「孫のためになにかしてやりたくて」毎年110万円を贈与し続けた祖父。 なぜ、その優しさが税務調査で家族を泣かせることになったのか

相続対策コラム

「かわいい孫のために、少しでも多く財産を残してあげたい」——そう考え、毎年こつこつと110万円を孫名義の口座に振り込み続けたおじいさん。本人としては、これ以上ないほど誠実な「愛情表現」だったはずです。

ところが、おじいさんが亡くなり相続税の申告を終えたあと、税務署から届いた一本の連絡をきっかけに、家族は「その贈与は、贈与になっていませんでした」と告げられることになります。長年こつこつ積み立てた2,000万円を超えるお金が、まるごと相続財産に戻され、追加の税金と重いペナルティが課される——。実際に、こうした「よかれと思って」の贈与が仇となるケースは、相続税の税務調査で驚くほど頻繁に見つかっています。

この記事では、なぜ「毎年110万円以内だから安心」という思い込みが危険なのか、その正体である「名義預金」という考え方を、中学生でも理解できるレベルまでかみ砕いて解説します。あわせて、2024年(令和6年)の税制改正で始まった「生前贈与加算7年ルール」との関係、そして今日から実践できる「正しい贈与の仕方」まで、具体的な数字を使ってご紹介します。

この記事を読めば分かること

  • なぜ「孫名義の口座にお金を移す」だけでは贈与にならないのか
  • 税務署が「名義預金」をどうやって見抜くのか
  • 具体的にいくら追徴課税されるのか(シミュレーション付き)
  • 今日から実践できる、正しく贈与するための5つのステップ
  • 2024年改正「生前贈与加算7年ルール」が孫への贈与にも関係するケース

1. そもそも「贈与」は、お金を移すだけでは成立しない

結論から言うと、法律上の「贈与」が成立するためには、贈与する人(あげる人)と贈与を受ける人(もらう人)の『両方』が、「あげます」「もらいます」とはっきり合意している必要があります(民法第549条)。これを実務では「贈与契約」と呼びます。

たとえ話:倉庫にしまった、りんごの箱

おじいさんが、孫のために立派なりんごを箱いっぱいに用意したとします。ただし、そのりんごは誰にも言わずに自分の倉庫にしまい、鍵も自分で管理し続けました。孫は、そのりんごの存在すら知りません。

この場合、どれだけ「孫のために」という気持ちがあっても、りんごはまだ「おじいさんの財産」のままです。孫が「もらった」と認識し、実際に箱を受け取って初めて、りんごは孫のものになります。

預金も、まったく同じ考え方です。おじいさんが孫の名前で口座を作り、毎年110万円を振り込んでいたとしても、通帳と印鑑をおじいさんが管理し続け、孫がその口座の存在すら知らなければ——法律上は「まだおじいさんの財産」、つまり贈与は成立していないと判断されるのです。

[画像:贈与が成立する仕組みを説明する図解イラスト(キャプション:「あげます」「もらいます」の合意がなければ、お金の名義を変えても贈与にはならない)]

2. 「名義預金」とは何か?孫名義でも祖父の財産とみなされる恐ろしい仕組み

このように、名義(口座の名前)は孫になっているのに、実質的な持ち主(管理・支配している人)はおじいさんのままになっている預金のことを、税務の世界では「名義預金(めいぎよきん)」と呼びます。

税務署は、相続税の税務調査において、この名義預金を非常に重視します。なぜなら、名義預金は「相続税を減らすために、財産の名前だけを家族に移した」形になりやすく、実際に多くの申告漏れがこのパターンで発見されているためです。

名義預金かどうかを判定する4つのチェックポイント

税務署は、主に次の4つの観点から「これは本当の贈与か、名義預金か」を判断します。

チェック項目名義預金と判定されやすい状態正しい贈与と認められやすい状態
①資金の出どころおじいさんの口座から孫の口座へ直接移動しただけ同じだが、契約書等で移転の事実が明確
②通帳・印鑑・カードの管理者おじいさんが最後まで保管しているもらった人(親権者・本人)が保管している
③贈与の認識孫(または親権者)が口座の存在を知らない毎回、双方が贈与の事実を認識している
④使用実績・記録一度も引き出されず、贈与契約書もない学費等に使われた実績や契約書・申告書がある

