【第5回】うちの会社はいくらで売れる?

中小企業M&Aの企業価値評価のしくみと「高く・納得して」譲るための成功のポイント

「会社を譲るなら、せめて長年の苦労に見合う値段がついてほしい」「でも、そもそも自分の会社にいくらの値打ちがあるのか見当もつかない」――M&Aを考え始めた経営者の方から、最も多くいただくご相談がこの「値段」の話です。

この記事では、中小企業M&Aシリーズの総まとめとして、会社の値段(企業価値)がどう決まるのかを、「年買法」「純資産法」「DCF法」などの代表的な考え方から、中学生でも分かる言葉でやさしく解説します。さらに、同じ会社でも準備次第で売却価格と手取りが1,000万円単位で変わることを、具体的な数字のシミュレーションでお見せします。

先に結論をお伝えします。中小企業の会社の値段は、「今ある財産の本当の価値(時価純資産)」+「これから稼ぐ力(営業権)」で決まるのが基本です。そして値段を上げる一番の近道は、売る2〜3年前から「数字をきれいにし、隠れたリスクをつぶし、社長がいなくても回る会社にする」こと、つまり「磨き上げ」です。

【結論】 ・中小企業M&Aの価格は、実務では「時価純資産+営業利益の数年分」(年買法)を目安に交渉がスタートすることが多い ・評価額は決算書の数字そのままではなく、役員報酬や私的な経費を調整した「本当の稼ぐ力」で見られる ・未払残業代や税務リスクなどの「隠れた借金」は、見つかると容赦なく値引きされる ・売る2〜3年前からの「磨き上げ」で、評価額も手取りも大きく変わる
[画像指示:会社の値段=「時価純資産」+「営業権(稼ぐ力)」の積み木で表した図解イラスト / キャプション:中小企業の会社の値段は「今ある財産」と「これから稼ぐ力」の合計で考えるのが基本です]

会社の値段(企業価値)とは?まず押さえたい基本

結論から言うと、M&Aでの会社の値段は「法律で決まった計算式」ではなく、売り手と買い手が納得して決める「交渉の結果」です。ただし、交渉のスタート地点となる「目安の計算方法」はいくつか決まっています。

「企業価値」と「株式価値」の違い

企業価値とは、会社の事業全体が生み出す価値のことです。一方、株式価値とは、企業価値から借入金などの借金を差し引き、手元の現預金を足した「株主の取り分」のことです。

身近な例でたとえると、ローンが残っている家を売る場面と同じです。家そのものの値段が3,000万円でも、ローンが1,000万円残っていれば、売った人の手元に残る価値は2,000万円です。株式譲渡で社長が受け取る金額は、この「ローンを差し引いた後」の株式価値のほうになります。

会社の値段を決める3つの目線

会社の値段を測る方法は、大きく分けて次の3つの目線があります。

  • 財産の目線(コストアプローチ):会社が今持っている財産から借金を引いた「正味の財産」で考える
  • 稼ぐ力の目線(インカムアプローチ):会社がこれから生み出すお金で考える
  • 相場の目線(マーケットアプローチ):似た会社がいくらで売買されているかで考える

リンゴ農園にたとえると、「畑や倉庫がいくらになるか」が財産の目線、「毎年リンゴでいくら稼げるか」が稼ぐ力の目線、「近所の同じ規模の農園がいくらで売れたか」が相場の目線です。

中小企業M&Aで使われる代表的な評価方法

結論として、中小企業のM&Aでは「年買法(ねんばいほう)」が最もよく使われ、規模が大きくなるほどDCF法やマルチプル法も併用されるのが実務の姿です。

① 年買法(時価純資産+営業権)

年買法とは、「時価純資産」に「営業利益の数年分(営業権)」を足して会社の値段を出す方法のことです。計算がシンプルで、売り手の社長にも分かりやすいため、中小企業のM&Aで広く使われています。

会社の値段(目安)= 時価純資産 + 実質営業利益 × 2〜5年分

「何年分」を掛けるかは法律で決まっているわけではなく、業種の成長性、利益の安定性、社長への依存度などを見て交渉で決まります。安定して利益が出ていて、社長がいなくても回る会社ほど年数は長く(高く)なります。

時価純資産とは

時価純資産とは、決算書の帳簿上の財産を「今売ったらいくらになるか」という時価に置き直し、借金を差し引いた正味の財産のことです。たとえば、何十年も前に買った土地は帳簿より時価が高いことが多く、逆に回収できない売掛金や売れ残った在庫は帳簿より価値が低くなります。

