「実家を相続したくない…」「亡くなった親に借金があったらどうしよう…」——そんな不安を感じたことはありませんか。
2025年、全国の家庭裁判所が受け付けた「相続放棄」の件数は32万4000件となり、過去最多を更新しました。これは10年前の2015年(18万9000件)と比べて、実に7割も増えた数字です。
この記事を最後まで読むと、次の3つが中学生でも理解できるレベルでわかります。
- なぜ相続放棄が、これほどのペースで増え続けているのか
- 相続放棄をするとどうなるのか(メリットだけでなく、見落としがちな注意点も)
- 相続放棄という選択に頼らずに済むよう、今のうちからできる備え
結論を先にお伝えすると、相続放棄は「一度使うと後戻りができない、強力だけれど諸刃の剣となる手続き」です。だからこそ、慌てて選ぶのではなく、正しい知識を持ったうえで判断することが何よりも大切です。
このページの目次
1. そもそも「相続放棄」とは?中学生でもわかる例え話で解説
相続と聞くと「財産がもらえる嬉しい話」というイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし実際には、亡くなった方(被相続人)が残したものを「プラスの財産」と「マイナスの財産」に分けて考える必要があります。
例えば、リンゴ農園を経営していたお父さんが亡くなったとします。お父さんは、立派なリンゴ農園(プラスの財産)を持っていた一方で、農機具を買うために組んだローン(マイナスの財産)も残していました。
相続とは、このリンゴ農園もローンも「まるごとセット」で受け継ぐことを意味します。良いところだけをつまみ食いすることはできません。もしローンの額があまりに大きく、農園を受け継いでも生活が苦しくなってしまうと判断した場合、家庭裁判所に申し出ることで、農園もローンも「まるごと」手放すことができます。これが「相続放棄」です。
1-1. 相続には3つの選択肢がある
実は、財産を引き継ぐかどうかについて、法律上は次の3つの選択肢が用意されています。
| 選択肢 | 内容 | 特徴・注意点 |
| ① 単純承認 | プラスの財産もマイナスの財産も、すべてそのまま引き継ぐ | 特別な手続きは不要。多くの人がこの方法を選んでいる(デフォルト) |
| ② 限定承認 | プラスの財産の範囲内で、マイナスの財産(借金)を引き継ぐ | 相続人全員の同意が必要で手続きが複雑。利用件数は年間数百件程度と少ない |
| ③ 相続放棄 | プラスの財産もマイナスの財産も、すべて引き継がない | 単独でできるが、一度受理されると撤回不可。2025年は32.4万件と急増 |
[画像:天秤の片方にコイン(プラスの財産)、もう片方に借用書(マイナスの財産)が乗っているイラスト(キャプション:相続は『良いところ取り』ができない、まるごとの引き継ぎ)]
2. なぜ2025年、相続放棄は過去最多「32.4万件」になったのか
最高裁判所が毎年まとめている司法統計年報によると、相続放棄の件数はここ10年で右肩上がりに増え続けています。
| 年 | 相続放棄の受理件数 | 前年からの動き |
| 2015年(平成27年) | 18万9,000件 | - |
| 2019年(令和元年) | 22万5,416件 | 増加 |
| 2021年(令和3年) | 25万1,994件 | 増加 |
| 2022年(令和4年) | 26万497件 | 増加 |
| 2023年(令和5年) | 28万2,785件 | 増加 |
| 2024年(令和6年) | 30万8,753件 | 初めて30万件を突破 |
| 2025年(令和7年) | 32万4,000件 | 過去最多を更新(前年比約5%増) |
さらに注目したいのが、死亡者数に対する割合です。2025年の年間死亡者数は約159万人で、亡くなった方1人あたりに換算すると0.20件の相続放棄が発生している計算になります。2015年時点では0.15件でしたので、単に高齢化で亡くなる方が増えているという理由だけでなく、「相続放棄を選ぶ人の割合そのもの」が増えていることがわかります。
この背景には、主に次の3つの要因があると考えられます。
- ① 使い道のない不動産(後述する「負動産」)を引き継ぎたくないという意識の高まり
- ② 核家族化・少子高齢化により、疎遠になった親族の相続人になるケースの増加
- ③ 自治体からの固定資産税の通知や、空き家の管理を求める連絡をきっかけに、相続放棄を検討し始める人の増加
3. 相続放棄が急増する最大の理由「負動産」とは何か
「負動産(ふどうさん)」とは、正式な法律用語ではありませんが、「持っているだけで負担になる不動産」を指す言葉として近年よく使われるようになりました。「不動産」と「負」を組み合わせた言葉です。