ポイント:税務署が最も重視するのは「④の記録」よりも「②誰が通帳・印鑑を管理しているか」です。名義人(孫)自身がお金を自由に使える状態になっていなければ、贈与と認められる可能性は大きく下がります。

3. 具体的シミュレーション:2,200万円が「なかったこと」にされた瞬間

では、実際にどれくらいの税負担が発生するのか、具体的な数字で見てみましょう。

【前提条件】

  • おじいさん(被相続人)が、孫(当時5歳)名義の口座を開設
  • 20年間、毎年110万円ずつ振り込み続けた(合計2,200万円)
  • 通帳・印鑑は一貫しておじいさんが自宅金庫で保管。孫は口座の存在を知らなかった
  • 贈与契約書は一度も作成されていない
  • おじいさんの死亡後、相続税の申告書を提出。その後、税務調査が入った

税務調査の結果、この2,200万円は「名義預金」と判定され、孫の財産ではなく、おじいさんの相続財産として扱われることになりました。もともとの相続財産(自宅や他の預金など)と合算され、相続税が再計算されます。

項目内容
名義預金と認定された金額2,200万円
適用された相続税の税率(仮定)30%(課税遺産総額に応じた税率区分)
本来納めるべきだった追加の相続税額(目安)約660万円(2,200万円×30%)
過少申告加算税(原則10%、一定額超は15%)数十万円〜100万円超(申告内容により変動)
延滞税(納付が遅れた期間に応じて加算)年数%〜最大14.6%相当が日割りで加算

さらに、税務署に事実と異なる説明をしたと判断されるなど悪質性が認められた場合には、過少申告加算税に代えて、より税率の高い重加算税(35%〜40%)が課されることもあります。

結論:「毎年110万円だから贈与税はゼロ」のはずが、正しい形になっていなければ、相続発生後にまとめて数百万円単位の追徴税額となって跳ね返ってきます。

[画像:名義預金が相続財産に加算されるシミュレーションを示す棒グラフ(キャプション:本来ゼロのはずだった贈与税負担が、相続税の追徴として一気に表面化するイメージ)]

4. 税務署はなぜ「名義預金」を見抜けるのか

税務署は、相続税の申告があった際、被相続人(亡くなった方)名義の口座だけでなく、配偶者・子・孫名義の口座の取引履歴についても、金融機関に照会をかけて確認することができます。

  • 孫名義の口座なのに、届出印がおじいさんの他の口座と同一である
  • 通帳の保管場所が、おじいさんの自宅金庫や仏壇の引き出しである
  • 口座開設時の筆跡が、孫や親権者のものではなくおじいさんのものである
  • 開設から一度も入出金がなく、資金が「積みっぱなし」になっている
  • 孫が贈与税の申告をした記録が一切ない

これらの状況証拠が重なるほど、「名義は孫だが、実質的な支配者はおじいさんだった」という認定がされやすくなります。逆に言えば、日頃からこれらの状況証拠を一つずつ潰しておくことが、正しい贈与を成立させる鍵になります。