営業権(のれん)とは

営業権(のれん)とは、取引先との信頼関係、従業員のノウハウ、ブランドなど、決算書には載らない「稼ぐ力」を金額にしたもののことです。地元で長年愛されているお店が「看板」だけで価値を持つのと同じ考え方です。

② 時価純資産法

時価純資産法とは、時価純資産そのものを会社の値段とする方法のことです。赤字の会社や、利益より不動産などの財産に価値がある会社で使われます。営業権を見ないため、年買法より低めの金額になるのが一般的です。

③ DCF法

DCF法とは、会社が将来生み出すお金(キャッシュフロー)を予測し、それを現在の価値に割り戻して会社の値段を出す方法のことです。理論的には最も優れた方法ですが、将来の事業計画の精度に結果が大きく左右されるため、事業計画を作り込んでいない中小企業では参考程度にとどまることが多いのが実情です。

④ マルチプル法(類似会社比較法)

マルチプル法とは、似た業種・規模の上場企業や過去のM&A事例の「利益の何倍で売れたか」という倍率を使って会社の値段を出す方法のことです。よく使われる指標がEBITDA(イービットダー)で、これは「営業利益+減価償却費」でざっくり表される「本業で生み出すお金の力」のことです。

評価方法の比較表

評価方法考え方向いている会社注意点
年買法時価純資産+営業利益の数年分利益が安定した中小企業全般年数の根拠は交渉次第
時価純資産法正味の財産のみで評価赤字企業・資産の多い会社稼ぐ力が価格に反映されにくい
DCF法将来のお金を現在価値に換算成長企業・中堅規模以上事業計画の精度に大きく依存
マルチプル法類似企業の倍率を当てはめる同業の取引事例が多い業種比べる会社選びで結果がぶれる
💡 税理士の実務視点 実務では、1つの方法だけで値段を決めることはまずありません。複数の方法で「このくらいの幅」という価格帯を出し、その幅の中で交渉するのが通常です。 売り手の社長が最初に知っておくべきなのは「一番高い数字」ではなく、「買い手がどの方法で、どこを減点してくるか」です。減点ポイントを先回りしてつぶしておけば、交渉で主導権を握れます。

決算書の利益がそのまま使われない理由――「正常収益力」の考え方

結論から言うと、買い手は決算書の利益ではなく、社長個人の事情を取り除いた「本当の稼ぐ力(正常収益力)」で会社を評価します。 正常収益力とは、オーナー社長ならではの特殊な支出や一時的な損益を取り除いた、会社本来の利益のことです。

中小企業では、節税の観点から社長の役員報酬を高めに設定していたり、会社名義で社長の私的な支出をしていたりすることが少なくありません。こうした支出は買い手が引き継いだ後にはなくなるため、利益に「足し戻し」して評価します。

調整項目調整の方向具体例
社長の役員報酬(相場超過分)利益にプラス後任の社長なら年800万円で済むところ、現社長は年1,000万円
私的な経費利益にプラス社長個人の車両費・交際費・家族の保険料など
一時的な損益プラスまたはマイナス災害損失、固定資産の売却益、単発の大型受注
本来かかるべき費用の未計上利益にマイナス未払残業代、修繕の先送り、身内の無給労働

ここで注意したいのは、足し戻しは「プラス」だけではないという点です。家族が無給で手伝っていたり、必要な設備投資を先送りしていたりすると、買い手は「本来ならかかる費用」として利益から差し引きます。

値下げの原因になる「隠れた借金(簿外債務)」と実務上の罠

結論として、M&Aで最も怖いのは、買収監査(デューデリジェンス)で「隠れた借金」が見つかり、大幅な値下げや交渉打ち切りになることです。簿外債務とは、決算書には載っていないものの、将来会社が支払わなければならない可能性のある債務のことです。

罠① 未払残業代などの労務リスク

残業代の未払いがあると、従業員は過去にさかのぼって請求できます。賃金請求権の時効は現在「当分の間3年」とされており、従業員数が多い会社ほど金額は膨らみます。買い手はこれを推計し、そのまま価格から差し引いてきます。

罠② 税務調査で否認されそうな処理

過去の申告に問題がある場合、M&A後に税務調査で追徴課税を受けるのは買い手が引き継いだ会社です。そのため買い手は税務のリスクを厳しく確認し、リスク相当額の値下げや、「表明保証」と呼ばれる契約条項で売り手に責任を負わせようとします。表明保証とは、売り手が「決算書や契約内容に誤りや隠し事はありません」と約束し、違反があれば補償する契約上の取り決めのことです。

罠③ 社長への依存と取引先の集中

「社長がいないと仕事が回らない」「売上の半分以上が1社に集中している」といった会社は、買った後に売上が落ちるリスクが高いと見なされ、年買法の「年数」が短くされます。

