M&Aで会社を売った後、手取りはいくら残る?

税金の仕組みと合法的に増やす3つの工夫【M&A特集・第4回税金編】

結論から申し上げます。M&Aで本当に大事なのは「いくらで売れたか」ではなく「税金を引かれたあと、手元に何が残るか」です。同じ譲渡価格1億円のM&Aでも、株式譲渡か事業譲渡か、退職金を活用するかどうかで、手取り額は数百万円単位で変わります。今回は中小企業M&Aシリーズ第4回として、M&Aにかかる税金の全体像と、税理士の実務視点から見た「合法的に手取りを増やす工夫」を、具体的な数字とともに解説します。

この記事でわかること

  • M&Aでかかる税金の種類と、株式譲渡・事業譲渡で税金がどう違うか
  • 手取りを最大化する3つの実務的な工夫(退職金・対価の分散・消費税の精査)
  • 退職金を活用する際の具体的な手順と注意点
  • 譲渡価格1億円ケースでの手取りシミュレーション
  • 実務でよくある失敗・税務調査で否認されるパターン
📌 結論:手取り最大化の3つの柱 ① 個人株主であれば、原則として税率20.315%の分離課税で済む株式譲渡を軸に検討する。② 役員退職慰労金規程を整備したうえで、譲渡対価の一部を退職金として受け取る。③ 消費税の課税区分を精査し、想定外の納税を防ぐ。ただし、これらはいずれも「税務署に否認されないための事前設計」が前提です。M&Aの契約を締結する前に、必ず税理士に相談してシミュレーションを行ってください。

1. M&Aにかかる税金の全体像 ― 株式譲渡と事業譲渡ではまったく違う

結論として、M&Aの税金は「誰が」「何を」売るかによって、税金の種類も税率もまったく異なります。まずは全体像を押さえましょう。

1-1. 株式譲渡の場合にかかる税金

株式譲渡とは、会社のオーナー(株主)が保有している株式を買い手に売り渡し、会社の経営権をそのまま引き継いでもらう方法のことです。たとえるなら、八百屋さんの「お店の看板・在庫・従業員・お客様」をまるごと、経営権の証明書(株式)を渡すだけで引き継いでもらうイメージです。

個人株主が株式を譲渡した場合、その利益(譲渡所得)には、給与所得などとは切り離して計算する「申告分離課税」が適用されます。税率は所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%を合わせて合計20.315%です。この税率は、譲渡益がいくら大きくなっても一律である点が特徴です。

🖼 株式譲渡と事業譲渡の違いをイラストで比較する図解/キャプション:「会社ごと渡す」株式譲渡と「一部だけ渡す」事業譲渡の違い

1-2. 事業譲渡の場合にかかる税金

事業譲渡とは、会社という器(法人格)はそのまま残し、工場・店舗・顧客との契約など「特定の事業」だけを切り出して買い手に売る方法のことです。リンゴ農家でたとえるなら、農園という経営体はそのまま残しつつ、「りんごの木とその収穫の権利」だけを他の農家に売るようなイメージです。

事業譲渡で利益が出た場合、その利益は会社の利益として法人税・法人住民税・法人事業税(合わせて実効税率でおおむね30%台前半)が課税されます。さらに、譲渡する資産のうち機械設備や在庫、のれん(営業権)といった課税資産には消費税もかかります。株式譲渡にはない「消費税の負担」が生じる点が、事業譲渡の大きな特徴です。

比較項目株式譲渡事業譲渡
課税される主体個人株主(オーナー)会社(法人)
主な税金譲渡所得税等 20.315%(分離課税)法人税等 実効税率 約30%台
消費税かからない(有価証券の譲渡は非課税)課税資産(設備・在庫・のれん等)にかかる
繰越欠損金の活用会社が存続するため、一定要件で引き継ぎ余地あり資産のみの移転のため、原則引き継げない
税額の目安譲渡益に対して一律20.315%利益額・他の損益との通算次第で変動

2. 手取りを最大化する3つの実務的な工夫

税金の仕組みを理解したら、次は「合法的に手取りを増やす」実務のテクニックです。結論として、有効な工夫は大きく3つあります。

2-1. ① 退職金の活用(役員退職慰労金規程)

退職金とは、長年の功績に報いるために会社から支給される一時金のことです。退職金には税制上、非常に手厚い優遇(退職所得控除・2分の1課税)が用意されており、M&Aのクロージング時に、譲渡対価の一部を「退職金」として受け取ることで、株式譲渡の税率20.315%よりも実質的な負担を抑えられるケースがあります。

ただし、退職金として認められるには「実際に退職の実態があること」「金額が過大でないこと(功績倍率法などで適正水準を算定していること)」が必須です。名目だけ退職金にして、実際は経営に関与し続けている場合、税務調査で否認され、追徴課税を受けるリスクがあります。

2-2. ② 譲渡対価の受け取り方・タイミングの分散

M&A後、旧オーナーが一定期間、顧問(コンサルティング)として会社に関与し、その対価の一部を顧問料として受け取る設計も選択肢のひとつです。顧問料は給与所得や事業所得として課税されますが、支払いの時期を分散させることで、資金繰りや税負担のバランスを取りやすくなります。ここでも「実態のある役務提供」であることが前提です。

2-3. ③ 消費税の課否区分の精査(事業譲渡の場合)

事業譲渡を選ぶ場合は、譲渡する資産ひとつひとつについて、消費税が課税されるものか非課税・不課税のものかを事前に精査することが欠かせません。土地は非課税、機械設備やのれんは課税対象など、区分を誤ると想定外の消費税納付が発生し、手取りを圧迫します。