5. 名義預金と判定されないための、正しい贈与の5ステップ

孫やお子さんへの贈与を、名義預金のリスクなく、確実な財産移転にするためには、次の5つのステップを踏むことが実務上のポイントです。

ステップ内容解説
STEP 1贈与契約書を、贈与のたびに作成する「誰が」「誰に」「いつ」「いくつ」贈与したのかを書面に残し、贈与者・受贈者(未成年の場合は親権者)双方が署名・押印します。金額や日付を変えて毎年作成することが、後から「連年贈与ではないか」(下記コラム参照)と疑われないためにも重要です。
STEP 2現金の手渡しではなく、必ず銀行振込にする振込record自体が「いつ・いくら移動したか」を証明する客観的な証拠になります。
STEP 3通帳・印鑑・キャッシュカードは、もらった人(または親権者)が管理するおじいさんが最後まで管理を続けている限り、名義預金と判定されるリスクが最も高くなります。贈与した時点で、管理も完全に引き渡すことが必須です。
STEP 4実際にそのお金を使った実績を残す学費や生活費など、受贈者自身の意思で口座のお金を使った履歴があると、「自分の財産として自由に使える状態だった」ことの強力な裏付けになります。
STEP 5あえて基礎控除(110万円)を少し超えて贈与し、申告記録を残す方法も有効たとえば111万円を贈与して1,000円分の贈与税を申告・納付しておくと、税務署に「贈与の事実」が記録として残ります。数千円のコストで将来の紛争リスクを下げられる、実務上よく使われる工夫です。

[画像:正しい贈与の5ステップをフローチャートで示すイラスト(キャプション:契約書の作成から通帳管理の引き渡しまで、5つのステップを順番に進めるイメージ図)]

コラム:「連年贈与」も混同されやすいので要注意

「毎年同じ時期に、同じ金額を贈与し続けると、『初めから2,000万円を分割で渡す約束をしていた』とみなされ、まとめて贈与税がかかる」という話を耳にしたことがある方もいるかもしれません。これは「定期贈与(連年贈与)」と呼ばれる考え方です。

現在の実務上は、金額や時期をあえて毎年変える、その都度贈与契約書を作成するなど、「その年ごとに独立した贈与の意思決定があった」ことを示せれば、定期贈与と認定されるリスクは大きく下げられます。名義預金の対策とあわせて、契約書を毎年作成することが二重の意味で有効です。

6. あわせて知っておきたい「生前贈与加算7年ルール」との関係

2024年(令和6年)1月1日以後の贈与から、相続税の計算における生前贈与のルールが変わりました。これまでは、相続開始前3年以内の暦年贈与が相続財産に加算(持ち戻し)される仕組みでしたが、この期間が段階的に7年まで延長されています。

相続開始の時期持ち戻し(加算)の対象となる期間
2026年(令和8年)12月以前相続開始前 3年以内(改正の影響なし)
2027年(令和9年)1月〜2030年12月2024年1月1日以降のすべての贈与(段階的に3年超へ延長)
2031年(令和13年)1月以降相続開始前 7年以内(完全適用)※延長された4年分は合計100万円まで加算対象外

では、孫への贈与も7年ルールの対象になるのでしょうか?

原則として、生前贈与加算の対象となるのは「相続や遺贈によって財産を取得した人」への贈与です。孫は通常、法定相続人ではないため、暦年贈与を受けていても、この生前贈与加算の対象には含まれません。

ただし、次の3つのケースに当てはまる孫は、例外的に加算対象となりますので注意が必要です。

  • ① 遺言によって孫が財産を受け取る(遺贈を受ける)場合
  • ② 孫が生命保険金など「みなし相続財産」を受け取る場合
  • ③ 孫が代襲相続人(親であるあなたの子が先に亡くなっている等)となる場合

つまり、「遺言で孫にも財産を残したい」「孫を生命保険の受取人にしている」というご家庭では、孫への暦年贈与についても7年ルールの影響を受ける可能性があります。名義預金の問題とあわせて、家族構成やご希望に応じた個別の設計が欠かせません。

7. もう一つの選択肢:「相続時精算課税制度」という考え方

2024年の改正では、暦年贈与とは別の制度である「相続時精算課税制度」にも、年110万円の基礎控除が新しく設けられました。原則60歳以上の祖父母から18歳以上の孫への贈与で選択でき、この基礎控除内の贈与であれば、贈与税の申告も生前贈与加算の持ち戻し計算も不要になります。

注意:相続時精算課税制度は、一度選択すると、同じ贈与者(おじいさん)からの贈与について、二度と暦年課税(毎年110万円の基礎控除)には戻せません。どちらの制度が有利かは、財産の総額や将来の値上がり見込みなどによって結論が変わるため、選択前の比較検討が非常に重要です。

よくある質問(FAQ)

Q1. 孫名義の口座を作って贈与したら、少額でもすぐに贈与税の申告をした方がいいですか?

