「最近、税金のニュースをよく見るけれど、結局わたしの手取りはどうなるの?」——そんな疑問を抱えている経営者の方、個人事業主の方、そしてこれから独立を考えている方に向けて、この記事を書きました。
2026年(令和8年)から適用される所得税・地方税(住民税)の改正では、多くの給与所得者・個人事業主にとって「手取りが増える」方向の見直しが行われます。あわせて、ひとり親世帯への支援拡充、NISA(少額投資非課税制度)の拡充、通勤手当の非課税枠見直しなど、暮らしに直結する変更も予定されています。
この記事を最後まで読めば、次の3つが「自分の言葉で人に説明できる」レベルで理解できます。
- ① なぜ「103万円の壁」が「178万円」まで広がったのか、その仕組み
- ② 自分の年収だと、実際にいくら税負担が軽くなるのか
- ③ ひとり親控除・NISA・通勤手当など、暮らしに関わる変更点の中身
先に結論だけ知りたい方へ(3行まとめ)
① 所得税がかからない年収のライン(いわゆる「年収の壁」)が103万円→160万円→178万円へと段階的に引き上げられ、多くの人の手取りが増えます。
② ひとり親控除が拡充され、対象範囲も広がります。NISAは子どもの年齢層まで対象が広がり、資産形成の選択肢が増えます。
③ 一方で、通勤手当の非課税枠見直しや防衛特別所得税の導入など、実務上「確認しておくべき」変更点もあります。
このページの目次
1. そもそも「所得税」はどうやって決まるのか(りんご屋さんのたとえ話)
難しい話に入る前に、まず「所得税の仕組み」を身近な例でイメージしてみましょう。
あなたが商店街でりんごを売っているとします。1年間の売上(=収入)が300万円あったとしても、りんごの仕入れ代や箱代などの「経費」を差し引かなければ、本当の儲け(=所得)はわかりませんよね。
会社員の場合、この「経費」にあたるものが自動的に一定額差し引かれます。これが「給与所得控除」です。スーツ代や交通費など、働くために必要な費用をいちいち領収書で計算しなくても、収入に応じて自動的に一定額を経費として認めてくれる、という仕組みです。
さらに、そこから「基礎控除」という、誰にでも一律で認められる控除(生活に最低限必要なお金として税金をかけない部分)が差し引かれます。
つまり、「収入」から「給与所得控除」と「基礎控除」を引いた残りの金額に対してはじめて税金がかかる、という仕組みです。逆にいえば、収入がこの2つの控除の合計額以下であれば、所得税は一切かかりません。この合計額のラインが、いわゆる「年収の壁」と呼ばれているものです。
[画像:収入から『給与所得控除』と『基礎控除』を順番に差し引いて課税所得が決まる様子を、りんご箱と天秤を使ってやさしく図解したイラスト(キャプション:収入 − 給与所得控除 − 基礎控除 = 課税所得)]
2. 令和8年度税制改正の全体像(ひとことで言うと)
今回の改正は「増税」ではなく、大きく分けて「物価上昇に負けないように控除額を底上げする改正」だと理解してください。物価が上がって生活費が増えているのに、税金を計算するときの控除額が何十年も据え置かれていると、実質的に税負担が重くなってしまいます(これを「ブラケット・クリープ」と呼びます)。これを是正するのが今回の改正の柱です。
| 改正項目 | 改正前(〜2025年) | 改正後(2026年〜) |
| 基礎控除(本則) | 58万円 | 62万円 |
| 給与所得控除の最低保障額 | 65万円 | 69万円 |
| いわゆる「年収の壁」(所得税) | 160万円 | 178万円(給与収入655万円程度以下の方) |
| ひとり親控除(所得税) | 35万円 | 38万円 |
| ひとり親控除(住民税) | 30万円 | 33万円 |
| ひとり親控除の対象となる子の所得要件 | 58万円以下 | 62万円以下 |
| 扶養控除・配偶者控除の所得要件 | 58万円以下 | 62万円以下 |
| 勤労学生控除の所得要件 | 85万円以下 | 89万円以下 |
| NISAつみたて投資枠の口座開設年齢 | 18歳以上 | 0〜17歳の子も対象に拡充 |
| 食事手当の非課税限度額(月額) | 3,500円 | 7,500円 |
それぞれの項目について、次の章から詳しく見ていきましょう。
3. 最大の注目ポイント「103万円の壁」が「178万円」へ
今回の改正で一番話題になっているのが、いわゆる「年収の壁(所得税)」の引き上げです。まず、この数字がどのように変わってきたのか、時系列で整理します。
| ▼ ステップ1:〜2024年(令和6年)まで |
| 所得税がかかり始める年収のライン = 103万円(基礎控除48万円+給与所得控除の最低保障額55万円) |
| ▼ ステップ2:2025年(令和7年度改正) |
| 物価上昇への対応として、103万円 → 160万円 に引き上げ(基礎控除95万円+給与所得控除65万円) |
| ▼ ステップ3:2026年(令和8年度改正・今回) |
| 160万円 → 178万円 にさらに引き上げ(給与収入655万円程度以下の方が対象) |