罠④ 相続税評価額と混同してしまう

事業承継の対策で耳にする「相続税評価額(類似業種比準方式・純資産価額方式などで計算する株価)」は、相続や贈与の税金を計算するための評価で、M&Aの売買価格とは別物です。「顧問税理士から株価は1億円と言われた」という数字をそのまま希望価格にしてしまうと、交渉がかみ合わなくなることがあります。

💡 税理士の実務視点 税務調査の現場を数多く見てきた立場から言うと、買収監査で指摘される税務リスクの多くは「普段の処理のクセ」です。役員への貸付金の放置、根拠のない外注費、期ズレの売上などは、平時から整えておけば怖くありません。 また、未払残業代や就業規則の不備は、税理士だけでは見落としがちな領域です。財務と労務の両面から事前に「自主監査」をしておくことが、値下げを防ぐ最大の防御策になります。
[画像指示:買収監査(デューデリジェンス)で見つかった隠れた借金が、会社の値段から差し引かれていく様子を表す図解イラスト / キャプション:簿外債務は発見されると、そのまま売却価格から差し引かれてしまいます]

会社の値段を上げる「磨き上げ」5ステップ

結論として、会社の値段を上げるには、売却の2〜3年前から計画的に「磨き上げ」を進めることが最も効果的です。磨き上げとは、会社の数字・リスク・仕組みを整えて、買い手から見た魅力を高める準備作業のことです。

STEP1 自社の「今の値段」を知る 年買法などで概算の評価額を出し、どこが減点されそうかを洗い出します。

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STEP2 数字をきれいにする 私的な経費や不要な資産を整理し、毎月の試算表を正確に作れる体制を整えます。決算書の信頼性そのものが価格に影響します。

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STEP3 隠れたリスクをつぶす 未払残業代、就業規則、契約書、過去の税務処理などを点検し、問題を解消しておきます。

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STEP4 社長がいなくても回る会社にする 幹部への権限委譲、業務マニュアル化、取引先との関係を複数の社員で担う体制づくりを進めます。

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STEP5 売り方と手取りを設計する 株式譲渡か事業譲渡か、退職金をどう組み合わせるかなど、税金を含めた「最終的な手取り」で方針を決めます。

ステップ5の手取り設計については、シリーズ第4回(税金編)で詳しく解説した役員退職金の活用がポイントになります。退職金を支払うと会社の財産が減る分だけ株式価値は下がりますが、退職金は税負担の軽い「退職所得」として受け取れるため、トータルの手取りが増えるケースが多いのです。

【シミュレーション】磨き上げ前と後で、手取りはいくら変わる?

結論として、今回のモデルケースでは、磨き上げをした場合としなかった場合で売却価格に1,200万円、税引き後の手取りに約956万円の差が生まれます。

モデルケースの前提

項目内容
会社の概要年商8,000万円のサービス業(シリーズ第1回・第2回と同じモデル会社)
決算書上の営業利益500万円
社長の役員報酬年1,000万円(後任の相場は年800万円と想定)
社長の私的な経費年100万円
時価純資産2,100万円(帳簿上の純資産に土地の含み益などを調整後)
株式の取得費300万円(創業時の出資額)
売却方法株式譲渡(個人の譲渡所得として税率20.315%)

ステップ1:本当の稼ぐ力(実質営業利益)を計算する

項目金額
決算書上の営業利益500万円
+ 役員報酬の相場超過分(1,000万円-800万円)+200万円
+ 私的な経費の足し戻し+100万円
= 実質営業利益800万円

ステップ2:磨き上げ前と後の評価額・手取りを比較する

磨き上げをしなかった場合、買収監査で未払残業代などのリスク400万円が見つかって差し引かれ、社長への依存度が高いことから営業権は「2年分」と評価されたとします。一方、事前に磨き上げを行った場合は、リスクが解消され、営業権は「3年分」で評価されたとします。

項目磨き上げなし磨き上げあり
時価純資産2,100万円2,100万円
簿外債務(未払残業代など)の差し引き-400万円0円
営業権(実質営業利益800万円×年数)1,600万円(2年分)2,400万円(3年分)
売却価格3,300万円4,500万円
譲渡益(売却価格-取得費300万円)3,000万円4,200万円
税金(譲渡益×20.315%)約609万円約853万円
税引き後の手取り約2,691万円約3,647万円

同じ会社でも、準備の有無だけで手取りに約956万円の差がつきました。さらに第4回で解説した退職金の活用を組み合わせれば、手取りをもう一段増やせる可能性があります。

※本シミュレーションは考え方を示すための簡略化した試算です。仲介手数料、住民税・所得税の詳細な計算、含み益にかかる税金相当額の調整などは考慮していません。実際の評価額は業種・財務内容・交渉により大きく異なります。