A. 年間110万円以内であれば贈与税はかかりませんので申告義務そのものはありません。ただし、「贈与の事実」を記録として残す目的で、あえて少し基礎控除を超える金額を贈与し、少額の贈与税を申告・納付しておく方法は、将来の税務調査対策として有効です。あわせて贈与契約書を必ず作成しておきましょう。

Q2. 名義預金と判定された場合、相続税の申告はいつまでに修正すればいいですか?

A. 税務調査で指摘を受けた場合は、通常その指摘に基づいて修正申告を行います。指摘を受ける前に自主的に気づいて修正申告(自主修正)をした場合は、過少申告加算税が課されない、または税率が軽減される可能性があります。心当たりがある場合は、調査が入る前に専門家に相談することを強くおすすめします。

Q3. 孫がまだ未成年で、口座を自分で管理できません。どうすればいいですか?

A. 未成年の場合は、親権者(通常は孫の父母)が口座を管理し、贈与契約書にも親権者が署名することで、贈与を有効に成立させることができます。重要なのは、祖父母自身が管理を続けないことです。管理者を明確に「祖父母以外」に移すことがポイントになります。

Q4. 名義預金だと判定された財産は、生前贈与加算(7年ルール)の対象にもなりますか?

A. 名義預金は、そもそも贈与が成立していなかった(=一度も孫の財産になっていなかった)と扱われるため、生前贈与加算の話以前に、単純に被相続人の財産として相続税の課税対象に含まれます。7年ルールは「有効に成立した贈与」を対象にした別の制度ですので、混同しないよう注意してください。

Q5. 教育資金の一括贈与の非課税特例を使えば、名義預金の心配はなくなりますか?

A. 教育資金の一括贈与の特例は、金融機関に専用口座を作り、教育費として使った分だけ非課税になる制度で、通常の贈与とは管理の仕組みが異なります。使い残した金額が贈与者の死亡時に一定の条件で相続財産に加算される場合があるなど、こちらにも独自の注意点があります。制度ごとに要件が異なるため、目的に応じてどの制度を使うべきか、個別に確認することをおすすめします。

まとめ:善意の贈与を、確実に「家族の財産」にするために

ここまでの内容を、あらためて整理します。

  • 贈与は「あげます」「もらいます」の合意がなければ成立せず、口座の名前を変えただけでは不十分
  • 通帳・印鑑を祖父母が管理し続けている「名義預金」は、相続財産として扱われ、相続税の追徴課税につながる
  • 正しい贈与には、契約書の作成・振込による記録・管理者の引き渡し・使用実績という積み重ねが必要
  • 2024年改正の生前贈与加算7年ルールは、孫の場合は原則対象外だが、遺言や生命保険金の受け取り等では例外がある
  • 暦年贈与と相続時精算課税、どちらを選ぶべきかは家族構成や財産状況によって異なる

「孫のために」という想いそのものは、何よりも尊いものです。だからこそ、その想いを税務調査で否定されることのないよう、正しい形で残してあげることが、本当の意味での思いやりだと言えるのではないでしょうか。

とはいえ、名義預金の判定基準や、生前贈与加算の例外規定、相続時精算課税との比較などは、ご家庭の財産状況や家族構成によって結論が大きく変わる、非常に個別性の高い分野です。「うちの場合はどうなるのだろう」と少しでも気になった方は、自己判断で進める前に、一度専門家へご相談いただくことをおすすめします。

個別具体的なケースのご判断は非常に難しいものです。まずはお気軽に当事務所へご相談ください。

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