M&Aで会社を譲渡すると税金はいくら?

手取りを最大化する退職金活用の節税策を税理士が解説

「会社を譲渡することは決まったが、結局いくら手元に残るのか分からない」——中小企業のM&Aをご検討中の経営者様から、最も多くいただくご相談がこの手取り額に関する不安です。譲渡価格の金額だけを見て安心していると、税金の仕組みを知らなかったばかりに数百万円単位で損をしてしまうケースも少なくありません。

本記事を読むことで、株式譲渡・事業譲渡それぞれにかかる税金の全体像、そして手取りを合法的に最大化するための「退職金活用」という実務上極めて重要な節税策まで、具体的な数字とともに理解いただけます。

結論 株式譲渡は譲渡益に対して申告分離課税20.315%が原則、事業譲渡は法人税等(実効税率約3034%)と消費税が別途かかる、という構造の違いをまず正確に理解することが出発点です。 その上で、譲渡対価の一部を「退職金」として受け取る設計にすることで、退職所得控除・1/2課税・分離課税という3つの優遇を活用し、手取り額を合法的に増やせるケースが数多くあります。 ただし退職金には「過大退職金」と税務署に否認されるリスクがあるため、功績倍率法に基づく算定と役員退職慰労金規程の事前整備が不可欠です。
  • この記事で分かること
  • 株式譲渡と事業譲渡、それぞれにかかる税金の種類と税率の違い
  • 事業譲渡で見落とされがちな消費税の課税対象資産
  • 退職金を活用した手取り最大化の仕組みと注意すべき落とし穴
  • 譲渡価格1億円ケースで比較する、退職金活用の有無による手取り差額シミュレーション

 1. M&Aにかかる税金の全体像|スキームで課税の仕組みがまったく違う

結論から申し上げると、M&Aで発生する税金は「株式譲渡」か「事業譲渡」かというスキームの違いによって、課税される「人」も「税目」もまったく異なります。この全体像を理解しないまま交渉を進めると、税引き後の手取りを見誤ることになります。

(1)株式譲渡とは|個人の譲渡所得に対する分離課税

株式譲渡とは、会社のオーナーである経営者個人が保有する自社株式を買い手に売却し、会社の経営権を丸ごと引き継いでもらうM&A手法のことです。中小企業のM&Aで最も多く用いられる方式で、売り手が受け取る譲渡代金と株式の取得費・譲渡費用との差額(譲渡益)に対して、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて一律20.315%の税率で課税されます(申告分離課税)。

重要なポイントは、この20.315%が給与所得や事業所得のような累進課税ではなく、金額の大小にかかわらず一定率であるという点です。譲渡益が大きくなるほど、他の所得区分と比較して税負担割合を抑えやすい仕組みだと言えます。

(2)事業譲渡とは|法人税等と消費税がダブルでかかる

事業譲渡とは、会社という法人格(箱)はそのまま残し、特定の事業部門や資産・従業員・取引先との契約関係などを個別に選んで他社へ譲渡する手法のことです。不採算部門を切り離したい場合や、買い手が特定の事業だけを求めている場合に選ばれます。

事業譲渡で譲渡益を得るのは経営者個人ではなく「法人」です。そのため譲渡益は法人の他の利益と合算されて法人税・地方法人税・法人住民税・事業税が課税され、実効税率はおおむね30〜34%程度になります。さらに、その譲渡代金を会社に残したままにせず経営者個人が受け取ろうとすると、役員報酬・配当・退職金といった形で会社から個人へ資金を移す際に、もう一段階の課税が発生します。これがいわゆる「二重課税」構造です。

🔶 税理士の実務視点 事業譲渡は「会社に法人税がかかり、さらに個人が受け取る際にも課税される」という二段階構造になりやすいため、単純な税率の比較だけで株式譲渡より不利と決めつけるのは早計です。繰越欠損金の活用や、譲渡後に会社を清算するか存続させるかによっても最終的な手取りは変わります。スキーム選定は必ず個別のシミュレーションを行った上で判断してください。

(3)事業譲渡で見落とされがちな消費税の課税対象資産

事業譲渡のもう一つの特徴は、譲渡する資産の種類によって消費税がかかる点です。土地や金銭債権(売掛金など)は非課税ですが、建物・機械設備・什器備品・在庫(棚卸資産)、そして「のれん(営業権)」は課税資産に該当し、消費税10%の対象になります。契約書上で資産ごとの対価配分を明確にしていないと、後から想定外の消費税負担が発覚することもあるため、実務上の注意点として押さえておく必要があります。