3-1. なぜ「178万円」なのか? 内訳を分解してみる
178万円という数字は、単純に基礎控除だけ、あるいは給与所得控除だけが大きくなったわけではありません。次の2つの控除を合計した金額です(給与収入がおおむね655万円以下の方が対象。合計所得金額でいうと489万円以下が目安です)。
| 控除の種類 | 本則(恒久的な部分) | 特例加算(令和8・9年分限定) | 合計 |
| 基礎控除 | 62万円 | 42万円 | 104万円 |
| 給与所得控除の最低保障額 | 69万円 | 5万円 | 74万円 |
| 合計(=いわゆる「年収の壁」) | 131万円 | 47万円 | 178万円 |
注意していただきたいのは、この178万円のうち「特例加算」にあたる部分は、令和8年分・令和9年分の2年間に限った措置だという点です。将来的には、物価上昇に応じて本則部分(基礎控除・給与所得控除)が段階的に引き上げられ、特例加算から本則へと置き換わっていく設計になっています。方針としては「178万円という水準は当面維持する」とされていますが、内訳の割合は今後変わる可能性がある、という点は覚えておいてください。
3-2. 「178万円まで完全に無税」ではない点に要注意
ここはとても大切なポイントなので、しっかり押さえておきましょう。178万円というのは、あくまで「所得税」だけの話です。次の2点は別枠で存在します。
- 住民税:所得税とは異なる基準で課税されます。年収100万円を超えると住民税が発生するケースが一般的で、178万円まで無税になるわけではありません。
- 社会保険料:年収が106万円または130万円を超えると、勤務先の規模や条件によって社会保険への加入義務が発生し、保険料の負担が生じます。これは所得税の壁とは全く別の制度です。
つまり、「所得税はゼロでも、社会保険料の負担で手取りが減ってしまう」というケースは今後も起こり得ます。パート・アルバイトで働き方を調整している方は、所得税の壁だけでなく、社会保険の壁もあわせて確認する必要があります。
[画像:『所得税の壁(178万円)』『住民税の壁(100万円)』『社会保険の壁(106万円・130万円)』の3つが、それぞれ別のハードルとして並んでいる様子を示す比較イラスト(キャプション:壁は1つじゃない!3種類の壁を混同しないで)]
4. 【具体例】年収別シミュレーション 実際どのくらい手取りが増える?
言葉だけではイメージしづらいと思いますので、独身・単身世帯の給与所得者(配偶者控除の適用がないケース)を例に、控除額の引き上げによる負担軽減のイメージを表にしました。実際の税額は家族構成や社会保険料控除などによって変わりますので、あくまで目安としてご覧ください。
| 年収の目安 | 主な変化のポイント | 手取りへの影響(目安) |
| 150万円前後(パート・アルバイト) | 所得税がかかるラインが178万円まで拡大 | 所得税がゼロ、またはこれまでよりかなり少なくなる |
| 300万円前後 | 基礎控除・給与所得控除の特例加算をフル活用できる層 | 軽減効果が大きい層の一つ |
| 500〜600万円前後 | 基礎控除の上乗せ対象が「年収665万円以下」まで拡大され、恩恵が大きい | 軽減効果が最も大きい層とされている |
| 700万円前後 | 基礎控除特例の対象ラインに近く、軽減効果はやや縮小 | 一定の軽減効果はあるが、500〜600万円層より小さめ |
| 850万円超 | 基礎控除の特例加算の対象外(本則部分の引き上げのみ適用) | 軽減効果は限定的 |
全体としては、給与収入がおおむね665万円以下の方(納税者の約8割が該当するとされています)に、より手厚い軽減効果が及ぶ設計になっています。ご自身やご家族の具体的な年収でどれくらいの差が出るかは、家族構成・社会保険料・他の控除の有無によって変わってきますので、正確な金額を知りたい方は個別にシミュレーションすることをおすすめします。
5. ひとり親世帯・子育て世帯への支援拡充
5-1. ひとり親控除の控除額が増える
シングルマザー・シングルファザーなど、ひとり親家庭の方が受けられる「ひとり親控除」も拡充されます。控除額が増えるということは、その分課税対象となる所得が減り、税負担が軽くなるということです。
| 改正前 | 改正後 | 適用時期 | |
| 所得税の控除額 | 35万円 | 38万円 | 令和9年分の所得税から |
| 住民税の控除額 | 30万円 | 33万円 | 令和10年度分の住民税から |
あわせて、ひとり親控除を受けるための「生計を一にする子の所得要件」も、58万円以下から62万円以下へと緩和されます。これにより、お子さんがアルバイトなどで多少収入を得ていても、これまでより控除の対象になりやすくなります。
5-2. 住宅ローン控除の子育て世帯向け上乗せ措置も延長
住宅借入金等特別控除(いわゆる住宅ローン控除)については、適用期限が5年間延長されるとともに、子育て世帯(19歳未満の扶養親族がいる世帯)・若者夫婦世帯(夫婦のどちらかが40歳未満の世帯)に対する借入限度額の上乗せ措置も延長されます。マイホームの取得を検討しているご家庭にとっては、有利な条件で制度を使い続けられることになります。