💡 税理士の実務視点 この差を生んだのは、特別な節税テクニックではなく「当たり前の準備」です。社長が毎月の数字を正しく把握し、労務と税務のリスクを平時から整えている会社は、買い手から見て「安心して買える会社」になります。 M&Aの準備は、実は売らなかった場合にもそのまま会社の体質強化につながります。「いつでも売れる会社」は「誰が継いでも強い会社」です。
[画像指示:磨き上げ前と後で売却価格と手取りが変わる様子を、2本の棒グラフで比較した図解イラスト / キャプション:同じ会社でも、事前の準備だけで手取りに約956万円の差がつくケースがあります]

M&Aを成功させる秘訣――シリーズ総まとめ

結論として、中小企業のM&Aを成功させる秘訣は「早めに準備を始め、税金・労務・価格を一体で考え、信頼できる専門家と進めること」に尽きます。全5回のポイントを振り返ります。

回テーマ押さえるべきポイント
第1回M&Aによる事業承継の基本後継者不在でも廃業せず、会社と雇用を残す選択肢がある
第2回スキームの選び方株式譲渡・事業譲渡などで手続きも税金も大きく変わる
第3回進め方と仲介会社選び秘密保持を徹底し、報酬体系と立場を確認して専門家を選ぶ
第4回税金と手取りの最大化退職金の活用など、税引き後の手取りで方針を決める
第5回企業価値評価と成功のポイント会社の値段は準備次第。2〜3年前からの磨き上げが鍵

そして何より大切なのは、「値段」だけで相手を選ばないことです。従業員の雇用、取引先との関係、会社の理念を大切にしてくれる相手に譲れるかどうかが、経営者として最後に後悔しないための一番のポイントです。

よくある質問(FAQ)

Q. 赤字の会社でも売ることはできますか?

A. はい、売ることはできます。赤字でも、優秀な従業員、許認可、取引先、技術やノウハウに価値を感じる買い手は存在します。評価は時価純資産法が中心となり、営業権はつきにくくなりますが、赤字の原因が社長の高額報酬など「調整可能なもの」であれば、実質的には黒字と評価されることもあります。

Q. 自分の会社の値段は、自分で計算できますか?

A. 年買法を使えば、おおよその目安は計算できます。「時価純資産+実質営業利益×2〜5年分」で幅を出してみてください。ただし、土地の時価、回収できない売掛金、簿外債務などの調整には専門知識が必要なため、正確な評価は税理士などの専門家に依頼するのが確実です。

Q. 相続税の計算で使う株価と、M&Aの売却価格は同じですか?

A. 同じではありません。相続税評価額は税金を計算するためのルールに沿った評価で、M&Aの売却価格は売り手と買い手の交渉で決まる価格です。一般的には、利益が出ている会社ほどM&Aの価格のほうが高くなる傾向がありますが、両者を混同しないことが大切です。

Q. 仲介会社の「査定額」どおりに売れるものですか?

A. 査定額はあくまで交渉のスタート地点です。買収監査の結果によって値下げされることもあれば、複数の買い手が競合して上がることもあります。査定額の高さだけで仲介会社を選ぶのではなく、その根拠と、減点されそうなポイントを具体的に説明してくれるかどうかを確認しましょう。

Q. 磨き上げは、いつから始めればよいですか?

A. 売却の2〜3年前から始めるのが理想です。買い手は通常、直近3期分程度の決算書を確認するため、数字の改善が決算書に表れるまでには時間がかかります。「まだ先の話」と思っている段階から始めるのが、結果的に最も高く、有利に譲る近道です。

まとめ:会社の値段は「準備」で決まる。まずは今の価値を知ることから

  • 中小企業の会社の値段は「時価純資産+実質営業利益の数年分」(年買法)が交渉の目安になる
  • 決算書の利益ではなく、役員報酬や私的経費を調整した「本当の稼ぐ力」で評価される
  • 未払残業代や税務リスクなどの隠れた借金を事前につぶす「磨き上げ」で、手取りは大きく変わる
会社の価値診断・M&A準備のご相談はお気軽に 税務の判断は個々の状況によって異なります。自己判断で損をする前に、お気軽に当事務所へご相談ください。 当事務所では、税理士と社会保険労務士が連携し、会社の概算評価額の算定から、税務・労務の自主点検、退職金を含めた手取りの最適化まで、経営者の立場に立って一貫してサポートいたします。「売るかどうかはまだ決めていない」という段階でも大歓迎です。まずは、あなたの会社の「今の価値」を一緒に確認するところから始めませんか。

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