🖼 [画像指示:株式譲渡と事業譲渡で課税される「人」と「税目」が異なることを示す対比イラスト(個人アイコンに20.315%、法人アイコンに法人税等30〜34%+消費税10%を矢印で紐づける構図)] キャプション:スキームが変われば、課税される対象も税率もこれだけ変わります
比較項目株式譲渡事業譲渡
課税される主体経営者個人譲渡した法人
主な税目譲渡所得税(申告分離課税)法人税・地方法人税・法人住民税・事業税
税率の目安一律20.315%実効税率 約30〜34%
消費税原則かからない(有価証券は非課税)建物・設備・のれん等は課税対象(10%)
個人が資金を受け取るまで譲渡と同時に個人が受領(一段階)法人受領後、配当・退職金等で個人へ(二段階)
繰越欠損金の引継ぎ会社ごと引き継がれる(買い手に有利)引き継がれない(会社に残る)

 2. 手取りを最大化する実務的な節税手法|退職金活用のロジック

結論として、M&Aで手取りを合法的に最大化するための最も効果的な実務手法は「役員退職慰労金(退職金)」の活用です。退職所得には他の所得区分にはない3つの強力な税制優遇があるためです。

(1)退職所得課税が有利な3つの理由

退職所得とは、退職によって勤務先から一時金として受け取る所得のことで、長年の勤続に対する慰労的な性格から、税制上きわめて手厚い優遇が設けられています。

  • ① 退職所得控除:勤続年数に応じた大きな非課税枠(勤続20年までは1年あたり40万円、20年超の部分は1年あたり70万円)が収入から差し引かれます
  • ② 1/2課税:控除後の金額に、さらに2分の1を乗じた金額のみが課税対象になります(役員等で勤続年数5年以下の一部は対象外)
  • ③ 分離課税:他の所得(給与所得・事業所得等)と合算されず、退職所得だけで独立して税額を計算します

この3つが組み合わさることで、同じ金額を「譲渡対価」としてそのまま受け取るよりも、適正範囲内で「退職金」として受け取った方が、結果として手取りが増えるケースが数多く生まれます。

(2)功績倍率法による適正額の算定と「過大退職金」のリスク

功績倍率法とは、退職金の適正額を「最終月額役員報酬 × 役員在任年数 × 功績倍率」という計算式で算定する、税務上最も一般的で合理性が認められやすい算定方法のことです。代表取締役の場合、功績倍率はおおむね3.0倍程度が実務上の目安とされています。

この基準から大きく外れた過大な退職金を支給すると、税務調査において「不相当に高額な部分の金額」が法人の損金として認められず、さらに受け取った個人側でも退職所得ではなく給与所得(賞与)として扱われ、税制優遇が受けられなくなるという二重の不利益を被ります。

🔶 税理士の実務視点 M&Aのクロージング直前になって急いで退職金規程を作成したり、金額だけを積み増したりするケースを実務上よく見かけますが、これは税務調査で最も狙われやすいポイントの一つです。功績倍率法による算定根拠を書面化し、類似法人の水準とも乖離がないかを事前に確認したうえで、株主総会決議と役員退職慰労金規程の整備を、譲渡契約締結前の段階から並行して進めることを強く推奨します。

(3)役員退職慰労金規程の整備というプロセス

役員退職慰労金規程とは、退職金の算定方法・支給基準・支給時期などをあらかじめ会社の内部規程として定めておく文書のことです。規程が存在し、かつ株主総会でその支給が正式に決議されていることが、退職金として損金算入・退職所得課税を受けるための前提条件になります。M&A実行後に慌てて整備するのではなく、譲渡交渉と並行して準備を進めることが実務上のポイントです。

(4)consulting fee(顧問料・業務委託料)活用の是非

譲渡後も一定期間、売り手経営者が引き継ぎのために顧問やアドバイザーとして会社に関与し、その対価を「業務委託料(コンサルティングフィー)」として受け取る設計も実務上見られます。しかし、実態の伴わない名目上の顧問料は、税務上「譲渡対価の分割払い」とみなされて否認されるリスクが高い手法です。活用する場合は、実際の業務提供の実態(稼働時間、成果物、契約書上の役務内容)を伴わせ、対価水準も市場相場から乖離しないよう設計する必要があります。

🖼 [画像指示:手取り最大化を検討するための5ステップフロー図(①スキーム選定→②譲渡対価の内訳設計→③退職金規程の整備→④デューデリジェンスでの税務リスク洗い出し→⑤クロージング・申告)] キャプション:手取りは「決まった後」ではなく「設計段階」でほぼ決まります

