ経済的価値を持つと判断しました。そのため、この利益にあらためて所得税を課すことは、相続税と所得税の「二重課税」を避けるための所得税法の規定(相続等により取得した財産には所得税を課さないとするルール)の趣旨に反する、と結論づけたのです。
◆ 最高裁判所の判断(高裁判決を破棄・審理を差し戻し)
これに対し、2026年6月23日、最高裁判所第三小法廷(沖野眞已裁判長)は、東京高裁とは異なる考え方を示し、高裁判決を破棄したうえで、事件を東京高裁に差し戻しました。
最高裁が示したポイントは、大きく次の2つに整理できます。
・ポイント1:「相続だから非課税」という理屈は認められない
最高裁は、本件の債務免除益は、相続人が債務を承継した“後”に、和解の条件(一定額の支払い)が達成されたことによって、初めて発生した利益であると指摘しました。相続の時点で当然に確定していた利益ではないため、「相続等によって取得した経済的価値」とは評価できない、というのが最高裁の考え方です。
そのため、相続税で債務控除が認められなかったとしても、相続後に借金が消滅したことで生じる経済的価値に、そもそも相続税は課されていない以上、そこに所得税を課しても、同じ経済的価値に相続税と所得税を二重に課すことにはならない、と判断しました。
・ポイント2:「所得税を課してよい」とまでは言っていない
ここが今回の判決で最も見落とされがちな部分です。最高裁が判断したのは、あくまで「相続を理由に非課税とする」という高裁の理屈が成り立たない、という点だけです。
沖野眞已裁判官は補足意見で、債務免除益に対する所得税課税の根拠や要件については様々な議論があると指摘したうえで、多数意見はあくまで非課税規定(所得税法9条の適用関係)の判断にとどまり、この債務免除益がそもそも所得税法上の「所得」にあたるかどうかまでは判断していない、と明記しています。
つまり最高裁は、「相続税で処理済みだから所得税は非課税」という理屈にストップをかけただけであり、「一時所得として課税してよい」という結論まで出したわけではありません。この“ねじれ”を正しく理解することが、今回の判決を読み解くうえでの最大のポイントです。
■ 「二重課税では?」という素朴な疑問を整理する
ここまで読んで、「相続税も所得税も課されるなら、それこそ二重課税ではないか」と感じた方も多いのではないでしょうか。これは、ごく自然な感覚です。
実際、東京高裁も「実質的には相続財産と同じ経済的価値」だと考え、納税者側の主張を認めていました。しかし税のルールは、今回の事件だけでなく、将来起こり得るさまざまなケースにも適用される“共通のものさし”である必要があります。
たとえば、相続後に相続人が金融機関と改めて交渉し、当初はまったく想定されていなかった債務免除を受けられた、というケースまで「相続財産と同じだから非課税」としてしまうと、「相続によって取得した財産」と「相続後の出来事によって新たに得られた利益」の境界線が、際限なく曖昧になってしまいます。
最高裁は、このような広がりを防ぐために、①相続によって取得した財産 と ②相続後の出来事によって新たに生じた利益 は、区別して考えるべきだ、という原則を示したものと理解できます。
◆ 東京高裁と最高裁、判断の視点の違い(比較表)
| 論点 | 東京高裁の考え方 | 最高裁の考え方 |
| 債務免除益の性質 | 相続によって潜在的に取得していた利益であり、実質的に相続財産と同じ | 相続“後”に条件が成就して初めて発生した利益であり、相続によって取得した財産とは言えない |
| 所得税法9条(非課税規定)の適用 | 適用される(=所得税は非課税) | 適用されない(=非課税の根拠にはならない) |
| 結論 | 納税者勝訴(課税処分を取り消し) | 高裁判決を破棄し、審理を東京高裁に差し戻し |
| 「所得にあたるか」の判断 | 実質的に相続財産と同じという前提で判断せず | 判断していない(差戻審で改めて審理) |
◆ 相続税と所得税、そもそも「何にかかる税金」なのか
| 税目 | 課税の対象になるもの | 課税のタイミング |
| 相続税 | 被相続人から相続人へ移転した、相続開始時点で評価できる財産の価値 | 相続開始時 |
| 所得税(一時所得等) | 相続開始“後”に、相続人自身に新たに生じた経済的利益 | 利益が発生した年分 |
この表のとおり、「相続税」は相続が開始した瞬間の財産の価値に着目するのに対し、「所得税」は相続開始後に新たに生まれた利益に着目します。今回の最高裁判決は、この2つの物差しを混同してはいけない、というメッセージだと理解すると分かりやすいでしょう。
■ 【具体例】数字で見るシミュレーション
「一時所得として課税された場合、実際にどれくらいの税負担になるのか」を、数字でイメージしてみましょう。なお、今回のケースで最終的に課税されると決まったわけではない点は、繰り返しになりますが重要な前提です。