6. 資産形成の後押し:NISA(つみたて投資枠)の拡充
次世代の資産形成を後押しする観点から、NISAの「つみたて投資枠」について、口座を開設できる年齢が0〜17歳まで拡充されます。これまでは原則18歳以上でなければ利用できませんでしたが、今後は生まれたばかりのお子さんの名義でも、非課税で投資信託などの積立を始められるようになります。
- 対象:口座保有者であるお子さんが0〜17歳の間
- 年間投資枠:60万円
- 非課税保有限度額:600万円
教育資金や将来の独立資金などを、長い時間をかけて非課税で準備できる選択肢が広がったといえます。ただし、投資である以上、元本が保証されているわけではない点には注意が必要です。
[画像:親子で貯金箱代わりのグラフが右肩上がりに育っていく様子を描いた、NISAつみたて投資枠の年齢拡充をイメージしたイラスト(キャプション:0歳から始められる、家族のための資産形成)]
7. 見落としがちな変更点:通勤手当・食事手当の非課税枠見直し
会社員の方にとって身近だけれど見落とされがちなのが、通勤手当や食事手当の非課税限度額の見直しです。
7-1. マイカー通勤の非課税限度額
自動車などで通勤する方に支給される通勤手当は、通勤距離に応じて一定額まで非課税とされています。現行では片道55km以上であれば一律で月額3万8,700円が非課税限度額ですが、今回の改正で通勤距離が65km以上の場合には、非課税限度額がさらに引き上げられます。あわせて、駐車場代を会社が負担している場合には、月額5,000円を上限に非課税限度額へ加算できるようになる見込みです(実施時期は今後の政令改正により確定します)。
7-2. 食事手当の非課税限度額
会社が従業員に食事を支給する場合の非課税限度額(月額)についても、1984年(昭和59年)以来、約40年ぶりに見直され、月額3,500円から7,500円へと引き上げられます。物価上昇に長らく据え置かれていた金額が、実態に合わせて改定される形です。
実務上のポイント:給与計算システムの設定変更や、従業員の方への周知(特にマイカー通勤者・食事補助を受けている方)を、適用時期にあわせて準備しておくことをおすすめします。
8. 一方で押さえておきたい「負担が増える」部分
減税の話題が中心になりがちですが、フェアな情報提供のために、負担が増える部分もお伝えします。
8-1. 防衛特別所得税の創設
防衛力強化のための安定財源として、所得税額の1%にあたる「防衛特別所得税」が2027年(令和9年)1月から課されることになりました。
8-2. 復興特別所得税の引き下げとのセット
ただし同時に、東日本大震災の復興財源にあてられている「復興特別所得税」(現行2.1%)が1.1%に引き下げられ、防衛特別所得税の負担分と相殺される設計になっています。政府としては「新たな家計の負担を増やさない」方針を掲げていますが、復興特別所得税の期限自体は延長されることになっています。
8-3. 超富裕層向けの課税強化
いわゆる「1億円の壁」と呼ばれる、超富裕層に対する追加課税(合計所得金額が一定額を超える場合の申告分離課税)についても、控除額の引き下げと税率の引き上げが行われ、高額所得者への課税は強化される方向です。一般的な給与所得者や中小企業の経営者の大半には直接関係しない改正ですが、参考情報としてお伝えします。
9. いつから適用される? 時期の一覧表
| 改正項目 | 適用開始時期 |
| 基礎控除・給与所得控除の引き上げ(所得税) | 令和8年分の所得税から(令和8年12月の年末調整で反映) |
| 源泉徴収税額表の改正 | 令和9年1月支払分の給与から |
| ひとり親控除の控除額拡充(所得税) | 令和9年分の所得税から |
| ひとり親控除の控除額拡充(住民税) | 令和10年度分の住民税から |
| 防衛特別所得税の課税開始 | 令和9年(2027年)1月から |
| 住宅ローン控除の延長・拡充 | 令和8年〜令和12年の入居分に適用 |
「所得税」と「住民税」で適用のタイミングがずれる項目が多いのが、今回の改正の少しややこしいところです。特に経営者の方は、従業員の年末調整・源泉徴収事務のスケジュールに直結しますので、顧問の税理士と一緒にスケジュールを確認しておくと安心です。
10. 経営者・個人事業主が今のうちにやっておくべきこと
- ① 給与計算ソフト・年末調整の設定が、最新の控除額に対応しているか確認する
- ② マイカー通勤・食事手当を支給している場合は、非課税限度額の見直しにあわせて社内規定を確認する
- ③ ひとり親従業員がいる場合は、控除額拡充の適用時期(所得税と住民税でズレがある点)を把握しておく
- ④ 従業員から「手取りが増えた/減った」という問い合わせが来た際に説明できるよう、変更点を簡単にまとめておく
- ⑤ ご自身やご家族のNISA・住宅ローン控除など、資産形成・住宅取得の計画を改正内容にあわせて見直す
よくある質問(FAQ)