STEP 1 スキーム選定
 株式譲渡か事業譲渡か、税負担のシミュレーションを踏まえて選択します。

STEP 2 譲渡対価の内訳設計
 総額のうち、株式譲渡対価と退職金の配分をあらかじめ検討します。

STEP 3 退職金規程の整備
 功績倍率法に基づく算定根拠を作成し、株主総会決議を経て規程化します。

STEP 4 デューデリジェンスでの税務確認
 買い手側の税務DDでも整合性が問われるため、事前に資料を揃えておきます。

STEP 5 クロージング・申告
 契約書の記載と実際の資金移動、確定申告の内容を一致させます。

 3. 具体的シミュレーション|譲渡価格1億円ケースで見る手取りの差

結論として、退職金を組み合わせた設計にすることで、同じ譲渡価格1億円でも手取り額に約280万円の差が生まれる、という試算例を見ていきましょう(勤続25年、最終役員報酬月額80万円、功績倍率3.0倍という前提です)。

パターンA:譲渡対価1億円をすべて株式譲渡で受け取る場合

取得費・譲渡費用の合計を1,000万円と仮定すると、譲渡益は9,000万円になります。これに20.315%を乗じると、税額は約1,828万円。手取り額は約8,172万円となります。

パターンB:株式譲渡8,000万円+退職金2,000万円に分けて受け取る場合

株式譲渡部分(8,000万円)にかかる取得費・譲渡費用を800万円と仮定すると、譲渡益は7,200万円、税額は約1,462万円、手取りは約6,538万円です。

退職金部分(2,000万円)は、勤続25年の退職所得控除が1,150万円(40万円×20年+70万円×5年)となり、課税対象額は差額1,150万円分に1/2を乗じた425万円。ここに所得税・復興特別所得税・住民税を合わせても税額は約86万円にとどまり、手取りは約1,914万円になります。

項目パターンA(株式譲渡のみ)パターンB(株式譲渡+退職金)
譲渡対価の内訳株式譲渡 1億円株式譲渡 8,000万円/退職金 2,000万円
株式譲渡分の税額約1,828万円約1,462万円
退職金分の税額約86万円
合計税額約1,828万円約1,548万円
最終手取り額約8,172万円約8,452万円

同じ1億円の対価でも、退職金という受け取り方を組み合わせるだけで手取り額に約280万円の差が生まれる計算です。これはあくまで一例であり、勤続年数・役員報酬額・功績倍率、そして買い手側との交渉状況によって最適な配分は変わります。必ず個別のシミュレーションを行ってください。

 4. よくある質問(FAQ)

Q1. 株式譲渡の税率20.315%はどんな場合でも一律ですか?

A. はい。株式譲渡による譲渡所得は、上場株式・非上場株式を問わず申告分離課税で一律20.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)です。給与所得のような累進課税ではないため、譲渡益の金額にかかわらず税率は変わりません。

Q2. 退職金を活用すれば必ず節税になりますか?

A. 適正な金額の範囲内であれば手取りが増えるケースが多いですが、功績倍率法などの基準から大きく外れた過大な退職金は、税務調査で損金不算入・給与課税と認定されるリスクがあります。事前の規程整備と算定根拠の準備が前提条件です。

Q3. 事業譲渡の消費税はどの資産にかかりますか?

A. 土地や売掛金などの金銭債権は非課税ですが、建物・機械設備・什器備品・のれん(営業権)・棚卸資産などは課税資産として消費税10%の対象になります。契約書での資産ごとの対価配分を明確にしておくことが重要です。

Q4. 会社分割や合併の場合も同じ税金がかかりますか?

A. 会社分割や合併が税制上の「適格組織再編」の要件を満たす場合は、譲渡益への課税が繰り延べられる特例が適用されることがあり、株式譲渡や事業譲渡とは大きく異なる仕組みになります。要件判定が非常に複雑なため、検討の初期段階から専門家への相談が不可欠です。

Q5. コンサルティングフィーとして対価を分割して受け取れば税負担は下がりますか?

A. 実態の伴わない名目上の顧問料は、税務上「譲渡対価の分割払い」とみなされ否認されるリスクが高い手法です。活用する場合は、実際の業務提供の実態を伴う契約設計と、市場相場から乖離しない適正な対価水準の設定が必要になります。

 5. まとめ|税務の判断は個々の状況によって異なります

  • 株式譲渡は個人に20.315%、事業譲渡は法人に約30〜34%+消費税がかかるなど、スキームによって課税の仕組みがまったく異なります
  • 退職所得控除・1/2課税・分離課税という3つの優遇を活用した「退職金活用」は、手取りを合法的に最大化する有力な手法です
  • ただし過大退職金と認定されるリスクがあるため、功績倍率法に基づく算定根拠と規程整備を、譲渡交渉と並行して事前に進めておく必要があります

税務の判断は、会社の規模・業績の推移・役員報酬の水準・譲渡スキームなど、個々の状況によって最適解が大きく異なります。自己判断のまま交渉を進めて後から思わぬ税負担が発覚し、損をしてしまう前に、お気軽に当事務所へご相談ください。

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