◆ 一時所得の基本的な計算のしくみ
一時所得の金額は、次の式で計算されます。
一時所得の金額 = 総収入金額 -(その収入を得るために支出した金額)- 特別控除額(最高50万円)
そして、実際に所得税の課税対象となるのは、この一時所得の金額の「2分の1」です。つまり、他の給与所得や事業所得などと合算される金額は、計算された一時所得の半分になります。
[画像:「総収入金額」から「支出した金額」と「特別控除50万円」を差し引いたあと、さらに2分の1にする、という一時所得の計算の流れを示すシンプルな数式フロー図(キャプション:一時所得は「まるまる課税」ではなく2分の1だけが課税対象)]
◆ シミュレーション:もし本件が一時所得として課税された場合(参考)
| 項目 | 金額(概算) |
| 免除された債務(総収入金額) | 約9億7,370万円 |
| 特別控除額 | 50万円 |
| 一時所得の金額 | 約9億6,870万円 |
| 課税対象額(1/2後) | 約4億8,435万円 |
上記はあくまで「一時所得として課税された場合」の機械的な試算であり、実際にこの金額が課税対象になると確定したわけではありません。差戻審では、この利益がそもそも所得税法上の『所得』にあたるのかどうかから、改めて審理される予定です。
◆ 小規模なケースでの試算(一般の経営者・個人事業主向け)
多くの方にとって、9億円規模の事例は現実味が薄いかもしれません。そこで、より身近な金額でも試算してみましょう。
例:亡くなった父親の個人事業の借入金2,000万円を相続。金融機関との和解で「500万円を期限内に返済すれば、残り1,500万円を免除する」という条件があり、相続人が500万円を完済して1,500万円の免除を受けたケース。
| 項目 | 金額 |
| 免除された債務(総収入金額) | 1,500万円 |
| 特別控除額 | 50万円 |
| 一時所得の金額 | 1,450万円 |
| 課税対象額(1/2後) | 725万円 |
この725万円が、その年の給与所得や事業所得など他の所得と合算され、超過累進税率(所得税5〜45%+住民税約10%)で税額が計算されることになります。免除額が1,500万円あっても、丸ごと725万円分にしか税金がかからない、という点も、あわせて押さえておきたいポイントです。
■ 経営者・個人事業主が今、実務でおさえるべきポイント
今回の判決を受けて、「相続だから所得税はかからない」という主張は今後、以前よりも通りにくくなったと考えられます。一方で、課税庁が主張する一時所得としての課税が、そのまま確定したわけでもありません。
◆ 事業承継の場面で起こりうるケース
事業承継の過程では、先代経営者が金融機関や取引先に対して負っていた債務の一部が、事業承継後に免除されるケースが少なくありません。特に、次のようなケースでは注意が必要です。
- 金融機関との間で「一定額を返済すれば残額を免除する」という和解・合意がすでに成立している
- 事業再生の過程で、承継後にあらためて債権者と交渉し、債務の圧縮(免除)を受ける予定がある
- 保証債務の整理にともない、承継後に保証履行や免除が発生する可能性がある
◆ 相続税申告の段階から確認しておきたいこと
今回の事件のように、相続税の申告時点ですでに「条件付きの債務免除」の合意が存在しているケースでは、相続税と所得税の両方を見据えた検討が欠かせません。具体的には、次のような点を確認しておくことをおすすめします。
- 被相続人が生前に結んでいた和解・合意書に、免除の条件(停止条件)が付いていないか
- 相続税の申告において、その債務が『確実と認められる債務』として債務控除の対象にできるか
- 将来、免除が実現した場合に、所得税(一時所得等)の申告が必要になる可能性があるか
◆ 差戻審の行方を注視する必要性
今回の最高裁判決によって、この事件の結論が出たわけではありません。差戻審となる東京高裁では、『相続税で債務控除されなかった相続債務が、その後の免除によって生じた利益は、そもそも所得税法上の“所得”にあたるのか』という、より根本的な論点があらためて審理されます。
納税者側は「新たな財産を取得したわけではなく、相続時点の評価の問題にすぎない」と主張し、課税庁側は「巨額の債務が消滅したことで経済的利益が生じており、所得税の対象になる」と主張することが見込まれます。この先の判断は、相続実務・事業承継実務全体に影響を与える可能性があるため、今後の審理の行方を継続して確認していくことが重要です。
[画像:デスクで資料を確認しながら、税理士と経営者が「相続税」「所得税」の2つの書類を並べて相談している様子を描いたイラスト(キャプション:事業承継・相続では「相続税」だけでなく「その後の所得税」まで見据えた準備が必要)]
■ よくある質問(FAQ)
◆ Q1.相続した借金が免除されたら、必ず所得税がかかりますか?