Q. 結局、私の手取りはいつから増えるのですか?
A. 所得税に関する控除額の引き上げは令和8年分(2026年分)の所得から適用されます。会社員の方は、令和8年12月に行われる年末調整で精算され、実際に手取りが増えたと実感できるのはそのタイミングが目安です。給与から天引きされる源泉徴収税額の表自体は、令和9年1月支払分から新しい基準に切り替わります。
Q. パート収入は178万円まで働いても本当に税金はゼロですか?
A. 所得税に限れば、給与収入がおおむね178万円までであれば所得税はかかりません(給与収入がおおむね655万円程度以下の方が対象の特例を含めた場合)。ただし住民税は別の基準で課税され、年収100万円を超えると発生するのが一般的です。また、年収106万円・130万円を超えると社会保険料の負担が生じる場合があります。「所得税・住民税・社会保険」はそれぞれ別の壁として管理する必要があります。
Q. 配偶者控除・配偶者特別控除の金額も一緒に引き上げられたのですか?
A. 同一生計配偶者や扶養親族の「合計所得金額の要件」は58万円以下から62万円以下に緩和されました。一方で、配偶者特別控除の対象となる合計所得金額の上限(133万円、給与収入換算で201.6万円)自体は、今回の改正で変更されていません。この点を混同した解説も見られるため、注意が必要です。
Q. ひとり親控除の拡充は、いつの申告から使えますか?
A. 所得税については令和9年分(2027年分)の確定申告・年末調整から適用されます。住民税については令和10年度分からの適用となり、所得税より1年遅れて反映される点にご注意ください。
Q. NISAのつみたて投資枠を子ども名義で始めるには、何か特別な手続きが必要ですか?
A. 制度の詳細な運用(口座開設の手続き方法や金融機関ごとの対応時期)については、今後金融庁・各金融機関から順次案内される見込みです。現時点では「0〜17歳の子どもが口座保有者になれる」「年間投資枠60万円・非課税保有限度額600万円」という大枠が示されている段階ですので、実際に始める際は取扱金融機関に最新の手続きをご確認ください。
まとめ:制度は「複雑に、でも有利に」変わっている
今回の令和8年度税制改正は、一言でいえば「物価上昇に負けないよう、控除額を底上げする」改正です。ポイントを振り返りましょう。
- 所得税がかかり始める年収のラインが178万円まで引き上げられ、多くの方の手取りが増える見込み
- ひとり親控除の拡充、NISAの対象年齢拡大など、子育て・資産形成を後押しする措置も充実
- 一方で、通勤手当・食事手当の非課税枠の見直しや、防衛特別所得税の創設など、実務担当者が確認すべき変更点もある
- 所得税・住民税・社会保険料は、それぞれ別の基準・別のタイミングで動く点に注意が必要
ここまで解説してきた内容は、あくまで一般的な制度の枠組みです。実際には、ご家族の人数や働き方、事業の形態(法人か個人事業主か)、他の所得控除の有無などによって、有利になる選択肢や、注意すべきポイントは一人ひとり異なります。
個別具体的なケースについては判断が難しい部分も多いため、「自分の場合はどうなるのか」を正確に知りたい方は、ぜひ一度、当事務所へお気軽にご相談ください。
年末調整・確定申告の準備から、事業承継・住宅取得・資産形成のご相談まで、それぞれの状況に合わせた具体的なアドバイスをいたします。オンライン相談にも対応しておりますので、お気軽にお問い合わせください。