🖼 退職金活用による手取り増加のイメージ図(積み上げ棒グラフ風)/キャプション:譲渡対価の一部を退職金に振り替えると、税負担の山が低くなるイメージ

2-4. 退職金活用の実務ステップ

STEP 1 M&Aの検討を開始した早い段階で、役員退職慰労金規程を整備する

STEP 2 功績倍率法などを用いて、適正な退職金の水準をあらかじめ試算する

STEP 3 M&A契約書上、譲渡対価と退職金の支払いを明確に区分して記載する

STEP 4 クロージング時に退職金を支給し、退職所得としての源泉徴収を行う

STEP 5 実行前に税理士とシミュレーションを行い、否認リスクを最小化する
🖋 税理士の実務視点 退職金の活用は非常に有効な手取り最大化の手法ですが、税務署は「実態」を厳しく確認します。譲渡後も実質的に経営の意思決定に関与し続けているにもかかわらず退職金として処理すると、給与や賞与とみなされて否認される可能性が高くなります。契約書・株主総会や取締役会の議事録・実際の業務引継ぎの状況を、すべて整合させておくことが実務上のポイントです。

3. シミュレーション:譲渡価格1億円のケースで比較する

結論として、退職金を組み合わせることで、同じ譲渡価格1億円でも手取りに差が生まれます。以下は個人株主(勤続20年、株式の取得費1,000万円)を前提とした概算シミュレーションです。数字はあくまで目安であり、実際の税額は個々の所得状況や累進課税により変動するため、実行前に必ず税理士による精密なシミュレーションを行ってください。

ケースA:譲渡対価の全額を株式譲渡で受け取る場合

  • 譲渡益 = 1億円 − 取得費1,000万円 = 9,000万円
  • 税額 = 9,000万円 × 20.315% ≒ 1,828万円
  • 手取り = 1億円 − 1,828万円 ≒ 8,172万円

ケースB:対価のうち2,000万円を退職金、残り8,000万円を株式譲渡で受け取る場合

  • 退職所得控除 = 40万円 × 勤続20年 = 800万円
  • 退職所得 = (2,000万円 − 800万円)× 1/2 = 600万円 → 概算税額 約180万円(他の所得との合算・税率を概算で仮定)
  • 株式譲渡部分の譲渡益 = 8,000万円 − 取得費800万円(按分後) = 7,200万円
  • 株式譲渡部分の税額 = 7,200万円 × 20.315% ≒ 1,463万円
  • 合計税額 ≒ 1,643万円 → 手取り ≒ 8,357万円
比較項目ケースA(株式譲渡のみ)ケースB(退職金2,000万円を活用)
譲渡価格(総額)1億円1億円
税額(概算合計)約1,828万円約1,643万円
手取り額(概算)約8,172万円約8,357万円
差額約185万円の手取り増(あくまで概算目安)

※上記はあくまで概算の目安です。退職所得の実際の税額は累進課税に基づき他の所得と合算して計算されるため、個々の状況によって結果は変わります。必ず事前に税理士へご相談のうえ、精密なシミュレーションを行ってください。

4. 実務上の注意点・よくある失敗の罠

  • 過大退職金の否認リスク:功績倍率法から大きく逸脱した金額を退職金として処理すると、超過部分が損金不算入・給与認定されるおそれがあります。
  • 実態のない「名目上の退職」:M&A後も実質的に経営を続けているのに退職金として処理すると、租税回避と判断されるリスクがあります。
  • 顧問料が給与とみなされるリスク:勤務実態・指揮命令関係によっては、顧問料が給与とみなされ、社会保険料の追徴につながることがあります。
  • 消費税の課否区分の誤り:事業譲渡で資産ごとの課税区分を誤ると、想定外の消費税納付が発生し、手取りを圧迫します。
  • 対策の実行タイミングの遅れ:退職金規程の整備や契約書の設計は、M&Aの基本合意前後から準備しないと間に合わないケースが多くあります。

5. よくある質問(FAQ)

Q1. M&Aの税金は、必ず20.315%になるのですか?

いいえ、必ずしもそうではありません。個人株主による株式譲渡であれば分離課税の20.315%が原則ですが、事業譲渡の場合は会社に法人税等(実効税率約30%台)と消費税が別途かかります。また退職金を活用する場合は、退職所得の計算方法に基づいた別の税率になります。

Q2. 譲渡対価を退職金として受け取れば、必ず得になりますか?

必ずしも得になるとは限りません。退職金の金額・勤続年数・他の所得の状況によって有利不利が変わるため、契約前に必ず税理士によるシミュレーションを行うことが重要です。

Q3. 消費税はどのような場合にかかりますか?

事業譲渡において、機械設備や在庫、のれん(営業権)といった課税資産を譲渡する場合に消費税がかかります。一方、株式譲渡は有価証券の譲渡にあたるため、消費税は非課税です。

Q4. 繰越欠損金はM&A後も引き継げますか?

株式譲渡の場合、会社自体は存続するため、一定の要件を満たせば繰越欠損金を引き継げる余地があります。事業譲渡の場合は資産のみが移転するため、原則として繰越欠損金は引き継げません。

Q5. 顧問料(consulting fee)として対価を受け取る際の注意点は?

実態のある役務提供であることが大前提です。名目だけの顧問契約で実際の業務がない場合、税務調査で否認され、追徴課税や社会保険料の追徴につながるおそれがあります。

6. まとめ:M&Aの手取りは、税金の設計次第で変わる

  • M&Aで重要なのは譲渡価格そのものではなく、税金を差し引いたあとの「手取り額」である
  • 退職金の活用や対価の分散は有効な手法だが、税務署に否認されないための事前の実態づくりと書類整備が不可欠である
  • 株式譲渡・事業譲渡それぞれの税金の仕組みを正しく理解したうえで、M&Aの契約前に税務戦略を立てることが手取り最大化の第一歩である

税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。

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