A.いいえ、必ずかかると決まったわけではありません。2026年6月の最高裁判決は、『相続だから非課税』という理屈が通用しないことを示しただけで、その利益が所得税法上の『所得』にあたるかどうかは、これから改めて裁判所で審理されます。個別の事情によって結論が変わり得るため、金額が大きい場合は早めに専門家へ相談することをおすすめします。
◆ Q2.相続税と所得税の両方がかかるなら、二重課税ではないのですか?
A.最高裁は、『相続によって取得した財産』と『相続後の出来事によって新たに生じた利益』は別のものとして扱うべきだ、という考え方を示しました。本件の債務免除益は相続開始後に条件が成就して初めて発生した利益であるため、相続税が課されていない経済的価値に所得税を課しても、同一の価値への二重課税にはあたらない、というのが最高裁の判断です。
◆ Q3.差し戻された裁判は、いつ結論が出ますか?
A.本記事の執筆時点では、差戻審の具体的な審理スケジュールや結論の時期は明らかになっていません。今後の東京高裁の判断が、実務上の取り扱いを左右する重要な分かれ目になりますので、続報を注視する必要があります。
◆ Q4.自分の相続でも似たような『条件付きの債務免除』の予定がある場合、どうすればいいですか?
A.まずは、生前に結ばれている和解書や合意書の内容(免除の条件、金額、履行状況)を正確に確認することが第一歩です。そのうえで、相続税の申告における債務控除の可否と、将来免除が実現した場合の所得税上の取り扱いの両方を、あわせて検討する必要があります。個別の契約内容によって判断が大きく変わるため、専門家に契約書を確認してもらうことを強くおすすめします。
◆ Q5.事業承継の過程で、先代の債務が免除される予定がある場合も同じ問題が起こりますか?
A.はい、起こり得ます。事業再生や金融機関との条件変更の中で、承継後に債務の一部が免除されるケースは珍しくありません。今回の判決の考え方を踏まえると、『相続財産に含まれていたはずだから非課税』という理屈だけでは通らない可能性が高くなっています。事業承継の計画段階から、税理士とともに債務免除の条件と税務上の取り扱いを整理しておくことが重要です。
■ まとめ
最後に、今回の記事のポイントを整理します。
- 相続した借金が後日免除されると、その利益(債務免除益)に所得税が課されるかどうかが争われた裁判で、2026年6月23日に最高裁が判断を示した
- 最高裁が示したのは『相続だから非課税』という理屈が通らないという点であり、『課税してよい』という結論まで出したわけではない
- 『相続によって取得した財産』と『相続後に新たに生じた利益』は区別して考えるべき、というのが最高裁の基本的な考え方
- 債務免除益がそもそも所得税法上の『所得』にあたるかどうかは、差戻審となる東京高裁で改めて審理される
- 事業承継や相続の場面で条件付きの債務免除が絡む場合、相続税だけでなく、その後の所得税まで見据えた準備が欠かせない
今回のテーマは、判決文の細かなニュアンスや、契約書に定められた条件の内容によって、実際の取り扱いが大きく変わり得る、非常にデリケートな分野です。ニュースの見出しだけを見て『免除された借金には税金がかかる(あるいは、かからない)』と自己判断してしまうと、思わぬ形で追徴課税を受けたり、逆に必要な備えを怠ってしまったりするおそれがあります。
個別具体的なケースは判断が難しいため、当事務所へお気軽にご相談ください。
相続税の申告実務はもちろん、事業承継や税務調査への対応まで、経験豊富な専門家が状況を丁寧にお伺いしたうえで、最適な対応方針をご提案いたします。遠方にお住まいの方には、オンライン(ZOOM)でのご相談も承っておりますので、まずはお気軽にお問い合わせください。