先ほどのお小遣いの例え話で考えてみましょう。もらったお年玉袋の中に、遊べるおもちゃと、壊れていて修理費のほうが高くつくおもちゃが両方入っていたとします。壊れたおもちゃだけを袋に戻すことはできず、「袋ごと全部もらう」か「袋ごと全部返す」かのどちらかしかない——これが、負動産を含む相続の悩ましさです。
負動産の具体例としては、次のようなものが挙げられます。
- 買い手がつかない、過疎地域の山林や農地
- 誰も住む予定のない、老朽化した実家(空き家)
- 建て替えができない「再建築不可物件」
- 借地権付きで、地主との関係が複雑な建物
これらの不動産は、所有しているだけで固定資産税がかかり、老朽化すれば倒壊のリスクや近隣とのトラブルにもつながりかねません。「相続したくない財産の代表格」として、相続放棄という選択を後押ししているのです。
[画像:古びた田舎の空き家に『固定資産税納税通知書』の封筒が重なっているイラスト(キャプション:使う予定のない実家が『負動産』になってしまう典型パターン)]
4. 相続放棄の手続きの流れ(ステップ図)
相続放棄の手続きは、次のような流れで進みます。特に重要なのは「3ヶ月」という期限です。
STEP1 相続の開始を知る(家族の死亡・自分が相続人であると知った日)
↓
STEP2 財産調査を行う(プラスの財産・マイナスの財産を洗い出す)
↓
STEP3 相続放棄をするかどうかを判断する ※原則、STEP1から3ヶ月以内(熟慮期間)
↓
STEP4 被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所へ「相続放棄申述書」を提出
↓
STEP5 家庭裁判所から届く「照会書」に必要事項を記入して返送
↓
STEP6 「相続放棄申述受理通知書」が届いたら、手続き完了
財産調査に時間がかかり、3ヶ月以内に判断が間に合いそうにない場合には、家庭裁判所に「期間伸長の申立て」を行うことで、期限を延ばしてもらえる場合があります。「借金があるかもしれない」「財産の全体像がつかめない」という状態で自己判断するのは大変危険ですので、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
5. 相続放棄をする前に知っておくべき5つの落とし穴
落とし穴①:財産だけを選んで放棄することはできない
「借金だけ放棄して、預金は受け取りたい」ということはできません。相続放棄は、プラスの財産・マイナスの財産のすべてを対象とする「オール・オア・ナッシング」の手続きです。
落とし穴②:一度受理されると、原則として撤回できない
家庭裁判所に相続放棄が受理されたあとに「やっぱり財産が欲しくなった」と思っても、原則として取り消すことはできません。判断は慎重に行う必要があります。
落とし穴③:次の順位の親族に、相続権が移ってしまう
自分が相続放棄をすると、民法で定められた順位にしたがって、次の順位の親族(親、それもいなければ兄弟姉妹など)に相続権が移ります。事前に何も伝えずに相続放棄をしてしまうと、思いがけず親族に借金の相続人としての立場が回ってしまい、トラブルの原因になることがあります。
落とし穴④:生命保険の非課税枠が使えなくなる
生命保険金には「500万円×法定相続人の数」という相続税の非課税枠が設けられています。しかし相続放棄をした人は、法律上「最初から相続人ではなかった」ものとして扱われるため、この非課税枠を使うことができません(受取人として指定されていれば保険金自体は受け取れますが、非課税の優遇は受けられません)。
落とし穴⑤:2023年の民法改正により、財産の管理義務が残る場合がある
2023年4月の民法改正により、相続放棄をした時点でその財産(空き家など)を「現に占有」していた場合には、次の管理者が決まるまでの間、一定の保存義務が残ることが明確化されました。「放棄すれば管理責任からも完全に無関係になる」とは限らない点に注意が必要です。
6. 具体的シミュレーション:「実家」という負動産を相続するケース
数字を使って、実際にどれくらいの負担の差が生まれるのかを見てみましょう。
【前提条件】
- 父が死亡。相続財産は「田舎の実家」のみ(査定額300万円だが、買い手がつく見込みはほぼなし)
- 実家の年間固定資産税:約5万円
- 老朽化による将来の修繕・解体費用の見込み:合計約300万円
- 相続人は子ども2人
| ケース | 選んだ方法 | その後の負担(目安) |
| ケースA | 単純承認(実家を共有名義で相続) | 固定資産税を20年間負担すると2人合計で約200万円。加えて将来の解体費用(約300万円)や、倒壊・近隣トラブルの管理責任も背負う可能性 |
| ケースB | 相続放棄 | 財産管理から解放される一方、相続権が次順位の親族に移るため事前連絡が必要。相続人全員が放棄した場合は、家庭裁判所が選任する『相続財産清算人』が財産を清算することになり、数十万〜100万円程度の予納金が必要になるケースがある |
| ケースC | 生前に対策済み(不動産の売却・活用や、相続土地国庫帰属制度の利用を検討) | 相続発生時点で選択肢が広がり、家族の負担・トラブルのリスクを大きく抑えられる |
このように、同じ「使い道のない実家」でも、事前に手を打っておくかどうかで、その後の家族の負担は大きく変わります。
7. 相続放棄という「対処療法」に頼らないための生前対策
相続放棄は、相続が発生した「あと」にできる対処法です。しかし本当に大切なのは、相続が発生する「前」に、家族で選択肢を話し合っておくことです。代表的な生前対策には、次のようなものがあります。
対策①:不動産の価値を早めに専門家に確認する
「負動産になりそうかどうか」は、実際に査定を受けてみないとわからないケースがほとんどです。将来相続する可能性のある不動産については、元気なうちに専門家へ相談し、現状の価値を把握しておくことが第一歩になります。
対策②:相続土地国庫帰属制度の活用を検討する
2023年4月に始まった「相続土地国庫帰属制度」を使うと、一定の要件を満たした土地に限り、法務局の審査を経て国に引き取ってもらうことができます。ただし、建物がないことや、境界が明確であることなど条件があり、10年分の管理費用相当額として、原則20万円程度からの負担金の納付が必要です。
対策③:生前贈与や家族信託を活用する
生前のうちから財産を少しずつ渡していく「生前贈与」も有効な対策の一つです。なお、2024年以降の贈与からは、亡くなる前の贈与を相続財産に加算する「持ち戻し期間」が、これまでの3年から段階的に7年へと延長されているため、実行する際は制度の最新内容を踏まえて計画することが欠かせません。
対策④:遺言書を作成し、「争族」を防ぐ
誰が何を引き継ぐのかを遺言書で明確にしておくことで、相続人同士の話し合いがまとまらず疎遠な親族にまで負担が広がってしまう事態を防ぎやすくなります。
対策⑤:空き家の特別控除の活用を視野に入れる
被相続人が住んでいた家を相続後に売却した場合、一定の要件を満たせば、譲渡所得から最大3,000万円を控除できる特例があります。適用には耐震基準や売却期限などの細かな要件があるため、該当しそうな場合は早めの確認が重要です。
8. よくある質問(FAQ)
Q. 相続放棄をすると、借金だけでなく財産も一切もらえなくなりますか?
A. はい。相続放棄は、プラスの財産とマイナスの財産を選ぶことができず、すべてを放棄する手続きです。預金や不動産などの財産だけを受け取ることはできません。
Q. 相続放棄の期限である「3ヶ月」は、いつから数えますか?
A. 原則として『自分が相続人になったことを知った日』から3ヶ月です。例えば疎遠だった親族が亡くなり、あとから自分が相続人であると知らされた場合は、その通知を受け取った日が起算日になります。
Q. 相続放棄をしたら、次に相続人になるのは誰ですか?
A. 民法で定められた順位にしたがって、次の順位の親族に相続権が移ります。例えば、子ども全員が相続放棄をすると、亡くなった方の親(直系尊属)、それもいなければ兄弟姉妹へと相続権が移っていきます。
Q. 相続放棄をしても、実家の管理義務は残りますか?
A. 2023年の民法改正により、相続放棄をした時点でその財産を『現に占有』していた場合は、次の管理者が決まるまで一定の保存義務が残ることが明確化されました。空き家に住んでいた・管理していたような場合は特に注意が必要です。
Q. 相続放棄をした方がいいか、単純承認すべきか迷ったらどうすればいいですか?
A. 借金と資産のどちらが多いか、不動産にどの程度の価値があるか、次順位の相続人への影響はどうかなど、判断すべき要素は家庭ごとに異なります。相続放棄は一度行うと撤回できないため、必ず専門家に相談したうえで判断することをおすすめします。
まとめ:相続放棄は「万能の解決策」ではありません
相続放棄は2025年、過去最多となる32万4,000件に達しました。その背景には、使い道のない「負動産」を引き継ぎたくないという、多くのご家庭の切実な事情があります。
ただし、相続放棄は一度行うと撤回できず、財産の一部だけを選ぶことができない、次の相続人に影響が及ぶといった制約もある「諸刃の剣」です。
本当に大切なのは、相続が発生してから慌てて相続放棄を検討するのではなく、元気なうちから財産の状況を把握し、生前贈与や遺言、不動産の活用など複数の選択肢を比較検討しておくことです。
「うちの実家は負動産になりそうか」「相続放棄をすべきか、単純承認すべきか」「次の相続人にどのような影響が出るのか」——こうした判断は、税務・法務の専門知識と、ご家庭それぞれの事情を踏まえた総合的な視点が欠かせません。
個別具体的なケースはご家庭ごとに事情が大きく異なり、判断が難しいものです。まずはお気軽に当事務所へご相談ください。
